第14話 氷城のメルト(後)

「遅いな」




研究員のイチカが、氷の獣神を連れてくる日が、今日だった。

その赤の風の時間。



しかし、すでに時間は過ぎていて、

彼女からの連絡は研究員の誰にもなかった。


進化室室長のケイは、イチカの到着がないことで不満をこぼしていた。

なかったのは、到着だけではなかった。


3日前からもう、定時報告もなかった。




「殺されたのでしょうか……?」



研究室のカナメは望遠鏡を見つつ、そう言った。


「かもしれんな。食われたか」


ケイは吐き捨てるように言うと、

魔法陣周りで待機している全員を呼び集めた。



「獣神のいる小屋に行くぞ。

迷った狩人のフリをすれば、殺されることはないだろう。

いざという時は、皆、各々、逃げろよ」


研究所の室の皆は、それに対し、低い声で、はい、とだけ言った。

その声は、機械的であった。




ケイを先頭に、研究室のメンバーが飛翔し、続いた。

天気は曇りだったが、小屋は遠くからでも、はっきり見えた。



「俺が先頭で入る。

行くぞ」


ケイの緊張した声が走り、メンバーの間にも言い知れぬ緊張が走った。



ケイはそれから、小屋のドアをノックすると


「もしもし、

どなたかいますか?」


と声をかけたが、返ってくる声はなかった。


ケイはドアに聞き耳を立てるも、中から雑音の1つも聞こえなかった。

そこで、ゆっくりとドアノブを開けてみると、ドアは開いた。




ケイがドアを開くと、そこには、

『何もない』

部屋があっただけだった。




「何!?」

「どうしていない?」



メンバーの驚く声が響き、

続くメンバーは小屋の中を捜索した。


しかし、見た通り、小屋には何も隠されてなかった。

もぬけの殻、その言葉の通りだった。



しかし、1つだけ、『物』があった。


それは、小屋の壁に貼ってあった

『紙』

だった。




「みんな、見ろ」



ケイはそれを皆で見るように促した。

皆が集まってきて、それを見た。



そこにはこう、

書かれていた。





「拝啓、長い吹雪も収まりつつある今日この頃。


進化研究室の皆様、お元気でいらっしゃいますでしょうか?


私、イチカは、突然ではございますが、この度、

一身上の都合により、そちらを退職する運びとなりました。


急な話で申し訳ございませんが、春の風は突然、吹くもので、

私の心の中にも、暖かい風が吹き、いても経ってもいられず、

筆が動いた始末です。


円満退社ですが、お祝いの品などは結構でございます。


また、どうしてもと、私達を追ってくる方がおりましたら、

その場合は、いつまでも皆様が健康でいられる保証はできかねるものでございます。


若い者には旅をさせろという諺もございます。

皆様にはどうか、その言葉の意味をご理解いただきたいと、私は願っております。


長文となりましたが、これにて別れの挨拶とさせていただきます。


敬具



ユム歴3023年 3月 2日 


アイス=エル=イチカ」




それを見た室の皆は、ざわざわと騒いだ。

「どうなってるんだ?」

「イチカの名前、変わってないか……?」


そしてある者は、室長のケイに尋ねていた。


「室長、これから、どうしましょうか?

二人を探しますか?」



ケイは、手紙を見て、ふ、と笑うと、言った。




「お前ら、これを見て分からないのか?

追っても無駄だ。



これは―


駆け落ちだよ」




それを聞いた皆は、一同に、え、という驚きの言葉だけを吐き出していた。






それと、同時刻-



研究室のメンバーがいた、カイ氷山から、

山3つ離れた雪山に、

僕達はいた。



その『新しい』氷山の頂上付近には、大きな氷の城が作られていた。


そして、その中には、僕の左手を引く、イチカがいた。

イチカの左手には、白い紙が握られていて、イチカの目はそれに焦点が合っていた。



「クゥ、この部屋は、もうちょっと広くしてください。


あと、そこには彫刻が欲しいですね。

あー花瓶でもいいかな……」



僕はイチカの言う通り、氷魔法でそれらを作っていった。

それができると、イチカは、内装を確認し、納得したのか、

じゃ、次です、と言った。



「ここは、私の部屋なので、木造にしてください。

あと、キッチンと、お風呂も木造で」


「あの、イチカ……

氷の神の城なのに、木造、多すぎない?」



その僕の発言に、イチカはぶー垂れた。

不満がありそうな顔を僕に見せると、彼女は歩みを止めずに

言った。



「人と魔物が混ざった神様のくせに、何を言うんですか。


長く住む新居なんですから、温かみが要るんです。

それに、最初が肝心ですよ!」



それに僕は、はあ、と答えるしかなかった。

そして、

彼女は僕を引っ張るように、次の部屋へ向かっていく。



「クゥ、この部屋は―」





彼女の右手は、ずっと僕の左手を離さなかった。

彼女の右手は、僕の左手と同じくらい、熱かった。



僕は、


「僕達の熱で、氷の城がメルトダウンしないといいな……」


と願った。




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