第5話 エルボアへの納品
指導にはジョバルも加わり、速さのダン、力のジョバル、総合力のレオとタイプの違う三人と代わる代わる戦う事で適応力と応用力を身に付ける狙いだ。
レオは汗をぬぐいながら先ほどのエルとの稽古を思い出していた。エルは稽古を積むごとに木剣の振りが鋭くなりそれ以上に嫌らしさを増してきた。こちらの動きを阻害すると言うか防ぎづらい場所を狙ってくるようになった。剣の振りはまだまだ軽いがその狙いのおかげでリックの強い振りの攻撃と合わされば面白そうだと感じさせる。
リックもエルも向上心が高く良い意味で本当に諦めが悪い。何とか状況を変えようと戦闘中に藻掻いている様子は成長を感じさせる。明日は依頼を受けたりする予定もないので、ここで体力を使い果たしても後は寝るだけだ。二人はまさに絞り出すようにしてジョバルに向かっていく。それを受けるジョバルも楽しそうだ。
ただ、ずっと稽古はレオやダン達が受けているので対人に特化した内容になっており、どこかのタイミングで魔物や動物を相手にしなければと考えている。どうしても対人と動物では間合いの計り方や戦い方にも違いが出てくる。そこを三人にも経験させなければいけない。まだまだ教えたいことは山積みだが如何せん時間が足りない。三人が一緒に稽古出来る時間が少ない。この先、そういった問題をすこしづつ解決していかなければ。
稽古が終わるとエル達三人はまるでアンデッドのような足取りで宿屋の一階奥にある浴場へと歩いて行った。指導していた四人はそれを笑いながら見送る。そのまま食堂スペースへ行き、おのおの稽古で感じた事をダンに伝えて今度の指導の参考にする。
「リックはまだまだ力で押し切ろうとし過ぎる所があるな。今は筋力も大事だがどんな体勢でも受けきれるだけのバランス感覚と体幹を鍛えなければいけないな。」
「ルチアは自分が動かない状態で射る場合は問題なさそうだけど、仲間と陣形を作りながらとか動きながらの中での攻撃はまだまだ不安定ね。そこは場数で補うしかない感じかねぇ。」
「リックとルチアの戦い方に近いジョバルとノーラのアドバイスは本当に有難いよ。」
「まぁ、あの年齢でこれだけ動けてるなら三人とも将来が楽しみだな。」
ほとんどの新米冒険者は上位ランクの冒険者からアドバイスは貰えたとしても稽古をつけてもらったり等という事はほとんどありえない。そう言った意味で三人は本当に恵まれている。だからこそやっかみの目で見られてしまうのだが。
その後も話す中で現在の三人の状況では、三人がまとまってワックルトに通うと言うのは効率が悪いのでリックとルチアが孤児院の許される範囲でワックルトに通い冒険者ランクを上げていく方針になる予定だ。はっきり言えばエルは商業ギルドへの納品で間違いなくリック達よりも早くランクは上がる。冒険者ランクに大きく開きが出ない限りはエルは森の中での訓練で十二分に成果は得られるのだ。
であるならば、リック達が先に依頼と街での生活に慣れて、エルがワックルトへ行ける時にパーティーで依頼を受けるようにした方が効率は遥かに良い。三人の雰囲気を見ている感じでもパーティーを組む事に反論は無さそうだ。
三人が浴場から出て来て話に合流する。その時にルチアがノーラに宿の事について質問していた。
「ノーラさん。この宿で三人部屋を一泊借りようと思ったらおいくらなんですか?」
「うちは三人部屋なら一人7000ジェムだね。三人で一部屋を貸し切ってくれるなら18000ジェムだよ。」
「やっぱりここまで立派な宿を借りようと思ったら相当頑張らないとダメって事だわ。今日の三人の報酬を合わせても全然足りないんだから。」
「そうだね。前にレオに教わったけど、ノーラさん達の宿を定宿に出来るようになるには最低でも銀ランクには到達しないと無理だって。」
「でもさ!目標と楽しみが出来たんじゃねぇか?俺らの報酬だけでこの宿にお世話になれるようになったら俺らの中では自立って言えんだろ。」
「そうだね。ここに泊まる事を目標に頑張ろう!」
「おやおや。嬉しい事を言ってくれるじゃないか!こちらも楽しみにしてるよ。頑張んな。」
「待ってるぞ。三人とも。」
三人はノーラとジョバルの言葉に照れ笑いしている。でも冒険者としてどんな小さな事でも目標を決めていく事は決して悪い事では無い。そうやって遠すぎる目標設定をするのではなく、目の前の目標をいくつも少しづつ達成していく事が自信を生んでいくのだ。
みっちりと鍛えてもらった三人は夕食を取りながらウトウトと舟を漕ぎ始めるほど疲労を感じているようだ。そのまま部屋で就寝となった。
その夜、食堂スペースにいるダンの元に宿の外から外套を被った人物が近付く。ノーラもジョバルも気づいていながらも声はかけない。その人物はダンの座っているテーブルに腰掛ける。
「帝国領ジェリドの奴隷商で未成年の奴隷を扱っていたのは三軒。そのうちエル様の容姿の条件に合う未成年奴隷を扱っていた形跡があったのは奴隷商のギャロ。現在もジェリドにて奴隷商会を継続しているが帝都へ奴隷を運送中に魔物の襲撃を受け甚大な損害を出して今は商売の規模を縮小している。襲われた時期がエル様とダン達が出会った頃に近い。恐らくエル様がいた奴隷商はギャロで間違いないと結論付けた。」
「そうか。分かった。帝国側にはまだ人員は残してるのか?」
「ギャロの店の近くに住処を設けて店が見える場所で道具屋を始めている。一か月ほど経っているが怪しまれている様子もない。今はギャロの店で取り扱っている、もしくは取り扱っていた奴隷の中にエル様のご家族がいないかを確認中だ。」
「やっと掴めた情報だ。やり過ぎなくらい慎重にいこう。他に問題は?」
「特にない。ただ気になるのはギャロの行動だ。かなりの人数の奴隷を魔物にやられたらしいが何人かの奴隷がまだ生きていると必死に探し回ってるようだ。もしかすると王国領に捜索の手を伸ばしてくる可能性もある。」
「エル殿は奴隷紋が無かったから行方を追う方法は無いはずだが、念には念を入れないとな。分かった。ありがとう。」
「それと・・・」
「うん?」
「姫が今一度エル様と会ってみたいと仰っている。無理だと説き伏せたのだが。」
「二人が会った時に何かあったんだろうか。まぁ、こちらは別に会うのは構わないが。森へでも来るか?」
「良いのか?」
「今までは姫の体を心配して他人との接触を控えてもらっていただけだ。本人が会いたいものを止める理由はこちらには無いよ。」
「分かった。姫と相談してまた報告する。」
そう言うと外套の人物は離れて会話を聞いていたノーラとジョバルに頭を下げて店から出ていった。ダンはその場で腕を組み目を閉じる。
やっと掴めたエルの過去。奴隷として捕らえられていたのは間違いなかった。やはり帝国領から幻霧の森に入りサームの小屋へとどうやってかは分からないが辿り着けた。
報告には奴隷を『必死に探し回っている』とあった。奴隷紋を刻まれているならば探さなくとも居場所は簡単に分かる。と言う事は奴隷商が探しているのは奴隷紋の刻まれていない奴隷と言う事だ。エルがその対象である可能性は大きい。
ノーラがお茶を持ってテーブルにやってくる。ジョバルも一緒だ。先ほどの報告で同じことを感じたのだろう。
「エルは大丈夫かね。ワックルトと往復するような生活になればそれだけ人の目に触れる生活になるって事だよ。危険じゃないかい?」
「だからと言って森に匿う生活をずっと続ける訳にはいかないさ。その辺の落としどころはサーム様と相談するしかないだろうね。」
「エルを守る為にもエルに戦う能力を付けさせていたのは正解だったって事だな。牙から何名か警護に充てたらどうだ?」
「急に自分を守る人が増えればエル殿を逆に不安にさせてしまうんじゃないかと思う。」
「陰ながらって事か。難しい匙加減になりそうだな。」
「そうだね。すまないな。これからも宜しく頼む。」
「いらない気遣いだよ。こっちは好きで首突っ込んでるんだ。それよりも早めに体制づくりはしなきゃいけないね。」
「あぁ・・・」
恐らくこの先、エルの身辺を守る事を優先すれば人はいくらいても足りないだろう。なぜならこれから彼はどんどんとその行動範囲を広げていくはずだからだ。冒険者としてもそうだし、他の職業の充実によっても変わって来るはずだ。
何よりこの先何年エルの修行が続くかは分からないが、その間ずっと創竜の翼が傍で守り続ける事は不可能だ。であるならばとエル自身に守る力を身に着けてもらおうと稽古をつけている。彼が冒険者ランクで金まで上がれれば恐らく余程の事で無ければ襲われても命の危険は無いはずだ。
しかし、それもまだ普通に考えて5年以上はかかるだろう。何か有効な手立てを考えなければならない。今の場当たり的なやり方では確実に手詰まりする。それも含めてサームと話し合わなければならない。
・・・・・・・・・・
今日は朝からエルボアの店に行く。この三か月会えなかったので本当に楽しみだった。エルに付き添うのはダンだった。エルボアの店に着くとあの時と同じ薬品の匂いに包まれていて心地よかった。エルボアはカウンターの中からこちらをじろりと見ると手招きをした。
「エルボアさん。ご無沙汰しております。」
「先生。おはようございます!」
「ダン、久しぶりだね。エルは昨日ぶりだ。さて、今日はサムの納品かい?」
「はい!あと、僕が採取した物の採取具合を見てもらってこいとお師匠様から。」
「なるほど。どれ、見せてごらん。」
えるはカウンターの上に二つの包みを置く。一つはサームから預かった今回の納品分の素材。もう一つはエルが採取した素材だ。エルボアはまずサームの採取した素材を鑑定していく。特に問題は無いらしく、ひょいひょいと素材を横へ置きながら状態を確認していく。
「まぁ、いつも通りだね。さて、エルのを見させてもらおうか。」
もう一つの包みの中から素材を取り出す。サームの素材に関しては右から左へ流していただけだったが、エルの素材に関しては二カ所に分別されていた。分別が終わるとエルボアは鑑定眼鏡を外し、ふぅっと息を吐いた。
「エル。今回、あたしはエルが採取した物に関してはダンに預けずにエル自身が持っておいでとお願いしてたね?」
「はい。」
「それはね。本来、鉄ランクの冒険者がマジックポーチで素材の納品なんてあり得ないからさ。それにどんなに綺麗に採取しても運搬の間に痛めてしまう事は往々にしてあるからね。」
エルボアはエルが運んできた素材を一つ一つエルに見せながらダメになってしまっている部分や運び方の注意点などを事細かに説明する。エルの持ってきた素材は採取する際には問題ないが運んでいる時に他の荷物に押しつぶされたり、擦ってしまったりしたが為に少し状態が悪くなってしまっていた。
そうならない為にはどうすればいいか等、丁寧に教えてくれて今後採取した時点で工夫しておくと良い事なども教えてもらった。
「まぁ、今後気を付けるのはこんな所かねぇ。じゃあ、サムの分の買取金もエルの分の買取金も商業ギルドの口座へ振り込んでおくよ。」
「あっ、僕は商業ギルドで口座って作ってないんですが・・・」
「商業ギルドの登録証が口座と繋がってるからね。銀行へ行って登録証を見せればお金の出し入れは出来るさ。逆に商業ギルドを通して口座にお金を振り込まないとギルドの貢献に入らないからランクアップ出来ないんだよ。」
「なるほど!ありがとうございます。」
「良いさ、これもエルがきちんと採取をしてるからお金を支払うんだ。真面目に続けているようで安心したよ。さて、もう一つエルにはやってもらう事がある。」
そう言ってエルボアが持ってきたのは薬研と乳鉢だった。そして店の棚から素材を取って来る。それは『チタの実』と呼ばれる粉末にして服用すると咳に効くと言われている薬草だった。一つ一つ小さな粒で外殻を少し硬い皮が覆っていて、その中にある白い実に効能がある。
道具と実をエルの前に置くとエルボアは真剣な眼差しでエルを見つめる。
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