第8話 魔力・魔素・魔法について
静かな雨音で目を覚ました。窓から外を見ると優しい雨が畑に落ち、ふわりとした風が窓を揺らしていた。この家に来て初めての雨。と言うよりも何の用事も言い渡されず急かされる事も無くぼんやりと雨を眺めたのは生まれて初めての経験だった。
この家は幻霧の森の中にありながら、なぜかエルが走っていたあの暗く恐ろしい森とは雰囲気が違っていた。晴れた日は差し込む光は暖かく、今日のように雨が降ってもあの時のような暗さや恐ろしさは感じない。牢の中でも幻霧の森の噂は何度なく耳にし、恐ろしい森だと聞かされていた。
その印象からすればこの場所は自分が倒れていた間に幻霧の森の外の別の森へ運んだと言われた方が納得がいくほどの違い様だった。
久しぶりの雨に畑も森の木々たちも一斉に葉を広げ空からの恵みを取り込もうとしているかのようにその緑を輝かせていた。この家に来てからこんなに平和な時間を過ごせている。この先、不安な事は様々あるがそれでも身の危険を感じずに明日を考えて生きられる時間はエルにとって初めてだった。
ベッドから起き、身支度をして部屋を出る。居間の奥にある
朝食のメニューはほとんど変わらない。使う野菜や肉類に違いはあれど、パンにサラダに具沢山スープと卵料理だ。生まれつき器用だったエルは簡単な調理も覚え、朝食なら手間も要らず準備が出来る。最初は当然サームも教えながら手伝ってくれていたが、わざと少し遅く部屋から出て来て準備するエルを本を読むふりしながら心配そうに見つめている。
朝食の皿が居間の机に並び向かい合って二人が座る。食事をする間はお互いに会話はない。サームは味わいながら楽しそうに食べている。エルは美味しいかどうか心配そうにお師匠様を見つめながら食べる。どこにでもある、しかしエルには今までなかった朝の風景。
食べ終わるとサームがエルに告げる。
「今日は雨だから外には出られんからここで話の続きをしよう。専門的な話はこの先でゆっくり覚えるとして、まずはエルが今まで知る事の出来なかった普段の生活に必要な知識を少しづつ学ぼう。」
「はい。ありがとうございます。」
「うむ。まずは昨日の続きの魔力や魔法からじゃの。さて、魔法とは一言で言うならば【我々の周りに漂う魔素を使って体の中にある魔力路と呼ばれる力を使い、様々な効果を具現化させる方法】と言えば良いかのぉ。まぁ、儂も魔法に関しては専門分野ではないから魔導士や魔法使いたちからすれば違う解釈があるのかも知れんがの。」
知らない言葉がたくさん出てきた。その一つ一つを丁寧に教えてくれる。【魔素】とは目には見えない魔力の源となる要素でそれ専門のスキルを持つ者は魔素や魔力の流れを見る事が出来るようになるらしい。その魔素を体に取り込み、全身に流れる魔力を流す回路【魔力路】を使って魔素を増大させ術者が望む形や効果へと変え放出する。
しかしその魔力路は生まれた頃はほとんどの者が閉じたままとなっていて、それを魔力路を開く専門技術を持つ者に開いてもらう必要がある。これが【開路】であり、それを裕福な大都市や領主が治めている土地などではある程度の年齢の子供を集めて儀式として一斉に開路を行う。これを【開路の儀】と呼ぶそうだ。理解としては成人の時に一斉に「成人しましたよぉ!」って儀式を行う【成人の儀】に似たようなものだろう。
当然、エルは開路は行われておらず、よってスキルを持つ者がエルを見ても魔力を感じる事は出来ない。もちろん魔法も使えない。中にはエルフ族のように生まれ持って開路されている種族もいる。それは代々長きにわたり魔力に長け、その血脈を紡いできたからこそと言える。
「じゃからエルも心配せずとも良い。魔力の高い低いは個人差があるが、開路を受ければどんなに魔力が少なくとも生活魔法の何かしらは覚えられるはずじゃ。」
魔力が低い。使える魔法が少ないからと言って錬金術師や薬師になれないと言う事はなく、その錬金の過程や調合の中で魔法を使って作業を省略したりする者もいる。しかし、お師匠様の考えとしては世に出る【高品質】と呼ばれる商品を基本として作れる高名な薬師などは基本的に調合の一番大切になる【抽出】と言われる作業は高品質や高難度の薬になればなるほど手作業で行うらしい。魔法で行うと失敗は少なく平均的な結果は得られるが、手作業ほどの丁寧な作業は行えないので嫌う薬師は多いとの事。
そして魔法には『属性』と言うものが存在し、火・水・雷・土・木・風の6種類の基本属性と光・闇・無の特殊3属性があるらしい。個人差や種族差によって相性があるが、その中でも火と水、光と闇は反属性と呼ばれ同時に覚える事は極めて難しいと言われている。
そして属性とは違う部類で分けられるのが、【生活魔法】と【支援魔法】である。
生活魔法は字の如く、人々の生活の中で役立つものとして発展を遂げた魔法であり、光を灯す魔法や火花だけを放ち着火を助ける魔法など一見は属性魔法の一部と見られがちな効果だが、通常よりもかなり効果を抑える事により属性との相性が悪い者でも使えるように改善された魔法である。
支援魔法は魔物や悪意ある者との戦いの中で自分自身はもちろん共に戦う仲間を助ける為の魔法である。例えば力を向上させたり、判断力・反射神経などを向上させる。相手に対して認識されにくいような効果を付加させたり、魔法によってその効果は多岐にわたる。一流の支援魔法の使い手となると国やギルドによってその身分を保証され、下級貴族と同等の生活を送れる者もいるらしい。
魔力を得る事でスキルと同じく道は大きく開けるのかも知れない。しかし、それもまた開路と言う儀式を受け魔力が自分にあると判断されるかどうかにかかっている。
「開路が出来る人を見つける事は難しい事でしょうか?もしくはすごく費用がかかるとか・・・」
「いやいや、開路に関してはどの国でも積極的に行うようお触れが出ておるから開路を行える者を見つけるのは難しい事ではない。費用などに関しては頼む相手によって差はあるが、知り合いの伝手を探して頼む者が多いほど開路を行える者は多い。大丈夫じゃ。」
開路・そしてスキルの恩恵か伝承。体験してみたい物はたくさん。これから少しづつ知識を深めていこう。しかもそれは自分の人生を大きく変える事になるかもしれない。不安ではあるが、受けてみたい。その気持ちを汲んでくれたのかサームは優しくエルに話しかける。
「では、昨日話した納品に街へ行った際に、開路の儀は済ませてしまおう。スキルに関してはそれほど焦らずともゆっくり決めていけばよい。伝承スキルに関しては国の機関で与えられるスキルはその伝承スキルを持つ者が亡くなりでもせん限りは減る事はないからの。もう少し勉強を進めてからでも遅くはない。あとは身分証も作らなければならんな。」
身分証はロンダリオン王国内であればどこの町や都市でも出入り出来るようになる許可証で街や都市で簡単に作れるらしい。
「はい。楽しみです。」
照れながら言うエルの頭を優しい手が撫でてくれる。
「まずはエルが学んで行く生活の基盤を作っていくのじゃ。それは着る物や道具などももちろんじゃが、知識や心構えを学んで行くことも大事じゃ。やらなければならぬ事・選ぶ事の出来るものは多い。その中で選択しながらゆっくり学んで行くのじゃ。」
何事も焦らずゆっくりとその中でしっかり判断し先を決めていく。何度も何度もお師匠様から教えられている事だ。
「では、地図を見ていてもエルがまだ知らん事もあるだろうからこの西ドルア大陸にある国とそこに住む種族たちの話をするとしようか。」
楽しい時間は続いていく。
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