第17話 辺境都市ワックルト

 次の日も草原の中を二頭の走竜が気持ち良さそうに幌荷車を運ぶ。ダンから聞いた予定では昼前にはワックルトに到着予定で昼食はワックルトで美味しい物を食べようと提案された。街で食事。どんな料理があるのだろう。それよりもワックルトとはどんな街なのだろうか。期待と不安に揺れながら遥か先の草原を見つめた。




 およそ一刻いっときほど走っただろうか。草原の向こうに何やら大きな土壁が見え始める。高さはおよそ大人の身長の倍ほどはあるだろうか。その土壁の上に丸太で組まれた壁があり、二段の構造になっていた。その壁の途中に大きな木で出来た門があり、鎧を着た兵士が二人経っていた。


 荷車が近づくと




 「その荷車!!止まれぇ!止まれぇ!」




 と、兵士から大きな声がかかる。ダンは手綱を操り走竜の速度を落とし荷車を止めた。兵士の一人が近付いてくる。しかし、ダンが手を上げ兵士がダンの顔を見ると、




 「おぉ!!ダン様!おかえりなさいませ!」


 と笑顔で返してきた。さすがは白金ランクだとエルが感心していると、エルの顔を見た兵士がダンに問う。




 「ダン様、その子供は?」


 「すまない。幌の中にサーム様がいらっしゃるんだが、その弟子なんだ。ただまだ身分証を作っていなくてね。作る為にも街に来たって訳さ。すまんが通してもらえるかい?」




 そう兵士に告げると兵士は後ろに控えていたもう一人の兵士に「お通ししろ!」と告げる。すると後方の兵士は門の向こう側に向けて「かいもぉーーーんッッ!!かいもぉーーーんッッ!!」と叫ぶ。少し間が開いて大きな木の門が両開きに動き始めた。


 二人の兵士が「どうぞ!」と声をかけるとダンは手綱を操り二人の兵士に目で挨拶し、荷車に乗ったまま門をくぐっていく。




 門をくぐると真っすぐ伸びた大きく広い通りの脇に大小様々な建物が並び、通りには人がたくさん行きかっていた。エルのいたジェリドより街の規模は大きく人も多くいるように思えた。御者席に座るダンが隣に座るエルに声をかける。




 「まずは商業ギルドに納品に行って依頼達成のサインをもらったら冒険者ギルドで依頼終了の報告とエルくんの身分証を作成しよう。それから宿に入って少しゆっくりしよう。街で行きたい場所も聞いてみたいしね。それまではゆっくりここから街を眺めると良いよ。」




 御者席から見る街の様子は何もかもが目新しく、エルは右に左にキョロキョロと視線を走らせ、ダンだけでなく荷車の中のメンバーにも分からないものは質問をぶつけた。街の通りは人もドワーフもエルフも獣人も入り乱れて活気に溢れていた。出店で売られているのは美味しそうな食べ物や布や壺などを売る店もあった。そして少し進むと、大きな石造りの建物が見えてきた。建物には大きな秤のエンブレムが掲げられている。




 「ここが商業ギルドだよ。待っていても良いけど中に入ってみるかい?」




 入ってみたい衝動に駆られるが、サームの許しを得ようと荷台を振り向く。すると、




 「儂も久しぶりに挨拶に行くのでな。エルも一緒に入ろう。見習いで納品するようになるならば顔を覚えてもらった方が良かろう。」




 と、嬉しい提案があった。商業ギルドには馬車を預かってくれる場所が併設されており、そこに走竜たちも預け全員でギルドの中へと入っていく。建物の高さから2~3階建てかと思ったが、中に入ると1階が吹き抜けの高い天井構造の2階建てになっており天井は見上げるほど高かった。


 大きなロビーの中にも人がたくさんおり、荷物の受け取りや買い付けなどを受付と書かれた大きなカウンターで何人もの職員が対応していた。ダンはそのカウンターの一番近くの受付職員の前に立つ。なぜかその職員の前には誰も並んでおらず、他の職員と同じデザインだが色が他の職員は緑に対し、この受付の職員の色は赤色が基調の制服だった。




 「ダン様。ご依頼の納品分の確認をさせていただきます。こちらの方へ納品物をお願い出来ますでしょうか。」




 職員とダンを挟むカウンターは他の職員よりも広く左右に長く場所が取られており、ダンはカウンターの上にポーチの中から薬や薬草を置いていく。すると職員の後ろの部屋から何人か同じ色の制服の職員が出て来て、納品物を一つ一つ確認していく。


 エルは横に立つジュリアに小声で質問する。




 「ジュリアさん、納品物の確認はどうやって確認するのですか?見るだけでは本当に頼まれた薬なのか判断出来ないのでは?」


 「そうですね。なので、薬などの判断が難しい物は鑑定スキルを持つ者が鑑定し、間違いないと判断された物がギルド認可の薬として個人取引の場に並びます。なので、ギルドで鑑定しギルドに買い取ってもらう場合と、鑑定だけギルドに頼み認可の印を押された物を店に売り込む場合の二つが主の買取の手段ですわ。」




 やはりそこは単純に買取や販売と言えどもたくさんの方法があるようだ。鑑定スキルでの『ギルド認可』が必要な品物もあれば認可の必要もなく個人間での自由取引が認められている物もある。薬草や魔物の討伐部位などは認可の必要のない物に含まれる。なぜ認可が必要ないかと言えば、本やギルドにある素材見本などで確認すれば知識のない物でもそれが偽物かどうかは簡単に確認が取れるからだ。


 薬の説明の場面ではサームも一緒にダンと共に説明していた。しばらくやりとりを見ていると鑑定をしていた職員の内の一人が小さな紙を受付の職員に手渡す。




 「はい。全て問題なく納品されております。今回、お願いしていた薬草がいつもよりも品質が全体として良かったので、品質報酬を上乗せさせていただきました。今回はダン様ではなく、サーム様へ直接報酬をお渡しして宜しいですか?」


 「はい。お願いします。」


 「こちらが依頼完了の証明になります。お疲れさまでした。では、サーム様は薬草の買取金のお渡しがありますので、こちらへお願いします。」


 「了解した。あとな、儂の弟子を紹介したいのだが商会長はおるかの?」


 「大変申し訳ございません。本日は終日面会の予定で埋まっておりまして。サーム様が来られた事を伝えて参りますので、このまましばらくお待ちいただいてよろしいでしょうか?」




 商会長は多忙らしかった。職員が面会のアポを取ろうとしてくれたようだが、お師匠様は明日の商会長の予定を聞き、朝一番に来るのでと改めて予定を取った。流れとして何も間違っていないが、職員たちは非常に恐縮した様子だった。


 無事に依頼は終えたようで、お師匠様が買取金が入っているであろう革袋と鑑定を終えた薬が入った木箱をを受け取っていた。革袋の中身は窺い知れないが見た感じは相当に多そうだ。受け取りを終え、商業ギルドを出る。




 「儂の用事を済ませる前にそなたたちの依頼完了の報告を先に終えよう。そうすれば後の心配なく買い物も出来るじゃろ。」


 「お気遣いありがとうございます。では、先に冒険者ギルドに向かいましょう。」




 そう言って向かったのは商業ギルドから通りを挟んで向かいにある木造の大きな建物だった。入り口には剣と盾が重なり合ったエンブレムが掲げられていた。




 「エルくん。冒険者ギルドの中は少し治安が悪い。まぁ、僕たちが一緒にいるから平気だけどもし一人で来るような事になる時は、まず僕たちに相談してほしい。」


 「わ・・・分かりました!」


 「まぁ、依頼を失敗しちまった奴らは気が立ってたりするからなぁ。余程の馬鹿でもない限りはギルド内で問題起こすような奴はいないと思いたいが、どこで火が点くか分かんないのが冒険者だからな。まぁ、心配いらねぇよ。」




 レオはそう言ってくれるがエルからすれば見た事も無い猛獣の群れに大丈夫だから突っ込めと言われているようなものだ。知らず知らずに顔が引きつっていた。そんな様子をお師匠様は微笑ましい表情で楽しんでいるようだった。




 ギルドのドアを開けると商業ギルド同様に大きなホールになっており、奥にカウンター、左側の壁にいくつかのボードに分かれてたくさんの紙が貼られていて、そのボードの前にたくさんの人が集まっていた。あれが依頼なのだろうか。


 創竜の翼のメンバーを先頭にギルドに入った瞬間、空気がピリッとしたような感覚がした。ホールに居る多数の冒険者の視線がメンバーに集まる。それは憧憬の眼差しであったり嘲弄の眼差しであったりもしたがメンバーは気に留める事も無くカウンターの列に並んだ。


 順番が来るとダンがカウンター内の職員に商業ギルドで貰った依頼完了の証明書を渡す。それを確認すると職員がダンに声をかける。




 「ダンさん。依頼ご苦労様でした。今回も確実なお仕事ありがとうございます。」




 職員の言葉に笑顔を浮かべた後、振り返り他のメンバーに声をかける。




 「少し報告もあって時間がかかるから皆はギルド内で好きにしてくれてて良いよ。」




 そう言うとオーレルとお師匠様は連れ立ってホール右側に併設されている食堂のような所へ歩き出した。お師匠様がお酒好きだったとは。短い同居生活の中でお師匠様がお酒を飲んでいる所を見た事がなかったので、もしかすると我慢させていたのかも知れない。


 何をしようか迷っていたエルにジュリアが声をかけてくる。




 「エル様。良かったら依頼ボードを見に行きませんか?色んな依頼が貼られていて楽しいですよ。」




 見たい!!ジュリアにお願いし依頼ボードに移動した直後、後ろから大きな声が飛ぶ。




 「おいおいっっ!!天下の冒険者ギルドにションベン臭ぇ匂いがしてるぜ!!どこのガキが迷い込んでんだ!!」




 その言葉にビックリし振り返ると熊かと思うほど大きな体の男がニヤつきながらエルを見下ろしていた。エルは半歩下がる。するとその男とエルの間にジュリアがスッと体を入れる。




 「誰の知り合いか分かって声をかけているのですか。私の大事な大事な方に聞きたくない暴言を吐くとはどういったつもりですか。」




 背中から感じるジュリアの雰囲気は恐ろしく冷たく、傍にいるエルですら恐怖を覚えるほどだった。怒らせてはいけない、踏み込んではいけない領域に男が踏み込んだ事はエルにも容易に理解出来た。

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