第8話 中てられた種族
出発の準備を整え宿の前に集まるが昨日からオーレルが見当たらずここにもいなかったので挨拶が出来ず、エルは少し残念だった。ダンの説明では創竜の翼に入った依頼でオーレル一人で達成できる内容だったので行ってもらったとの事だった。やはり白金冒険者だ。休みを取っていると言ってもこうして出来る依頼は極力受けてくれているのだろうとエルは感動した。
ノーラとジョバルからは今後依頼の達成状況によっては1日だけ3人で普段鉄ランクの冒険者達が使うような宿で一泊してみるのも経験になるのではないかと提案された。確かに今の自分達は本当に恵まれた環境で冒険者の活動を始めさせてもらっている。装備の事も支援を断ったなら宿の面でも少しづつ自分達で自立していける準備を始めなければ。
すぐに完全に宿を移せるような報酬を確保するのは難しいかも知れないが、それを目標の一つと定めつつ今後の依頼も相談していこうと3人で話した。
宿に預けていた馬と馬車を受け取りレミト村へ向けて街を出る。やはり帰りも変わらずに接敵の気配はない。一行は順調に村へと進む。今回も途中で休憩を挟み、馬の世話などを経験する。やっとエルも馬に触れるのに慣れてきて世話をするのも率先して行えるようになった。
昼過ぎには無事にレミト村に到着した。孤児院の前に着くと中から子供達が一斉に飛び出してくる。リックとルチアは子供達からワックルトはどんな所だったか、依頼はどうだったかと矢継ぎ早に質問されるが、中には二人がいなかった寂しさからか涙を目に溜めながらルチアを離さない女の子もいた。
二人がこの孤児院にとって大切な存在であることが分かる光景だった。まだまだこの孤児院から自立するには子供達には時間が必要だとレオ達は感じていた。
レオ達はシスターにも遠征の報告をし、だんだんと冒険者としての自覚と責任が芽生えていると聞いたシスターは嬉しそうでどこか寂しそうな笑顔を浮かべていた。その時にシスターからレオ達に相談を持ち掛けられた。リックとルチアも含めた子供達のスキル恩恵の儀を執り行うかどうかだった。
今までは孤児院からの独立が決まる、もしくは引き取り先が決まった子供に関してはスキル恩恵の儀を行ってきたそうだ。リックとルチアは村から出ていく意思は今の所ない。しかし、冒険者として活動するのならばスキル恩恵の儀は行っておくべきではないかと考えた。
しかし、こういった事も基本的には支援先に相談する事が常識であり、国が支援先である場合は孤児院の判断に任せるとなる事が多いが、領主判断の場合は領主立ち合いの元でスキル恩恵を行い、有力なスキルが発生した場合は領主がその子供を引き取るような事例もあったりするのだそうだ。
この孤児院は多少ではあるが領主からの支援を受けている。しかし、支援の額や内容で言えば創竜の翼を含めた冒険者達からの支援の方が圧倒的に手厚い。シスターはどちらの顔を立てるべきか悩んでいた。今まで孤児院を出る子供に対してしかスキル恩恵を行ってきた孤児院が、急に子供達のスキル恩恵を行って良いかと領主に許可を求めれば怪しまれる事は間違いない。
それで冒険者達の支援が明るみとなり、孤児院だけでなく冒険者に対してもまさか罰則などが与えられてしまったら、孤児院は冒険者達の好意に泥を塗る結果になってしまう。
この辺境のミラ州でさらに辺境にあるレミト村が領主の不興を買うような真似は出来るはずもない。ダンもレオもさすがにこの場で判断するのは難しいとシスターに告げ、サームやオーレルとも話し合う事となった。とりあえずはリックとルチアのスキル恩恵を行って冒険者活動は続けられるようにする。その他の子達に関しては今すぐ働き先や独立が決まっている訳ではないので、それが決まるまでの間に判断をしようとなった。
唯一の救いは領主はこの村の孤児院にほとんど興味は無いらしく、恐らくどれだけの孤児を管理しているのかは分かっていないはずだとの事。ワックルトの教会も自分達が送り付けた子供に関しては分かっているかも知れないが、元々の子供の数や今どれほどの孤児がいるのかは分かっていないはずだとシスターは話す。
これだけ大きな支援になりつつあるものをいつまでも隠し通せる訳もないのだ。どこかで覚悟を決めなければならないのだろう。そろそろエル達も含めてサームや自分達の身分を明かさなければならない時が来ているのかも知れない。
シスターとの話を終えた一行は宿に入り疲れを癒す。森への帰還は明日となるが、今日は夕食にリックとルチアも誘い今回の遠征で学んだ事などを全員で共有した。その席で三人がレオ達に質問した事は冒険者ギルドで聞いたパーティーとしての様々な方向性の話だった。サレンの教えてくれたランクが上がってからのパーティーとしての活動の方向性が多岐にわたると言う事は、今の段階からでも少しづつ自分達でどんな活動があるのか、その為にはどのようなスキル・技術が必要かを学び調べておいて損はない。
その一つ一つをダンが丁寧に説明してくれ、ダン達の創竜の翼は当初は魔物討伐とスタンピートの拡大を防ぐ事を主とする活動だったそうだ。魔物討伐の活動が冒険者としては最も必要な技術が分かりやすく、そして稼ぎやすいものだったからと言える。各メンバーの戦闘スキルと技術を上げてパーティー連携を磨き上げていく。非常にシンプルで分かりやすい。
しかし、経験上ランクが上がるにしたがって自分達が望むような活動は難しくなってくるのだそうだ。白金ランクになってからの創竜の翼はレオが苦手な貴族からの指名依頼なども増え、断る事が難しい案件も多く活動の方向性を見失いそうな時もあったそうだ。
今はその問題を解決できる手段が見つかり、自分達の思うような活動が少しづつ出来るようになってきた。
エルは未開拓エリアの調査に興味を魅かれ、レオたちにどんなものなのか質問して知識を深めた。3人ともが未開拓エリアの調査を将来的にしてみたいと話した事でレオ達の中でもこの先の指導方針が決めやすくなった。
レオ達の知り合いの冒険者にも未開拓エリアの調査をメインとしたパーティーはいるが、なかなかそれだけでパーティーを存続していくのは難しく、未開拓エリアへ行くために日々依頼をこなして何年かに一度調査に行くような流れになっているそうだ。
そのパーティーにも今後会えることがあれば紹介すると言ってくれて、ギルドにも今までの未開拓エリアの調査結果などが銀ランク以上になると閲覧出来るそうなので、まずはそういった情報を見てからの判断でも良いかも知れないなど様々意見を出し合った。
その後も様々な話で一行は盛り上がり、レオ達はこうして自分達の思いや意見を離してくれるようになった子供達の成長に安心しながら今宵はお開きとなった。
今回の遠征も学ぶ事、気付く事が本当に多かった。何よりも自分達が冒険者として責任を持つ事の大切さを自分と年齢の近いルチアに教えてもらった。エルにとって冒険者とはもう憧れでは無く、自分も既にその社会の中で生きているのだ。まだ鉄ランクだからと無責任な行動を取れば、自分自身はもちろんそれは巡り巡って冒険者全体の評価を下げる事に繋がりかねない。ワックルトの冒険者ギルドの職員サレンが教えてくれたように、有力冒険者と一緒にいても一番底辺の依頼からしっかり達成していく事が大切だと言う事。
エルの知らなかった世界が少しづつ広がっていく。まだまだ多くの知らない事を学んでいけるのだろう。期待と責任の大きさを感じながら、エルは眠りに付いた。
・・・・・・・・・・・
翌朝村を出発したが、帰りは至って順調だ。エルにとってはレミト村への遠征も合わせれば四度目の往復となる。しかし、気を抜くつもりなどない。ここは幻霧の森。どこに危険があるか分からない。この森の中にいる間はどんな時でも最大限警戒は続けなければならない。
その時、ダンが歩みを止めて右手を横に広げ後ろ二人の進行を止めるように合図する。その合図が出た途端にレオはくるりと後ろを向き、エルは腰に差した鉈を抜き姿勢を低くする。
緊張感で体が硬くなるのを感じ、ゆっくりと肩を揺らす。進行方向にある茂みをダンが右手で指差し、左手は背中に回し指を4つ立てる。前の茂みに4つの気配を感じるのサイン。エルは茂みから目を離さず後ろにいるレオの背中を4つポンポンと叩く。何度も森の小屋で練習したフォーメーションだが、初の実戦ともなると緊張感は比べ物にならない。
すると茂みから突如、木の槍がダン目掛けて飛んでくる。ダンは半歩後ろへ身を引きながら腰に刺した短剣で問題なく槍を切り落とす。茂みから4人の
エルは自分の荷物を邪魔にならない後ろへ投げ捨てる。そしてあらかじめ抜き取って置いたサームから「魔物に投げつけなさい」と渡された握り拳ほどの玉を片手に握る。
4人のリザードマンの目は赤く光っており正気ではない事が見て取れる。
「ちっ!中てられちまってるのか。」
レオが吐き捨てるように呟く。
4人のうち向かって右側に展開していた一人のリザードマンが痺れを切らしダンへと切りかかる。それをダンは受け流しながら奥に控える別のリザードマンへと腰に刺していた小刀を驚きの速さで投げる。投げられたリザードマンはレオに気を取られており小刀に反応できず肩に深々と刺さる。
短剣が刺さったリザードマンが膝を付いた瞬間にレオは左に展開する二人のリザードマンに向けて一気に間合いを詰める。その間にもダンは受け流したリザードマンの背中に剣を突き立てトドメを刺していた。
これで残りは3人。ダンも前へと間合いを詰める。小刀が刺さった事で動きの悪いリザードマンを後ろに下げ、二人が前衛としてフォーメーションを組むリザードマン達。しかし、実質一対一の構図になってしまっては圧倒的にレオ達が有利だった。フォーメーションは同じではあるが、リザードマン達に遠距離で攻撃を仕掛ける装備は見当たらず、怪我をしているリザードマンは両手で剣を振るのは不可能だ。
それならばダンとレオが一人づつリザードマンを相手にすれば問題ない。一対一で後れを取るほど白金冒険者は弱くはない。気付けばあっという間に前衛二人は切り伏せられ、その勢いのまま詰めたダンが怪我をしたリザードマンも切り伏せる。
エルは周りを見渡し他に魔物がいないか確認しながら放り投げていた荷物を取る。ダンとレオは討伐部位だけを手早く切り取る。そのままその場を離れて小屋への帰路を急ぐ。足早な中でダンがエルに先ほどのリザードマンの特徴を教えてくれる。その中で絶対に忘れてはいけない言葉があった。
「さっきのリザードマンのように目が真っ赤になっている個体は魔素に
これがサームにも教わった『魔素に中てられる』と言う事か。多くの種族の中で
予定通りいつもの丘で一泊を挟み、無事に小屋へと帰り着いた。小屋が見えた時、中からジュリアが飛び出してきてエルを強く抱きしめる。
「お怪我はありませんか!?無事に依頼は終えられましたか?」
「はい!心配ありません。ただいま戻りました。」
ジュリアはそうエルから聞いてもエルの体を隅々見て怪我が無いかどうか心配している。そんな様子を笑顔で眺めながら奥からサームが歩いてくる。
「ふむ。無事なようでなによりじゃの。ダン、レオ、ありがとう。」
「問題ありませんでしたよ。初めての依頼も無事に達成出来ていましたし。」
「そうかそうか。では、昼食を食べながらその辺りの土産話も聞くとしようか。」
いつもの過保護とも思える歓迎に、エルは帰ってきたと実感していた。
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