第15話 冒険者の生活

 「エルくん。上手く解体出来たね!ポーチに入れておこう。」




 エルの解体し終わった部位をダンがポーチに入れる。少し砕けた話し方になったダンにエルは嬉しさを感じた。離れた場所で大きなブラッディボアが何頭も転がっていたはずなのに見るともうそこには何もなかった。




 「エル様?ダンの解体は参考になりませんから手本にしてはいけませんよ。あんなスピードで解体出来る冒険者なんていないんですから!」




 ジュリアが呆れたようにエルに教えてくれる。そうだろう。あれほどの量をエルがツノウサギを解体している間に終えているのだ。




 「でも、丁寧に解体を続ける事が次第に早く解体出来るようになるコツですから、それは忘れず続けてくださいね?」


 「はい。教えていただいてありがとうございます!」




 そうだ。コツコツと経験を積み重ねていけばダンほどでは無くとも少しは早く解体出来るようになるかも知れない。錬金術や薬師に魔物の解体が必要な技術かどうかは分からないが出来ないよりは良いだろう。


 解体が終わり後始末が終わると皆で荷車に乗り込む。ダンは御者席に乗ったのでダンにお願いし、エルも隣に乗せてもらう。初めて御者席から見る景色に興奮した。すると前に繋がれた走竜たちが不思議そうにこちらに顔を向ける。




 「テッド。シュー。一緒に乗せていくエルくんだよ。仲良くしてあげてね。」




 すると二頭の走竜はクルルルッと喉を鳴らすような鳴き声を優しくあげ、首を上げ下げする。分かったともよろしくとも感じる仕草にエルは二頭に挨拶する。




 「はじめまして。よろしくね。エルです。」




 二頭は嬉しそうにまた首を振り、ダンは手綱を優しく振る。二頭は揃って歩き始め、ゆっくりと荷馬車が走り始める。




 ゴトゴトという車輪の音と、大きな体のわりにテシッテシッと軽い走竜の足音が心地よく、エルは無意識に笑顔で景色を眺めていた。するとダンがエルに荷台には聞こえない声で囁いてきた。




 「エルくん。街ではたくさんの人に出会うと思うけど、中には悪意を持って近づく人もいるかも知れない。もちろんエルくんの安全は僕たちが守ります。でも、エルくんもエルくん自身の安全を守れるように気持ちだけ気を付けておいてくれ。」




 悪意ある人間にしか関わってこなかったエルは人の悪意や負の感情にひと際敏感だった。改めて気を付けなくてはとダンの助言に頷いて応える。するとダンは途端に明るい声で話題を変えた。




 「まぁ、嫌な話ばかりでも街の楽しみがなくなっても困るね。ジュリア?エルくんにワックルトについて教えてあげてくれないか?」




 すると幌の付いた荷台からジュリアが顔を出す。




 「ワックルトはロンダリオン王国の国境の中で最も幻霧の森に近い街ですわ。なので幻霧の森の魔物で稼ごうとする冒険者たちがたくさん集まっています。冒険者によっては素行の悪い者がいますが、さきほどお教えした冒険者ギルドは王都に次いでワックルトが規律厳しいと言われていて冒険者同士はもちろん住民とのトラブルは極めて少ないです。」


 「冒険者が多いと他の街ではどうしてもトラブルは多くなるんだ。でも、ワックルトは幻霧の森の魔物と帝国との国境に最も近いし、警備に重点を置かざるを得ないんだよ。そう言った雰囲気は街に着けばおのずと感じれるかな。」




 冒険者も増えるが国境警備の騎士も多く、幻霧の森の深部にある珍しい素材を採る為に名のある冒険者達も集まりやすい。なので、乱暴者の冒険者などはすぐに厳しい『ご指導』が入るのだそうだ。そうやって治安の守られているワックルトの周囲は【ミラの大草原】と言われる、まさに今走っている大草原が広がりその草原地帯を使って酪農や農業が盛んにおこなわれている。


 ミラとはロンダリオン王国の北部に広がる大きな州で、国はいくつかの州が集まって成り立っている。このミラ州はロンダリオン王国最大の州でタリネキア帝国・モルド公国の東部・そして幻霧の森西部の国境警備を担っており、王都以外での騎士の配属数は他の州と比べても群を抜いて多い。




 「冒険者の人たちはどんな風な生活をしているんですか?」




 聞き方を工夫はしたが、エルはダンやレオたちの冒険者としての生活が気になった。そもそも冒険者とは何なのか。どうやってなれるのか。これほどまでに強いレオたちがどうやって生活をしているのか知りたくなったのだ。




 「冒険者ですか?冒険者はギルドからの依頼をこなして報酬を貰い生活しています。ギルドにはその職業ギルドによって様々なルールがありますが、基本的にはランクによって分けられています。」


 「ランクですか。では、ランクによって報酬なども変わるのですね?」




 冒険者は鉄・銅・銀・金・白銀・白金の基本6ランクに分けられていて鉄ランクが一番低いランクで白金が一番高い。ランクが上がるごとに依頼主が住民やギルドから領主や果ては国王にまで変わって来る。ランクが一つ上がるだけで報酬は大きく違い、銀ランクにまで上がれれば頑張れば家を買って住めるほどの収入を一年で稼げるようになるらしい。それまでは宿屋や貸家をパーティー単位で借りて共同生活するのが一般的だそうだ。




 「ジュリアさんたちのランクは何ですか?」




 思い切って聞いてみると、ジュリアは照れ臭そうに胸元からタグの付いたネックレスを引っ張り出す。そのタグは落ち着いた光を放つ金色のタグだった。




 「私たち創竜の翼は白金の冒険者ランクです。ふふふ。驚きましたか?」




 エルはコクコクと何度も頷く。やはりあの強さは特別だったのだ。初めて会う冒険者が最高ランクの冒険者である事の幸運にエルは感謝した。




 「説明続けますね?依頼にはたくさんの種類があります。鉄ランクの頃には街の掃除や店番なんて依頼もあるんですよ?でもまぁ、基本的には素材集めや討伐依頼ですね。そしてランクやギルドの信用が上がってくれば私たちのように指名依頼を受ける事もあります。」


 「ランクが上がるだけでは受けられない依頼もあると言う事ですか?」


 「はい。エル様はご理解が早いですね。ランクは依頼さえこなせば、もしくは討伐部位を納品し続ければおのずと上がります。しかし、指名依頼に関しては内容が特殊な事が多いので実力の他にも求められる素養が多いんです。例えば他の街まで貴族の護衛を任されたりする時は礼儀作法が身についていないといけませんし、今回のように納品物を受け取る場合は鑑定スキルやその納品物に対しての知識が深くないと間違った物を持ち帰ってしまったり最悪は騙されたりする可能性もあります。」


 「そうか。ただただ強いだけでは白金ランクには到達出来ないと言う事ですね?」


 「そうですね。私たちのパーティーの場合は私とダンが礼儀作法はもちろん王宮に呼ばれた時の特別な作法も身に着けていますから、そういう場に呼ばれた場合は対応する事が多いですね。レオでは務まりそうにないでしょ?」


 「何か面白くねぇ話が聞こえるなぁ~!」




 いじわるそうにジュリアが話すと幌の中からレオの声が響いた。それを聞いたジュリアはクスクスと笑い、ダンもつられて笑う。




 「私たちは王都かミラ州の州都であるミラが活動の本拠地なんですが、サーム様の納品が1年に数度ある時はサーム様から指名依頼をしてもらっているんです。」


 「指名依頼は高いのではないですか?」




 その言葉を聞いたダンは大きく笑う。




 「心配しなくていいよ。そんな金額なんて霞むくらいサーム様が納品してくださる薬や薬草は高額で取引されているからね。それだけ幻霧の森の素材は貴重だって事だよ。」


 「ええ。それに幻霧の森に入ると言うのは基本的には浅い場所でも銀ランク以上、1里を超える場合は白銀以上が義務付けられているので早々受けられるパーティーがいないのも実際の所ですね。」


 「僕はどうしてそんな森を襲われる事無くお師匠様の家までたどり着けたのでしょうか・・・」


 「それには何か原因があるのかも知れませんが、今は森の女神であるウィルビニア様の御加護だと思いましょう。」




 そう言ってジュリアは胸の前で手を合わせる。




 「さぁ、じゃあ次は街で暮らす人たちの職業なんかを教えようかな?」




 暗くなりかけたエルの瞳はダンの言葉でまた輝きを取り戻した。

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