第12話 歩みだすその一歩

 「では、そのような流れで。」


 「うむ。手間をかけるが宜しく頼む。」




 ダンとサームの話し合いが終わるとサームは立ち上がり




 「それでは出発しようかのぉ。陽が高いうちに少しでも移動しておきたい。」




 そう声をかけると冒険者3人はサームの用意していた薬や薬草の数をサームに聞きながら確認をしてダンがそれを紙に書き留めていた。エルはその間に全員分の湯飲みを洗う。そのあと居間やお師匠様の部屋、自分の部屋の窓の留め具が利いているか確認した。


 納品の確認が終わるとダンは腰にぶら下げていた大きなポーチを外し机の上に置く。そして薬の瓶が入った木の箱を抱えると開いたポーチに近づける。すると抱えていた木の箱はするっと手の上からポーチに滑り込むように消えた!もちろんポーチの大きさでは納められないほどの大きさの木の箱だった。


 エルは思わずえっ!?っと声を上げた。ダンはニヤニヤと笑いながらエルに説明してくれる。




 「初めて見ましたか?これはマジックポーチと呼ばれる無属性魔法が施された魔道具です。見た目は皮で作られた大きめのポーチですが中身には荷馬車3台分くらいの荷物が入ります。」


 「さっ!3台!!!すごいっっ!!」




 あんな小さなポーチにどうやったらそんなに荷物が入るのか。また魔法の違う一面の凄さを知った。エルはワクワクが止まらない。話しながらダンは次々と荷物をポーチに入れていく。信じられない量が収まっていく。




 「しかも限定付与でこのポーチは僕しか中身の出し入れが出来ません。だからポーチを盗まれても盗んだ奴にとってはただの皮のポーチなんです。」


 「そんな事も出来るんですか!?」




 尋ねる事に一つ一つ優しく答えてくれるダン。そうやって使える人物を限定するような付与魔法は非常に珍しく、このポーチ一つで貴族が住むような豪邸が一つ買えるのだそうだ。ならば、創竜の翼と言われるこの冒険者たちはそれを買う事が出来るほどの報酬を得られる実力だと言う事だ。それにも驚かされる。




 準備が整い、家の外に出るとエルは振り返り家をじっと眺める。ずっと諦め続けた、いや希望すら抱けない人生だった。このまま自分はあの牢で一生を終えるのだろうと思っていた。たった2週間で自分の人生がこれほどまでに色づくとは思わなかった。お師匠様に出会えて光を感じた。そして、この瞬間からその光に向かって歩んでいく日々が始まる。そう思いながらまた帰るであろう居場所を見つめる。


 すっと後ろから抱きしめられる。




 「エル様。参りましょう。またこの場所に今よりも良い顔で戻ってこられるように。」




 エルはぬくもりを感じながらしっかりと誓う。




 「はい。僕の人生はこの家から始まりました。お師匠様のおかげで。みなさんのおかげで。今日からまた歩んでいきます。」




 ジュリアはそっとエルの手を引く。それを確認するとダンを先頭に一行は森の中を進んでいった。




 ダンが先頭を歩き、殿をレオが歩く。他の3人を挟むように二人が周囲に注意を払う。しばらく進むとお師匠様の家の周りとは森の雰囲気とガラリと変わり、あの日逃げ続けた森の様子を見せてくる。エルは段々と呼吸が荒くなり、足が重くなっていく。その様子にジュリアが気付く。




 「エルさん。疲れましたね。少し休みましょう。大丈夫ですよ。今日中に森を抜けるのは出来ませんから。疲れて進むと魔物が出てきた時に迅速に対応出来なくなりますからね。休める時には早めに休みましょう。」




 背中をゆっくり撫でながらジュリアはエルの体を支える。すると、目でダンに合図する。ダンはそれを察し、ポーチから水筒と毛布を出し足元に敷く。そこへエルを誘うと背負っている荷物を受け取り横に寝させる。




 「エル様。ゆっくり目を閉じて深ぁ~く息をしてください。少し体が楽になります。」




 エルは言われるままに目を閉じてゆっくり息を吐いて吸う。ズキズキと痛む頭が少し和らぐ。なぜか分からないが体は寒さを感じ震える。ジュリアは敷かれた毛布でぐるっとエルを包みゴシゴシとエルの体を毛布の上からあたためようとする。


 エルの隣にお師匠様がすっと腰掛け、優しくエルに語り掛ける。




 「家から離れると森の普段通りの姿が現れる。その姿がエルの中にある魔物から逃げた時の恐怖を思い出させてしまったようじゃの。エル。怖い時は怖いと儂らに頼りなさい。おぬしの中にはおぬし自身にもまだ分からぬ様々な死への恐怖の種があるじゃろう。少しづつその種を取り除いていこう。」




 閉じた目から涙が溢れる。しかし、口を堅く結びしっかり頷く。もう弱い自分には戻らない。これからは明るい未来だけを見て歩くのだ。諦めたくない。恐れて歩みを止めたくなかった。




 「申し訳ありません。自分でも分からなくて・・・」


 「謝んなよ。大丈夫だ。周りはいつだって俺が見ててやるから歩けるようになるまでゆっくり休め。」




 エルに目線を落とすことなく立ったまま周りに注意を配っているレオがぶっきらぼうに言葉を投げる。そんな彼の性格がエルにはとても好感が持て嬉しかった。




 「ありがとう。レオ。もう少し待ってね。すぐに復活するから!」


 「おう!ずっと爺さんと生活してたからな。運動不足だったんだろう。これからは体も鍛えなきゃな!」


 「爺さんと生活しとっても立派に体は動かしておったわい!お前と生活したらお前のようにエルがガサツになってしまうわ!」


 「確かにレオには預けられませんわ。サーム様ご安心ください。私がしっかり見張りますので。」




 そんな皆の会話を聞きながらエルはふふふと笑ってしまう。その様子を見て皆安心する。


 そしてしばらくするとエルはすっと立ち上がる。




 「ありがとうございます!大丈夫です。行きましょう。」


 「大丈夫か?無理してねぇか?」


 「大丈夫だよ。レオ。でも、レオから見て無理そうなら遠慮なく止めてね。」




 笑顔で答えるとレオは安心したように頷く。ダンは荷物を片付け、また先頭で歩き始めた。




 周りが闇に包まれ始めたタイミングでダンが振り向き声をかける。




 「あと少し歩くと周りより少し高くなった場所があるから、そこで今日は野営しよう。エルくん、もう少し歩けますか?」


 「はい。大丈夫です。」




 ダンは笑顔で頷きまた歩き始める。しばらく歩くとぽっかり森が開けた場所があり、そこがこんもりと小さな丘のようになっていた。その丘の上に陣取り、3人は2つのテントを建てていく。お師匠様はエルを呼び焚火の準備の為に一緒に周りで木の枝を探す。


 枝を集め終えて丘に戻ると、ダンがテントと焚火を囲むようにぐるっと等間隔に金属の棒を指していた。興味深そうにエルはその作業を眺めていたが、作業を終えたダンに思い切って聞いてみた。




 「ダンさん。さっき刺していたあの棒は何ですか?」


 「あっ、あれはいくつか指すことによってあの棒の先にある魔石同士が反応して魔物を防ぐ結界を張ってくれるんです。普段は持ってはいても使う事は少ないんですが、今日はお二人がいますからね。万全を期して使わせてもらっています。あっ、大丈夫ですよ?料金は請求しませんから!」




 クスクスと笑いながら説明してくれる。どういう風な魔道具なのか、また丁寧に説明してくれるダンにエルは更に質問をぶつける。ダンは嬉しそうにさらに説明してくれる。そんな二人をジュリアは料理をしながら楽しそうに眺めている。




 これは結界石と呼ばれる結界魔法を施した魔石をダンが金属の棒の先に仕込み土に差し込めるように工夫したもので、昔は冒険者たちはそのまま土の上に置いて使っていたが風が強い場所や万が一気付かず結界石を蹴ってしまおうものなら結界範囲が崩れ、そこから魔物に侵入される危険があった。その危険性を感じたまだ冒険者として駆け出しだった頃のダンは、ギルドの紹介で知り合ったサームと共に改良し新たに魔道具登録申請し、今や石のまま使うパーティーは少なくなるほど好評だった。


 登録し直した結界石を仕込んだ金属棒を差し込む事で結界範囲が崩れる事無く安全に朝を迎えられるようになった。


 そんな話をジュリアが作ってくれた肉団子スープを食べながらワクワクしてエルは聞いていた。


 「エルくんは天性の聞き上手ですね。話していてこちらも楽しくなってしまいます。」


 ダンは照れながらたくさんの事を教えてくれた。そんな話を楽しく聞いていたが次第にウトウトと膝を抱えて船を漕ぐ。そんなエルをすっと抱えレオはテントの中へ寝かせる。睡魔と戦いながらもエルはレオに




 「ありがとう・・・レオ・・・・おやすみなさい・・・」


 「おう。また明日がんばろうな。」


 「うん・・・レオ・・・僕・・・強く・・なる・・・よ・・・」




 眠ったことを確認したレオはテントから出て囁きながら他のメンバーに話す。




 「強くなるだってよ。あいつは十分強いさ。あれだけの地獄を味わってなお、生きようとしたんだ。でも、一度諦めかけた自分に打ち勝ちたいんだろうな。」


 「どんなに前を向こうと、心を強く持とうとしても、今は過去がエルの心を縛っておる。それはエル自身が心を強く持ったとて、そう簡単に払しょく出来るものではないじゃろう。少しづつ大人になるにしたがって克服できるようになるじゃろう。」




 皆が焚火を眺めながら各々のエルに対する思いを話す。4人は誓う。彼の行く末の為に自分たちが少しでも力を貸せるようにエルと接していく事を。




 「サーム様。エル様の開路の儀。私にやらせていただけませんか?」


 「良いのか?【氷龍の魔導師】の二ツ名を持つそなたが視てくれるのはそれは有難いが。導師連中がうるさいのではないか?」


 「名誉と金でしか動けなくなった醜い豚どもの機嫌など知りません。私は私の目指す魔導の道を歩むだけです。その中でエル様と関わる事は自分の道を大きく進めてくれると感じています。何も根拠はないのですが。」




 光無い瞳で語っていたジュリアの目が少しづつ優しいものへと変わる。最後は呆れた笑みを自分に投げた。




 「俺だってエルが望むなら剣術だって冒険者としての生活だって教えてやるさ。彼を一人前の男にしてやれるならどんな協力も惜しみませんよ。候爵様。」


 「エルの前ではその呼び名はしばらく伏せてくれ。お前があそこで機転を利かせてくれたおかげでエルは皆に溶け込めたようじゃ。すまぬが、エルに話せるようになるまで付き合ってくれ。」


 「サーム卿。我々がエルくんをお守りします。彼が帝国の奴隷商から狙われないと言うしっかりとした確証が得られるまでは我々も共にあの家の付近で守らせていただきたいと考えています。」


 「すまぬな。新たに小屋を作り、そなたたちが住めるように段取りしよう。エルにはまだエルですら分かっていない何かがあるように思えてならんのじゃ。」


 「何か?でございますか?」




 ジュリアが問うとサームは顎に手をやりながら闇を湛える森の奥をじっと睨み続けた。

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