第19話 守るべき者

 レオとダンは冒険者ギルドを出る。預り所に預けていた荷車は既に出発していた。オーレルが他の皆を乗せて宿に向かってくれたのだろう。レオとダンは創竜の翼がワックルトで定宿にしている【森狸の寝床】へ向かう。森狸の寝床はワックルトにある宿屋の中ではランクとしては高く、銀ランク以下の冒険者ではなかなか泊まる事は難しい料金である。このランクを定宿に出来るようになる事がパーティーとしては一人前から一つランクを上がれた証のような感じだ。


 二人は歩きながら冒険者ギルドでの騒動について話す。




 「まさかジュリアがあそこまで我を見失うとはな・・・」


 「最初からエル殿に対して少しそんな感じはあったけど、今までも子供の護衛が無かった訳でもなかったのにね。やはり魔導師として何か感じる物があるのかな。」


 「エル殿はあの雰囲気の中でいるには辛すぎただろうな。全く。普段はあれだけ冷静沈着なのにエル殿と行動を共にするようになってから、ジュリアはエル殿の姉にでもなったつもりなのか。」


 「とりあえずは身分証を作るのも冒険者ギルドにも商業ギルドにもエル殿の話を出来なかった。予定が狂いまくったね。まぁ、サーム卿とは話をさせてもらってあと二~三日ほどは余計にワックルトに逗留してもらうしかないね。予定が狂うのは好きじゃないなぁ。」


 「すまないな。ダン。だが、この手の段取りはお前が一番向いているし気が回るからな。」


 「良いさ。好きでやってるんだから。しかし、さすがにサーム卿が絡んでるとなるといつも以上に慎重にならざるを得ないし、なかなか方法を考えるのも難しくなるね。」




 とりあえずエルの身分証作成と開路を行う事が最優先事項だ。商業ギルドへの挨拶などはこれからの修行期間での納品の間にまたワックルトに共に出向いてする事は出来るので急ぐ必要はない。今日一日で護衛対象二人の身の安全を確実なものにしてから行動を開始しなければいけない。冒険者達には今日の騒動でエルが創竜の翼の護衛対象である事は徹底出来たはずだ。




 街を南北に通る大通りを南へ南へと歩くと石造りで壁に蔦を絡ませたオシャレな二階建ての建物が見えてくる。入り口前に置かれた木の看板にはクッションの上で眠る狸が木で彫られている。押し扉を開け中に入るとすぐに受付のカウンターがあり、左側のホールには宿泊客が食事をする食堂が広く取られている。いくつかあるテーブル席の一つにサームとオーレルが座っていた。




 「おお。ここじゃここじゃ。エルは二階の部屋に寝かせておる。とりあえずはジュリアが同室で部屋を取ったぞ。儂らとおぬしらでエルの部屋を挟むように部屋を取った。少し店主に無理は言うたがの。」


 「ありがとうございます。申し訳ありません。」


 「何の何の。元はと言えばこちらが同行を頼んだのだからな。しかしまさかギルド内で騒動を起こすような者がおるとはのぉ。」




 サームは苦笑いを浮かべながら髭を撫でる。冒険者ギルド内での口喧嘩や怒号・罵声は日常茶飯事だが、今回のような騒動はそうそう起こる事ではない。しかもこの『辺境都市』ワックルトともなれば冒険者同士の騒動よりも遥かに深刻度の高い危険が街の外に溢れている。その危険に集中出来るように様々なギルドが協力し合い街の中で騒動が起こらないように努力してきた。ザックは冒険者としての生活と同時にギルドと協力して街に移ってきたばかりの冒険者へ注意喚起の徹底など指導者的立場として協力してきた。それがあった中での今回の騒動なのだ。




 「自惚れている訳ではなかったが、まさか辺境都市で創竜の翼を知らない者に会うとは思わなんだな。まぁ、ワシらもまだまだ精進じゃのぉ。ハハハハハっ!」


 「ホントに笑い話にもなりませんね。あんな小物に舐められているとはうちのパーティーもまだまだと言う事ですね。」


 「ほほほ。エルがあんな所でおっては虫の居所の悪い冒険者にしてみれば格好の的じゃろうて。そのままギルドマスターの部屋へ行くべきだったのぉ。」


 「申し訳ありません。」


 「何もかもを順調に進めたいダンにとっては腹の立つ事になったじゃろうが、ワシとサーム殿にしてみればそよ風が吹いたほどの事じゃ。あまり思い悩むな。」




 オーレルが愉快に笑う。ダンとレオは苦笑いだ。確かに油断していた。白金ランクになって3年。それなりに辺境都市を含めミラ州では目立った活動をしてきたつもりでいた。今回の事で自分たちの活動がまだまだ周りに周知されていないと思わされた。白金ランクなんて言われていても現実はこんなものだ。




 「とりあえず今晩はこのまま休むとしよう。ジュリアには部屋に食事を届けるようにしておる。儂らは交代で部屋に詰めるようにしよう。まぁ、それほどの事も無く目が覚めるじゃろう。」


 「畏まりました。」




 そのまま四人はエルの眠る部屋の両隣の部屋へ分かれて入り、明日までは創竜の翼のメンバーが常にエルの部屋に対して警戒を続ける。




 眠っているはずだった。誰かの声がする。体は動かない。頭も何となくぼんやりする。エルはそっと目を開けた。


   ・・・・・・・・・・・・・・




 気が付きましたか?初めてお会いしますね。今まであなたに降りかかった数々の困難。本当に良く乗り越えてくれました。あなたを守るべき者がこれからは傍で力を貸してくれます。そして私もあなたの未来の為に少し力をお貸ししましょう。あなたのこれからにお役に立てる力だと良いのですが。今度はあなたの力が目覚めた時にお会い出来るでしょう。大丈夫。そんなに遠い話ではないと思いますよ。では、その時まで、また。






 真っ白な空間。果ては分からない。もしかしたら物凄く狭い空間なのかも知れないし、途轍もなく広大な空間なのかもしれない。聞こえるその声は無条件に警戒感を解き払う。


 あなたは一体。。。僕はこれからどうすれば。。。




 ゆっくりと再び意識が遠のいた。




   ・・・・・・・・・・・・・・

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