第9話 種族間の争いの歴史
歴史や大陸の勉強はエルにとって殊の外興味深く、自分の知らぬ時代や土地に想像を巡らせるのが本当に楽しかった。種族の歴史の話を知る事は幼い頃から牢の中と言う狭い閉ざされた空間で生きてきたエルにとっては自分の目の前が大きく開けていくような思いだった。
エルの捕らえられていた奴隷商の牢屋の中にも獣人はいた。狸人族や狐人族、一番出入りが多かったのは猫人族の女性だった。お互いに明日も知れない境遇であった為に仲良くしたりする事は無かったが、最低限度の関わりの中で、彼ら彼女らに対して周りの人間ほど嫌悪感や差別意識は無く、種族によっては信じられないような身体能力や特殊技能を持っており、それをこっそり教えてもらっては驚かされるばかりだった。
サームから教えられた話ではエルのいたタリネキア帝国では奴隷に対する保護法令がほぼ機能しておらず、人族以外の種族に対する尊厳も希薄であると教えられた。他種族との交流が少ない種族であったり、貴族に人気の高い種族などは奴隷商が街のゴロツキたちを雇い入れ半ば誘拐まがいに連れ去るような事件は後を絶たないらしい。
獣人と一括りに言ってもその種族は多く、中でも竜人族・人魚族・象人族は一部の国を除きほとんどの国では基本神格化されており、この三種族は東ドルア大陸でそれぞれが独自の国を持ち統治している。
人虎族・
他種族と一番生活の中で触れ合う事が多いのが、犬人族・猫人族・狸人族・狐人族や鳥人族だろう。タリネキア帝国やイルメリア教国以外では他種族と共に生活し、同じ権利が認められている。美味しそうなパン屋を訪ねたら狸人族の店だったなんてのは普通なのだそうだ。
本来、獣人は人族やドワーフ族・エルフ族と同じく等しい存在であり、これは暦前からの書物の中にも記されていた。対等の立場として部族単位で村や町を築き生活していた。
しかし人族が西ドルア大陸で支配地を広げていった末に、他種族との衝突が生まれた。エテネル期とも言われる600年以上の争いの歴史は人族至上主義の勢力と他種族共存主義の勢力が各地で大小の衝突を繰り返し、その度に小さな国や集団が生まれては消えていった。
そしてその600年もの長い間に大陸中央部に発生し急速に範囲を広げたのが【幻霧の森】である。その森は他の地域にある森に比べて非常に魔素の濃い森で、その中に生きる動物や獣人族はその影響を大きく受けた。知恵のある種族がその力を失い、見境なく周りを襲い始める凶暴性を持ち始め、その体の中に魔石と言う鉱物まで生み出した。種族としての【魔物】の誕生である。
種族間の争いの中に魔物と幻霧の森の拡大と言う新たな問題が加わり、各勢力の動きは混沌を極めた。
その長い争いを終わらせたのが絶対王と呼ばれた英雄アウロスだった。
アウロスは他種族共存主義の中で今までバラバラに戦っていた各種族から選りすぐりの者を選び統一軍を作り上げた。突出した能力は無いが、判断力や統率力・発想力に長ける人族、魔力や弓術に長けるエルフ族、様々な物を創造し戦では無類の体力を発揮するドワーフ族、身体能力と戦闘能力がずば抜けた各獣人族。
そうした種族が手を取り作り上げた統一軍はあっと言う間に大陸の勢力統一を成し遂げ、西ドルア大陸の長い歴史の中で唯一の統一国家アウロスを築いた。この統一軍は他種族同士が助け合うと言う考えを多くの同種族に植え付けるきっかけともなっていた。アウロスは種族間での差別を無くし、王を構えながらも象徴存在とし、政治は統一憲法を布き各種族から代表を選び、議会によって採決する形とした。
統一国家アウロスが統治したこの時代は西ドルア大陸の長い歴史の中で非常に短い間ではあったが争いのない平和な時を生み出した。絶対王アウロス崩御までの34年間。農業や街道整備など今まで後回しにされていた経済を急速に発展させた。
しかし、アウロスが崩御した後、大陸全土で新たな支配権を巡る争いが勃発し、現在の六ヶ国統治の形になるまでの争いは八年戦争と呼ばれた。そうして西ドルア大陸は6つの国に分かれて統治された後も国境での小競り合いや自種族至上主義の対立など何度となく戦火に包まれた。
その中で各国は膨大な戦費と戦争被害で徐々に国力は低下していく。その最中でも幻霧の森に国境を接する国はその魔物からも国を守らなければならなかった。
このままではまた各国の中で反乱等が起こりかねないとイルメリア教を国教とするイルメリア教国以外の五ヶ国が話し合い、各国の国境と幻霧の森を不可侵地帯とし他国への侵攻をしない不可侵同盟を結んだ。そして、暦をドルア統一暦と改め現在まで293年続いている。獣人族への考え方、関わり方は国ごとに違い、それによって様々な統制の形が取られている。
統一国家アウロスの特色を色濃く受け継ぐのがロンダリオン王国である。これはアウロスと共に統一軍で指揮を執った人族とドワーフ族の
しかし、国によっては獣人族を差別したり迫害するような扱いをする国もある。一番露骨に行っているのがイルメリア教国である。聖女イルメリアを唯一神と崇め、イルメリア教徒によって作られたこの国は人族が絶対であり、獣人族を亜人と呼び「人の皮を被りし悪魔」と信じ、特に獣人族への迫害は凄まじく教国内に獣人がいようものなら何の罪が無くとも捕らえ奴隷として扱った。このような考え方からイルメリア教国は西ドルア大陸の不可侵同盟にも加盟しなかったのだ。
他にもタリネキア帝国は獣人族を使った奴隷の売買が大きな利益を産むと感じた一部の貴族たちが帝国奴隷法を無視し国内や他国から誘拐・拉致し奴隷として違法に売買し、貴族は私腹を肥やしていた。
この両国の獣人族迫害・差別によって獣人族は住む地域を西ドルアの西へ西へと追いやられ、大陸の北西沿岸部にまで逃げる事となった。そこで各獣人族同士が手を取り合い、西ドルア大陸唯一の獣人族が国家元首を務める国が誕生する。ガイネル獣王国である。
ガイネル獣王国は人族・ドワーフ族・エルフ族の居住を認めつつも国政には関われない独自の法を布き、獣人族のみでの国家運営を原則とした。
そのガイネル獣王国を潰さんとタリネキア帝国が侵攻を開始しようとした時に、イルメリア教国以外の3国がガイネル獣王国と国境不可侵の同盟を結んだ。地図上ではモルド公国・ロンダリオン王国・自由都市連合シルネガはガイネル獣王国と国境は接していない。
しかしロンダリオン王国が旗頭となり、帝国や教国の獣人族への理不尽な迫害・差別とガイネル獣王国への侵攻への対抗措置として不可侵同盟を結ぼうとした。またその同盟条文の中には、加盟国に対して武力侵攻及び迫害行為が確認された場合は、たとえ非加盟国であったとしても加盟国で合同し対抗する措置を取ると言う取り決めを加えた。
そしてその思惑の中には先にも説明した通り国内外問わず長い期間に渡って続く内乱や国境戦争によって各国が著しく疲弊していたことも大きな要因になっていた。
この動きは帝国内に残る数少ない他種族共存主義者の意気を底上げするものとなり、帝国としてもこれ以上のガイネル獣王国への侵攻は自国内の統制に影響が出ると判断し、形だけではあったが遅れて不可侵同盟に加盟する形を取った。
唯一、イルメリア教国は同盟に加盟しなかったが、国境を接する帝国と自由都市連合シルネガはイルメリア教国よりも国力が優れ国境を侵される心配はないと言えた。これによって事実上の西ドルア大陸全土での不可侵状態の形が成された。
そしてそこに幻霧の森のと魔物の存在がさらに各国の侵攻意識を抑止し、西ドルア大陸は国家間の思惑はありながらも大きな争いには発展する事無く自国の他種族間問題に注視する形が現在まで続いている。
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