第11話 決断の時
エルボアとの約束の期日を前にワックルトへ行く準備を整えるエル。今回はジュリアとダンが同行する。やはり薬師ギルドとの事を考えるとサームはワックルトへ顔を出す事は控えた方が良さそうだと言う判断だ。レオは少し不安を感じていた。もちろんダンとジュリアには全幅の信頼をおいている。しかし、魔法を乱発する訳にはいかない幻霧の森と言う状況で剣での攻撃に優れたレオが外れるのを心配していた。
しかし、様々な形を試していく事は大事であるし何よりもエルに慣れさせたくなかった。遠征をはじめ依頼中にその状況に慣れてしまう事は必ず『抜け』が生じてしまう。その抜けが命の危険に直結してしまう事が多々ある。
準備が整い三人はワックルトへ向けて出発する。進行中のフォーメーションはレオがいた殿にジュリアが入る事となり列は変わらないが、接敵した時にはダンが一人で前衛となりエルとジュリアで後衛を務める事になる。こうしてメンバーに応じてフォーメーションは当然変わる。そう言った事も出発前にパーティーで話し合いしっかりと徹底しておく事が無事に依頼を終える事に繋がると指導された。
森の中で一泊を挟み無事にレミト村へと辿り着く。エル達が孤児院へ着くとシスターは話があると一行を中へと案内した。そこにはリックとルチアも同席しており、シスターは改まった表情をしていた。
「ダンさん、ジュリアさん、いつも大変な支援をしていただき本当にありがとうございます。」
「いえ、約束ですのでお気になさらず。困った事はありませんか?」
「えぇ、十分に。今日はリックとルチアのスキル恩恵の儀が終わりましたので、その結果をお伝えしようと思い出発前にお時間をいただきました。」
今回のスキル恩恵の儀を受けたのは孤児院の年長者3名。リックとルチア、そして狐人族の女の子ポーリーだ。今回ポーリーに関してはリックやルチアと共に一人立ちに近い年齢と言う事もありスキル恩恵を行ったそうだ。
リックは『近接特化』と『盾術』。これはこれまでの毎日の稽古が実を結び得られたスキル。いわゆる修練スキルだ。恐らく恩恵を受けなくてもいつかは得られたであろうスキルだ。冒険者としてこれから前衛を務めたいと言っていたリックにとってはこれ以上ないほどのスキルと言える。
ルチアが得たスキルは『弓術』と『遠見』。そして《空読み》だった。同じく毎日の稽古で身に付けた『弓術』と『遠見』。そして索敵と気配察知の上位スキルの《空読み》を発生させた。遠見と空読みはスキル特性上、何となく似ているように感じるが遠見は視覚を向上させる肉体強化型のスキルで、空読みは気配察知などの精神強化型のスキルと言える。そう言う意味ではルチアは索敵面に関しては相当に恵まれたスキルを手に入れたと言える。
二人が普段から稽古してきたジョブに応じたスキルを得られた事は本当に運が良かった。先天性のスキルで自分の就きたいジョブと全く関係ないスキルを持っている事はざらにあるし、最悪なのは戦闘職になりたいのに生産系スキルを得てしまった時だ。これに関しては毎日の稽古を更に頑張りスキルが発生する事を祈る他ない。
もう一人のポーリーは『速算』と『空間把握』を得た。空間把握はダンジョンや城や砦など限られた空間の間取りや道をソナーのように知る事が出来る精神強化型のスキルで、『速算』はその名の通り計算が恐ろしく速くなると言うスキルだ。あまり繋がりの無いスキル同士に見えるが、ポーリーが商店や商業ギルドなどへ働きに行ったとすれば計算の速さはもちろんだが、その部屋の中にどれだけの荷物があるか等を把握するのにも役立つ。この空間把握に関しては熟練度を上げていけば最初はどのくらいの大きさの荷物がいくつくらいあるかしか分からなかったものが、その荷物が何の荷物で重さはどれくらいかまで把握出来るようになる。通常スキルの中でもかなり重宝されるスキルなのだ。
今回のスキル恩恵に関しては教会・領主への報告はしないと決めており、今後の事も出来るだけ早くどうスキル恩恵の儀を行っていくか決定するようにするとダンが伝えた。
シスターは少し不安な表情ではあったが、ダン達を信頼し了承した。ダンがジュリアに目配せするとジュリアが子供達を連れて外へ行く。シスターとダンの話は続く。
正直言って今回のスキル恩恵は期待以上の成果と言えた。リックもルチアも自分達のジョブに関わるスキルが一つでも発生してくれれば儲けものだった。それがこれからの活動に大いに役立つスキルばかりだった。他の新米冒険者達に比べればスタートで大きくリード出来たと言える。
ダンが子供達を退席させて話をしたかったのはポーリーの事だった。今後どのように考えているかを聞きたかった。このスキルが有れば商家や商会だけでなく商業ギルドや薬師ギルドなど恐らくこの年齢で既に引く手数多になるだろう。ダンからの言葉にシスターの表情は暗くなる。ポーリーが孤児で無ければ喜びが溢れていたであろう結果だが、孤児であると言う事はこの世の中で生きていくには相当に大変な事なのだ。
孤児をちゃんと温かく迎えてくれる働き口に出会えれば良いが、ほとんどの場合がそうではない。ギルドならばまだしも、商家や商会の場合は必ず経営者の跡継ぎは血縁者がなる事が多く、その血縁者よりも商会の中で素質があるような従業員がいるとかなり待遇は厳しくなる事が多い。しかも孤児であるならばそこを辞めた所ですぐに働き口が見つかる保障が無い為に辞めると言う決断も出来ず、言わば買い殺される待遇を押し付けられて体を壊して孤児院に送り返されたと言う話もシスターは聞いたことがあった。
ポーリーは根が真面目で相手の話をよく聞き愛想が良い。出来るならば平穏無事に一人立ちしてくれればこれ以上の幸せは無い。
ダンはシスターに「しばらくスキルの事は隠し、働き口を探すのは少し待って欲しい。シスターの望みに適う所に心当たりがある。」と伝え、ポーリーの将来は自分達もしっかり支援する姿勢を見せた。シスターは安心した表情を見せ、くれぐれも宜しくお願いしますと何度も頭を下げた。
・・・・・・・・・
今回はリックとルチアも少し荷物が多かった。前回帰って来てからの間にザックたちのクラン紅蓮が訪れていたらしく、一緒に草原に出てくれて納品できる素材の採取を手伝ってくれたそうだ。メンバーの薬師が摘み取り方や種類の説明も丁寧にしてくれたそうで今回納品依頼を受けてみると話した。
3人は前回の納品の報酬も色々と予定があり確認出来ず仕舞いだったので、今回は銀行へ行きたいとダン達に伝えた。ダンはワックルトに着いた初日は3人が採取してきた素材で納品依頼を達成して、2日目に冒険者ギルドに依頼を受けに行く前に銀行で確認しようと提案してくれた。
今後、自分達の資産となる依頼報酬だ。少しづつ貯めていって自分達の住む場所や装備・馬車を買ったり・・・少し銀行へ行くのも楽しみになった。
道中の馬車の中で自分達ならどう言うフォーメーションを組むか、どういった戦い方が有効かなどを自分たちなりに考えて、ジュリアやダンに意見を求めたりしながら順調にワックルトへ到着した。
今回は宿へ入る前に商業ギルドに納品依頼に行く事にした。一行が中に入るとカウンターに座っている受付職員の一人が立ち上がって礼をしてきた。なるほど、こうして開いている受付職員を知らせているのか。エルを先頭にして子供達3人が職員の前に立つ。ダンとジュリアは入り口付近で待っている。
「すみません。植物の納品依頼を知りたいのですが。」
「いらっしゃいませ。ありがとうございます。では、納品をしたい素材をこちらのトレーに置いてくだされば納品受付している物としていない物にお分けします。」
そう言って職員は3人の前にそれぞれ銀のトレーを置く。その中に3人は自分達が採取してきた素材を置いていく。それを見ていた職員は少し驚いた表情になり、近くの職員に声をかける。そしてエルのトレーを引き寄せ素材をじっくりと見ながらエルに質問する。
「誠に失礼ながらこちらの素材はどちらで採取されましたか?」
「えっと・・・何か問題があったんでしょうか?」
「あっ、いえ、Fランクの納品で見る素材ではなかったもので。」
「すみません。商業ギルドの納品はランク関係なく素材は受け取っていただけると聞いたのですが。」
エルが純粋に言った言葉が職員の自尊心に傷をつけたようだ。途端に顔色が硬くなる。
「じゃあ!これはどこで採取してきたんだい!?間違いなく君が採取した物なのか!?まさか盗品じゃないだろうね!!」
「違います!!これはちゃんと自分で採取しました!」
疑われるのはエルにとっても心外だ。しかし、自分が幻霧の森に住んでいる事は人に話さない約束になっている。一緒にいるリックとルチアも不安な表情をしている。
「どうされましたか?」
エルが振り返るとそこにはジュリアとダンが立っていた。エルはジュリアに事情を説明する。するとジュリアは眉間にしわを寄せ明らかに不機嫌な表情だ。その表情のまま職員を見る。職員は一瞬ひるむ。それを見たジュリアは下を向き、ふぅぅぅっと息を吐いた。そしてスッと顔を上げると冷ややかな笑みを浮かべていた。
「この子達の引率で来た者です。商業ギルドはランクの上下に関わらず、納品素材は受け付けていただけると認知しておりますが、まさかルールが変わったのでしょうか?」
そのジュリアの静かな迫力にたじろぎながらも職員は説明する。
「この子の持ち込んだ素材はこのワックルト近辺で採取できる素材ではありません。それに盗品の疑いもあります。ですので、そのまま受け付ける訳には参りません。」
「わたくし共も長く冒険者をやっておりますが、盗品を疑われて納品出来ない等と言う事はこれまで一度もありませんでした。相手が子供だからと難癖をつけているのではありませんか?」
「なにっ!?こちらは無理に買い取らなくても良いんだぞ!!そもそもFランクでしかも子供がこんな珍しい素材をこれだけの量を納品すれば疑われて当然だ!!」
職員の大声に周りの客がこちらに注目し、中には何事かと近寄って来る者まで出てきた。あまり事を大きくしたくないがこのまま納品依頼を受けずに帰る事はありえない。なぜならエルは正当に自分で採取してきた素材だからだ。
しかし、職員の言葉で我慢の限界を迎えたのはジュリアでは無く、ダンだった。
「これ以上揉めるつもりはない。君はそのまま奥に下がって特級職員のミレイさんを呼んできてくれ。」
「なぜ冒険者風情に指図されなければならない!しかも特級職員を呼べなどと!私を馬鹿にしてるのか!!」
「二度は言わない。君の為にもすぐに呼んで来る事を勧めるよ。明日には君の席が無くなる可能性もある。良く考える事だ。」
相手が激高しているにも関わらず一切感情が動かないダンに職員は怯み、机を叩いて奥へと下がった。しばらくするとその職員と共にミレイが現れ、一行に深々と頭を下げる。
「ダン様。ジュリア様。エル様。リック様。ルチア様。誠に申し訳ありません。当方の職員が誠に申し訳ございません。」
「ミレイさん。ガッカリですよ....」
ダンのその言葉にミレイの背中を冷や汗が流れる。
常に冷静沈着なミレイであったとしても白金ランクでしかもこれまでにワックルトの商業ギルドに対して相当な貢献を果たしてくれている創竜の翼を怒らせる事は今後の希少素材の納品だけでなく、依頼の面でも相当に不味い事になる。しかも、相手はエル。あのサーム・キミア卿の保護の元、ほんの数か月前に良好な出会いを果たしたばかりであった。さすがに肝が冷える思いだ。
この報告を受けた時にミレイはすぐにギルドマスターのトワムに使いを走らせ、自身はすぐにカウンターへと向かった。その道中でミレイは当事者である職員に「どのような事態に収まろうともあなたの居場所はワックルトには無いと心得なさい」と突き付けた。
「誠に、誠に申し訳ございません。」
その時、ダンは先日サームと小屋で話していた事を思い出す。ダンは自身の身分をエルに伝えるのが良いのではないかとサームに提案した。この先の冒険者活動で必ず隠し切れない部分が生まれる。もし自分達の身分を他人から聞かされた時に、エルはもしかしたら傷付いてしまうかもしれない。それならば、薬師ギルドの事もある。レミト村の孤児院の事もある。そろそろ限界が来ているのではないかと。
サームはジッと目を閉じながら考え、一つの言葉をダンに託した。
「機会はダンに預ける。エルを傷付けぬよう頼む。」
目の前で頭を下げ続けるミレイと職員を見ながらダンは決意する。エルは大変な事になってしまったと下を向いたまま顔を上げられない。そんなエルの肩にそっと手を置き、ダンはミレイに告げた。
「トワム殿同席で話し合いの出来る部屋の用意をせよ。これは子爵位ダン・レイドナムとしての頼みだ。そしてサーム・キミア侯爵からの命であると思え。委任状はここにある。」
腰のポーチから出した紙をミレイに向けて広げる。金の装飾文字が書かれた立派なものだ。それを見るとミレイは片膝を付きダンに臣従儀礼の構えを取る。周りの職員もそれに倣う。当事者の職員は頭を地に擦り付け涙目だ。
ダンは引き戻せない場所へエルを導いてしまった事への責任を感じていた。
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