第10話 今を生きる中の苦しみ
「さて、調合を教えるつもりだったが時間も時間じゃ。今日のところはここまでにしておこうかの。」
ふぅっと息を吐きながらサームが言う。窓の外を見るとすっかり暗くなっていた。時間を忘れるほど夢中になって話を聞いていたのかとエルは驚いた。
「細かい事を言い出せば全ての種族に話を聞かなくては本当の所など見えてはこん。同じ種族の中にも他の種族に対する感情は千差万別じゃしのぉ。どんな事も一つの側面からの見方だけで判断してはならんぞ?様々な角度・立場・時代を思い、自分の感情を取り除いて冷静な眼で捉えなさい。よいな?」
サームは日常の何気ない会話の中にも時折こうして人生の指針となるような考え方を投げかけてくれる。エルはどうしても迫害を受ける獣人族の側面でこの西ドルア大陸の歴史を見てしまう傾向があった。社会的弱者を擁護する事は決して悪い事ではない。しかし、その見方は自分が知らず知らずに強者の立場にあるからこそ生れ落ちやすいものだと言う事実も一つの側面としてある。では、【なぜ人族は獣人族と争う道を選んだのか】そう言う見方も出来るようにならなければならない。その中で自分の中で納得出来るもの・違和感を感じるものを見つけていかなければならない。
それは悠久の時を何代にも通じてまだ知らぬ知識の領域を求め続ける錬金術師としてのサームの信念の一つでもあった。
家に戻った二人は湯を沸かし、体を拭き、綺麗な服を纏い、向き合って夕食を取った。サームにとってこの夕食の時間はこの上ない喜びの時間でもある。長い時を森の中で独りで過ごしてきた。エルがこの家にやってきてまだ二週間ほどだが、少しづつ心を開きそして自分の錬金と調合の世界に興味を示してくれた。まぁ、興味を引くような行動を日々とっていたと言えば元も子もないのだが。
夕食を取りながら、エルがその日経験した学んだことの感想を聞くのがサームの楽しみだった。
「今日は午後からずいぶんと長く難しい話をしてしまったが理解は出来たかのぉ?」
「魔力と魔法、大まかな時代の流れは知れました。その中でもやはり種族同士の感情と言う事は書物や人から伝え聞く事だけで判断するのは難しいと感じました。自分が錬金術師として薬師として成長していく中で、お師匠様と共にたくさんの種族と出会い話を聞いて理解を深めたいです。」
「うむ。確かに大事な事じゃな。しかし種族間の問題に関してはとても難しい問題じゃ。人によっては触れられる事すらその者を傷つけてしまう事にもなりかねん。それほどまでにこの問題は根が深い。」
「・・・はい。気を付けます。まだまだ知らない事ばかりで・・・。」
これほどまでに自分が世間の事を知らなかったのかと落ち込むエル。しかし、そんなエルを見ながらサームは楽しそうに笑う。
「エルの年齢で分かるようなら儂ら年寄りが毎日毎日分厚い本とにらめっこなどしとらんわい!儂も長く様々な種族と関り話してきたがこの問題の入り口にすら入れた気がしておらん。すぐに分かるものではないが知る事・知ろうとする事を止めてはならんと言う事じゃ。」
「はい。」
「他種族、特に獣人族が受けた長い長い差別と迫害の歴史は想像を絶し簡単に解決する問題ではない。それは長い期間、牢の中におったエルの受けた苦しみよりも長く傷の深いものなのじゃ。エルの苦しみが小さいというのではなく、個人で受けた苦しみを超える脈々と続く苦しみは今の儂らには想像が追い付かんのじゃよ。」
他種族間の問題に関してはこの家でサームと話しているだけでは理解は深まらないとサーム自身が教えてくれた。であるならば、やはりこの家から出て他の種族との関りを持つことが重要になって来る。
夕食を終え、ベッドの上で毛布に包まる。朝から降り続く雨はまだ窓を濡らしていた。
それからは薬草学を中心に教わりながら日々の生活を過ごした。午前中の森の採集から戻ると取ってきた物を本と見比べながらどのような効能があるのか、他の薬草との相性はどうか、ここからどのような薬を作れるかなどを調べ、疑問が出る度に家の外にあるロッキンチェアでくつろぐサームの所へ行き質問を重ねた。
森に行く度に自分の知識が少しづつ広がっているのを感じるのが嬉しかった。必ず薬草を摘む前に名前と効能・薬としての利用法を頭の中にある本の知識と照らし合わせ、その都度確認してから摘むようにした。薬草によっては成長度合いで効能や抽出時の量が変わる事も知り、摘んでいいタイミングかどうかも確認しつつ摘むようにした。
そうする事で今までよりも少し採れる量は減るが、全体の薬草の品質は上がったのでサームとしてはエルの勉強の成果が見れて微笑ましかった。実際、サームが抽出を行う際も状態の良い物が多いので薬品の品質も少し向上していた。
サーム自身も当然知識はあるが、今までは稼ぎたくて薬品を卸していた訳ではなかったので薬草を乱獲して自然環境を壊さない限りは品質にはあまり拘らなかった。そんな中でエルの持って帰る薬草の品質は日に日に少しづつ向上しそれによってサームの作る薬の品質も向上した。
今回の納品分の出来に非常に満足しつつ、水瓶のそばで採集道具を洗うエルに声をかける。
「エル。明日か明後日には納品の品物を受け取る冒険者たちがやって来る。採集は今日で終わり、今から街へ行く準備をしておこう。」
エルの顔がぱっと明るくなる。街へ行く話をされてからはほんの数日ではあったが、待ちに待っていた言葉だった。聞くと冒険者一行は必ず朝に小屋を訪れ商品を受け取ると街の近況を話がてら茶を飲むとすぐに折り返し街に向かうのだそうだ。小屋で一泊した方が安全なのではと思うが、冒険者一行はかなりの凄腕で野営にも慣れており少しでも往復期間を短くした方が報酬が良くなるんだそうだ。
なので今回は冒険者一行に護衛を頼み、その分の金額を余分に払って街まで護衛してもらう。一行のリーダーとは10年以上の付き合いなので断られる事は無いだろうとの事。街へ行く道々で一行からたくさんの事を学びなさいとお師匠様は優しく頭を撫でる。
「街までは順調に行けば五日ほどで付く。冒険者たちでなければ知らない世界と言うものもある。もし、仲良くなれたら色々聞いてみるとよい。」
エルは満面の笑みで頷くと抱えていた薬草を綺麗に棚の中にある保存のための籠に種類ごとに分け入れ、待ちきれないとばかりに自分の部屋へ戻っていった。サームも自室の隅にまとめてある冒険者用リュックの中身をのぞきながら不足しているものがないか確認する。
エルはと言えば実は街へ持っていくものはほとんど無いのだ。服と言えばお師匠様からもらった大きめのシャツが二枚と麻のズボンをエルの足の長さで無理やり切ったものが二つ。エルがこの家に来てから当然初めて街へ買い出しに行くのだから、この家には『エルの為の物』が何もないのだ。
でも、それを今回の納品で買ってもらえる。エルにとって恐らく『初めて』だらけの旅となるだろう。ワクワクしない方が無理というものだ。夜、ベッドに入った後もなかなか眠りに付くことが出来なかった。この家に来て短い間に見聞きした事を思い出しながら、無理やり毛布を被り視界を奪う。
翌朝、まだ夜も明けきらぬ時間に森の奥からカァーンッ!カァーンッ!と何かで木を叩いている音でエルは目を覚ました。しかもその音は段々と大きくなりこちらに近づいてきているようだった。
今に出るとサームはすでに起きており、納品する薬品やら薬草・荷物を自室から今は運んでいた。
「エル。着替えて荷物を持ってきなさい。ん?あの音か?あれが冒険者たちがうちの近くまで来た時の合図なんじゃよ。」
心・胸躍る!!!一目散に部屋へ戻り、荷物を背負い居間へ戻る。すると入口の扉が開いており細やかな朝の光が入り込んでいた。
入り口には外套を着た若い男が立っていた。
「爺さん!!朝早くになったが今月もやってきたぞ!!」
大きな声だ。若い男はエルを見つけると朝日も逃げだしそうなほど明るい笑顔を投げた。
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