第15話 箱のキゲンは気のまぐれ

「ダスト、罠はないか?」




俺は、頭だけを覗かせると、先にフロアに入ったその巨人に語り掛けた。


巨人のダストは「ナサソウ、ダ」と、ちょっとだけ振り向いて言った。


それから俺達3人は、ダストに続いてフロアにゆっくりと足を踏み入れた。

そのフロアは、10m四方の何もなさそうな場所だった。



「えぇ、何もなくない?」



俺の肩越しに、恐る恐るついて来ていた女魔法使いのラスはそう、つぶやいた。

キョロキョロするたびに、ロールしたオレンジの髪が空を泳いだ。

年甲斐もなく頬に浮かんだニキビも、それに合わせて右往左往する。



「探してみる必要があるわな。

さすがに何も無いわけがないじゃろ。

魔素は感じたんじゃ。何かはある」



その声の主は、俺と共にフロアに侵入した、僧侶のトパーセルだ。

彼は、20歳前後の年齢で固められたパーティの中で唯一、60代という年配者だ。



「トパさん、疲れてるとこ悪いけど、探査やってくれるか?

やはり罠が気がかりだ」

「キャリス……今日3回目だぞ。

年寄りを働かせすぎじゃないかの?」



俺の頼みに苦い顔をした、トパーセルは文句を言った。

俺は自前の東洋顔を『困っています』というように歪めると、合掌し、もう一度、頼んだ。

緑の瞳を光らせ、ちょっと魅惑魔法を乗せて笑いかけた。



「ねえ、ここが最後のフロアだからさ」

「ああ、仕方ねえのう」


それからトパーセルは青く長い杖に魔素を込めると、

「探査(スルーネル)」と唱えた。

それから彼は、瞳を閉じると、ヒゲをたくわえた口から言葉を吐き出した。



「罠は、やはりないぞ。

ただ、部屋の中央に、魔力が集中してるのう」



部屋の中央、という声を聞き、俺とラスは、部屋の中央を見た。

そこには、

台座にどっかりと、座って休んでいるダストがいた。



「あぁー!ダスト、どこに座ってんのよ!

どいてどいて」



ラスの罵声が飛んで、彼女は台座に向かってダッシュしていた。

そして彼女は持っていた杖で、ダストを台座から、しっしっと追い出した。


それを受け、休んでいたダストは、

「ヌゥ、スマン……」と言い、

台座からしぶしぶという調子で降りると、部屋の端っこにのしのしと移動していった。



ダストが座っていた場所には、台座があり、その上には、

直径30センチほどの

『箱』

があった。



「ちょっとぉ。潰れてないでしょうね!?」



ラスは箱を気にしたようだったが、箱はいびつな形に歪んでいたりはせず、

ちゃんとした箱の形を保っていた。



「あれが乗っても潰れてないの?

逆に怖いわ……

キャリス、開けてよ」


「んん、仕方ないな……」



ここは男の出番だろう、という具合に俺は箱に向かった。

箱を振ってみるが、音もしない。

重さはというと、そこそこ重いので、俺は期待できるな、と思ってはいた。


中身はどんな宝石なのか、俺の目は輝いた。





そんな俺が箱を振っていたのは、

迷宮パストラの地下32階―


最深部だ。



この迷宮には、魅力があった。


ここには、財宝がたんまりと眠っているという噂ではなく、事実が『書かれていた』。

このダンジョンにまつわることが書かれた絵巻が周囲の遺跡から発掘されている。

それによれば、このダンジョンには、幾つもの宝石が眠っていると載っていた。


そしてそれは事実であった。


実際、このダンジョンの地下3階あたりにはもう、

貴重な宝石が数多く、埋まっている。


だが、今まで、このダンジョンの最深部を見て、戻って来た者はいない。

その噂は、冒険者の中で数多くの憶測を呼んだが、

冒険者の誰もが、ある程度、宝石を稼ぐと、途中で引き返すようになった。


最深部を見てみたいと思いつつも、目前の稼ぎに夢中になり、

結局、恐れをなして、地上へ戻ってしまうのだ。




しかし俺達は自分達で言うのは情けないが、そこそこ、腕が立つ。

だから、俺達は、6度目の挑戦にして、ついに意を決した。


『今回は、最深部までいこう』


それはパーティーの中の統一意識だった。





箱を振っていた俺は思い出話から我に返ると、

底を向いていた箱をひっくり返した。


「罠がないことは分かっているしな。

鍵もかかっていなそうだ。

……じゃあ、開けるぞ」


こういう時くらいしか、魔法使いでも僧侶でもない戦士の俺の役目はない。

案外、戦士なんて、パーティ内では肩身が狭いものだ、と俺は思う。




俺の手で開けられた箱は、

ギイという音を立て、

開いた。



台座の上で箱は口を開いており、

それを見た俺は沈黙していた。



「何?

何入ってるの?」


ラスが興味深々という様子で、聞いてきた。

俺はそれに、答えた。



「見えない……

闇だ」



箱の中身は、真っ暗だった。


そしてその闇は、その後、

一瞬にして、部屋全体に広がった。


俺も、他の3人も、その黒を全身に浴びた。




「うわっ」

「何!?」



俺やラスの声が飛び、4人とも、広がった闇に眼を閉ざし手で目を覆った。


が―



次の瞬間には、闇は消えていた。

周囲は元通りの明るいフロアに戻っていた。



「今のは、一体……?」



俺が茫然としていると、

そばにいたトパーセルが叫んだ。



「キャリス、箱を見ろ!」



俺は咄嗟に箱を見た。


箱はまだ上に口を開けたままであったが、

その箱の上には、さっきまでいなかった、一人の女性が浮遊していた。



その女性は、服を着ておらず、代わりに肢体は白く輝いていた。

顔は、エルフのそれであった。

20代中盤を思わせる顔立ちで、それはこの世のものとは思えないほど、美しかった。

長い黄色い髪は束ねられて、ポニーテールになっていた。



そのエルフと俺達の違いと言えば、

そのエルフは身体が若干透けており、

身長が30センチほどしかなかったことだ。


エルフは目を閉じていたが、

俺達の声に反応したのか、目をゆっくり開けた。




「ああ、

開けたのですね……」




エルフは透けたその小さい口から、声を出した。

そのエルフに俺はすぐ、声をかけた。


「お前は、誰だ?

魔物なのか?」


エルフは俺に眠そうな、目を向けると、言葉を発した。



「見た通り、私はエルフです。

魔物は、この箱の方ですよ」


「どういうことだ……?」


俺が聞くと、エルフは、周囲をぐるっと見渡してからしゃべり出した。



「今回は、4人ですか。


ああ、そうですね、はい、説明します。

慣れていますので。


まず、あなたがたは先ほど、この箱を開けましたね。

この箱は呪われていますし、魔物そのものです。


開けたら、このフロアにいる者は、

全て呪われるようになっています」



エルフの言い方は、眠そうというより、事務的で、感情が籠っていなかった。

言い慣れ過ぎている、ように俺には思えた。

そして、俺は立て続けに質問をした。



「箱が魔物だと言ったな?

この箱は、ミミックなのか?」


「いえ、ミミックなんて可愛いものではありません。

この箱は、迷宮を作った主です。

強大な魔力を持った、魔物です」



その言葉を聞いた俺達は、信じられないというような顔をした。


信じられなかったのは、小さい箱が、迷宮の主だという話だ。

ここに到達するまでに、双頭竜や、バカでかい甲殻類と戦ってきた俺には、

この箱が迷宮の主だとは、到底、思えなかったのだ。



「信じられないのは、分かります。

しかし、事実ですし、

今までの冒険者達は皆、この箱の呪いで死んでいます」


「この箱に皆、やられたというのか?

その呪いというのは、俺達にもかかっているのか?」


「はい。

開けた瞬間に、かかっています」


「その呪いというのは、何なんだ?」



その俺とエルフのやり取りを聞いていたパーティの一人のダストは、

ファアアとあくびをすると、

いきなり、フロアの床に寝始めた。


ダストは巨人族で、あまり頭が良くない。

長い話を聞くのが苦手なのだ。



「寝るのは、いけない!」



エルフが、ダストの方をきっと向いて、

少し大きな声を出した。


その次の瞬間だ。



床で寝ていたダストは、サーという空しい音と共に、

一瞬にして、灰色の砂と化した。



「きゃああ」


「何が……!?」



ラスの悲鳴と俺の叫びが重なっていた。


砂になったダストを見て、エルフは、悲しい表情を見せると、

一瞬の沈黙の後、話を再開した。



「呪いを受けると、この『箱』の言いなりになります。

この箱の機嫌を損ねたら、最期、

彼のように砂になります。


これが呪い、です」



エルフの説明を聞いた俺達は、ショックと起きたことを受け止められずに、

ただ沈黙した。

ただ、俺はパーティーリーダーとして、混乱を何とかしなければという精神が働いた。



「呪いは、解けないのか?」



俺の問いに、エルフは答えた。


「解けます。

3日です。


3日間、箱の機嫌を損ねなければ、箱は閉じます。

3日という期限を超えると、皆さんは助かります。


しかし、先ほどの彼のように、箱の機嫌を損ねると、終わりです」


「さっきは?

なぜ、箱は機嫌を悪くしたんだ?

なぜダストは殺されたんだ?」



俺が尋ねると、白いエルフは、空中で三角座りをしてふわふわ浮きながら、

答えた。



「私の話を聞かなかったからです。

私は、この箱のどうやら、お気に入りらしいのです。


私は、かつて、あるパーティにいましたが、このダンジョンのこの最下層で、箱に食われました。

私の肉体は箱に囚われています。


私のパーティは、私を残して、皆、砂になりました。

しかし箱は、私だけを殺さず、人質にしました。

私は、時も刻むことを許されず、箱から出ることもできない、永遠の人質です。


私は箱と一体化しています。

箱の言葉を代弁することを課せられています。


この箱は、色々なことで気に食わないことがあると、呪われた人を罰します。

砂にするだけでなく、家畜にしたり、とにかく魔法で何でもやります。


どうか、お気を付けて……」



俺はそれを聞いて、何となく納得していた。


目の前のエルフは、俺が今までみたエルフでも特別、美しかった。

箱は、美しいエルフを殺さずに、自分のものにしたかったのだろう。


そして、エルフは、ずっと、俺達のような冒険者が殺されるのを見てきたんだろう。

こういったやり取りも、砂になるところも、数多く見ているから、

彼女の目は虚ろなのだろう、と俺は思った。



「カンタンじゃない!キャリス!


3日耐えればいいんでしょ!?

箱に何もしないで、何も言わなければいいじゃない。


あたしは嫌よ。稼いだ宝石売って、遊んでくらすんだから!

絶対に帰るわ」



ラスは震える声で叫ぶように言った。


俺も帰りたい気持ちは同じだった。ここに来るまでに大量の宝石を拾っていたのだ。

ここで帰りたくないやつは3人の中ではいないはずだった。



「そうだ、帰ろう。

トパさん、転移魔法はいつ使えるようになる?」


「今日の残りの魔力ではムリじゃの。明日の今くらいの時間には」


「よし、それまで野営するぞ。

皆、いいな?」



俺の声に、異議を発した者はいなかった。

それから俺は、エルフに向かって、言った。



「箱はここに置いていってもいいのか?」


「キャリスさん、でいいんですよね?


箱は、一緒に持っていくことをお勧めします。

箱はあなたたちが離れると、機嫌を悪くするでしょう。

目が届く範囲に置くくらいなら、おそらく箱も許すはずです」



それを聞いた俺は、開いている箱を左腕で抱えると、

そばで浮いているエルフに


「俺のことは、キャリス、でいいよ。


しかし、君も大変だな。

囚われてからどれくらい経ったんだ?」

と尋ねた。


エルフはそんなことを言われるとは思っていなかったのか、

え、と首と持ち上げると、



「ええと、43年くらいです。

あの、お気遣い、ありがとうございます。

でも私をあまり気遣わない方がいいですよ。箱の機嫌が悪くなりますから。


ちなみに私の名前は、リルと言います」


「そうか、リル。


いや、いいんだ。こんなやり取りで殺されるくらいなら、

もう殺されていいと俺は思っているよ。

自分を曲げてまで、生きたいとは思わないからね」


「あぁ、たぶん箱は、あなたのような真っ直ぐな人は、好きですよ。

でも、あまり荒いことは言うのは避けてください」



そのエルフの言葉に、俺はありがとよ、というと、

心の中では、箱でなくて君に好かれたかったな、とつぶやいていた。

ここがダンジョンで、こんな状況じゃなければ、俺は一杯おごらせてくれないか、と声をかけていただろうなと思った。



「200mくらい前に、木の生い茂った広場があったな。

水もあったはずだ。

あそこで野営をしよう」


俺が皆にそう言うと、皆、頷いた。

フロアの入り口へ向かおうとする皆とは、逆方向に歩く俺に、トパーセルが尋ねた。


「ん、どこいくんじゃい?」


俺は「ダストをこのままには、しておけないだろ」というと、

元は彼だったその砂を少し、腰にぶら下げた袋へ詰めた後、

残った砂に、「すまなかった、後はゆっくりお休み」と、言い、祈りを捧げた。




俺達が戻ろうとした広場には、

元々いなかったダークグリフォンが3体たむろしていた。


グリフォンたちは、でかいネズミを狩ったのか、3体で取り合うようにして、それを食っていた。



「あれを、狩ろう。


明日まで野営になるから、食い物も必要だ。

俺が囮で突っ込むから、ラス、攻撃を頼んだよ。


トパさんはいざという時に、治癒を頼む」



俺はそう打ち合わせると、ラスとトパーセルは黙ってうなずき、

それから俺はすぐに、動いた。


口だけを開き、俺は魔法を詠唱する。



「落ちる砂

砂漠の風

全て同じとは限らず


自己時間(ミニス リスト)」



俺の時間が引き伸ばされ、周囲が遅くなる。

そのまま俺は、食事中のダークグリフォン達に突っ込んだ。


俺の右手には、鋭い長剣が握られていた。



ゆっくり動く時間の中、グリフォン達が俺に気付いた時、

俺はすでに一匹のグリフォンの首を一太刀の元、落としていた。


残りの2匹のグリフォンは俺に黒い爪を立てて襲い掛かってくる。

俺は加速した世界で、その4つの爪を剣で全て払っていた。



「右に避けて!」



ゆっくりした世界で、ラスのゆっくりした声が飛んだ。

俺はすぐに、右に飛ぶ。



「氷彩槍(グリム サス)」



彼女の木の杖から氷の息吹が2本、グリフォンに突進する。

グリフォン達はそれを避けようと旋回したが、氷の線はそれを追尾し、

グリフォン達の下半身を氷漬けにしていた。


そして、地面に落ちる直前に、俺の剣はグリフォン達の首と胴体を切り離していた。



そこで、俺の時間魔法は解けた。

ごと、というグリフォンの身体が地面に落ちる音が、広場に響いた。



「いけません!」



直後に、広場に響いたのは、

リルの叫びだった。



俺とトパーセルは、瞬間、リルの声の方を向くと、

そこには、グリフォン達と同じように


氷漬けになっている箱があった。




そして俺のそばには、ラスが、杖の矛先を箱に向けたまま、立っていた。

ラスの荒い息遣いが聴こえた。



「あんな箱、壊してしまえばいいのよ……!

あたしなら迷宮の主だろうと、やってやれないことはないわ。


もう氷漬けで、出てはこれないはずよ」


「ダメです。

箱はまだ、生きています。

箱が死んでいたら、私も死んでいるはずです」



リルの悲痛な声を聞き、はっとしたラスは、

もう一度という具合に、箱に向かって杖を構え直すと

再び、魔法を詠唱し始めた。


しかし、その詠唱が最後まで俺達に聞こえることはなかった。


詠唱を唱えるラスは、途中で石像に変わっていた。



「ああ!

そんな、なんで……」



俺は駆けると、石像になったラスにすがりついた。

しかし、石像はやはり、一寸たりとも、動かなかった。


それから、俺はがっくりと膝をつき、地面を叩いた。

俺は身体を震わせた。


それ以外に、何をすればいいか分からなかった。



「何もしないで、3日過ごすって、言ってただろ。

なんで……」



崩れた俺の肩を、トパーセルが掴んでいた。

彼は何も言わずに、俺の肩を支えた。



「申し訳ございません。

私も止めておけば……」



エルフは、やはりこういった光景は見慣れているのだろう。

乾いた目で、そう言った。


俺は彼女に「いや、いいんだ。ありがとう……」というと、

彼女は、悲しい顔を下に向けた。




ダンジョンが暗くなり、夜が来ると、

2人だけになった俺達パーティは、結界を張り、その中で、焚火を起こした。


明るい雰囲気とは言えなかったが、それでもあと2日とちょっとも、呪いと戦わなければいけないと思うと、気落ちもしていられなかった。



「そういえば、最深部に来たってのに、お祝いもしてないんだよな。

2人いなくなっちまったけど、弔いも兼ねて、飲もうか」



俺はトパーセルに作り笑いを作って、そう言った。

彼は「じゃの」というと、リュックからワインとグラスを2つ取り出した。


俺は焼いていたグリフォンの味付けしたモモ肉を皿に取り分けた。

無機的なダンジョンに、焼けた肉のいい匂いが充満した。


それから二人で小さい声で「乾杯」というと、俺達はワインを飲んだ。

そばには、開いたままの箱と、透けたエルフがいた。



「あんたらも、実体があったら、一緒に飲むとこなんだけどな」



俺は笑みを浮かべて、エルフと箱に、そう言った。

エルフは俺を見て、ふ、と笑うと言った。


「あなたのようなタイプは、初めてです。

皆、死を目の前にすると、自分のことばかり考えるようになるものです。

私も、あなたのパーティにいたら、楽しかったかもしれませんね」


それを聞いた俺は、肉を頬張りながら

「俺のパーティは、言っちゃ悪いけど、寄せ集めだよ。1年前に作ったパーティだ。

今でこそ、皆、信頼しあってるけど、ここまで来るのに、時間がかかったら、ないよ」


俺の言葉を聞いたエルフは、ほんのり笑みを浮かべつつ、思い出話を重ねてくれた。

「私の頃は、あれは、50年ほど前のことですが、

あの頃は、実力主義で、強い人は、強い人としかパーティを組みませんでした。

私は一番強いパーティの3人に勧誘されたんです。

結局、それだけで集まったパーティでした。


どちらが、いいのでしょうね?」


それを聞いた俺はちょっと酒が回って気が大きくなって、声も大きくなっていた。

「さあね。

気の合うやつなら、すぐ、パーティは組みたくなるよな。

なかなかそういうやつはいないもんだけど。


おい、箱よ、お前はどう思う?

ワイン、飲むか?」


俺は、酔った勢いで、箱の中に少し、ワインをトクトク、と入れてしまっていた。

それを見たリルは、きゃ、っと小さく叫んだ。


「ええ!

やめてください、殺されますよ?

というか、殺されないんですか……?」


実体もないのに、リルはびくびくとしていたが、俺はどうでもいいやという気持ちだった。


「箱も、一人では寂しかったよな。

ほら、もっと飲むか?」


俺はそういって、箱にワインを近づけた。

リルは、それを見て、本当にびっくりしていたようだった。


「本当に、あなたは変な人ですね。

箱は、機嫌を悪くしていないみたいです。

なんでなの、不思議……」


いつの間にか、リルが見ていたのは、箱ではなく俺だったようだが、

俺はワインに酔って、すでにかなり眠くなっていた。


「あー、酔った……先に寝るよ。

箱も、一緒に寝るか?」


聞いた俺に、箱は何も答えなかったが、なぜか機嫌は悪くならなかったように、俺には思えた。

寝ようとする俺の隣にいたトパーセルはワインを飲みつつ、


「若いってのは、勢いがあって、いいのう。

ジジイになると、目先の欲ばかり見ちまうよ」


と言い、ヒヒ、と笑った。

その声に応えるものは、広場にいなかった。




朝、俺が目覚めると、横には、目を疑うものが

転がっていた。


それは、石になったトパーセルだった。


それを見た瞬間、俺の中に殺意が芽生えた。



「おい、何をした!」



俺はすぐに剣を抜くと、箱に向かって叫んだ。

俺が叫ぶと、透明なリルも透明なまま、むくっと起きた。

彼女の顔は、寝ぼけていたようだった。



「リル、箱に聞くんだ。

なぜ、トパーセルを殺した?」



リルは、石のトパーセルを見て、え、と驚いたように口に手を当てた。

そして少し沈黙した後、言った。



「箱が言っています……。

正当な行為だったと」


「どう正当なんだ?」



俺は剣を箱に向けたまま、怒声を上げた。

剣では箱には太刀打ちできないことは何となく解っていたが、

俺は若い勢いでそうしていた。


それから、リルはゆっくりと話を始めた。



「夜、トパーセルは、

眠っているあなたのポケットに入った宝石を盗んだ、そうです。


そして、そのまま一人で、転移魔法を使って逃げようとした、らしいです。


だから、箱は、彼を石にした、と……」



俺はそう言われて、はっとし、ポケットに手を入れたが、

そこには入っているはずの宝石は一つもなくなっていた。


そして、すでに石になったトパーセルを見た。



「そんな……。

俺を裏切って、逃げようとしたってのか」



俺の目は、最初に見たリルのように虚ろになっていた。

昨日、俺の肩に手を置いた彼は、そんなことを企んでいたと思うと、

俺は人間不信になりそうだった。



箱が、人を殺す理由が、何となく分かった、気がした。




俺はそれから、ばたっと、大の字になって、

仰向けに倒れた。


そして、天に向かって、話した。



「箱。

俺を食ってくれていい。


俺にはもう仲間がいない。

転移魔法を使うやつも死んだ。

一人で32階登って地上に戻るのは、無理だ。


あと2日くらい猶予があるけど、いいだろ。もう」



そう言った俺に、箱はやはり何も言わなかったが、

なぜか何もしなかった。



「待って!

私は、あなたには、生きて欲しいんです」



虚ろな目をしていたはずのエルフは、悲し気な瞳で俺を見ていた。

俺はそれを見て、笑った。



「食われたら、君と一緒なんだろ?

綺麗な君と、永遠に一緒なら、退屈でもないよ。


リルも、話し相手がいた方が、いいんじゃないか?」



俺がそう言うと、リルは、目に涙を溜めて、



「本当は、そうして欲しくないですけど、

そうしてくれたら、嬉しい……」



と言った。


俺はそれを聞いて、身体を起こすと、三角座りをして、

透明なエルフに右手を出して、言った。



「じゃあ、まあ

囚われ者同士、

末永く、よろしくな」



俺の右手を小さい、透明なエルフの手が触れた一




―瞬間だった。


俺達を魔法が包んだ。



俺は光の中に包まれていて、

何も見えなくなった。




そして、明るさが去り、目をゆっくり開けると、

そこは、迷宮の前の野原だった。



「ここは……!?

外……!!?」



俺が周囲を見渡すと、

そばには箱はなく、

代わりに、

見覚えがあるような、無いような一人の人物が立っていた。




耳が長く、

白い肌。

黄色い髪のポニーテール。


そして人形のように美しい顔をしていた。


身体には、青い、ローブを纏っていた。




「キャリス……?


ここは、外ですか?」




実寸大になったリルがそこで、しゃべっていた。

彼女の後ろからは後光が差していて、俺には神様のように眩しく見えた。


本当の女神がいるのではないかとすら、思ってしまった。



「ああ、箱は俺を

そして君も、許したのか?


どうして……?」



俺は火照った顔を悟られないようにしたいと思いつつ、

彼女にそう聞いた。

彼女は思い出すように、その緑の目をうつ伏せると、ゆっくり言葉を吐き出した。



「箱が最後に、言っていました。


お前らが2人で俺の中にいるのは、気分が悪いって。

さっさとどっかに行け、だそうです」



それを聞いて俺は、ははは、と笑った。

三角座りから、また寝る体勢になった。


俺は緊張が解けて、実は腰を抜かしていた。



「あいつ、人みたいなこと考えやがって。

まあ、おかげで、助かったかな」



俺の言葉を聞いて、リルも笑った。

そして、リルも俺の右隣に、大の字になって寝っ転がった。



「キャリス、ところでなんですが、

私はパーティが解散してしまって、一人なんです。

またあの迷宮に潜るメンバーを探していまして……」


「ああ、実は奇遇だね。

俺もなんだ。

ギルドのパーティー募集箱のメンバーは、今、俺だけだよ。


よければ、魔法使い枠として、来るかい?」



俺はそう言って、寝ながら、彼女に右手を差し出した。


リルはその俺の右手を、少し起き上がって、

今度は、ちゃんとした実体の右手で掴んだ。




「私、こう見ても、箱入り娘ですから、

ちゃんと守ってくれますか?」




握った、彼女の右手はとても熱かった。

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