黒猫と少女の魔法革命

蓮葉れん

黒猫と少女の魔法革命(短編)

「そうだわ、クロ!空が飛びたいわ!」


「はぁ、いきなり何を言い出すんだいアリス。空なんて飛べる訳ないじゃないか」


 突然の少女の発言に、黒いネコの姿をしたクロはジト目で返す。また、いつものアリスの発作が出たのだろうと思った。

 アリスに返事したクロは、当然ただの黒猫ではない。アリスの使い魔だ。本人は使い魔としてのクロという名にとても不満を抱いているが……。


「魔物は、空を飛べるじゃない。じゃあ私も空を飛べるはずよ!」


「魔物は翼があるだろ。アリスのどこに立派な翼が生えてるのさ」


「それは……。でもでも翼が無くても空は飛べると思うの!というか、私は空を飛びたいの!飛びたいったら飛びたい!」


 クロの反論に、アリスは感情的に返答する。

 いつものお決まりのパターンに入った。クロは思う。いつも通りなら、この後クロは実験台になり、散々な目に遭うのだ。

 服を乾かす魔法の時は、立派な尻尾がチリチリになり、髪を伸ばす魔法の時には、伸び過ぎて団子の様になった。


「さぁ、善は急げよ!クロ!付いてきて」


 そう言い放ち、ご機嫌に家から出ていくアリスの後ろ姿を見て、クロは溜め息を吐く。

 どうか、今回は何事も無くアリスの魔法実験が成功する様に神に祈りながら、クロはアリスの後に続くのだった。




「よし、じゃあまずは簡単な方法からね」


『風よ、お願い』


「ギニァァァァ……」

  

 クロは飛んだ。それはもう、ものすごい勢いで飛んだ。

 一応、大きな観点から見れば、それは空を飛んだと言えなくもないかもしれない。飛んでいる当の本猫からすれば、絶対に認めたくないだろうが。


 アリスが、風の精霊にお願いすると同時に、どこからか猛烈な風が吹き、クロは空高く舞い上がった。しかし、アリスが願ったのは、クロを空へと打ち上げる事のみ。当然、その後、風が無くなればクロはどうする事も出来ず重力に任せて落ちるしか無い。


「ギィニャァァァァァ……!」


 打ち上げられた時よりも大きな叫び声を上げながらクロが落ちてくる。


『風よ、受け止めて』


 アリスの魔法により、なんとか地面スレスレで止まるクロ。クロの心臓は破裂しそうな程、鼓動していた。


「なんて事をするニャ。死ぬかと思ったニャ」


 驚きのあまり、語尾がおかしくなる。

 しかし、そんなクロを他所目に、アリスは今の魔法の改良を考える。


「今のは、イメージが足りなかったのかしら。それとも風の精霊だけに頼るのは無理があるかしら。そうだわ、熱い空気は上に上がる……じゃあ火と風の精霊にお願いして……」


「待って、アリス。ちょっと休憩を……」


 クロの声など、集中したアリスの耳には入らない。


「よし、いくよクロ」


『火と風の精霊さん、お願い!』


「ギニァァァァ……」


 クロの絶叫再びである。

 しかし、今度はある程度打ち上がった所で、動きが緩やかになる。火の精霊にお願いした事で、クロの下に目には見えない温かい風が溜まり、安定させているのだ。まだ飛んでいるとは言い難いが、浮かんでいるくらいには見える。

 クロも生まれて初めての空からの景色に目を丸めながらも楽しんでいる様だ。


「おっ、上手くいった。この感じで、後は横から風の精霊にお願いすれば……」


『風よ……!』


 クロが浮かんでいる状態から、横に動き始める。それは、まさしくドラゴンの様に……とまではいかないまでも、空を飛んでいる様だった。

 しかし、温かい空気は限られているわけで、クロが横に移動すれば、それに合わせて移動させなければ、浮かんではいられない。

 

 当然落ちる。


 そして、今回はアリスも油断していた。一度浮かんだのだから大丈夫だと思っていたのだ。

 結果は……。


「ギィニャァァァァァ!」


 大人三人分程度の高さから、クロは落ちる羽目になる。そして、今回はアリスの魔法も間に合わず、地面に墜落した。


「うぅ、酷い目にあった……」


 そこは、猫としての俊敏さもあって、無事に済んだクロだったが、驚いた事に違いはない。


「今のは、惜しかったわね!クロ!」


 クロがそんな目にあっても、アリスはお構いなしである。使い魔としてのクロを信用しているのか、実験に夢中になっているのかは定かではない。


「ちょっとは心配して欲しいよ……」


「さぁ、今度こそ成功されるわよ!」


『火と風の精霊さん!お願い!』


 今度は、ゆっくりとクロの体が浮かび上がり、そのまま横に移動する。


「おっおぉ、すごい、すごいニャ!」


 クロも、ようやく人生初めての飛行に興奮気味である。


「よし!じゃあ私も!」


 アリスが再び精霊にお願いすると、アリスの体が浮かび上がる。そして、地面から少し浮き上がったところで安定する。


「やったわ!成功よクロ!」


 そのまま、空を楽しそうに縦横無尽に飛び回るアリス。二回のクロの犠牲は無駄にならず、まだぎこちない所はあるものの、確かにそれは、空を飛んでいた。


 その姿を見たクロは、文句を言おうとしたのも忘れて、保護者の様な目つきで楽しそうなアリスを眺めるのだった。


 こうして、人類として、初めて空を飛んだアリスの魔法は、その後体系化されて、魔法の使える人類は、飛行手段を持ったのでした。

 

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