第4話 初めての依頼

 冒険者登録を終え、今度は依頼ボードの前に移動する。カウンターから一番遠いボードの上には鉄のプレートがはめられている。ボードには五つの依頼が貼られており、全ての依頼に共通して赤い文字で『※期限・人数の制限なし』と記されている。ボードを確認したレオがエル・リック・ルチアの三人に依頼の受け方を教えてくれる。


 「こうやって依頼の羊皮紙に制限なしと書かれている物に関してはカウンターに持っていく必要は無いからな。そのままカウンターに行ってどの依頼を受けたいかを伝えればいい。さて、何を受ける?」

 「やっぱり最初は用水路の清掃依頼にしようと思うよ。リックとルチアはどうする?」

 「俺たちも最初はそれにするよ。前に師匠が新米冒険者の最初の依頼って教わったしな。」

 「よし、じゃあ受注しに行こうか。」


 カウンターに向かいエルが代表で依頼の受注を行う。今回は鉄ランクでしかも三人が初めての依頼受注と言う事もあり、少し詳しく説明をしてくれた。

 用水路の清掃依頼は受注する時期によって清掃するエリアが分かれており、現在清掃エリアとなっているのは居住区の東側エリアとなっていた。地図で場所を教えてくれ、その場所に行けばギルドの証を付けた職員が立っているのでその職員に声をかけ清掃を始める。清掃完了は開始から4時間経過と進捗具合を職員がチェックして完了となるそうだ。


 エル達はさっそく居住区へ向かい職員に声をかける。すると地下にある水路を清掃するか地上の街路脇に作られた排水路を清掃するか選べると教えてもらい、今回は排水路の清掃をする事にした。スコップを借りて3人が等間隔に分かれて排水路の掃除を始める。落ち葉や泥などが蓄積されて排水路は半分程度が埋まっている状態だった。取り出した泥や落ち葉は自分たちの清掃場所まで職員が持ってきてくれた小型の荷車に乗せていく。清掃と言っても水を含んだ泥をずっと掻き出す作業は意外に体力を使う。職員から「こまめに休憩を取りなさい」と声をかけてもらい、休憩を挟みながら順調に清掃を続ける。


 すると清掃しているエルに声を掛けてくる人がいた。


 「おや、エルじゃないかい?」


 振り返るとエルボアが立っていた。エルボアは泥だらけのエルを微笑ましく見ていた。


 「先生!お久しぶりです。」

 「依頼を受け始めたのかい?」

 「はい!今日、初めて受けました。あっ!一緒に冒険者になったリックとルチアです。リック、ルチア、僕の薬学の先生のエルボアさんだよ。この街で薬屋をされてるんだ。」


 そう教えると二人は腰を折り挨拶する。そんな二人をみてエルボアはニコニコと楽しそうだ。


 「街の外の依頼を受けるようになる時はその前に一度うちにおいで。薬を用意しておくからね。良いかい?どんな仕事でも手を抜くんじゃないよ?小さな仕事も街の人たちの助けになってるんだからね?」

 「「「はい。」」」


 エルボアは満足そうに通りの向こうへと歩いて行った。

 するとルチアがふぅっと大きく息を吐いた。どうしたのか気になって聞くと、ミラ州に住む猫人族ワーキャット達の中でエルボアは超の付くほどの有名人で彼女に助けられた獣人族は非常に多いのだそうだ。魔物たちの氾濫で大きな被害を受けた地域に赴いて無償で薬を配り治療をして回ったと言う逸話は一つや二つではない。ルチアは実際に会った事は無かったが伝説のように教えられていたエルボアに会えて感激していた。


 しばらくすると職員が声を掛けてくる。


 「お疲れ様!依頼完了だよ。これをギルドに持っていくと報酬が貰えるから。」


 そう言って三人に鉄のカードのような物を渡してくれた。ギルドに入る前にギルド裏へ行くと水瓶がいくつか置かれていてそれは自由に使っていいらしく、そこで顔や手を洗ってからギルドに入ると良いと教えてもらえた。ギルドへ戻り体を清めてから依頼完了の報告に行く。職員がカードを受け取るとカウンター奥へ引っ込む。しばらくして出てきたのはサレンだった。


 「皆さん、初めての依頼はいかがでしたか?」

 「少し疲れましたけど楽しかったです。街が綺麗になるお手伝いはやっていてやりがいがあります。」

 「体力作りにもなるし一石二鳥だな。」

 「また受けたいね。」

 「そうですか。それは良かった。では、こちらが今回の報酬です。」


 カウンターの上に小さなトレイが置かれており、そこに三つに分かれて銀貨が二枚づつ置かれていた。


 「お一人2000ジェムの報酬になります。お疲れさまでした。それではタグをお預かりします。」


 三人の冒険者のタグを預り、カウンターの上にある四角い箱の中に入れる。この魔道具の中で入れると完了した依頼の履歴がタグに蓄積されていくんだそうだ。銀貨を受け取った三人は嬉しそうにそれを見つめる。そんな三人を微笑ましくサレンが見つめる。


 「エルさん、リックさん、ルチアさん、冒険者デビューおめでとうございます。あなた方の冒険者生活は今日から始まります。用水路の清掃を受けているだけでは生活は厳しいと思います。体力がある人は一日2回~3回受けたりする人もいます。後は他の依頼が早く終わったら用水路の清掃を受けたり、とかですね。これから大変でしょうが頑張ってくださいね。」


 受け取りが終わりギルドの入り口にいたレオ達と合流する。レオ達は依頼の最中もずっと離れた場所から見守っていてくれていた。エルは握りしめていた銀貨をレオに見せる。


 「レオ・・・僕・・・冒険者に・・・なれたよ・・・」


 涙が止まらない。ずっとずっとエルは何かになりたかった。誰かに飼われる自分ではなく、自分で歩んでいく道。その入り口が見える場所までやっと辿り着けた。レオはグッとエルを引き寄せて抱き、頭をいつも以上に撫でてくれる。


 「よし!ここからだな!頑張るぞ!冒険者エル!」

 「はい・・・はい・・・」


 リックとルチアはそんな二人をじっと見ていた。自分達には分からない何かがあの二人の間にはあるのだろう。自分たちは同じような関係にエルとなっていけるのだろうか。いや、なっていかなくてはならない。


 「さぁ、とりあえず遅めの昼食を取って今後の冒険者としての話をしようか。」


 ダンの声掛けで一行は森狸の寝床へと向かう。そんな後ろ姿をサレンと女性職員が見つめている。サレンは微笑みながらエルの背中を見ていた。


 「サレンさん。創竜の翼はしばらくの間依頼を受注しないという話でしたが、それはエル君たちの指導をするからなんですか?」

 「詳しい事は私も聞いてないわ。きっとマスターも本当の理由は聞いてないんじゃないかしら。」

 「白金ランクですよ?大丈夫なんですか?」

 「取り決めでは緊急依頼等は受けてもらえるらしいし、こうやってちょくちょく顔も出してくれてるから。文句は言えないわ。」

 「まさか白金ランク総出で鉄ランクの子供三人の指導なんて。聞いた事ないですよ。」

 「私も無いわ。でも紅蓮が戻ってきてくれたし、うちのギルドとしては現状何の問題も無いから創竜の翼に依頼を受けてくれなんて言えないのよ。」

 「レオさん達に話してギルド講習会を受けてもらって少しでも早くエル君達が一人立ち出来るように指導してはどうですか?」

 「そうね。話はしてみるわ。ありがとう。」


 そう言ってサレンは二階へ上がっていった。職員は歯がゆい気持ちで見送る。白金ランクは冒険者の最高の頂、実力は他のランクとは比較できない程にずば抜けている。だからこそ彼らに受けてもらいたい依頼は後を絶たず押し寄せる。その活動を休むなどと言う事は誰も考えていなかった。それがまさかの子供の指導の為だというのだから、周りの冒険者からは困惑の声が聞こえてくる。創竜の翼が指導をしなくともこのワックルトでは新米冒険者を大事に育てる環境が他の都市や州よりは定着している。それにも関わらず依頼を休んでまで指導に専念すると言うのは事情を知らない職員からするとマスターはなぜ了承したのか不思議でならない。職員は苛立ちを感じながら業務へと戻っていった。

 ギルドマスターの部屋、メルカにサレンが問う。


 「この先、いかがお考えですか?冒険者も含め、職員の中でも不満が募っているようですが。」

 「構わん。言いたい者には言わせておけ。本当に街の為に働いている冒険者達は理解してくれておる。実際紅蓮が目をかけてくれた事で多少なりと見る目が変わったとの報告もある。白金ランクが一年やそこら依頼を受けないぐらいで不満を漏らす者は己がその立場になれば良いだけの事。他人に厳しい依頼を受けさせておいて、受け無くなったら文句を垂れるとは二流以下よ。」

 「職員達は?」

 「それも捨ておけ。あまりに目に余るようであれば国の反対側のギルドに飛ばしてやるわ。」


 メルカはニヤニヤと意地悪そうに笑う。サレンは呆れてため息をつく。このマスターは時折子供のように我儘を押し通す事がある。ただ、周りには我儘に見える言動が結果的に街やギルドの発展に繋がっていくのだから、誰も文句は言えないのだ。今回も恐らく創竜の翼の行動は将来的にギルドやワックルトの為になるのだろう。だからこそ、それ以上サレンは口を挟まない。


   ・・・・・・・・・


 森狸の寝床に戻った一行は昼食を済ませてそのまま食堂で話をしていた。


 「まぁ、用水路の清掃だけじゃなかなか稼ぐのは難しいからな。サレンさんが教えてくれたように他の依頼との兼ね合いで受けれるようなら受けるって感じで良いんじゃないかな?」

 「そうだね。僕らはまず一通り鉄ランクで受けられる依頼を受けてみて依頼を受けながらの生活に慣れなきゃいけないと思うんだ。だって、他の冒険者と違って僕らはレミト村から遠征してきてるから時間が限られてるし。次回は出発する時にどの依頼を受けるか決めてから来ても良いのかもね。」

 「うん。私もそう思う。商業ギルドの納品依頼も受けられるって教えてもらったから、ダンさん達に相談して私とリックは商業ギルドの登録証も作りたいね。」


 そんな三人の会話をダンもレオもオーレルも、そして離れて聞いてるノーラもジョバルも口は挟まず見守っている。エル達三人で話し合って決めていく事を習慣付ける事は、ただ教えられて次を決めるよりもずっと成長できる。


 「薬草や植物の納品ならエルボア先生の所でも受けてもらえるって言ってたから、お互いに森と村に帰ったら納品出来る物を集めるのも良いかもね。」

 「よし、じゃあそんな感じで次回は納品と街の中の配達とかの依頼も受けてみようぜ。」

 「うん!あと私は魔物と戦ったりする時の訓練もしたいかな。弓の練習もしたいし。そう言うのは皆どこで訓練してるのかな?」


 そこでダンが助け舟を出す。


 「冒険者ギルドでは新米冒険者に向けた講習会や訓練もやってるから明後日帰る前にどんなのをやってるか確認しといて次回来る時に受けるって事にしようか。」

 「おお!講習会!!よし、じゃあダン師匠たちと一緒に最終日に話を聞きに行こうぜ!」


 そして明日はエルがエルボアの店に行っている間にリックとルチアは商業ギルドで登録証を作ると言う予定になった。この後は宿屋の裏手にある広場を借りてレオとダンに稽古をつけてもらう。本来はこの後に商業ギルドへ行く予定だったのだが、三人を一緒に稽古しながら見れる時間がそれほど取れるわけではないので、この機会にという事になった。レオを相手にエルとリックが交代で相手をしてもらいアドバイスをもらう。ルチアはノーラから弓を教わっている。

 エルもリックも必死にレオに喰らい付いていくが簡単にあしらわれる。それでも自分たちなりに考えながらどんどんと挑んでいく。

 そんな様子をダンとジョバルが話しながら見ている。


 「子供達はどうだ。見た感じ筋は悪くなさそうだが。」

 「そうだね。それよりも心が折れない所は評価出来るかな。敵わないと分かっても創意工夫を入れて違うアプローチを試せる所は良いね。今は一人一人稽古をつけてるけど、二人で挑めば銅ランクのパーティーは相当苦労すると思うよ。」

 「あのルチアと言う子は大事に育てたいな。遠距離の当て感は天性の物だな。」

 「だからこそノーラが立候補してくれたんだろうね。僕らの指導じゃ限界あるから。」

 「リックは恐らくタンクだったりガーディアンを意識した戦い方だからオーレル様に見てもらった方が良いんじゃないか?」

 「オーレル様の戦い方を理解するにはまだ基本が足りてないからね。ある程度僕たちの指導を飲み込め始めたら一度見ていただこうとは思ってるよ。」

 「・・・あまり良い印象は持たれていないようだぞ。酒飲みながら愚痴ってる奴を何人か見かけた。」

 「覚悟の上さ。それでもギルドマスターやザックたちは理解してくれてるからね。まぁ、贔屓されてる人を見ると羨ましくなる人はいるさ。」

 「あの子達に批判の矛先がいかないように注意してやれ。」

 「もちろんだよ。」


 そう言っているとガチン!と言う音が響く。見るとエルの木剣がレオの木剣とぶつかり合っていたが、エルの木剣は確実にレオの頭部を捉えておりレオがすれすれで防いでいた。

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