第9話 【効率化】

 荘厳なる作りの城砦を抜け、そこからは衛兵の案内と共に城内へと入る。

 長い廊下を抜けた先に重厚で煌びやかな細工が施された入り口がある。人族の半分ほどの身長のオーレルにとってその入り口は背丈の10倍ほどはあろうかと言うほどに大きい。衛兵が中に声をかけ返答があり通される。

 大きなその部屋は謁見と儀式の為に作られた玉座の間だった。


 ここはロンダリオン王国の王都ロンダリア。西ドリア大陸を統一した唯一の英雄、絶対王アウロスと共に統一軍に参加したゼグリア・ロンダリオンが興国し現在までの315年間。ロンダリオン家が国王を継承してきた。現国王は5代目ゼグリア・ロンダリオン(国王は代々ゼグリア・ロンダリオンの名を継承)。オーレルの兄であるゼスト・ロンダリオンが国王を継承した。


 玉座の間には国王ゼグリアと共に宰相や各分野の大臣が王の脇に立ち並んでいた。オーレルは王の前へと進み、恭しく拝謁した。ゼグリア王は笑みを浮かべながらオーレルへ言葉を述べる。


 「懐かしいの!オーレル。よく来てくれた。そなたから謁見の申し出があった時のワシの心の躍り様を見せてやりたかったほどだ。どうだ?変わりないか?」

 「この度は拝謁のお許しをいただきました事、誠の喜びと感じておりまする。我が王におかれましても健勝の御様子に喜び堪えませぬ。」

 「オーレルよ!そのような礼儀はいらぬ!ワシにとってたった一人の弟ぞ!昔と変わらず接してほしいがのぉ。そう思わぬか。サルナーン。」


 そう問われた宰相のサルナーン・ルブルトンは柔らかな笑顔を浮かべながら答える。


 「誠に。オーレル様。久しぶりの王との謁見ではありますが、ここは王のお気持ちに沿われてみては?私も久しぶりに師とお会い出来て大変嬉しく思っております。このように仰々しく我々が並んではおりますが、どうか以前のように接していただけませぬか?」


 唯一の兄弟である兄と幼い頃より勉学と鍛冶を教え込んだ弟子に頭を下げられてはオーレルも従う他ない。苦笑いを浮かべつつも王への態度を改める。


 「では、お言葉に甘えて。ゼスト兄。久しいな。なかなか顔を見せなんで申し訳ない。冒険者としての活動が思いの外に忙しくてな。この通り。」

 「何を言う!オーレル。こうして顔を出してくれた事も嬉しいが、事ある毎にサルナーンを通して手紙で近況を伝え、辺境の様子も伝えてくれておる事。我が国の統治にどれほど役立っておるか。そうではないか?」


 王の目配せに一人の人虎族ワータイガーの男性が頭を下げ同意する。


 「オーレル卿の、我々は報告書と呼ばせていただいておりますが、その手紙は辺境のミラ州だけでなく幻霧の森やそこから繋がる帝国の動きを知る大きな力となっております。防衛を司る私と致しましてはぜひともオーレル卿にはもう少し王都へお越しいただける機会を設けていただけますと助かるのですが。」


 防衛のトップでもあるこの男はそう言いながらも屈託なく笑いながらオーレルを見る。この男も長年の付き合いで、この男がそう言った所でオーレルが王都へ来る機会を増やしてはくれないと分かっていての発言だった。

 通常であれば王との謁見は緊張感張り詰めるような雰囲気になる事が多いが、オーレルが訪れた時にはこうして和やかな雰囲気になる事がほとんどだ。

 オーレルは男の冗談に笑いつつも、王へ今回の謁見の内容を告げる。


 「少し形式通りにいかせてもらう。王よ。この度の謁見においては帝国内における統一法内の奴隷に関する条項の違反の疑いありとの調査結果が創竜の翼内の諜報部隊『竜の牙』と我が部隊『陽炎』の両報告書から出たため、その報告とその結果に至る要因となった未成年奴隷の保護をこちらで請け負った為、それも重ねての報告になります。」

 「なんと!先だっての手紙で記してはいたが、間違いないと言う事か!」

 「はい。今はそれが帝国内全体で行われている事なのか、その奴隷商のみの行動なのかを詳細に調べ上げておる所です。」


 玉座の間は一気にざわめきたつ。西ドルア大陸においていまだに種族間の差別や迫害は国が変われば形として残っている事はあっても、奴隷に関しての扱いは統一法の制定により帝国も承認していたはずだった。今までは他国がそれを違反していたとしてもなかなか証拠を掴めなかった。それがオーレルの報告によって一気に進展した事になる。


 「分かった。明日、関係機関各所を集めもう一度報告を頼む。しばらく王都へいてもらう事になるが構わぬか?」

 「もちろんでございます。」

 「その目下の未成年奴隷はどのように。」

 「我が友人サーム・キミアによって幻霧の森のサーム卿の別邸で匿っております。それには創竜の翼の助けもあり、問題なく保護は出来ております。」

 「そうか・・・なんと。サーム卿が。と言う事はお元気なのだな?」

 「はっ。王の御様子を気にしておいででした。今は創竜の翼、私含めサーム卿も身分を隠した上で未成年奴隷、エルと言いますが。エルと共に生活しております。」

 「そうか。子が無事でなによりじゃ。サーム卿にも苦労をかけてしまうな。よくよく宜しく伝えてくれ。難しいかも知れぬが、またお会いしたいと卿に伝えてくれるか?」

 「畏まりました。」


 そこで謁見は終了となり、明日改めて細かい報告と今後の動きを共有する事となった。事態はこれを持って大きく動き始める事となる。


  ・・・・・・・・・・・・・・・・


 エルの森での生活が少し変わってきた。今までは1日の中で色々な勉強や鍛錬が行われていたが、それを日によって集中して行うようにした。素材集めは4日に一度午前中に行い、それ以外の午前中は魔導学の勉強とレオ・ダンによる戦闘訓練に充てられた。午後は毎日薬学の勉強と調薬の訓練に充てられ、特に低級ポーションの制作を主に進めている。

 この2週間ほど作り続けているが、一度もサームから良しの声は貰えていない。自分でも調薬していてサームが作る物とは瓶詰めした後の色からして違うのだ。何が違うのか毎日毎日違ったやり方や作業にかける時間を変えてみたり力の強弱であったりを工夫しているが、まだ光明は見えてこない。


 そう簡単に出来る物とは思っていない。しかし、これほどまでに入り口すら見えないものなのか。エルは『薬師として資格を得るには8年はかかる』と言われていた意味を実感していた。まだまだ長い道のりを少しづつ歩いているつもりだが、その道のりは残りの距離も分からなければ自分の歩みの速さも分からない。いつ着くとも分からない道のりをただ信じて歩き続けるしかないのだ。

 その努力もエルにとっては楽しみだった。確かに思ったような結果を得られていない事に悩んではいる。しかし、その悩みも試行錯誤もエルにとっては楽しみなのだ。


 エルは今日も作業小屋に籠り、低級ポーションの作成練習をする。一つ一つの工程を思い出しながら、棚から素材を取り出していく。机の上に素材を揃え、椅子に座って目を閉じる。頭の中でサームが何度か見せてくれた制作手順を思い出す。どのように乳鉢で擂っていたか、抽出の作業はどうだったか、どの色になるまで行っていたか、今一度思い起こす。


 その時、すぅっと自分の中に一連の作業が高速で流れる。それは物凄い速さで夢を見ているようなそんな感覚だ。エルは今までと違った感覚に戸惑いながらも思い起こす手順を間違えまいと集中力を高める。その時、自分の中で温かな感覚が急に起こる。これは、魔力の高まりだ。

 なぜ?魔力操作もしていない。なぜ魔力が発生したのか。不思議に思いながらも集中力は切らさない。温かな感覚はジワジワと大きくなっていく。そして、弾ける様に魔力を感じなくなった。


 慌てて目を開ける。すると机の上の抽出に使う水を入れていた小皿の中に綺麗な薄水色の液体が入っていた。慌てて鑑定を行うと、


 『低級ポーション 切り傷・打ち身に最適な回復薬。』


 出来てしまった。何が起こったのか。すると間髪入れず頭の中であの声が聞こえる。


 【魔力生成によって製薬手順の効率化を実施。低級ポーションのレシピを覚えました。】


 成長の声だ。しかし新たなスキルを覚えた訳ではない。覚えたのは、レシピだ。頭の中がこんがらがっているとドアが急に開けられる。ジュリアとサームが飛び込んできた。


 「急に魔力の高まりがあったが、何かあったのか?」

 「エル様、お怪我はありませんか?まさか魔力の暴走では?」


 戸惑いながら二人の方へ顔を向ける。二人はエルに近付き机の上の低級ポーションに気付く。


 「エル様!ついに成功されたのですね!!!」

 「・・・・・・」


 はしゃぐジュリアとは対照的にサームの表情は硬い。冷静に見れば気付くのだ。確かに机の上の小皿には低級ポーションが入っている。しかし、その周りには作成に必要な道具が何一つ用意されていない。それどころかその道具はまだ棚の中にある。

 しかもこれはサームの作った低級ポーションではない。では誰が。エルであるならばどうやって。サームは様々な可能性を思い浮かべる。戸惑った表情でサームを見上げるエルにそっと近寄り目線を合わせ、動揺を気取られぬように落ち着いて話す。


 「・・・エルよ。何があった?」


 その言葉にジュリアも違和感を感じたようだ。表情を引き締め、近くにあった椅子をサームに勧め自分も同じく椅子に座る。エルはゆっくりと話し始める。


 「・・・はい。いつものように調薬の練習をしようと棚からまず素材を取り出しました。道具を出す前にお師匠様の見せてくれた手順をもう一度思い浮かべていました。そしたら、頭の中で思い浮かべていた事が自分で制御できなくなってどんどんと手順が繰り返されるようになって・・・」

 「落ち着きなさい。ゆっくりで良い。ここに危険な物は何もないぞ?」


 いつの間にか早口でまくし立てるように話していたエルの両肩を抱き、サームはエルの気持ちを落ち着かせる。ゆっくりと深呼吸を繰り返し、エルはまたその時の状況を離し始める。

 頭の中で流れる手順を取りこぼさないように集中していた事。その最中に体が温かくなり魔力が練られている感覚があった事。それに構わず集中しているとさらに魔力が高まり、ついには魔力が弾ける感覚があった事。

 ひとつひとつと報告する度にサームは驚きを隠せず、ただ頷く事しか出来なかった。そして最後に成長の声が聞こえた事とその内容を伝えた。確かに成長の声はスキル獲得を告げる事が多い。しかし、今回のエルから聞いた内容は、『もともと持っているスキルを行使した』事を伝える内容だった。

 そして『低級ポーションのレシピを覚えた』とはどういう事なのか。知識として身に付けたと言う事ならばエルはもうすでに作り方の手順は諳んじれるほどに調薬作業を繰り返してきている。


 「エルよ。体に何か違和感などは無いか?頭が痛いとか体が怠いなどは無いか?」

 「ありません。」

 「ふむ。効率化を行使出来たと言うのは良い事じゃった。問題は発動条件じゃのぉ。エル、これからもう一度その低級ポーションを生み出した時の状況を再現してみよう。」

 「はい。」


 材料を用意しもう一度机に並べる。先ほどと同じように椅子に座り作業工程を思い浮かべようとした時だった。エルの目の前に半透明なボードが浮かび上がってそのボードには文字が描かれていた。


 【レシピ01 低級ポーションの作成を行いますか?】


 ぽかんとした表情でそのボードを眺めていると、隣からジュリアが声をかける。


 「エル様?どうされました?」

 「あの・・・目の前に半透明のボードが現れて・・・低級ポーションを作るかって書いてあるんです。鑑定した時に見るボードとはちょっと色とか違っていて・・・」

 「エル様、落ち着いて作成してみましょう。エル様の様子はサーム様と二人で見守っておりますので、安心して作成してみてください。宜しいですね?サーム様。」

 「うむ。エル、気を落ち着けて作成してみなさい。」

 「はい。」


 エルは半透明のボードに向かい合い、書かれている文字の下にある『はい・いいえ』の部分のはいに指を置く。すると、

 『いくつ作成しますか?  1個(スキルレベル1の為、最大1個)』

と表示されたので、その下の作成の文字を押す。

 すると体内で魔力が練られているのを感じ、目の前の小皿に低級ポーションと思われる液体が突如として現れた。エルと同じくサーム、ジュリアも目を見開いて小皿を見つめる。


 「間違いなく低級ポーションじゃのぉ。驚いた。まさか魔力を使う事で作業の効果を高める事は出来るが省略出来るなどと言う事は聞いたことが無い・・・」

 「エル様。体調はいかがですか?」

 「問題ありません。続けて作成してみましょうか?」

 「大丈夫か?無理はいかんぞ。判断はエルにしか出来んのじゃからな。」


 そう言ってエルはその後も15本の低級ポーションを【効率化】を発動させて作成した。エルの鑑定で見ても全てが間違いなく低級ポーションとして判定された。


 ついに【効率化】の発動方法が分かった。

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