第10話 明日と花と俺と嫁(前)

戦争も長いもので、3年目になった。




魔法があるこの世界でも、戦争は起きる。


魔法は万能ではない、人同士の争いを、解決してはくれない。

只の、戦争の道具と化してしまうだけだ。



俺はその戦争における、1つの駒。

対して強くもない、兵士(ポーン)。

いつ消えてもおかしくない哨戒兵の1人だ。


俺の得意なことと言えば、精霊魔法だ。

精霊魔法というのは、動物や、植物の声を聞いたり、対するのが人であれば心を覗き見したりする、魔法だ。

戦争においては、敵陣にいる兵士の頭から、敵国の作戦を読み取ったりするのに、よく使われる。

諜報活動だ。だが、何事も、魔法の効果範囲というものがある。

だから俺は一番、死に近い前線に配置される。



俺の年齢は21歳。

首から下げたドッグタグには、ランカと掘られている。


この年で死ぬには自分では早いと思うし、できれば死にたくはないが、

毎日、前線に身を置いていると、自分の存在は、いつ消えてもおかしくないと思える。1m隣がいきなり、火の海になる光景を、俺はよく見ている。

俺と共に入隊した同期は最初、10人いたが、今はもう、5人しかいなかった。

そんな環境に何年も身をおいたら、無感情にもなっていくし、口も悪くなっていく。いや、口が悪いのは元からかもしれないな。



気晴らしに、いつもと違う場所で、タバコを吸うことにした。

いつも同じ景色ばかり見ていると、心に悪い。

心は日々、荒んでいく。休憩時くらい、心には明るいものを見せたくもなる。



「線路沿いに、花畑なんかあったのか」



今まで来たことがなかった線路沿いの、崖っぷちに、一面、ピンクの花畑があった。


一面、といっても、2m四方くらいの『面』だ。

それほど大きくはないが、俺の心の一時的な安らぎになるくらいには大きい。

ピンクの花畑に俺の白い髪と、白いタバコの煙が色鮮やかにかぶった。

戦争がなければ、明るいカラーが生えた景色になっただろうな、と俺は思った。


俺がその花畑に近づくと、花々の間から、何かが急に

にょきっと生えた。


それは、女の子であった。


俺は少女がそんなところで寝ているとは思わず、びくっとした。



「なんだよ?

嬢ちゃんか、びっくりしたぜ。

何してんだ、ここで」



俺は動きを止めてそう言うと、少女はこちらをむくっと見た。

鮮やかな桃色の髪、そして、あどけない表情、年端もいかない幼さ、12歳くらいだろうか。

彼女は、だぼだぼの白いシャツとハーフパンツを履いていた。


瞳の色は、珍しいことに、赤かった。



「わたちは、ここにいるです。

いるだけです」


そう言った少女の声には、感情がなかった。

そして、起き上がった少女は、遠くをぼうっと眺めた。


「近くに家があるのか?

列車に轢かれないようにしろよ」


そう言って俺は、口に咥えたタバコに魔法で、火を付けた。

戦争に気を付けろ、とは言わなかった。今や、どこにいても、危ないからだ。ここだろうと、家の中だろうと、変わらない。


俺が付けたその火を、いきなり少女は、きっと見ると、


「火、花につけるなです」


と、やはり無表情で言った。


俺はそう言われ、タバコの灰が花畑に入らないように一歩下がると、おう、と小さく言った。

花を見に来たつもりが、なぜか良く分からない少女を見ることになってしまったな、と俺は思った。

それから少女は再び、遠くを見ると、



「2つの谷、間に黄色、1つの水溜まり」



と淡白な調子で、言った。


それを俺は聞いて、なんだ?と思った。

何か歌のようにも聞こえたが、少女はそれ以降、何も言わなかった。

まるで暗号だな、と俺はぼんやりと考えていた。


しばらく、俺はタバコを吸っていたが、特に話すこともなかったので、先ほど少女が口走った暗号について聞いてみることにした。



「さっきの、なに?」

「うた、をよみました」



少女は間髪入れず、俺の質問に答えてくれた。

しかし、歌にしては短いな……?と俺は思った。

それに歌というには、メロディーもなかった。

そこまで考えた俺は、別の可能性をぱっと思い浮かべた。


『ああ、詩、か』


そう思いついて、嬢ちゃん、作詞できるのか、すごいねーとどうでもよさそうな声色で俺は言った。言いながら、タバコを足で踏みつぶして、消した。



「この国は、キレイです。

でも、だんだん、なくなっていきます」



少女はやはり淡々、と語った。

その話題に、俺は続いていくことにした。


「敵に、凄腕のスナイパーがいるんだ。

俺達の射程外から、とんでもねえでかい魔法の弾を撃ってきやがる。

もう、どこにいても、安全なとこなんかありゃしねえ。

次の瞬間には、俺も嬢ちゃんと一緒に、死んでるかも、なんてな」


その俺の話を聞いていたのか分からない少女は、

俺の話にちゃんと返事を返してくれた。

ただ、その内容は、やはり良く分からないものだった。


「消える時は、消えるものです。

水も、風も、土も、同じです。

あなたも、火には気を付ける、です」



少女の話は後には続かず、それで終わったので、俺はキリもよく、帰ることにした。

少女はまだ遠くを見ていた。


何となく、俺は、火に気を付けろ、と言われたので、タバコをそのままにしておくのは何か気が引け、ポケットに入れて、持って帰ることにした。


帰り際、じゃあな、嬢ちゃんと言ったが、返事はなかった。




翌日、俺たち戦争のアリンコはブリーフィングルームに集められた。


中隊長から、今日の作戦と、そして今朝にもたらされた被害の報告があった。


「早朝、敵のスナイピングにより、谷にかかる橋が爆破された。これにより、大隊が分断され、支援活動が一層困難にー」


俺はその説明と共に、魔法により投影されたモニターをぼーっと、見ていた。


モニターには、2つの谷の間にある橋が形もなくなり、その爆破の凄まじさからか、橋の下には小さい湖ができているのが、写し出されていた。

湖の水は、爆破の際に、近くの川から引かれたのだろう。


『今日も、生きて戻れたら、いいもんだ』


俺は夢見心地で、その話を聞いていた。



今日、今朝、聞いた作戦は実行されなかった。

敵のスナイパーに、魔戦車が全て狙撃され、作戦は未遂で終わった。


今日の中間報告では、魔戦車9両に乗っていた、42人が死亡したらしい。

その事実さえ、俺には夢の中の出来事のように感じた。


午後3時には、今日の作戦は中止が決定し、

俺たち使い捨ては、自由時間が与えられた。



「今日もなんとか、生き長らえたか」



そう言った俺の言葉には、嬉しさも憂いも乗っかっていなかった。

そして、自由時間になると、俺は昨日見つけた、線路沿いの花畑に来ていた。


なんとなく他に行きたいところもなかったし、今日は花というより、ピンク髪の少女がいることを期待してきていた。

いなかったら、花を見て帰ろうと思っていたが、少女は、やはりというか、いた。


少女は、花畑の50センチ上を、背泳ぎするように、ゆっくり浮遊していた。

それを見た俺は、今、なんとなく勘づいていることを口にした。


「お前、人間じゃないだろ?

魔素も人っぽくねえし、第一、その歳で魔法はまだ使えねえはずだ。


嬢ちゃん、

お前、精霊か?」


俺はその台詞をタバコを吸わずにしゃべっていた。タバコは持ってきていなかった。


それを聞いた少女は、全く変わらない顔色で、やはり空中を背泳ぎしていたが、

花畑の葉っぱを食べている虫を見つけると、それを摘まみながら、答えた。


「わたちは、ここ、です。

ここ、が全部、わたち」


少女は動く虫を摘まみながら、ゆっくり花畑の外へ向かって泳いで、花畑の端に着くと、ぽいと虫を捨てた。


少女の言葉を聞いて、俺は何となく予想がついた。魔力が宿った獣を魔物と呼ぶように、魔力が宿った植物を魔草と呼ぶ話をいつか、聞いたことがあった、あれは上校の講義だったか。

魔草は例えば、神聖なものであれば、二千年生きる神木や、悪意があるものは、マンドラゴラなどがそれにあたる。

おそらくこの少女もそういった魔草の類いなのだろう。


「俺は口が悪いから、お前が人じゃなくて良かったかもな」


そう言うと、俺は自虐的に笑った。

少女は尚も、自分の毛繕いをしていたので、俺は口寂しいとは感じてはいたが、タバコを我慢し、景色でも見ることにした。


遠方には、今朝のブリーフィングで話があった、スナイパーに落とされた橋が見えた。

俺はそれを見て、『ああ、今朝、周知されたアレか』とぼんやり思い出していた。

あれを一撃で落とした敵のスナイパーはやばいな、などと他人事なことを考えた。


そんな俺の横で少女はいきなり、

「黒くて長い3つ 両端を取る白い手 残りは真ん中だけ」

と静かに、言った。


俺はそれを『また、作詞したか』

と空耳で聞いていた。


俺はしばらく、無心で、その橋辺りを見ていた。今朝の話通り、2つの谷の間を走っていた線路が途絶え、

線路下には昨日はなかった、湖ができていた。


それを見つつ、俺はぼーっとしていた。



「2つの谷、

1つの水溜まり……」



ふと、俺の頭に昨日の少女の言葉が蘇った。

なぜか、今見ている景色に心当たりがある気がした。

そして、昨日の少女のうたを思い出す。

今の俺が見ている景色とそれは、頭の中でリンクした。


刹那、頭が冴える。


「おい!

昨日、何て言った?」


俺は大きな声で少女に叫んだ。

少女に話しかけたのだが、少女は自分に話しかけられたとは思ってないのか、相変わらずのゆったりとした空中浮遊に、勤しんでいた。


「おいっ!

お嬢さん!?」


俺がさらに強い口調で少女を呼ぶと、少女はやっと自分だと気付いたのか、身体をむく、と起こすと、俺を見た。


「なんです?」

「昨日のうた、あれ、何て言った?」

「昨日の、ですか?」

「そう!俺が来たとき、うたっただろ?」


少女は少し思い出すように目を閉じると、「2つの谷、間に黄色、1つの水溜まり、です」と言った。

俺はそれを聞き、「なんであれをうたったんだ?」と言った。少し、心臓が高鳴っていたかもしれない。



「わたちは、明日を、うたいます」



少女はそれだけ言い、また空中遊泳に戻った。

俺はそれを聞いて、まさかと思っていた。


昔、魔法の1つに、『予言』があった。

それは未来を予測するという、神の所業であり、予言をする魔法使いを人は『予言者』と呼んでいたらしい。

しかし、預言をする魔法使いすら希少であり、預言者は、あまりに強すぎる力から、暗殺されるケースも増え、いつの間にか廃れた魔法だった、人の間では。

しかし、この目の前の植物は、予言をする魔力を持つのかもしれない、まだ一度当たっただけで、確定とは言いきれないが。


「嬢ちゃん、ちょっとこい」


俺は少女を手招きして呼ぶと、彼女はふわふわと飛んできた。

その身体を膝の上で抱っこすると、遠くの壊れた橋を指差して俺は言った。


「昨日、この光景を見たのか?」


少女は一呼吸置いて、答えた。


「わたちは、あれができる瞬間が見えます。

大きな黄色い火が飛んで、あれはできました」

「なるほどな。ちなみに、明日以外は見えるのか?」

「明日だけ、です」


それからも俺は少女に色々質問をした。

そこで、俺が聞いた少女の話をまとめるに、少女は翌日の災いが起きる一瞬しか見えず、翌日以外は見えない。

もしかしたら、この少女は、あまりに強い魔力を持ってしまった植物で、こんな能力を持ったのかもしれないなと俺は考えた。俺が精霊魔法でこいつが見える理由も、強すぎる魔力故かもしれない。


「お前は、名前ないですか?」


少女は唐突にそう聞いてきた。

俺はその失礼な言い方に、心の中で「俺は年上だぞ」と、毒づきつつも、めんどくさいからそれは言わないことにし、そういえば、名乗っていなかったなと思い返した。

そして、「ランカだよ」と名乗った。


それを聞いた少女は、

「変な名前です」

と眉をひそめて、また失礼なことを言った。


「ばあちゃん曰く、異世界の花の名前らしい」

俺は自分の名前の語源を説明するのが嫌いだった。『らしく』ないからだ。


「ランカはわたちを、何と呼ぶです?」


少女はそれから、俺にそう聞いた。

「お前、名前無いのか?」

と逆に質問し返すと、無いですと言う。

植物は名前をもたない、これは豆知識だなと思いつつ、俺は少女の名前を考えた。


「ピンクで、ゆらゆらしてるから

フリルだな」


俺は少女にそう名付けると、フリルは膝の上で俺を振り返ると

「ランカの心見たです。ランカお前、女の服の名前つけたです。

気持ち悪いやつです」

と、豊かな『嘲笑う』表情を作った。


「てめえ!心読むんじゃねえよ!」


俺は顔を赤くし、怒鳴った。


心の中では『植物はこんなにも、人のように考えるのか』と、実は少し驚いていた。

フリルは会った当初は無感動な人に見えたが、今は人の子どもだと言われても装飾なかった。


フリルは、次の言葉で、俺を更に逆撫でた。

「お前、顔に似合わず、名前も中身も女っぽいです。

心も実は優しいこと、フリルは知っているです。

名前をくれて、ありがとです」


それを聞いた俺は「大人をバカにしやがって!ガキが」と言うと、フリルをそっと地面に置き、

「タバコ吸いたいから、帰るわ」

と、駐屯地の方へ歩を進めた。


フリルは

「またね、です」

と、初めて挨拶をした。


俺は頭の中で、フリルが今日うたった詞をしっかり覚えていようと、

「黒くて長い3つ 両端を取る白い手 残りは真ん中だけ」

を何回か復唱した。




翌日、朝のブリーフィングにて、中隊長から報告されたのは、

我が国で採掘された魔石を運んでいた3両の列車の内、1両目と3両目の車両が狙撃され爆破されたという事実だった。


本来ならば、その車両には、総勢60名が乗っている、『はず』だった。

しかし、実際、乗っていた人員はたったの3名だけであり、その3名は皆、2両目に乗っていた。

結果、殉職者は出なかった。


この功績は、俺の進言によるものだった。

昨夜、俺は中隊長に「明日、車両が爆破されるという情報を魔法で傍受しました」

と報告していた。

精霊魔法が得意な俺の情報を、中隊長はもちろん、信じないはずがない。

だが、もう車両は出発した後で、列車を止めることはできなかった。

そして、敵の情報が正しいのかどうかも含め、列車はそのまま発車された。


俺は朝に、皆の前で讃された。

もちろん、俺は居心地が悪かった。




「お前のおかげで、60名の命が助かったよ

まぁ、お礼を言っとくわ」



その日の午後に、俺はまたいつもの花畑にいた。

膝にはフリルを抱っこしていた。


『こう』なったのには、理由があり、俺が花畑に行くなり、フリルがいきなり、抱っこしろと言ってきたからだ。

俺が『こう』なるように唆したわけではない。


「それは何よりです。

でも、人は愚かです。

やつらは、止まるまで止めません」


フリルは俺の膝の上で、足をブラブラさせると、花畑に手から魔法で水を出して、

水撒きをしていた。


「お前、タバコ吸わないです?」


俺の顔を見上げ、フリルが聞いてきた。

俺はそれを直視せず、明後日の方向を見つつ、言った。


「身体にわりいから、やめたわ。

魔法の威力も落ちるしな」

「ふうん、です」


フリルはそう言って、少し笑った。

それを見て、俺は昨日から、フリルの表情が変化した理由を考えていた。

会ったばかりよりも、明らかにフリルは、人のように表情をコロコロと変えていた。


もしかしたら、俺と出会ったからなのか?と俺は思った。

人は人とコミュニケーションを取ることで、感情が芽生えていくのかもしれない。

俺は木や、石や、土なんかにも、実は感情が芽生えたりするのかもな、と哲学的なことを考えた。


その時、フリルはいつも通り、お告げを吐き出した。


「青い中を飛ぶ 5匹の蝿 煙でみんな落ちる」


そう言った時のフリルは、やはり、無感情な顔をしていた。

彼女の顔を見ると、目が薄い橙になっていた。

魔法を発動しているのだろう。予言も魔法の一種だ。


俺はお告げがきた!と思い、

持ってきたメモ帳に、それを殴り書きでメモした。


おそらく、空を飛ぶヘリか何かが5機、狙撃されるということだろう。

帰ったら中隊長に報告しないとな、と思いつつ、

俺は花畑の雑草取りをした。


一応、何かお礼をしないとな、と思ってはいたが、

それを口には出しづらかった。


しかし、その俺をフリルはにやにやしつつ、見ていた。

精霊魔法で考えていることがバレているのだろう。


「こら、考えを何でも読むんじゃねえ。

そういうとこは、教育が必要だな」

「フリルは、こう見ても、78歳です。

教育される必要は、ねえです」


それを聞いた俺は、げ、と思った。

俺はフリルを12歳くらいの子供として接していたが、実は俺よりずっと、年上だったとは……。


「ババアだったのかよ」


つい口走った俺に、フリルの指から植物のトゲが数本飛んで、

それは俺の尻にぷつっと刺さった。

俺は飛びあがって、叫びつつ、線路まで逃げた。


花畑には、俺にしか聞こえないフリルの笑い声が響いた。



翌日、俺は朝に、勲章を与えられた。

計、100名ほどの命を救ったことで、大隊長を始め、お偉い方からお褒めの言葉ってやつをいただいた。

さらには、少尉に階級が上がった。


皆から拍手があったが、もちろん、柄ではないし、居心地が悪かった。

しかし、良かったことも一つあった。

俺の配置が、最前線ではなく、兵站へと配置換えされたのだ。

つまり、少し安全な場所にいられることになった。


そして、俺には『預言者』という通り名がついた。

もちろん、俺の功績ではないので、内心、気乗りしなかったが、人が助かるに越したことはない。俺がただガマンすればいいだけだった。




「お前のせいで、俺が出世したよ」


俺は午後にまた、フリルのところへ行き、

お礼だか、文句だか分からない一言を放った。


その時、フリルはというと、俺の膝の上にいた。

もはや俺の膝は定位置と化していた。


昨日までは子供を抱っこする父親の気分だったのだが、

今日から俺の頭の中では、フリルは年上に変化していた。

年上を抱っこする気持ちは、正直良く分からない。

お互いが人であれば、誰も経験はしないだろう。


フリルはそれを「ふうんです」で締めた。

特に興味もなさそうだった。

人の成り立ちや、機構など、どうでもいいのだろう。彼女は霊だ。


フリルの反応がそれで終わったので、

俺はフリルの長い髪を撫でつつ、さらに言葉を続けた。


「そういえば、軍の知り合いにここの花畑のことを聞いてみたけど、

誰もお前を見たことがないってさ。

お前、いつもここにいるのか?」

「フリルは、いつもここです」


ということは、フリルは俺にしか見えない、ということだ。

俺の精霊魔法が、特段強いのだろう。


「なぁ、お前よ、戦争が終わったら、

俺の実家の庭に引っ越し」

「高い緑の上 尖った鉄の山 雷が落ちる」


俺はフリルに、ちょっと大事な話をしようとしていた時、

いつものお告げがあったので、くそ、と思いつつ、

俺はメモ帳を取り出していた。



それから、俺がさらにお告げを5回聞こうとする頃、

俺の勲章は、もう1つ増えていた。


俺がフリルの元を訪れるのは、もはや毎日の行事のように恒例となり、

花畑の手入れの仕方なども、手に就き始めていた。

ここのとこ、俺はバケツを持って花畑へ向かった。


フリルも俺が午後に来るのが当たり前のように感じているのか、

今では線路が走るトンネルを通る時に、迎えに来るまでになっていた。


戦争は終わっていないのに、ひと時の平和が戻ったように、

俺は感じていた。




フリルと会ってから、25日が経過した時のことだ。


俺はいつものように、午後、フリルのいる花畑に行った。

フリルは、花畑が少し大きくなったことで、具現化した人の姿も、大きくなっていた。

なんとか抱っこできるくらいの大きさだが、もう少し大きくなったら、無理だなと俺は思っていた。


この日、フリルからの預言がなかった。

フリルは、目が橙になるや、神妙な顔つきで、言った。


「今日うたうことは、特に何もないです。

明日は平和になりそうです。

お前も、隣町にでも買い物に行くといいです」


それを聞いた俺は、え、と驚いて言った。


「もしかして、戦争が終わるのが近いのか?

早く終わるといいなぁ!」


俺はそれから、戦争終わったら、何するよ、とフリルに話しかけたが、

フリルはうーん、とどうにも煮え切らない返事をするばかりだった。


そして、帰り際に、じゃあな、と俺が言うと、

フリルは、「さようならです」と何か悲し気に言った。

俺はどうにも後ろ髪を引かれたが、明日が平和なら、問題ないだろうとあまり気にせず、帰った。




翌日、朝のブリーフィングで中隊長からあった報告は、

平和とは程遠いものだった。


「昨日、傍受した情報だ。

敵は最近、成果を得られないことで、やきもきしていた様子だ。

どうやらいつものスナイパーを使って、ここら一体を全て焼け野原にするために、

今日、核熱弾を撃つことが分かった。

お前たち、荷物はそのままでいいから、すぐに40kmは避難だ。

隊を崩さず、急げよ。


それから、預言者、お前の預言は今日はなかったが、

軍を甘くみるなよ。お前がいなくても、ちゃんと―


あれ、ライカは、いるか?」


そう言って、ライカを目で探す中隊長に、ある兵士は、

ライカはさっき、走って出て行きました、と告げた。






体力には自信があった。



だから走るのは得意だ。

俺は頭を使うのは、苦手だった。



だが、線路の上を全速力で走るのは、さすがにしんどかった。



それでも俺は足を止めることは絶対に嫌だった。

これからここは、焼け野原になる。



だからなんだっていうんだ?と俺は思った。

あの花と一緒に焼け死ぬくらいなら、口にはもちろん出せないが、


本望だよ、


ああ、この気持ちは、読まれてないといいな、

と俺は思った。



「あのバカ」



俺は走りづらい線路の上で、言葉を揺らしながら、言った。




「子供が、

大人に、

気を遣うんじゃねえよ」




俺の中で、あいつはまだ、やはり12歳に見えていた。




それから俺は頭の中で、もう一度、バカが、と言った。



視界もなぜか揺れた。

自分が泣いている理由を、考えたくなかった。




トンネルの暗闇を抜けて、白い世界が広がろうとしていた―





その日、

核熱弾で全てが吹き飛んだのは、

俺が走り始めてから1時間後のことだった。


線路も、

山も、

石も、

草も、



全てが焼けた。


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