第11話 いざ!出発

 「おっ!?あんときの坊主じゃないか!傷は平気だったか?」




 男は眩しい笑顔を携えたままズンズンとエルに近寄って来る。エルがおののき後ずさりすると、男の頭に衝撃が走り男は頭を抱えうずくまった。




 「いってぇぇぇえぇぇぇぇぇぇぇ!!!何すんだ!ジュリアッ!!!」


 「いくら悪意が無いとは言え初めて会う子にあなたのような体の大きな男性が急に近寄ったら怖がる事も分りませんか!!??」




 男の後ろに立っていジュリアと呼ばれた女性が手に持っていた杖のような物で男の頭を痛打したらしい。男は頭を抱えたままずっとうずくまっている。するともう一人、二人に比べると背の低い男性が入って来る。呆れた顔でうずくまる男を見ている。




 「全く何してるんですか?男の子がいる事は分かってるんですから怖がらせちゃダメだってあれだけ昨日の夜に確認したじゃないですか!」


 「うぅ~・・・すまん。怖がらせるつもりはなかったんだ。」


 「ほほほほ。相変わらずレオは加減を知らんのぉ。」


 「すまねぇサム爺。くそぉ。第一印象最悪だ・・・」




 レオと呼ばれた男は半べそかきながら立ち上がる。やはり立ち上がると大きい。それに来ている鎧も相まって存在感が凄い。レオの後ろからするりともう一人の男性がエルの前に現れる。するとエルの手前でしゃがみ込んで目線をエルに合わせる。レオとはまた違う優しい笑顔を浮かべて手を差し出す。




 「はじめまして。僕はダンって言います。冒険者パーティー〈創竜の翼〉の斥候と交渉を担当してます。僕が君を森の中で発見してサーム様にお預けしたんだ。見た感じ怪我も大丈夫そうで安心したよ。」




 えっ?この人が自分を!?脊椎反射で手をとり、慌てて言葉を返す。




 「あっ・・エルと・・言います。あの!助けていただいて・・・ありがとうございました!!あのままだったら危なかったと聞きました!本当に本当に・・・」




 冷静に話したいのに命の恩人を前にし感情が昂る。俯き、必死に涙を堪える。彼がいなければお師匠様に会えなかった。生きる事を諦めていたかも知れない。するとふんわりと誰かに抱きしめられた。お師匠様ではない。




 「良いのです。ゆっくり話してください。本当に無事で良かった。ずっと心配していました。でも、私たちもすぐに街に戻らねばならなかったので、サーム様に初級ポーションをいただいて傷を治しました。あっ。私はジュリア・ユニトリーと言います。魔導士をしています。仲良くしてくださいね?」




 魔導士??その言葉に涙を堪えたまま顔を上げる。ジュリアは急に上がった顔に一瞬びっくりしていたが、ゆっくり微笑むと来ていたローブの大きく開いた袖から白い布を取り出しエルの涙を拭いてくれる。




 「いえ!そんな綺麗な布で!!ダメです!もったいないです!」


 「良いんです。この布だってエル様の涙を拭けて喜んでますよ。ほら?」




 拭いていた布をふわっと上に投げると布は真っ白な小動物に変わりジュリアの頭の上に乗った。エルは目を見開きその動物とジュリアの顔を何度も見返す。ジュリアは楽しそうに笑いながらその小動物を手に乗せる。




 「驚かせてごめんなさい。私の大切なお友達です。リトルポアンと言う種類の動物で名前はポムって言います。ポム?この方はエル様ですよ。仲良くしてあげてくださいね?」




 そうポムにジュリアが話しかけると手からエルの方に乗り頭の上と肩をぴょんぴょんと跳ねて回った。わっ!わっ!とエルは驚くが次第に笑顔になる。




 「ふふふ。仲良くなれそうで良かったです。・・・ほら!レオもちゃんと挨拶してください!」




 そうジュリアが振り向くと大きな体を申し訳なさそうに縮めてレオが近づく。レオは背が大きいので屈むのではなくエルの前で片膝をついて挨拶をした。




 「驚かせちまってすまん。俺はレオ。剣士をやってる。前回納品の品物を取りに来る時に偉く森が騒がしかったからダンに先行してサム爺の家の周りを調べてもらってたら坊主を見つけてさ。傷だらけで倒れてたからびっくりして。。。でも、俺らが街に運ぶよりも爺さんに預けた方が安全だし安心だったから頼んだんだ。元気そうだったから嬉しくてさ!・・・ごめんな?」




 エルの顔をチラチラと見ながら謝るレオ。すると隣からジュリアがレオの脇に見事な肘打ちを放つ。体をくの字に曲げ悶絶するレオにジュリアは呆れて話す。




 「坊主ではなくエル様です。さっき名前を教えてくれたではないですか。リーダーがそんな事だから貴族に舐められるのですよ!レオ!・・・エル様。ごめんなさいね。こんなのでもリーダーを務めているんです。意外に頼れるんですよ?」




 いたずらっぽく笑うジュリアにレオは反論する。




 「こんなとはなんだ!しかも意外にって!!くそぉ・・・エル。ごめんな?」


 「いえ!助けていただいてありがとうございます!本当に嬉しかったです!お師匠様にも会うのを楽しみにと言われていたので。本当にお会いできて嬉しいです。」




 エルが笑顔で答えるとレオ・ジュリア・ダンの三人はポカンとした顔でエルを見つめる。レオはサームの方を見る。




 「サム爺!たった二週間でこんなに丁寧な言葉遣いを教えたのか?すげぇなぁ!しかもお師匠様って何だよ?」


 「丁寧な言葉遣いはここに来た時から身に着けておったわ。しばらくここで暮らす中で儂の作業を手伝ってくれている内に興味を持ったらしくての。正式に弟子として育てようと思うておる。」




 正式に弟子として育てる。それを誰かに伝える。二人だけの師弟関係ではなく、誰かに認識される。嬉しかった。頬が緩む。お師匠様は真剣な顔でエルに問いかける。




 「ここに来るまでの話。この者たちに話しても構わんか?」




 戸惑いながらも頷く。自分の命を救ってくれた人たちだ彼らには知る権利があると思えた。




 「よし、では茶を淹れるから皆適当に座れ。少し長くなるぞ。」




 三人は互いに顔を見合わせ真剣な表情になる。ありふれた話が聞けるとは思っていない。この幻霧の森でたった一人、しかも子供が鎖を付けられた状態で魔物に襲われず倒れていたのだ。聞きたい事は満載だった。


 ダンとジュリアは机の上を整理しながら椅子を集める。レオは優しい笑顔でエルの背中をそっと押す。




 「エル。座ろう。大丈夫。俺たちちゃんと聞くからな。お前のこれから。」




 過去ではない。これからを聞く為の話。レオの優しい心遣いが嬉しかった。レオの顔を見上げ、エルは頷く。


 


 お茶が入り、全員が机の周りに集う。お師匠様は一口お茶を啜るとゆっくり話し始めた。


 帝国の奴隷商に物心付く前から囚われていた事、王国ではありえない酷い待遇で何年もいた事、奴隷紋が付けられていないので帝国からの追手は心配ない事、今は自分に合う事は何なのかを探しながらこの小屋で暮らしていく事を決めた事。ゆっくりと誤解が生まれないように丁寧に話してくれた。




 三人は話が進むにつれて様々に反応した。レオは怒りが抑えられない様子だったがここに来てからの話になると怒りを抑えるように何度も息を吐いた。ジュリアは顔をしかめジッとサームの顔を見ていた。ダンは腕を組みグッと目を閉じて俯いたまま微動だにしない。


 そして、街で開路の儀とスキル調べと買い物をする為に共に連れて行ってほしいから二人分の護衛料を上乗せして頼めないかと言う話になると、三人とも深いため息をしてエルをみた。


 レオは「心配するな。街へ行きここへ戻るまで俺がしっかり守ってやる。」と肩を叩いてくれ、ジュリアは「私には想像出来ない苦しみであったと思います。今はサーム様と共に生きる事をゆっくり模索してください。もちろんお手伝いさせてくださいね。」と優しく微笑んでくれた。


 ダンだけは少し反応が違った。




 「サーム様。その奴隷商はこちらにお任せください。僕の方でジェリドを調べる伝手があります。護衛料もご心配なくギルマスにしっかり言い聞かせて良心的にさせてもらいます。」




 交渉役と言っていた。お師匠様と細かい打ち合わせが始まるとジュリアはエルの隣に来てしゃがみ込み、エルの手を取った。




 「エル様。まだまだ不安な事が多いでしょうが、サーム様と共にあればその不安は少しづつ晴れていきます。まだ知り合ったばかりの私たちですがあなたのこれからをサーム様と一緒に見守る事を許していただけますか?」




 真剣な表情の中にこちらを気遣う思いが伝わる。嬉しさに満たされる。すると笑顔になったジュリアが付け足す。




 「もちろんポムもですよ。」




 ポムが机の上で心配そうにエルを見上げる。思わず笑ってしまった。こんなに可愛い動物がいるなんて!しかも人の言葉を理解しているかのようだった。エルはジュリアとその後ろで心配そうに見ているレオに向かって




 「ありがとうございます。宜しくおねがいします。どんなお返しが出来るかは分かりませんが、この御恩は・・・」


 「御恩なんて言うんじゃねぇ。気にすんな。俺らが好きにエルに関わってるだけだ。もらえるお節介は遠慮せずにもらっとけ!」




 ぶっきらぼうな言い草の中に溢れる優しさがあたたかい。




 「はい。頂戴します。ありがとうございます。レオ様。ジュリア様。」


 「あぁーっ!様なんて付けるなよ!痒くなる!レオ!!ほら、言ってみな?」


 「・・・・ありがとう。レオ。」




 大きな手が乱暴に頭を撫でてくれる。




 「へへへ。言えるじゃねぇか。宜しくな。エル。」




 誰かが見守ってくれる。その輪が広がっていく。そのあたたかさと何とも言えないむずがゆい感覚がエルは何とも嬉しかった。世界が、視界が、広がっていく気がしていた。

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