第7話 悪役錬金術師、婚約者と出会う

「似合っていますよヴィクトル様っ!」


「そ、そうかなぁ? 少し気合い入れすぎじゃない?」


 翌朝。僕は屋敷に来るテレシアを出迎えるために準備をしていた。


 当然のことながら父上をはじめとした家族が別邸に来ることはない。本邸の連中は僕らのことなどどうでもいいのだろう。


「当主様は本邸でアスクレピオス家の当主様とお話しされるようでこちらには来ませんね。家族の皆様もどうやら来る気配はなく……」


「だろうね。厄介払い同士の顔合わせなんてみんな興味ないだろうさ。それに、本邸からは馬で三十分もかかる距離にあるんだよここ」


 別邸は本邸から離れている。


 それも馬に乗って三十分くらいの距離だ。徒歩だとかなり時間がかかるだろう。


 僕らの住む別邸はゾディアック領の端。辺境に片足突っ込みつつある場所だ。


 別邸は一応それなりに綺麗にしているが、かなりこじんまりとしており、ヴィクトルの態度やゾディアック家からの冷遇が重なり、従者もかなり少ない。


 テレシアの出迎えも僕とローザの二人だけという……なんともまあ寂しい光景だ。


「ヴィクトル様! あの馬車ですよっ! テレシア様が乗られているのは!」


 ローザは興奮した様子で遠くからこちらに向かってくる馬車を見つける。


 貴族が乗る馬車には当主の紋様が刻まれているのが、この世界の通例だ。これは市民に貴族の威光を示すためのものらしい。設定資料集にもそんなこと書いてあったな。


 ただ、僕らはすぐにその馬車に違和感を覚えた。遠目だからもしかしたら……という疑念はすぐに消え去ることとなる。


「紋様が……ない?」


「え? でもテレシア様が乗られているのですからそんな……」


 紋様がない馬車。それに貴族令嬢が乗るものにしてはかなり安っぽい作りだ。


 馬車が別邸の前で止まると、ギギギという鈍い金属音と共に馬車の扉がゆっくりと開く。


「よい……しょっと」


 大きな鞄を一つ、両手で持ち上げた銀髪の少女が出てくる。僕は思わず、その姿に見惚れてしまう。


 ……っていやいや、身体が弱い彼女が一生懸命重たい荷物を持って降りようとしているのにぼーっとしているなんてバカなのか僕は!


「わあっ!?」


 彼女が馬車から降りようとしてバランスを崩す。僕はすぐさま駆け寄り、なんとか間一髪、彼女の身体と荷物を受け止める。


「大丈夫でしたか? ……ってうわっ!?」


 身体を支えようとしたものの、普段外出せず、ろくな運動すらしないヴィクトルの身体では数秒支えるのが限界で、僕は彼女の下敷きになる形で倒れ込んでしまう。


「ご……ごめんなさいっ! こんなことになってしまうなんて……!」


「いや、大丈夫ですよテレシア。僕は平気です」


 チラリと首元の鎖骨と、服の下にある小さな膨らみが見えかけたところで、咄嗟に視線を逸らす。


 銀の髪をたなびかせ、蒼い瞳で僕を見つめる少女。表情や顔つきはまだまだ幼いが、作中での成長後の姿の面影はある。


「初めましてテレシア・アスクレピオス様。貴女が来るのを心より待っていましたよ」


「ぇ……? は、はい。こちらこそ初めまして。ヴィクトル・ゾディアック様。不本意ですがこんな形になってしまい申し訳ありません」


「いいえ大丈夫ですよ。けれど……できれば早めに……無理がない速度で退いてもらえると助かります」


「…………はい、そうですよね」


 テレシアは頬を赤く染めて、僕から顔を背けてそう口にする。


 これが僕らの出会いだった。



***



「………………」


「………………」

 

 中庭に移動した僕らは対面に座りながら無言を貫いていた。


 今、ローザが紅茶と茶菓子の準備をしているのだが……これは中々に気まずい。


「……長旅で疲れたでしょう。ろ……従者がお茶の準備をしてくれています。少々お待ちを」


「ありがとうございます。心遣い感謝します」


 ニコリと微笑んでくれるものの、なんだか距離を感じてしまうんだよなあ。


 ローザ早く戻ってきて!と内心叫びたいが、そうも言ってられない。


 このまま無言の状態が続けば初対面は最悪、僕はテレシアの標的にロックオンされていつか殺されかねない!


 それだけは絶対避けなくては……!


「……驚いたでしょう。突然の婚約、それも僕が相手だなんて」


「そうですね。栄えあるゾディアック家。まさか一男爵家の娘である私が、公爵家である貴方と婚約だなんて……夢にも思いませんでした」


 さっきから表情は笑ってるけど、目が笑ってないんだよね彼女。


 漫画やアニメ的表現でいえばハイライトが消えてる感じ。彼女の瞳にはどんな風に僕が映っているのだろうか……?


「そう……ですよね。ですが、この婚約はテレシア様、貴女の治療を目的としたもの。未熟な身ですが、僕の錬金術で貴女の病を治せるような魔法薬を開発いたします」


「……っ、私の病気のこと知っての発言でしょうか? 不可能ですよ。なにせ私のエーテル病は先天的。それもこれも」


 彼女はまぶたをゆっくりと閉じた後、見せつけるかのように紋様を浮かび上がらせる。


 白い肌には似合わない漆黒と紫紺の紋様が全身に浮かび上がっている。それだけじゃない。ゆっくりと開いた瞳にさえ紋様がしっかりと刻まれているのだ。


「私の高すぎる魔法への適性がそうさせているのですから。誰も彼も、私の前で同じようなことを言った人たちはこの紋様を見て言うことを変えた」


 ギリっと奥歯を噛み締めるテレシア。中庭に来てから感情をあまり表へ出そうとしていなかったけど、今となっては憎しみのような、悲しみのような、あるいは怒りのような……負の感情を表情に滲ませている。


「それだけの魔法の才能があるなら仕方ない。

 むしろそれだけの才能があるのに、身体が弱いだけで済んでいるのは奇跡だ。

 身体を治そうなどと欲張ったことを言うんじゃない。

 私には無理だ。手に負えない。こんな化け物。

 天才として生まれ、天才としての責務から逃げるつもりか。恥を知れ。

 これら全ては私が言われた言葉の数々です。そして貴方もそう言うに違いない」


 テレシアが淡々と語った言葉。


 同じ言葉を僕は知っている。それはアステリズムクロスのイベントでのこと。


 仲間にならないか、治療方法を共に探さないか?と手を差し伸べた主人公へ、テレシアは淡々とそう告げた。


 テレシアは生まれながら魔法への適性が高すぎた故にエーテル病になった。強すぎる力は悪影響を及ぼす。彼女の場合、生まれながらにして身体が弱いのがそれだ。


 だけどそれは裏を返せば、唯一無二の才能を持つことと同義。


「他人から羨望され、嫉妬される。才能があるのだから普通の生活なんて送れなくても文句はないだろうと。貴方もきっと……」


「……貴女が抱えていることは分かりました。テレシア様が言いたいこと、本音の数割にも満たないでしょうが、それでも僕に貴女が抱えているもの、少しだけ背負わせてください」


 僕はテレシアの目をまっすぐと見つめて言う。


 テレシアは僕の言葉に驚いたのか、ハッと目を見開く。そしてすぐに僕から視線を外した。


「……貴方のことは噂で聞いています。そんなことを言うような人ではないことも。私を懐柔しようとして……いったい何が目的ですか?」


「婚約者が抱えている問題を解決したい。そのための婚約なのだから、そう言うのは当たり前じゃありませんか?」


「……貴方は本当に私を救うつもりなのですか? 家のお荷物を押し付け合うだけの婚約で……」


 彼女の言う通りだ。この婚約に愛はなく、両家の都合でしかない。


 アスクレピオス家はゾディアック家に頼み込んでいる以上、テレシアはそれを断ることはできない。たとえどんなことがあったとしても。


 アスクレピオス家に良心があればよかったのだけど、あいにくとそんなものはない。テレシアは道具として使われているだけだ。


「じゃあ、これがお荷物を押し付け合うだけの婚約じゃないってこと、貴女にも、みんなにも示してみせましょう」


「……本気ですか? 私の病を治せるとでも?」


「治します。僕が僕の錬金術で……!」


 テレシアが黒幕と繋がる理由。それは病気のことだ。


 テレシアは黒幕に病気を治す代わりに、手駒になれという取引を受け入れる。


 僕の破滅を回避するためにはテレシアからの信頼はもちろん、黒幕から遠ざかる必要がある。だからテレシアの信頼を少しでも獲得し、彼女が黒幕に頼らなくても済むように僕が彼女の身体を治す。


「随分と必死ですね。まるで自分事のかのよう」


「ええ。自分事ですから。貴女の問題を解決するのは」


「……ふふっ、面白いご冗談を」


 いや冗談じゃないんだけどね!?


 まあでもこの時点で黒幕と繋がっていないテレシアにとって、僕がこんなにも必死な理由は分からないし、冗談って聞こえてもおかしくないけど。


「好きになさるといいです。貴方がそこまで言うなら、期待はしませんが何も口出しは致しません」


「……必ず期待させて、その期待を超えてみせます」


「ふふっ。そんな未来が来るといいですね」


 テレシアはさっきとは違い、少しだけ柔らかく微笑むのであった。

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