第6話 出発の為の準備

 薬研や乳鉢を使っての作業は一か月半ほど前にサームから始めても良いだろうと言う許可が下り、簡単な物から素材によって薬研や乳鉢で碾いて粉末にする作業を練習している。まだなかなか均等に粉状に出来なかったりして合格をもらえる事は少ない。

 それでも回数を何度もこなし、その度に課題を見つけて修正を試みる。急いで挽くのは薬材が熱を持ってしまって効能が充分に発揮されない可能性があるのでダメ、植物によってはしっかりと乾燥させてから挽かないと水分の中に効能が溶け出してしまってこれもダメ、など色々と試してみて学んでいく。サームの指導方針はまず試してみる。本を読んだり完成品とされる薬から想像してみるなど様々な工夫をし、それでも思った結果が得られない時に初めてアドバイスを求める。最初から教えられてそれをこなすやり方は良くないと言う教えだ。


 そうやってこの一か月半、冒険者ランクの銅で納品依頼がある植物を徹底的に挽き続けた。サームが言うには銅ランクで納品依頼がある薬材を使えば低ランクのポーションやキュアポーションなどが作れるのだと言う。と言う事は銅ランクになれば自分で低ランクポーションを調薬出来るようになると言う事だ。

 ならば、それまでに基本を徹底的に学び、サームとエルボアから調薬の許可を貰わなければならない。焦らず一つ一つ丁寧にを心掛けてエルは毎日を過ごした。


 渡されたチタの実をエルは自分の持ってきた小さな麻の袋に入れてそれを何度も揉み込む。それを見たエルボアは目を見開き、エルにその動作を問う。


 「それはサームに教わったのかい?」

 「いえ、自分で採取してる時にポケットの中に入れていたチタの実を取り出した時に殻が少しひび割れていたのを見つけて、それからは麻袋を揉みながら採取してたんです。そしたら綺麗に殻が外れていて。このやり方だと乳鉢で殻を壊す時に中身を潰さずに済むので。」

 「なるほどね。続けな。」


 エルは麻袋からチタの実をざるの上に取り出す。そしてざるを揺らし砕けた外殻だけを下に落としていく。その後丁寧に落とし切れなかった大きめの外殻を取り除くと白い実だけがざるの上に残る。それを布の上に出して更に殻が残っていないかチェックし、ようやく乳鉢の中に入れて擂り始める。それも力強くするのではなく優しくゆっくりと擂っていく。

 エルは集中して乳鉢の中の実を見ていた。エルボアはそのエルの様子を見てうんうんと頷いていた。

 そして、擂り終わった物を小さな皿へと移し替えエルボアの前へと差し出す。そして頭を下げ、作業が終了した事を知らせる。言葉を発しないのは声を出す事でその空気で薬材の粉が空中に舞ってしまわないようにするためだ。

 エルボアはそのチタの粉を指で押したり擂ってみたりして状態を確かめる。そしてチタの粉を仕舞い、布で指を拭きながらエルに向き合う。


 「問題ないね。いや、丁寧な擂り方だった。よく勉強してるし布袋で外殻を取るやり方は他の薬師にも学ばせたいくらいだったよ。よく思いついたね。」

 「ありがとうございます。先生。」

 「擂る時に力を入れすぎないのも熱で効能が失われないようにするためだね。ちゃんと薬材の勉強も出来てるようだ。これならもう基本のポーションなどの調薬に入っても良いだろう。サームには手紙を持たせるから今度からサームにしっかり教わりな。」

 「・・・・っはい!!」


 待ちに待った調薬の許可が出た。思わずエルの顔も笑顔が漏れてしまった。それを見てエルボアは嬉しそうにエルの頭を撫でる。


 「しかし、これからが専門的な作業が増えてくるからね。良いね。気を抜くんじゃないよ。そのしつこい程の丁寧さを持続するだよ。」

 「・・・はい。」


 エルボアはエルの成長の速さに内心驚いていた。たった三か月間でここまで薬材を理解し、それに合わせた擂り方を覚えるには相当な数を毎日のようにこなしていたはずだ。それにエルは薬師としての修行以外にも錬金術やレオ達との剣術やナイフ術、魔法の勉強もしている。『薬師として修行しているだけの見習い』とは明らかに一日のスケジュールは過密なはずだ。それでこの習得の速さ。

 まさか・・・。サームからエルのスキルについては相談を受けている。エルボアですら今までに聞いた事も見た事も無いスキル【効率化】がエルの成長の速さに関わっているのか。

 いや、まだ根拠ない推論に留めておくべきだ。判断するにはまだピースが足りない。今は幼い生徒の成長を素直に喜ぶこととしよう。採取の面にしても作業は非常に丁寧で採るタイミングにしても状態の悪い物であったり成長途中の物は極力採取しないようにしているようだ。サームからの手紙にも間引きや育成環境の勉強も積極的にしていると書いてあった。本当にこの先が楽しみな報告ばかりだった。エルが錬金術や魔法、冒険者の分野に進んでしまうのを惜しく感じてしまうほどだった。


 その後、エルがこの三か月間の修行の中で悩んだことや今後の作業の注意点などをエルボアから指導を受ける。そうそう会えないのでこうして会えた機会に一気に質問を投げかけ、疑問を解決させていく。すぐに相談したり出来ない事は不便なようで次に会えるまでに自分の中で試行錯誤する時間も出来るし、その試行錯誤の中で気付けたことを相談も出来るので、より深いアドバイスを貰う事が出来る。


 「じゃあ、一つ試験をしようか。低級ポーションと低級キュアポーション。エルなりのやり方で良いから一つづつ作っておいで。一か月後にどれだけの物が作れるのか。まずは作り始めの段階のエルを知りたいからね。」

 「・・・・はい。分かりました。」


 『試験』と言う言葉に気を引き締める。そんなエルの気持ちを察してかエルボアはそっとエルの頭を撫でる。


 「良いかい?忘れてはいけないよ。この試験が思った結果にならなかったからと言って、あんた自身を否定する事でも薬師になれないと言う訳でも無いんだ。今の努力があたしの経験則の中で正しい道のりに沿っているかどうかを見たいだけさ。気負わずおやり。」


 優しく、それでいて強い言葉だった。自分が師として先生として尊敬する人が歩んだ道を自分は歩けているのかどうか。最初から躓くわけにはいかない。エルは今一度、決意を新たにする。


  ・・・・・・・・・・・


 商業ギルドのカウンターでリックとルチアがレオと共に登録証を作りに来ていた。冒険者ギルド同様に推薦状のおかげで問題なく登録証の発行は出来た。リックとルチアが細かい規約の説明を受けている時に少し離れた場所で待機していたレオに話しかけてくる人物がいた。レオは近づく気配に気付きつつも、気配に悪意を感じなかったためそのままにしていた。


 「創竜の翼のレオさまですね。」

 「そうだが、そちらは?」


 レオはリックとルチアから目を離さず会話を続ける。その人物もそれを気にした様子はなく、そのまま話を続けた。


 「オーレル様より伝言を賜っております。別行動をしておられましたオーレル様ですが、王都に向かい陛下への謁見の後に王都にてしばらく情報収集をなさるとの事です。およそ二か月ほどでワックルトへお戻りになる予定ではありますが、もし変更なさる場合は森狸の寝床へ繋ぎを送るとの事です。」

 「分かった。わざわざご苦労。」

 「いえ。レオ様もお気を付けを。どうやら薬師ギルドのワゴシ・ハールトンが動いているようです。探っているのはサーム様の動きだけのようですが。こちらの調べではまだエル様の存在は掴めていないようです。ギルドのレント殿が上手く紛れさせてくれているようです。」

 「そうか。良い報告だ。ハールトン家のサーム様への恨みは深いな。こちらの動きには気付かれないように今後も頼む。」

 「畏まりました。ドゥンケルの提案と致しましては、誠に勝手ながらしばらくのサーム様のワックルトへの来訪は控えられた方が良いのではないかとの提案です。」

 「分かった。サーム様へもそのようにご報告する。下がっていい。また何かあれば頼む。」


 そう言うとその人物は軽く礼をしてカウンターの中へと下がっていった。周りの物が見ればギルド職員が冒険者へ話しかけている日常よくある風景にしか見えなかっただろう。恐らく先ほどの人物はオーレルが個人的に傍に置いている陽炎かげろうと呼ばれる者たちだろう。王家の中で『影』と呼ばれていた者たちだ。本来、文字通り王を陰ながら守る精鋭部隊だったが年齢や怪我で役目を下がった者達をオーレルが個人的に雇い入れ、現在の形に育て上げた。それによって創竜の翼には『竜の牙』とオーレルに仕える『陽炎かげろう』の二つの諜報部隊がある事になる。陽炎に関しては基本としてオーレルの指示にのみ従う形だが、それでも創竜の翼の耳と目は大きく広がった。

 薬師ギルドのワゴシ・ハールトンとは本部ギルドのトップである協会長を務める男だ。子爵ハールトン家の長男であるが一族がエルフ族である為、父親が引退しない限り家長になる事は出来ず、自身が権力を持つには独立貴族となって家から出るしかない。彼はエルフ族の中でハーフ血族を蔑視する性格だ。王国の中でははっきりとそれを口にする事は躊躇われるが、エルフと人族ヒューマンのハーフであるサームの事を非常に敵視している。何をされた訳でもないのだが、事あるごとにサームにつっかかる。

 それは恐らくサームがハーフ血族である事と同時に、王国への貢献により独立貴族として侯爵の爵位を賜っている事も気に入らないのだろう。はっきり言えば勝手な逆恨みである。


 (まいったな。まぁ、ハールトンが関わっているだろうとは思っていたが。親父は気の良い爺さんエルフなのに息子はなんであんな偏屈になっちまったかね。ふぅ。報告が気が重い。)


 リックとルチアが嬉しそうにこちらに走って来る。レオはとりあえず頭の中の事は置いておき、二人を笑顔で迎える。


 「お待たせしましたレオさん!リックと二人、登録無事に終わりました。村の周りで採ってきた薬草も無事に納品依頼として買い取っていただきました。」

 「そうか!おめでとう!じゃあ、ちょっと買い物に行こうか。そこでエル達とも合流する予定だから。」

 「はい!分かりました。」


 そう言って三人は商業ギルドを出る。大きい通りを北に向けて歩いていると小さな路地で曲がる。その路地の奥に小さな店がある。路地に入った辺りからその奥からはカンッ!カンッ!と金属がぶつかり合う音が響いてくる。その店の前に辿り着くと音は店の奥から聞こえてくるのが分かる。

 レオ達がその店に入ると既にその店にはダン達も来ていた。店の中は武器や防具が飾られており、リックの目は一気に輝く。新米冒険者の三人にはそれぞれに合った武器をまだ買い揃えていなかった為、この機会に、と言う事になった。


 店の奥からドワーフ族の女性が出て来て接客をする。レオが三人の武器を探している事を伝えると女性は三人の得意な武器を聞き取り、各々の腕や体の長さを測りだした。女性店員がエル達に親切に説明してくれる。武器は使う者の腕の長さや体の大きさで若干の調整したり選ぶ長さを変えてあげないと本来の威力を発揮出来なくなってしまう。短い腕に長すぎる剣は持ち余すし、その逆も然り。特に弓を扱うルチアは弓の弦の長さにも関わって来るので重要だ。

 三人の測定が終わると店員は奥に声をかける。すると奥の作業場と思われる部屋からドワーフの男性とコボルト族の男性が姿を現す。ドワーフの男が店主であり鍛冶師でコボルト族の男は助手との事だった。二人は女性店員から三人の特徴と希望を聞き、店内にある武器と革製の胸当てや篭手などを持ってきた。そして胸当てなどは実際に合わせてサイズを合わせてみる。

 だいたいのお目当てが決まり、ダンが支払いをしようとした時だった。


 「待ってください!」


 支払いを止めたのはルチアだった。思いつめた表情でダンの腕を抑えていた。それを見てレオやエル達も驚いている。ダンがひざを折り目線を合わせる。


 「どうしたの?何か気になる事があった?」

 「いえ、そうではなくて・・・あの・・・ここまでお世話になっていながら本当に失礼な事を言っていると分かっていますが・・・」

 「うん。何かな?」


 ダンの優しい表情にルチアは覚悟を決めて思いを伝える。


 「これから先の私の装備や道具に関して、金銭の支援はお断りさせてください。」


 思いもよらないルチアの言葉にエルは驚いた。そしてダンの顔から表情が消える。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る