第13話 遭遇、そして冒険者としての生き方

 夜が明けて一行は森の外を目指しまた歩き始める。エルは少しでも森の怖さを克服しようと森の闇や独特の雰囲気に意識を奪われるのではなく、他のものに注意を向けるようにした。そう、植物である。


 そうしたのも出発前にダンが「せっかく家から離れて旅をしているならば家の近くにない薬草なんかを探してみるのも良いんじゃないですか?」と提案してくれたからだ。全く考えに無かった。いや、考えればそうなのだ!せっかく家から離れ、冒険者に守られた状態で幻霧の森を歩いているのだ。どうして薬草や植物を観察しなかったのか。エルは気持ちを切り替え、歩きながら見た事のない植物が無いか注視しながら歩いた。


 そうして植物を見つけてはお師匠様に質問してどのような植物なのか聞いたりした。驚いたのはダンやジュリアも植物の知識は少し持ち合わせており、冒険者の中で買取で人気があるのはこれだ等、お師匠様からは聞けない情報も得られた。




 順調に歩いていた最中、ダンが急に立ち止まり背中越しに手で二本の指を後ろのメンバーに見せる。その瞬間、ジュリアとレオの雰囲気が一変するのを感じた。ジュリアがサームとエルの傍に寄り、腰から杖を抜いた。




 「サーム様、エル様。魔物です。動かず、中腰姿勢で。」


 短い言葉で指示が飛ぶ。お師匠様は自分のバックから何か丸い小さな球をいくつか取り出す。エルは自分のバッグの脇に指していた普段森で枝を掃うのに使っていた鉈を鞘から抜く。形だけではあるがジュリアと背中合わせになるように中腰で周りに気を張る。


 するとダンが「レオッ!」と小さく短い声で一行の左の森を指さしながら警戒を強める。レオも「おうっ!」と反応しその方向を注視する。すると森の奥からレオの何倍もの体格の猪が二頭、一行の前を塞ぐように現れた。レオが殿から一気に列の先頭に移動し「ジュリア、後方頼む!」と警戒の受け渡しをする。


 ピリピリとした緊張感に肌が痛く感じるような感覚を覚えながら鉈を構えるエルは言葉が出ない。握りしめる手には汗が流れ、無意識に力が籠る。




 しかし、勝負は一瞬だった。ダンが二頭の周りを信じられない速度で走り回り猪たちの気を逸らす。そして、猪の一頭がダンに向かおうとした瞬間だった。レオに対して横腹を見せた猪にレオが素早く近づき、剣を振ったように見えた。すると猪の頭と胴はするっと別方向にズレてそのままドスンッと倒れた。


 もう一頭がそれを見て一気にレオに突進した。しかし、レオに到達する事無く猪は前のめりに勢いよくコケるような体制になる。見ると猪の前足2本が切れていた。猪が突進を開始したタイミングでダンが投げナイフを前足に向けて投げていた。踏ん張りの聞かない猪は体制を崩し、その場に倒れ込んだ。それをレオが見逃す事無く、猪の眉間に剣を突き立てる。


 猪は絶命の雄叫びを上げ動きを止めた。猪たちは動かなくなったが3人は周りへの警戒を止めない。ピンッと張り詰めた緊張感だけがまだ場を支配している。




 ダンがふぅっと息を吐くと同時にレオとジュリアは緊張を解いた。それを感じたエルは一気に足の力が抜け、ぺたんとその場にへたり込む。レオがエルに近づき優しく笑いかける。




 「驚かせてごめんな!大丈夫だったか?」


 「はい!・・・すごい!・・・レオ!!すごいね!!」




 言葉が上手く出てこない。それほど興奮していた。自分たちの何倍もの体格の猪が一瞬の間に命を刈り取られた。これが冒険者。エルはレオの腰に掴みかかるように興奮を伝えた。




 「ははは!まぁ、ブラッディボアは初心者冒険者のパーティーだったら壊滅に追い込まれても可笑しくない魔物だからな。でも、幻霧の森の中ではまだ危険度は少ない方なんだ。エル。ちゃんと鉈を構えて警戒してくれてたじゃないか。えらいぞ?」




 そう言ってまたワシワシと乱暴にエルの頭を撫でる。するとダンがレオに声を投げる。




 「ほらほら!エルくんに褒められて嬉しがってる場合じゃないですよ。ボアの血で他の魔物が近づく前にこの場を離れますよ!」




 そう声をかけながら腰のポーチを猪に近づけると猪の巨体はあっという間にポーチに吸い込まれた。驚くエルにダンが優しく教えてくれる。




 「本当はすぐに解体したいんですけどね。ここは幻霧の森ですから。魔物の血の匂いで他の魔物を引き寄せてしまう可能性があるのでポーチにしまって森を出てから解体をします。」




 手際よく血だまりに周りにあった枯れ葉をかけて更に土を盛る。その間もジュリアとレオは周りの警戒を怠らない。これが冒険者のパーティーとしての連携なのか。3人のこれまでとは違う一面にエルは心を奪われていた。


 後始末が終わると一行は少し今までよりも足早にその場所から離れていく。その道中でジュリアが教えてくれたが魔物の血で寄って来る他の魔物は血を流した魔物よりも強い魔物が寄って来る事が多いのだそうだ。その魔物を狩れるだけの実力が無ければ近寄ってきても逆に自分の命が危ない。だから、冒険者は魔物を狩った際は見通しの悪い森や山岳地帯だったりするとその狩った魔物によっては解体する事無くその場を離れる事もあるそうだ。


 そしてダンが話していた通り、この幻霧の森においてはどんな魔物であれ狩ったらその場を離れるようにしているのだそうだ。それほどまでにこの幻霧の森の魔物は恐ろしく多種多様な魔物がいるのだそうだ。




 そうして移動をしながら森の中でもう一泊し、先を目指す中でブラッディボアとツノウサギと言うウサギの魔物に遭遇し、2度戦闘になった。狩った後の素材をポーチにしまいつつ、一行を先を急ぐ。


 三日目の昼過ぎに段々と森の雰囲気が変わっていくのを感じた。すると先頭を歩くダンが振り返り、




 「もうすぐ森を抜けますよ。街道に出たら開けたところで休憩を取りましょう。」




 と、笑顔で教えてくれた。もうすぐ森を抜ける。ダンの歩く先に森の切れ目が見えてきた。一気に視界が開ける。眩しい陽の光と共に飛び込んできたのは先が見えないほどの草原地帯だった。




 「よし!無事に森を抜けられたな。まぁ、まだ気は抜けないがとりあえずは、エル、ご苦労さん!」




 ふぅっと息を吐くエル。苦笑いを浮かべながらもレオの言葉を受ける。




 「うん。少し疲れたけど休憩の場所までは大丈夫。頑張るよ。」




 そう答えるエルを見て、レオはエルの肩に手をかける。




 「そうだ。エル。男は辛い時ほど笑顔だぞ。笑っとけ。そうする事でこんなのはへっちゃらだって自分に言い聞かせるんだ。」


 「へっちゃら・・・うん。大丈夫!」


 「よし!あと少し頑張れ!」




 草原のかなり向こうに街へ向かうための街道があるのだそうだ。そこを目指して一行は更に進む。森を出てからは3人も先ほどまでの緊張感ある警戒とはならず、お師匠様やエルに色々と話しかけながら和やかに進んだ。


 


 「エル様。サーム様からお聞きしてはいますが、街へ行ってしてみたい事とかはないですか?」




 ジュリアがエルの顔を覗き込みながら聞く。ぐっと近くなる顔にエルは照れる。ジュリアは今までエルが見てきた獣人族も含めた異性で一番美しくその行動も一つ一つに目が奪われる。




 「いっ・・今はまだどういう物があるのかも分からないので・・・」


 「あっ、それもそうですね。じゃぁ、休憩場所で今から向かう辺境都市ワックルトがどんな街かお教えしますね。」


 「ワックルト。。。大きい街なのですか?」


 「辺境【都市】と名付けられてはいますが規模としては少し大きな街って感じでしょうか。住んでいるのはこの大草原で農業や畜産をしている住民たちと森の浅い場所などで狩りをしている冒険者がメインって感じでしょうか。」


 「幻霧の森に近いからそれを目的にする人たちが集まってだんだんと街になったって感じですね。冒険者が近辺の魔物を狩る事で農業や商売をしたい人たちが少しづつ集まって村から町へ発展し、そして国から辺境都市の名前をもらったって感じでしょうか。」




 ダンが補足をしてくれる。街はいきなりその場所に大規模に出来る訳ではなく、段々と人が集まり規模を大きくしていく。その中でその環境にあった住民が集まり、その街の特色が生まれていく。そんな仕組みを分かりやすく二人は教えてくれる。


 


 まだまだ知らない事だらけだ。聞いているだけで楽しい。そんな事を聞きながら話していると街道と思われる道が見えてきた。その手前の草が刈り取られた場所に荷車があった。しかし曳いているのは馬ではなかった。見た事のない大きな蜥蜴と言うか本の中で見た竜にも似ているようなそんな生き物が2匹、荷車の前で草を食んでいた。


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