第6話 悪役錬金術師、婚約者と出会う準備をする
「……ヴィクトル様起きてくださいっ! こんなところで寝ていたら風邪をひきますよ!?」
僕はローザの声で目を覚ます。
ボヤけた視界の中、完成した魔法薬と心配そうに顔を覗くローザが見える。
「ああ……おはようローザ。もうそんな時間か」
「はい。おはようございます。ヴィクトル様、また夜通しで錬金術をしていましたね?」
魔法薬による金策を始めてから一週間。
結果を先に言えば金策はかなり上々だった。苦戦したのは初日くらいで、それ以降は魔法薬の買い手がつき、資金と素材は安定して供給されている。
これも全て、外で色んなことを担当してくれているローザのおかげだ。
「ごめんね。つい、新しい道具を試してみたくてね」
「むむ……っ! 錬金術となるとすぐにそうなるんですからっ! 注意してくださいと何度も……。まあいいです。それよりもテレシア様へお渡しする魔法薬は……」
「完成したよっ! 結構ギリギリだったかな?」
僕は机の上に置いてある小瓶を指差す。
そこには綺麗に透き通った青色の液体が詰められており、それは時折輝きを発している。
「これが……っ! これって、噂に聞くエリクサーというやつでしょうか!?」
「いいやハイポーションのはずだよ。ネクタルを使おうと思ったけど、まだまだ使いこなせないかなと思ってね。取り敢えず、今の設備で作れそうなもので、最上位のやつを作ったつもりだよ」
アステリズムクロスの錬金術はスキルレベルと設備レベルを参照する。
高度な錬金術ほど専用の設備を必要とし、その分かかるコストが倍増する。
しかし、その手間やコストの問題を解決すると、強力なアイテム群を次々と作り出すことができてしまうのだっ!
「エリクサーを作ろうとするなら、この屋敷ごと改築しないと無理かなあ……。それか、新しく領土をもらうか」
「それは……規模が大きすぎて、私には分かりかねます。錬金術とはそれほど、大掛かりな物なのでしょうか?」
アステリズムクロスの領地開拓で、錬金工房という施設がある。これのレベルを上げて、色んな設備を開放していくというのが設備レベルの上げ方だ。
アステリズムクロスだとエリクサーや賢者の石といった最上位のアイテムを作り出すためには屋敷並みに大きな錬金工房が必要となる。
「まあね。ただ、紋様なしあるいは錬金術への適性が並とかの場合の話だから、高い場合はどうなるか分からないけど……」
アステリズムクロス、なんと最初から錬金術に適性があり、錬金術がメインのキャラクターは存在しない。
一応仲間側だと主人公とエルヴィーラが錬金術への適性が高く、作品全体となるとテレシアやヴィクトルが上位に入る。
ただ主人公もエルヴィーラも錬金術への適性を得るのは中盤以降。二週目主人公とかなら別だけど、これは錬金術がゲームのバランスブレイカーな一面を持つためそういう仕様になっているのだろう。
「ヴィクトル様なら設備とか関係なく、素晴らしい錬金術が出来ると思っておりますっ! なにせ、日に日に練度は上がり、かなり高品質な魔法薬を作ることもできているじゃありませんか!」
「そ、そうだね……。近いから少し離れてくれないかな?」
ローザはぐいっと僕の方へ身を乗り出してそう口にする。
ローザの言う通り、金策のための魔法薬は日に日に高品質なものが作れるようになってきている。
今では素材の品質に関わらず、一定以上の品質は安定して作れるようになった。
ゲームだと今の設備じゃ無理なはずなんだけど……錬金術の適性が高いからそうなっているのか?
「それじゃあ、この魔法薬はいつもの方法で。値段とかはローザに任せるよ」
「はい、わかりました。ポーション五十個、力のポーションと守りのポーションそれぞれ二十個ずつ、完璧に売り捌いてきますっ!」
最初は魔法薬一個作るのに一時間ペースだったけど、一週間で慣れやコツを掴んだおかげで一個当たり十分程度で作れるようになっている。
まだまだ製作スピードについては伸ばせるだろうという確信があるほど、錬金術への理解は深まりつつあった。
「さて……明日ですが。テレシア様が初めて我が屋敷に来られます……ってヴィクトル様?」
「ああ……そうだった。そうなんだよね。いや、彼女が来るとなると緊張してきて」
先程、テレシアに渡す魔法薬を聞かれた時、ギリギリ完成したと僕は答えた。
そう、明日、テレシアが僕の屋敷にやってくる。
この予定はかなり急に決まったことで、父上にとっては僕の予定などどうでもいいのだろう。一方的に手紙でそう伝えられた。
おかげで睡眠時間を削って魔法薬の試作をする羽目になったのだ。なんとか間に合ってよかった……っ!
テレシアの身体を蝕んでいる病気についてはゲームの知識で知っている。
エーテル病。主に大量の魔力を浴びた時、もしくは魔法への適性が高すぎる場合に起こる病だ。
不治の病と呼ばれており、身体に様々な悪影響を及ぼす。身体の一部機能が損なわれたり、歩行すらままならないほどになったり、視覚や聴覚といった五感が弱くなったりと……その症状は多種多様だ。
それを治療する手段はない。作中テレシアはずっとこの病に苦しむ。
「この魔法薬だって、どれほど効果があるのか分からない。そもそも彼女が僕を信じて飲んでくれるのか……」
「そこは大丈夫かと。当主様からの手紙ではテレシア様の治療を目的とした婚約であると記載されていましたので」
僕とテレシアの婚約は政略結婚だ。領地拡大や両家の関係良好化を狙った。
しかし対外的にそれを言うことはない。表向きは、テレシアの治療目的だ。ゾディアック家が格下であるアスクレピオス家に手を差し伸べたという構図。
「それは表向きなんだけどね……。僕にその気があっても、彼女にその気があるか」
「そこはほらっ! ヴィクトル様がお変わられたことを証明すれば大丈夫だと思いますよっ! こんなにも努力してテレシア様のための魔法薬を作られたじゃありませんか!」
ローザがそういって励ましてくれるのはありがたい。けれど、やはり不安が残る。
ゲーム内だと腹黒で本心を誰にも見せず、特大の闇を抱え、人並外れた頭脳を持つキャラクターだ。
この婚約の意図は当然理解しているだろうし、僕の評判の悪さから信用や好感度はないといってもいいだろう。
果たしてそんな人に僕の善意が伝わるのか……かなり不安だ。
「考えても仕方ないか……。ローザ、それを売ってくるついでにこの茶葉と茶菓子を用意できないか?」
「どれですか……? ってこれ、本当ですか!? ままままさか、テレシア様にこれを差し出せとか言うんじゃないでしょうね!?」
「そのまさかだよ」
「だ……だめですっ! こんな物を出したらヴィクトル様の信頼が……! せめて高級茶葉と高級茶菓子を……!!」
僕が差し出したメモを見て、必死の形相でローザは止めてくる。
ローザの反応はわかる。しかし、ゲームの知識だとこれが最適解なのだ。
「まあまあ、騙されたと思って。それに僕が今出せるようなお金じゃ、買ってあげられるものもたかが知れているからね。先ずはこの通りに……っ!」
「ヴィ……ヴィクトル様がそう言うのなら。ですが男爵家とはいえテレシア様は貴族令嬢。果たしてこんな物を好んでいただけるでしょうか……?」
不安そうに視線をメモに落とすローザ。
まあそう言われても仕方ない。僕もゲームをやっている時、意外な物を好んでいるんだなと思ったくらいだ。
「じゃあ頼んだよローザ。僕のためだ。しっかりと仕入れてくれるね?」
「わ……分かりました。ヴィクトル様のことを信じますよっ!」
ローザはそういって部屋を出ていく。ゲームの知識が通用するなら、彼女の好みも同じだろう。
「さて、どうなるかな……」
推しキャラを目の前にするという興奮と、少しでもしくじれば破滅に近付くかもしれない恐怖。
テレシアの闇は深い。ここで僕が彼女の標的になったら終わりだ。
だから上手いこと切り抜ける……! そして願わくば。
「……彼女が幸せになれるように努力しよう。彼女が黒幕の言いなりにならなくて済むように」
僕はぎゅっと手を握りしめてそう口にするのであった。
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