第7話 夢の種

 ダンは真剣にルチアと向き合う。この子の中で相当な思いがあってこの行動を起こしたはずだ。こちらの都合を押し付けてしまうのは良くない。しっかりと彼女の気持ちを掬い上げなくては。


 「どうしたの?お金は心配しなくて良いよ?これからの活動に絶対に必要になるものなんだ。揃えておく事は大事だよ。」

 「はい。それはもちろん。でも、ダンさんはワックルトに着いた時におっしゃってました。これからも私たちの孤児院から冒険者になりたい子達の支援をしたいって。なら、登録が済んだ私たちは自分に必要な物は出来る限り自分のお金で揃えるようにしなければ、ダンさん達はずっと私たちの孤児院から冒険者見習いが出る度に装備を買い揃えなくてはいけなくなります。それでは、シスターから教わった本当の意味での自立にはならないと思うんです。だから、ここから先は私とリックにはお金の支援はしないようにしてもらえませんか。私もリックもこれ以上甘えてしまうとちゃんと大人になれない気がして・・・」


 そう言うとルチアは下を向いてこぶしを握り締める。自分がダン達に対してどれだけ偉そうな発言をしているかちゃんと理解出来ているからこそだ。それを見てダンはルチアの両肩に手を置いて目を見る。


 「分かった。そうだね。君たちはもう冒険者だもんね。ちゃんと相談するべきだった。子ども扱いしてすまない。リック君、すまない。」

 「・・・・いや!俺は・・・・」


 リックは恥ずかしそうに下を向く。リックはルチアの言葉にハッとさせられた。自分は知らないうちにダン達に甘える気持ちが生まれていたのだ。買ってもらって装備を揃えると喜んでいた。

 恥ずかしかった。村ではあれだけ偉そうに幼い孤児たちに「冒険者になって帰って来る」と言っていたのに頭の中は村の中で甘えていた頃と何も変わっていない。ルチアはもうその考えが持てているのに。


 するとドワーフの男がルチアの背中にそっと手を置く。驚いたルチアは男の顔を見ると、男は気持ちいい程の笑顔でニカッと笑う。


 「嬢ちゃん。偉いぜ!そんな歳で自分たちで自立したいなんてなかなか言える事じゃねぇや。自分たちの身を守る物だもんな!自分達で買い揃える。そりゃ、そうだ。しかし、冒険者をやる上で装備は必要だぜ?」


 そう言うとエルがルチアに近寄る。


 「僕たちは昨日今日で登録を終えたばかりの鉄ランクなんです。まだ外に出て魔物討伐したりするランクではないんです。だから・・・鉄ランクの依頼と薬草の納品依頼でお金を貯めて、また買いに来ても良いですか?」


 その言葉を聞いて男は目を見開き驚く。


 「そうか!!分かった!本当なら売り上げも欲しいが、せっかくの冒険者の成長の瞬間だ。今回測った武器と防具は取り置きしといてやるから、金が出来たら来るが良いさ。少しづつ買い集めても良いだろうし、全部買える資金が貯まるまで頑張るのも良いさ。待っててやる。」

 「「「ありがとうございます!!」」」


 三人は揃って男に頭を下げ、そしてダンと向き合う。


 「あの・・・それで良いですか?ダンさん。」

 「お願いします!ダン師匠!」

 「ダンさん。お願いします。」


 三人は揃ってダンに頭を下げる。ふぅっとため息を吐くダンにレオが笑いながら肩を叩く。


 「こりゃ、俺たちの負けだな。」

 「そうだね。ルチア、リック、エル。これからは後輩冒険者として接するようにするよ。こういった事もちゃんと相談をするようにする。それで良いかな?」

 「ありがとうございます。」

 「ご主人。申し訳ない。またちゃんと買いに来ますので。今日は・・・」

 「あぁ!良い良い!!いつでも来い!その代わり!!中途半端な活動すんじゃねぇぞ!」


 男の笑顔に三人は大きな返事で応える。男は気持ちよく笑う。


 一行は鍛冶屋を出て森狸の寝床へと歩いていく。宿へ戻るとダン達の部屋に集まる。今一度、ルチアたちの気持ちを確認し、今後の事をしっかりと一行の中で共有しておこうと言う事になった。先ほど鍛冶屋で話した内容の再確認も含めて、どこまでの支援をしていくのかと言うのを本人たちからまず聞き取りをする。そしてサームとシスター・エミルに報告し、最終的な支援内容をもう一度設定し直す流れだ。

 ダンからの提案としては孤児院内で続けている村に常駐するようになった竜の牙のメンバー(竜の牙だと言う事は孤児院には秘密)の基礎体力や基礎学力の指導は継続すると言う事。これに関しては断る理由は無いのでリックとルチアも了承する。問題は冒険者として自立を目指す子は良いのだが、他の職業を目指す子に対する支援をどこまで行うかと言う事だった。ダン達もこういった支援事業は初めてなので、どこまでで線引きすべきか迷っていた。

 それに関してはルチアが孤児院の通例を教えてくれた。孤児院では孤児が働き口が決まるとその働き口が孤児の住居を構える事が決まりなのだそうだ。なので、働き口として多いのは商店などの住み込みで働ける職業が多い。なので、自分の就きたい職業が決まり働き口と住み込み先が決まれば、それから先は支援は必要なくなる。

 ルチアのおかげでダン達は基本的な支援の枠組みを決める事が出来た。働き口が決まれば創竜の翼が支援を続ける事がその子にとって不都合になる事もあるかも知れない。それならば働き口が決まれば支援は終わりとルール付けしておくと分かりやすい。

 今後もこのような事は何度か起こるだろう。サームやシスター・エミルとも話し合って細かい部分も詰めていかないといけない。少しでも多くの孤児が一人立ち出来るようにしなければ。


 話し合いは一応の目途が立った所で終わりとなり、明日の帰宅に向けての準備に入る。時間に余裕があるように思えていた今回の遠征も過ぎてみればもう帰りの準備だ。リックやエルはまだまだ依頼を受けたい気持ちがあったが、銅ランクで街の外での依頼をこなせるようになるまではダン達の決めた日程に沿って動くのが約束だ。そんな気持ちが逸っている二人を見てルチアは苦笑い。自分がしっかりしなければと思わされる光景だ。


 昨日と同じく宿の裏で稽古を行い夕食が終わった後、エル達の部屋にルチアが訪ねて相談事だ。明日、次回の遠征の事もあって冒険者ギルドに寄ってからレミト村へ帰る事になっているが、その時にダン達にパーティー登録をして良いかどうか判断してもらおうと言う事だった。

 これはリックもエルも賛成し、断られたとしても今後パーティーを組めるように協力していこうと約束する。それはダン達との稽古の中でもパーティーでの戦い方も教えてもらおうとか、どのような魔法を覚える事がパーティーとして行動する上で便利なのかなど次々とやりたい事を挙げていく。

 それをすぐに達成出来る訳ではないが、それぞれが何を目的にしているか、何を目指しているかを全員で確認し共有する事はパーティーの方向性を決める事に繋がる。


  ・・・・・・・・・・・


 昨日遅くまで話し合った三人だったが、無事に朝は起きて冒険者ギルドへ行くために準備を始める。朝食の最中に三人はダンとレオにパーティーを組みたいと希望を伝えた。ダンもレオも笑顔で「じゃあ、ギルドで判断してもらおう」と言う事になった。


 冒険者ギルドに着くと今日もホールはたくさんの冒険者で賑わっていた。一行は入り口から壁側を縫うように奥に進み依頼ボードの一番端の鉄ランク依頼のボードの前へやって来た。

 掲示されている依頼は先日達成した用水路の清掃の他に『西側防衛壁の補修作業』や『商業ギルドでの荷物の積み込み作業の手伝い』などが貼られていた。その中で三人がそれぞれ興味を示した依頼があった。

 エルは『薬屋での商品整理作業と店番』、リックは『鍛冶屋で薪割り作業』、ルチアは『大衆食堂の厨房での軽作業』だった。その後カウンターへ移動し、職員にこの三つの依頼はどれくらいの頻度で頼まれるか聞いて、どの依頼もいつもある訳ではないが一か月の間に一週間くらいは出続ける事が多いと教えてもらった。これに関してはもうタイミングでしかないので、あれば受けるようにしようと話し合った。


 そして面接予約をし、サレンが手があくまで待った。ホールの横に併設している食堂のテーブルで一行が待っているとわざわざサレンはそこに来てくれた。


 「お待たせいたしました。お話があるとの事でしたが。」


 そうダンに声をかけるとダンはエル達の方を見て笑顔を浮かべる。自分達で聞いてごらんと言っているような雰囲気を感じ取り、エルは席から立ち上がってサレンにリック達と『将来的に』パーティーを組んでみたいがその為には何が必要かアドバイスが欲しいと話した。

 サレンは驚いた表情を見せるが、エル達に一つ一つ丁寧にパーティーとして活動する為に必要と思われる要素を教えてくれた。


 「まず、これは絶対条件ですが今からでも多少なりと三人で戦闘する訓練をしておいてください。パーティーを組むとして実際に依頼で野生動物や魔物との戦闘を経験するのは銅ランクになってからでしょう。だからこそ、今の段階からお互いの得意な戦い方と不利な状況を理解して共有しておく事はまだパーティーを組む事も考えていない冒険者達よりは絶対に有利です。」

 「はい。」

 「そして自分達がどのようなパーティーに成長していきたいかをざっくりでも良いので決めておくとランクが上がった時にギルドとしても依頼のご紹介がしやすいと言う、まぁ、こちらの都合になってしまいますが、そう言った利点もあります。」

 「どのようなパーティーに成長したいか・・・」

 「はい。簡単にパーティーと言ってもその活動は様々です。魔物の討伐を目的とするパーティーや遺跡の調査などを行うパーティー、そして未開拓エリアの探索などを行うパーティーもいます。」

 「未開拓エリアの探索・・・」


 エルはその言葉に興味を魅かれた。サレンは一度カウンターに戻り大きな羊皮紙に書かれた地図を持ってきた。地図を広げると大きな大陸に線が引かれ色々な色で分けて塗られていた。その中には白い部分が何カ所もあり、『未開拓』と書かれていた。


 「私たちが住んでいるのは西ドルア大陸と呼ばれる大陸です。その中に様々な国が成り立っています。しかし、この地図にあるように白く示されている部分はまだ人が国や街を作れていない未開拓の場所です。その場所に行って現地を調査し人が住める場所なのか、先に住んでいる種族はいないか等を調べてギルドへ報告する事が目的です。」

 「これだけたくさんの冒険者がいるのに未開拓な場所なんてあるんですか?」

 「どうして未開拓なのか。それは現地に行かなければ分かりませんが、その理由はなにかしら厳しいものだからこそ文明と言いますか街が作られていないのです。」

 「なるほど。」

 「何かすげぇ面白そうじゃないか!?」

 「誰も行った事ない場所なんて何かワクワクするわ。」


 意外にリックとルチアも乗り気だ。それを聞いてエルも二人に向かって頷く。サレンは更に説明を続ける。各国で結ばれている統一法で各国間の国境を侵す事は禁じられているが、どの国の領地でもない場所に街を作り領土を広げる事は禁じられていない。しかし、それは長い歴史の中でほとんど行われなかった。


 「ただこの場所を調べ、もし街を作る事が出来ればそれは独立村として冒険者が土地を所有する事が出来ます。ギルドの記録ではそうして独立した冒険者は現在二人記録されています。」

 「すげぇ!!いるんだ!!」

 「もちろんです。しかし、その為には想像を絶する苦労があると断言出来ます。」

 「そうですよね。だって、未開拓の場所へ行くだけでも強さはもちろん調査の実力も求められるわよね。それにそこに街を作らないといけないって事は考えられないくらいのお金が必要でしょ?って事はそれまでに相当稼いでおかないと難しいって事よね。」

 「ルチアさんの仰る通りです。はっきり言えばその資金が一番の難題とも言い切れます。ですので、どのパーティーも未開拓エリアに行く事はあってもそこに街を建てるまでには至りません。」


 色々な冒険者の生き方の形を聞き、三人は夢を膨らませていく。サレンは話題を少し変えてアドバイスを続ける。


 「少し話がズレましたがそう言った方向性を決めながらもパーティーとしての知識を様々な場所から得る事に目を広げていただきたいです。それはダンさんやレオさんに指導していただく事ももちろんですし、他の冒険者の方に話を聞いたり共同で依頼を受けたりする事も経験になると思います。そして、ギルドで講習会や訓練会を受講していただく事も良いと思います。」

 「講習会と訓練会。」

 「はい。講習会は冒険者の依頼に対する向き合い方などの基本理念の指導の他にも魔物の討伐部位や植物の取扱い方の説明なども行っています。訓練会は他の冒険者も含めて冒険者ギルドの指導員が戦闘技術の指導をします。」


 講習会や訓練会は予約などは必要なく講師は常にギルドの常駐しているのでいつでも受けられるそうだ。次回ワックルトに来る時に講習会と訓練会を受ける事をサレンに伝え、一行はギルドを出る。


 三人は宿への帰り道、少し気持ちが高まっていた。

 『未開拓エリアの調査』と言う言葉が三人の心に夢の種として芽生えた日になった。

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