第18話 降りかかる火の粉

 絡んできた大男は明らかにジュリアの雰囲気に圧されていた。身長も体格も遥かに劣るジュリアであるにも関わらず、その体から放たれる『存在感』のようなものが男の優位を許さない。ジュリアが半歩、男に対して足を動かすと男は背に負った斧に手をかけながら2歩以上飛び退く。しかし、




 「おい若造。ギルド内でそれを抜くならさすがにワシ等も我慢ならなくなるぞ?うちの大切なメンバーだけでなく客人にまで手を出すならばお嬢の代わりにワシが相手になるぞ?」




 声のする方向を見ると食堂に行っていたはずのオーレルが普段の温和な好々爺こうこうやとは思えぬ憤怒の表情でズシズシとエル達の方へと歩いてくる。周りを取り囲む冒険者からは「おい・・・マイスタースミスのオーレルだぞ。」「まさか創竜の翼のジュリアに喧嘩を売ったのか?」等と聞こえてくる。やはり白金の冒険者の名は伊達ではない。見た目だけで言えば、ダンやジュリアよりも遥かに凶悪で強そうな男達が揃ってこの状況を止められずにいるのだ。そのざわつきの中でもジュリアは真っすぐに男を睨み続ける。




 「御大。ここは私にお任せください。エル様を侮辱するだけでなく、傷付けようとしたその根性を叩きなおさなければ気が収まりません!!!!」




 更に張る空気。エルが息をする事すら忘れるほどの緊張感。その時、二人の間に飛び込みジュリアに向かって土下座をする男がいた。




 「ジュリア殿!!すまん!!俺のパーティーの新米だ!!この街に来たばかりでこの街のルールを分かっていない。いや、俺が徹底させていなかった。頼む!!この通りだ!!治めてくれ。」




 見た目はジュリアよりも随分年上の赤い鎧を着た男が必死にジュリアに頼み込む。大男はその様子を見て何かを言おうとするが、土下座する男の「・・・貴様は黙れ。」と言う鋭い言葉に勢いを止められる。


 ジュリアは大男を睨んだまま土下座を続ける男に言葉をぶつける。




 「ザックさん。あなたに責任はありません。この無礼な男と私との話です。あなたがこの街、ギルドの冒険者達の為に尽力してくれている事は承知しています。だからこそ私たちは王都やミラで自分達の依頼に集中出来るのですから。しかし、あなたのパーティーだから新米だからなどと言う言い訳は今回の事に関係はありません。この男は私達の護衛対象に対して殺気を放ちました。ザックさん、それがどういう意味を持つか。白銀ランクのあなたなら分からないはずはないでしょう?」




 ザックは何も反論出来ない。護衛対象である人物に他の冒険者が殺気を放つ。それは護衛する冒険者から斬られても文句は言えない状況なのだ。殺気と言う一般市民からすれば曖昧な証拠ではあるが、戦闘のプロフェッショナルである冒険者が集まるギルドでそれをしてしまったこの大男は証拠をぶちまけたのと同じ意味を持つ。


 分かってはいる。それが冒険者同士のルールであり、それが守られなければ街は無法地帯になってしまう。この大男は今まで他の街でそこそこの活躍をし金ランク目前の実力もあり持て囃されていた。それをザックのパーティーメンバーがスカウトし、ワックルトの街へと連れてきた。前にいた街ではこのような粗暴な態度を見せても誰も諫める者がいなかったのだろう。しかし、ここは王国で最も危険度も難易度も高い依頼が溢れる『辺境都市』なのだ。当然、その辺の街よりは高ランクな冒険者が揃っている。で無ければ依頼を受けて幻霧の森へ入れないからだ。


 この大男の最大の不運は声をかけた子供がまさかの護衛対象であった事。そして1年に合わせても2~3週間ほどしか滞在しない最高ランク白金冒険者、その中でも神の領域に挑戦しようとしている【創竜の翼】の護衛対象に殺気を向けてしまったと言う事だ。




 「さぁ、どうするのです。私に斬られるか。己の行為を改め謝罪するか。選びなさいッッ!!!!」




 女性のジュリアがこの大男を斬る。傍から聞けば有り得ない。しかし、歴戦の強者たる高ランク冒険者達が見れば当然の結果となると容易に予想がつく。恐らく、いや確実に大男はジュリアに触れる事すら出来ずに制圧されてしまうだろう。それ程までに白金と言うランクは『人外』でしか辿り着けない場所なのだ。この土下座するザックも白銀ランクではあるが、その果てしなき頂は未だに見えてこない。


 ザックが土下座を崩さず床に額を擦り付けたまま大男に叫ぶ。




 「俺が言い換えてやろう。俺に斬られるか。ジュリア殿に斬られるか。好きな方を選べ。お前をこの街へ連れて来た事が俺の冒険者人生の最大の汚点だ。さぁ!!!どうする!!!」




 鬼気迫る迫力に大男は思わず両膝を床に着く。そしてひたすらに頭を床に擦り付ける。




 「申し訳ない!申し訳ない!!!申し訳ない!!!!どうか!!どうか!!!!」




 己の命がかかっている。必死の謝罪だった。その謝罪を目にしてジュリアはその張り詰めて雰囲気を解く。すると、今までその雰囲気に吞まれていたエルが急に呼吸を荒くする。ハッハッハッ・・・と短い呼吸を繰り返しその目が少し虚ろになる。その様子を察したレオがすかさずエルの後ろから体を預かる。エルはそのままレオに体を預け気を失った。レオが激高する。




 「何を考えてる!!エルの事を思う気持ちは分かるが、それでエルを追い詰めてどうする!!!馬鹿者が!!!!」




 普段の優しく砕けた雰囲気のレオはそこにはいない。ジュリアは振り向き、涙を浮かべながらエルに近づく。




 「申し訳ありません。エル様エル様エル様・・・あぁ・・・私・・・申し訳ありません・・・」




 起こさぬように小さな声でエルの頬を震える手で撫でる。さっきまでの雰囲気とは打って変わったその壊れてしまいそうなジュリアの様子に他の冒険者たちは目を疑った。




 「ジュリア。エルとサーム様を連れてそのまま宿に入れ。今日は終日エルの傍を離れるな。俺はダンと共にこの騒動を終わらせてから向かう。オーレル卿、申し訳ありませんがお二人の警護をお願いして宜しいですか。」


 「無論じゃ。お嬢がこれほどまでに現実が見えなくなるとはの。まぁ、安心せぃ。ワシも今日は同じ宿に詰める。」


 「ジュリア行け。」




 ジュリアはエルを抱きかかえ、大男には目もくれずオーレルとサームを連れてギルドを出ていった。レオはダンを呼び、ザックと大男の前に立つ。




 「ザック。お前らしくもない。あれだけ慎重なパーティーだったじゃないか。こんな男と組むんじゃお前たちの積み重ねた評判はガタ落ちだぞ。・・・ほら、もう立て。」




 レオはザックを無理やり立たせる。しかし、その瞬間に大男に目を配り「お前はダメだ」とばかりに視線を強く向ける。




 「さすがにこれだけの目がある中で無罪放免って訳にはいかん。後の裁定はギルドに任せるが不服は無いな?」


 「もちろんだ。レオ、すまない。こんな事でお前たちに迷惑を・・・」


 「馬鹿野郎。銅ランク時代からずっと争ってきた腐れ縁だろう。こんな事でランク剥奪なんて事は無いと思うが、それなりの事は覚悟しろ?」




 ザックが力なく頷く。その二人が話す様子を取り囲むように群がる冒険者の後ろから大きな声が飛ぶ。




 「ギルドマスターが通ります!!!通してください!!通してください!!」




 受付の女性職員が大きな声で叫びながら人垣をかき分けると職員の後ろに背の小さな女性のエルフが付いてくる。見た感じは完全な幼女だ。しかし、漂う雰囲気は只者ではない。ザックとレオに近づき、見上げながら話しかける。




 「レオ、久しいな。最近はマスタールームに来てくれんから退屈しておるぞ。」




 レオは片膝を付き、ギルドマスターに目線を合わせて近づくと他に聞こえないよう小声で答える。




 「ご無沙汰しております。メルカ様。申し訳ありません。うちのメンバーがギルド内で騒動を起こしてしまいました。」


 「話は聞いておる。ジュリア嬢にしては珍しい。それほどまでにあの子供に感じ入る物があったと言う事かの。」


 「その話はいずれ。サーム卿もワックルトに来られておりますので、明日にでもお時間をいただけますでしょうか。」


 「ほぉ・・・サーム殿が・・・その子供とサーム殿が関係があると言う事か。」


 「職員よりお話があったかと思いますが、数週間前に保護した子供がエル殿です。今はサーム卿の別邸で見習いと言う形で共に暮らしております。」


 「なんと!あのサーム殿が弟子を取ったと・・・」


 「身寄りのない彼に対してのとりあえずの措置ではあるとは思いますが、エル殿のお気持ちは強いようです。我々はサーム卿を含め身分を明かさぬ形で共に行動しております。」


 「相分かった。この場は私に任せろ。おぬしたちもサーム殿に合流せよ。話は明日詳しく聞こう。明日予定は終日空けておくので、いつでもお越しくだされとサーム殿に伝言を頼めるか。」


 「かしこまりました。では、失礼します。」




 レオは立ち上がり、ポンとザックの肩を叩きその場を立ち去る。ダンもメルカに対して目礼でその場を去る。メルカはザックに向き直る。




 「ザック。話は聞いておる。どのような処罰となっても異論は無いかの?」


 「もちろんです。今まで様々な形で冒険者ギルド全体で助けていただいたにも関わらず、このような形で裏切る事になってしまい本当に申し訳なく・・」


 「何を。そなたのこれまでのワックルトに対する貢献に比べれば、と言いたいがさすがに相手が創竜の翼の護衛依頼中で、しかもサーム殿まで関わっておるとなれば穏便に済ませたいが何らかの処分は下さねばならん。理解してほしい。」


 「どのような処分でも自分たちのパーティーに否はありません。」


 「うむ。では、ザック率いる「紅蓮ぐれん」には1か月間のギルド依頼強制受注を義務付ける。それなりの難易度となる事を覚悟しておけ。」


 「ご配慮ありがとうございます。」


 「そして、その張本人の男にはこの街の出入りの一切を禁止する。退去期限は明日まで。それまでにこの街から出なければ犯罪奴隷としての裁判にかける。そして護衛対象、しかも貴族の庇護者に対して殺意を向けた事は到底冒険者として許される事ではない。今のランクより1ランク降格。これは即時行う。よいな!!」


 「ぐっ・・・・・畏まりました・・・・・ッッッ!!」




 大男は土下座のまま歯を食いしばりその処分を聞き入れた。その顔は怒りで狂いそうな程であったが、土下座をしていた為誰も気づくことは無かった。

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