第5話 悪役錬金術師、金策を始める
「ええっ! お任せください! ヴィクトル様が望むことなんだってやってみせますとも!」
ローザは身を乗り出しながら自信満々に僕へそう告げる。
その眼力の強さや迫力に少し気圧されつつも、僕は彼女へ自分の考えを伝える。
「ローザに頼みたいことは僕が作る魔法薬を街で売って、材料を揃えてきて欲しいんだ。この家にある材料じゃ心許ないからね」
「わかりました。……ですがヴィクトル様。わざわざそんなことせずとも、秘境で素材を採取した方がよろしいのでは?」
「秘境の素材は貴重すぎるし、なにせ早々簡単に使いたくないんだ。今は少しでも多くお金と素材が欲しい。錬金術をするための設備も整えたいしね」
目下最大の悩みは資金と素材不足だ。
ゾディアック家からの支援は期待できず、ヴィクトルが使える資金はわずか。
それに錬金術をするための設備も乏しく、このままじゃどんないい素材を仕入れたところで宝の持ち腐れだ。
一旦は秘境の素材は使わずに保管し、手軽に手に入るような素材で資金集めをしたい。
「でしたら……少し勿体無いですが、秘境の素材をそのまま売ってしまった方が手軽ですぐにお金が入るかと……」
「それも考えたんだけどね。それは一度に大金を得られるが、同時に本邸の人達がなんて言うか分からないからね。秘境の存在はまだ伏せておきたい」
「なるほど……。ですが、秘境を見つけたと報告すればヴィクトル様の待遇も少しは良くなるのでは?」
……いや、それはない。ヴィクトルの記憶と、ゲームでの悪辣さを思い出す。ヴィクトルの父は冷徹、人を駒としか見ていないような悪虐さを併せ持つ。
とうの昔に信頼することをやめたヴィクトルの言うことを聞くはずがないし、秘境を見つけたという手柄を自分のものにして、ヴィクトルの待遇改善など一切しないだろう。
「いやそれはない。父上がちょっとやそっとじゃ僕のことを認めてくれないだろう。僕の能力の高さを見せつけない限りはね」
「そう……ですよね。なら秘境は……」
「しばらくは僕とローザだけの秘密だよ。僕のこと、信じてくれているんだ。簡単に話したりしないだろう?」
「……っ! そ、そんなふうに信頼を寄せるのはどうかと思いますよっ! そ、それに私達だけの秘密だなんて……そんな想い人みたいなこと」
ローザは顔を真っ赤にして、ぶつぶつと呟いている。
これは……一体どうしたんだ?
「ま、まあヴィクトル様のお考えは理解できました。最初の質問に戻らせていただきます。何故、秘境の素材ではダメなのですか?」
ああ、そういや話が二転三転したせいで、その理由を話すの忘れてたや。
「理由はいくつもあるけど……、先ずは錬金術に慣れていくために錬金術の数を打ちたい。それには安価な素材で作る簡単な錬金術がうってつけだと思ってね」
「そんなことせずとも紋様の力があれば錬金術への理解はしているのでは……? 私はてっきりもうテレシア様にお渡しする魔法薬を作るものとばかりに」
「それも同時並行してやるさ。ただ彼女に渡す魔法薬の素材は貴重だ。秘境があるとはいえ、あそこに何度も行けばいずれ誰かにバレてしまう。限られた資源は最大限、最高効率で使いわなくちゃね」
テレシアに渡す魔法薬の試作。それと金策用の魔法薬の製作。
その二つを同時にこなす必要がある。僕の錬金術への経験値や設備、残された時間などを含めると同時並行するしか道はない。
「それに安価な素材ほど、たくさん錬金術をできるし、その分儲けが大きい! 軌道に乗れば色んな設備を買えるだろう!」
安価な素材アイテムをかき集めて、それを魔法薬や魔道具、武器にして売るのはアステリズムクロス王道の金策手段だ。
魔法薬は薬草や水といった最低価格の素材から作れ、売ることに成功すれば稼ぎはかなり大きい。
僕とローザの労力さえかければお金には困らない。量産体制が整えば大量生産、大量に売りつけて大金を……おっと、ついついお金の話を。
「お金を生み出せるということは、父上の信用を得るためにも必要なことだ。これ以上なく分かりやすく自分の価値を示せるからね」
「流石ですヴィクトル様……っ! そこまで考えていられるとは! ローザになんなりとご命令ください! 完璧にその仕事をこなしてみせましょう!」
錬金術や破滅を回避するためにとにかくお金が必要だ。
高度な錬金術を行なうためにもお金を稼いで別邸の環境改善、設備投資、素材の安定供給など、やらなくちゃいけないことは沢山ある。
この辺はゲーム序盤の何もかもが足りない状況で四苦八苦していた時期と似ていて、なんだか楽しくなってきた。
シュミレーションRPGの面白さの一つに、資源やレベルなどが足りない状況で攻略のために何をすべきなのか考えるところがあると思っているから。よりワクワクしてしまう。
「先ずはローザにはこれらの素材を可能な限り集めてきてもらえないかな。取り敢えず予算はこれだ」
「ヴィクトル様からお金を出すなんて……。私もお給金は貰っています! そのお金を」
「いいよ。こういうのは僕が出すものだ。それにローザはお金が必要になる場面があるかもしれない。それはその時のために取っておくものだ」
「ヴィクトル様……分かりました。それが主の意向ならば従者である私が断るわけにはいきません」
ローザは僕の書いたメモとお金を受け取ってくれる。
ちなみにそれは僕が今使える全財産だ。公爵家の息子の全財産が2000ゴールドだなんて……。主人公の初期資金が5000ゴールドだったことを考えるとかなり少ない。
錬金術に使えるような素材もそれほど多くは仕入れられないだろう。これはしばらく魔法薬を作って、売っての繰り返しになりそうだ。
「ですが……資金としては少し心許ないですね。この資金ですと、良質な素材は期待しない方がいいかと」
「うぐっ……! 平凡、最悪は劣悪品でもいいよ。なんとかするから」
「ああいえっ! そんなふうに落ち込まないでください! 失言でした!」
「いや、大丈夫……。その通りだから。劣悪品でも魔法薬にしてしまえば利益は出るから」
魔法薬を作るための素材が合計100ゴールド必要だとして、出来にもよるが魔法薬にすれば200ゴールド以上で売れるだろう。
これはゲームを元にした計算だから、もう少し複雑になるだろうけどおおよその目安はそれくらいだ。
「まあでも可能な限り劣悪品は避けてね。できれば水の品質はいいものがいいかな」
「分かりました。では水だけは品質を気にするようにしますね」
アステリズムクロスの錬金術は素材にしたアイテムの品質によって出来上がりが左右される。
魔法薬系なら水系の素材が悪いと、出来はかなり悪くなってしまう。回復薬に毒状態のデバフ付与とかあるから、売りに出す以上そういうのは避けたい。
それはそれで後々使いたいけど、それは当分先の話だ。
「では行ってきますヴィクトル様。いい報告を楽しみにしてくださいね」
「ああ、頼むよ。ローザに今後の資金状況がかかっているといってもいいからっ! 特に僕の未来を左右するほどのっ!」
「ふふっ。ヴィクトル様ったら、大げさなんですから」
ローザは僕が冗談を言っているかのように軽く笑う。
……いや、冗談じゃないんだけどね!? 大げさでもないんだけどね!?
とにかく、僕の破滅回避のための第一歩がこうして始まるのであった。
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