第10話 様々な想い

 その後、3人は少し休憩をして森に魔物を狩りに行っていたダンとレオの帰りを待った。そして、全員が揃ってから今日あった事を二人に話す。レオはもちろんだが、ダンも珍しく興奮した様子だった。これによって低級ポーションのレシピを覚えられたのであれば他も、と言う話になってくる。それは調薬に限った事なのか。他では効率化を発動出来ないのかなど、様々な事で4人は話し合い意見を交わす。それをエルは聞き逃さぬように集中する。自分でも出来そうな事は時間が許す時に試してみないといけない。


 とりあえずは【効率化】の研究を勧めつつも、今後は極力スキルは使わずに従来通りの調薬も続けていこうと言う事になった。それはやはりサームとエルボアの基本方針でもある魔法を使った効果向上した調薬はもちろん必要だが、それよりも体にしっかりとした技術を身に付けるべきだと言う考え方。エルもこの方針を守り、その後も調薬作業は続けていくとサームと確認をした。


 その後、3日ほどは変わらず効率化が使えるかどうかの確認でスキルを行使したが、それ以外は依然と変わらず基礎を徹底していく内容で勉強は進んでいく。

 各自、色々と予定があり食事なども各自で取る形が多くなりがちだが、ジュリアの提案で夕食だけは出来る限り時間を合わせて皆で取ろうと言う事になり、夕食時に各自の報告などを行っている。エルはその夕食でたまに聞けるレオ達『創竜の翼』の今までに受けた依頼や出会った人や行った事のある街の話を聞けるのが本当に楽しみだった。

 普段の勉強も興味が多い事がたくさんで楽しいのだが、特に前のめりに興味を示すのがサームやジュリアが指導している大陸の歴史や種族間・国家間の歴史の変遷などである。これは興味があれば日を改めてもう一度聞き直し、自分の中で知識を反芻するような形で頭に叩き込んでいた。


  ・・・・・・・・・・・


 王都ロンダリアの城内。長い廊下を厳しい表情で歩くオーレル。先の報告から本日行われた報告会であったが、結果としてオーレルの望むような内容とはならなかった。オーレルからの報告にどの分野を担当する大臣や担当官達も報告に感謝したが、結論としては早急には動けないと言う内容だった。

 帝国の奴隷対応に対して早急な調査に乗り出したいオーレルだったが、それに対して難色を示したのは他国のと交易を担当する貿易局の大臣と担当官。そして他国との様々な交渉を引き受ける渉外担当の文官達だった。


 未成年奴隷の取扱い違反があったとは言え発覚したのは一件であり、それもどれほどの違反があったのか詳細が分かっていない状況で『国として動く』事に難色を示した。であるならば、陽炎と竜の牙が独自に調査をするので許可を出してくれと言うと、国として他国の統一法違反の調査許可は出せないの一点張りだった。

 幻霧の森を含めた各国の国境干渉を禁止してから間違いなく王国の他国への姿勢は軟弱化した。その事を王や王政に対して声を上げる貴族もいるが、いまだ何も変化はない。戦争も無く、表立った対立も無く200年以上の時が過ぎれば人は変化する事への恐怖を感じ始める。

 今のままならば特に困るような事が無いならばそのままにしておけば良い。変化や変革を起こすならば自分がその担当から外れてから起こしてもらいたいと言うのが、各担当官からは薄ら見えている。


 帝国がもし国単位で未成年奴隷の取扱い違反をしているのであれば、他国から身寄りの無い未成年を誘拐・拉致する可能性もあるのだ。そこからまた争いの火種となる事も十分にありえる。

 腹立つ気持ちを抑えながら廊下を歩くオーレルを後ろから引き留める声がする。振り返ると宰相のサルナーンと防衛担当の大臣スレッグ・ウェグナーだった。二人は駆け足でオーレルに近寄るがオーレルの厳しい表情を見て、自らも表情を硬くする。スレッグがオーレルへ頭を下げる。


 「オーレル殿。誠に申し訳ない。これほどの報告を挙げていただきながら、お力添え出来ぬ我が無力をお許しくだされ。」

 「何を言う。スレッグ。あれ以上おぬしがワシへの同意を続けておれば国政の場が割れる。それはしてはならない。礼こそあれど責めるなど。頭をあげよ。」

 「師よ。この度の決定には私どもも納得はしておりません。今後も各所の説得を続け、国家として動けるよう努力していきます。」

 「サルナーンにも苦労を掛ける。何より王に申し訳が立たぬ。もう少しこちらで調べる。また報告させてもらおう。」

 「もちろんでございます。こちらも影で数名を帝国国境の街までは調査に出させます。今の状況では国境を越える事は出来ませんが何かしら情報あれば師にもすぐにお知らせいたします。」

 「うむ。頼む。」


 オーレルはサルナーンとスレッグそれぞれと握手を交わし、王城を後にする。まずは自分の口でエルの事を報告出来た事は良しとしなければならない。帝国側の事に関しては急ぐ気持ちもあるが、時間をかけていかなければ事は動きそうにない。焦らず確実に証拠を掴んでいかなくてはならない。


 オーレルは各所の情報を掴むため王都の自宅へ向け馬車へと乗り込んだ。


  ・・・・・・・・・・・・・


 今日も広場には子供達の大きな声があちこちで聞こえてくる。そんな子供達の輪から少し離れた場所で四人の子供が木剣を使って打ち合いをしていた。その傍には一人の男が子供達の打ち合いを見守っていた。屈強な体に見事な赤い鎧をまとった冒険者ザックだった。

 今日はレミト村へと物資と家畜の運搬依頼で訪れていた。最近厳しい依頼ばかりだったザックのクラン『紅蓮ぐれん』のメンバーは気分転換と少しの休暇も兼ねてこのレミト村への物資運搬依頼を引き受けた。


 そんな時に創竜の翼のメンバーでもあるオーレルからある頼みごとをされた。レミト村にある孤児院の子供達の遊び相手になってやってほしいと言うおよそ白金冒険者から頼まれるような内容では無いのだが、これにクランの女性メンバーが乗り気になった。

 無事に依頼を終え孤児院にやってくると最初は遠巻きに自分達を見ていた子供達もオーレルやレオ、そしてエルの知り合いだと分かると一気に打ち解けてくれた。そして、その子供達の中にワックルトの冒険者ギルドで会ったリックとルチアがいた。二人はこの孤児院で暮らしていると聞いて驚いた。

 シスターに話をきくと創竜の翼がレミト村を利用する冒険者と共に孤児院の運営を援助していると話してくれた。


 レオもダンも水臭い。一言相談をくれれば自分だって力を貸せたのに。

 いや、あいつらの事だ。ワックルトの冒険者の世話役をしている自分達にこれ以上面倒は頼めないと気を遣ったのだろう。本当にいつまでも友人でいてくれる甘い男達だ。

 冒険者の世界は弱肉強食。どんなに口では互いに街の為に人々の為にと語っていようと、自分の生活を潤わせられない者が他人の世話など焼けない。そうなる為に他人を蹴落としてでも伸し上がろうとするのが通りだ。しかし、彼らはいつも協力的で利他的な行動を善としていた。そんな彼らを駆け出しの頃から時には競い、時には協力しながらザックは紅蓮は強く大きくなっていった。

 紅蓮に集まるメンバーも自ずと協力的で他者の為に苦労を厭わない考えの持ち主が集まるようになった。ザックは本当にレオ達に感謝をしていた。だからこそ、彼らの助けになりたかった。


 女性メンバーは買いだしてきた食料を使って料理に興味のある子供達に簡単に作れる料理を教えていた。男性メンバーは他の子供達から話を聞くと、リックやルチアの他にも冒険者を目指している子がいると聞き、ザックが代表して簡単な打ち合いを指導した。

 冒険者志望の子供達は普段から訓練しているのか木剣の振りはなかなか様になっていた。最初にザックが子供達の木剣を受け、それぞれに課題や修正点などを伝えて互いに打ち合いをさせる。打ち合いと言っても怪我を極力控える為に一方を攻撃側、もう一方を防御側としてその役割に専念した打ち合いだ。

 実戦にはまだ遠い内容だが、こう言った稽古も十分に効果的だ。


 自分達も殺伐とした依頼から解放され、子供達の笑顔に存分に癒された。次にレオ達が訪れた時の為に手紙をシスターに預けて村を去った。シスターも子供達も本当に感謝してくれた。

 シスターの話では領主様への兼ね合いもあり支援は内密に行っているとの事だった。事情を了承し、今後も何か困った事があればワックルトの冒険者ギルド宛に手紙を送ってほしいとシスターと話した。


 しかし、エルはここにはいなかった。と言う事は彼は孤児院では無くどこか別の街に住んでいてリック達とパーティーを組んだと言う事なのか。


  ・・・・・・・・・・


 ワックルトの宿屋『森狸の寝床』の食堂スペースに一人の女性が座っていた。夜も深い事もあり、食堂スペースにはノーラとジョバル以外にはその女性しかいない。厨房で用事を済ませた二人は人数分のホットミルクの入ったカップをテーブルに置く。女性の前にカップを置くと大事そうにカップを両手で持って美味しそうに一口飲んだ。


 「珍しいね。姫が一人でここへ来るなんて。どうだい?牙の皆とは上手くやれてるかい?」

 「うん。ドゥンケルも優しいし、他の皆も分からない事はすぐに助けてくれるわ。でも、私がまだ力になれなくて・・・」


 姫と呼ばれるその女性は寂しそうに俯く。食堂のランプによって女性の皮膚の鱗がゆらゆらと艶やかな色で照らされている。 


 「まだ牙での活動を始めて間もない。ゆっくり仕事を覚えていけば良い。翼にいた時もそうだっただろ?」

 「うん。今日はノーラさんとジョバルさんに会いたくなって。明日はお休みだってドゥンケルが言ってくれたから。ごめんなさい。こんな夜遅くになってしまって。」

 「良いさ。うちにはいつ来てくれても良いんだよ。あたしたちだって姫に会えて嬉しいんだから。たまには顔見せてくれないと寂しいよ。」


 ノーラの言葉に姫はぱっと表情を明るくする。そんな姫を優しくジョバルは撫でる。姫は気持ちよさそうに目を閉じて頭をジョバルに預ける。


 「エルに会ったんだって?どうだった?」


 その言葉に姫は急に顔を真っ赤にして下を向く。今まで甘えているような言葉遣いから急に仕事用の硬い口調へと戻る。


 「わっ・・・私の見た限りではだけど魔力の流れは他の人族ヒューマンとは少し違うように感じた。何か表面的ではなく深い場所を漂っているような。今の彼を知らないから早計な判断は出来ないけれど、彼の魔力を生かせる職業に就くならばおそらく素晴らしい功績を残せるだけの魔力を持ってると思う。」

 「そうかい。魔力はかなり高いようだね。・・・で?人柄はどうだったんだい?」


 姫はチラッとノーラを見るが、ノーラはいたずら顔で姫の顔を覗き込む。


 「人柄は宿で世話をしているノーラさん達の方が分かっているでしょ?それに人柄を探れとは指示されていない。」

 「あたしは姫の感じた印象を知りたいんだよ。」

 「・・・・・・」

 「嫌な子だったのかい?」

 「・・・人を種族で判断しない人。人を見た目で判断しない人。私の事を綺麗だと言ってくれた。こんな穢れた私を・・・」


 ノーラはそっと姫を抱きしめる。姫もそっとノーラの胸に体を預ける。幼い頃からずっと守ってくれた人の久しぶりの温かさに姫の表情は落ち着きを取り戻す。


 「姫を姫として見てくれる子がいて良かったじゃないか。それに少し姫の方が年上だけど、私達よりは全然年も近い子だからね。」

 「ノーラさん。私、あの子にもう一度会いたいの。会えるかな?」

 「会えるさ。会ってはいけない人なんていないんだよ。大丈夫。すぐに会えるようにドゥンケルやダン達が場を整えてくれるさ。」

 「うん・・・」


 自分の気持ちを押し殺し、自分を守ってくれる人達の言う事にただただ従順に応えて来た姫の希望。ノーラとジョバルは嬉しく受け止めた。きっとエルとなら良い出会いとなるはずだ。それはエルにとっても。レオ達から伝え聞いた時点では、まだエルの過去についてはほとんど分かっていないとの事だった。もしかしたら姫のスキルがエルの過去を探る何かのピースになるかも知れない。


 姫を抱きしめ頭を撫でるノーラとジョバルを見ながら姫が呟く。


 「あの子はきっと今の自分の魔力をコントロール出来てないはず。ジュリア姉さまではまだそこまでの制御は出来ないわ。私に彼の指導をさせて。」


 そう呟いた姫を優しい笑顔で二人はずっと撫で続ける。エルの周りにピースが集まっていく感覚をノーラは感じていた。

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