第16話 そして夜は更け物思いに耽る

 「街には様々な職業の人が暮らし、そのそれぞれが助け合って形を成しています。」




 ジュリアがダンからの話題を受け、街での人々の生活を説明してくれる。




 「農民・鍛冶師・錬金術師・薬師・武器防具を扱う者・魔道具を作り売る者、港町になれば魚を獲り売る者もいます。そして冒険者・騎士・貴族や王族。様々な役割を様々な者が種族関係なく担っています。それがロンダリオン王国と言う国です。」


 「王国には奴隷はいますか?」




 ジュリアの目を見つめエルは問う。その真っすぐな眼にジュリアは答える。




 「・・・います。王国の中での奴隷制度を説明しても構いませんか?」




 エルは頷く。ジュリアも頷き返す。




 「奴隷とは基本としていくつかの身分で管理されています。莫大な借金の支払いの為に自ら、もしくは家族に売られる事で奴隷となった借金奴隷、犯罪を犯した事で奴隷となる犯罪奴隷、様々な争いに負けて奴隷落ちしたものを戦争奴隷と言います。捕虜なども戦争奴隷ですね。」




 これは何となく想像がつく。自分は恐らく借金奴隷なんだろうと思った。家族が生まれて間もない自分を売ったと考えるのが一番妥当だ。




 「あと、これは奴隷と言う身分ではありますが他の奴隷とは少し立場が違う者がいます。それが農奴と技能奴隷です。」




 農奴は農地を管理する領主に労働力として買われた奴隷であるが、通常の奴隷と違い、住居を建てる・結婚し家族を増やす・田畑を耕しその所有権を持つ等の権利が認められている。その所有する土地で得られた収入がもし所有権を持つ者へ納める金額を上回った場合は農奴の資産として保有する事も認められている。また、奴隷契約時に定められた金銭を払えば管理者から独立し自由の身となる事も出来る。まぁ、悪い地主によっては生かさず殺さずとなるように農奴の収入をコントロールする者もいるらしい。




 そして技能奴隷。これはかなり珍しいケースで、どうしても自分で取得したいスキルなどがあった時に貴族や豪商から金を借りスキル取得後、借金を返すまで奴隷の身分となる。ただ、この技能奴隷の場合は住居の自由や移動の自由も認められており、奴隷だからと言って権利者と生活する必要はなく約束された期日までに代金をギルドを介して返還する事が出来れば解放される。借金奴隷と扱いが似ているように思うが、技能奴隷の場合は『原則スキル獲得の為に借金をした』奴隷でなくてはならない。当然、期日までに返せなければ借金奴隷として捕らえられ、認められていた自由は全て剥奪される。




 「では、やはり僕は借金奴隷で家族に売られた可能性が高いって事ですね。」




 奴隷の説明をされ確信に近いものを感じた。やはり自分は売られたのだ。




 「そうなりますね。しかし、気休めにしか聞こえないかも知れませんが何かの理由で奴隷印を刻まれなかったおかげで、エル様は奴隷商から逃げる事が出来たのです。そしてサーム様に出会われた。あなたの一生はここから始まるのですよ?」


 「はい。」




 今はまだその始まりにすら立てていないはずだ。少しづつ前へ。




 「よし、このまま走り続けても街の閉門時間に間に合わないから魔物の少ないエリアで早めに野営を張ろう。」




 この日は早めの野営となった。


 しかし、エルとサーム、ジュリアは幌の付いた荷台で寝る事になり他の3名で夜の警戒をしてくれると言われた。サームは依頼主であるし、エルはまだ子供だから自分で大丈夫と思っていても意外に疲れが溜まっているものだからしっかり寝なさいとオーレルに諭された。


 それでも野営場所に着いたときはまだまだ明るかったので、ジュリアとレオが付き添い周辺の素材を採取したりした。森とはまた違った種類の薬草や植物がたくさんあり、採取していてエルはとても楽しかった。ジュリアに聞くとこの辺りに生えている物は冒険者ランクが低い依頼でよく採取依頼に上がる種類なので街に行ったら納品すると良いよと教えてくれた。レオは「こういう時にも周りの警戒を忘れないようにな。」とやはり頼れる兄のような言葉をくれた。




 野営地に戻ると夕食が出来ており、今日はブラッディボアに香草をかけて焼いたボアステーキと野菜のサラダだった。魔物と聞くと最初は食べる事を躊躇したが、他の皆が美味しそうに食べているのを見て勇気を振り絞った。初めて食べたブラッディボアの肉は食べ応えがあり、それでいて脂があっさりで非常においしかった。魔物は毒を持つ魔物で無い限りは基本的に食べる事が出来るそうだ。


 確かにお腹が満たされると一気に睡魔に襲われた。皆が起きているからと粘ったが敢え無くジュリアに促され荷台で横になった。こう言う夜を交代で見張るような事もこの先覚えていかないとと、薄れゆく意識の中で感じていた。




     ・・・・・・・・・・・・・




 「皆はどう感じた?あの子をどう見る?」


 「性格はかなり慎重でネガティブな傾向にあるように思います。それも奴隷環境での長いストレスから植え付けられているとは思います。行動を共にしてからの数日ですが少しづつ心は開いてくれているように感じます。」


 「ワシは会うたばかりじゃし何とも言えんが、好奇心もあり言葉遣いも素晴らしい。あとは皆の言う奴隷生活の中で小僧の中にどのような見えない感情が棲んでおるかを慎重に見定めねばの。」


 「レンジャーの役割として言わせていただくと、サーム卿の納品受け取りでお宅に伺う往復の中で最も接敵・索敵確認ともに少ない帰り道でした。偶然と思いたいですが、今までが帰りだけでもその辺の金ランク冒険者ならばひと財産出来るくらいの部位の確保が出来ていただけに、たった三回でしかも接敵数も極端に少ない。現にジュリアが魔法を行使せずいた訳ですから。」


 「そうですわね。私もあまりに少ないと感じました。それは平原に出てエル様と素材を探しに行った時も同じです。いくら平原とは言え、ここは幻霧の森に近いエリアですわ。それで一度の接敵もないのはいささか不自然かと・・・」


 「やはりエルに原因があると見た方が良いか。儂の考えとしては開路を行わず魔力が無い事が魔物から認知されない原因かと思ったが、それならば儂やお主等が行動を共にしておるにも関わらず普段通りの数の魔物に接敵していない説明にはならぬ。そのあたりの原因がワックルトで少しでも分かると良いのじゃが。」


 「どちらにしろ、彼には何かしらの自己防衛の手段を身に着けさせた方が良い気がします。開路を行い魔力があるならジュリアから魔法を、そうでなくても体を鍛えナイフの扱い方だけでも自分が教えます。」


 「ふむ。そうじゃな。いやぁ、今や飛ぶ鳥を落とす勢いの白金冒険者がナイフ術の先生か。これは授業料が高くなりそうじゃ。それに学園を首席で卒業した魔導貴族殿が付いてくる。王都の貴族に恨まれそうじゃな。ははは。」


 「エル様を守る術となるならばいくらでも手は尽くしますわ。必要であるならば翼を抜けても構いません。」


 「ほほほ。それは思い切った決断じゃのぉ。しかし、それはエルが望まぬだろうて。そなたたちが白金冒険者として活躍する事はエルが外の世界へ好奇心を持つ繋がりになると信じておる。ただ、先がはっきりするまでは話の通り儂の家の近くで護衛を頼みたい。」


 「お任せください。この事は王へのご報告は?」


 「いや、それはまだ構わぬ。まぁ、オーレル殿に知られておる時点で王族が知ったと同じじゃしの。オーレル殿からそれと無く・・・頼めるかの?」


 「他人行儀な事を言うな。ワシとサーム殿の仲ではないか。兄には上手く伝えておく。とりあえずは街で開路と身分証を手に入れる事が先じゃな。この先、どこへ行くにしても身分証無くては門もくぐれんからの。」


 「では、そのあたりの事はワックルトでエル様がお休みになった後にでもしっかりと話すようにいたしましょう。私達も今後幻霧の森で生活するとなれば買い揃えなければならない物も多くなりますし。」


 「そうだね。とりあえずサーム様の別邸の傍に自分たちが生活出来る小屋を建てさせてもらうようにして、その建材なんかも仕入れないと。たぶん僕とレオのマジックポーチはパンパンになるね。」


 「家具や食料なんかも買い込まないといけませんね。後はエル殿に役立つような本や武器なんかも用意出来れば良いんですが。」


 「まぁ、ワックルトで用事を済ませるには少なくとも4日以上はかかるじゃろう。その間に手分けして取りそろえるようにすれば良かろう。」




      ・・・・・・・・・・・




 心配は尽きない。全ては明日、街に着けば。

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