第10話

――さて、食料ギルドというものがある。


前身は粉物ギルドであったが、次第に他の食料も掛け持ち。

今は食料料理の雑務を一手に引き受ける、巨大ギルドである。


そんな食料ギルドの主な仕事は、街に回る食料品の品質と値段の管理である。

具体的な例としては、この街ではパンの大まかな値段な定められているかわりに、小麦粉の品質が一定以上に保たれているわけだ。


さて、ではそんな食料ギルドにとって今回のカレー粉の評判はどうか?


『あ~~?これどう見ても香辛料だよなぁ?

 うちの顔を通さず食料品を売るなっつったよなぁ?!?』


『ぜぜぜ、全然違いますけど?

 こここ、これは魔法のための素材ですが??

 べべべ、別に怪しい所なんてありませんが??』


当然のことながら、荒れた。

魔導ギルド側としては、今までニンニクやマンドラゴラといった食料にもなりえる物を【魔導素材】として扱うことで、販売を黙認され、今回のカレー粉もそれに含まれると認識していたのだ。

しかし、これに困るのが食料品ギルドであり、今この街で最もホットな香辛料を管轄外で売り買いされているのだ。

安全性や量産の立場からして、口を出さないわけにはいかなかった。


『というか、せめて売るならもうちょっと値段を上げろよ!

 これじゃあ、うちが頑張って仕入れた香辛料が売れないだろ!!』


『は~~?そんなこと知りませんし~~~。

 そもそも香辛料は食料品じゃなくて、贅沢品では?』


『え!商人ギルドが口を挟んでいいって!?』


『『帰れ!!』』


そういうわけで、両ギルドは大いに荒れた。

もっとも、荒れるといってもある程度理性的な荒れ方であり、互いに互いの妥協点を探り、議論によって解決しようとした。

だが、一定以上になると、互いに位譲れないものが出てくるのは道理。

そうなると、もう後は争うしかなく、互いのギルドの看板を掛けて戦う事になるのであった。




「と、いうわけで、魔導ギルドVS食料品ギルド公式【料理対決】を開始していきます!」


「「「「うおおおおぉぉぉぉぉおお!!!!!」」」」


――ただし、勝負方法は料理対決な模様。

なんでやねん。


「せめて、カレー粉のレート決定権をむこうにわたすわけにはいきません!

 というわけで、頼みましたよ!レムさん」


そして、魔導士ギルドの代表の料理人は私である。

なんでやねん。


「仕方ないでしょう、そもそも彼ら食料品ギルドは今回は争うことになったものの、同じ街を発展させる仲間です。

 だからこそ、勝負をつけるのは殴り合いではなく、祭りごとで納めなければなりません」


それはわかる。

そもそも、この食料品ギルドは別に本来なら別に倒すべき相手ではないのだ。

共に街を運営していく中まであり、だからこそ、争うにしても、それは血を見ない程度が望ましいわけだ。

でも、その方法が、食料品ギルド相手に料理勝負というのはいかがなものか?


「ふふふ、そこはあえて相手の土俵に立って勝負するという私達魔導士ギルドとしての度量を見せつけるのです!

 すいません、嘘です。ただ少し今回の件は私達の方に負い目がある関係で、強気に出れないんですよねぇ……。

 でも!この程度のハンデ、レムさんなら問題ないと信じてますから!ファイト!」


う~ん、何とも役に立たない上層部である。

しかし、依頼を出された以上真面目にやるし、もしこれで仮に負けてしまっても何も問題ない。

なのに、勝てば一つ食料品ギルドができる範囲で願い事を叶えてくれるそうだ。

個人的には、もしこの勝負に勝てたら、食品ギルドにはもっと麦飯を広めもらうように頼み込むつもりだ。

私的には、カレーにはパンよりライス派であるので、是非とも勝利を手にしたいところだ。


「赤コーナー!ミラクルスパイスの生みの親!カレーといえばこの人!

 魔術師ギルドの秘密兵器【レム】!!」


その掛け声と共に、紙吹雪と魔術による火花が舞い散る。

周囲にいる無数の観客たちが歓声を上げる。

なお、今回は食品ギルドが全面協力の元、一般人でも参加できるお祭り形式にしたらしい。


「青コーナー!カチュウ料理のプロ!七星街飯店の副料理長!

 カヤーマの魔法が今日も炸裂する!【リャン・カヤーマ】!!」


そして、出てくるのは、エプロンを付けた一人の女性。

眼端が鋭く、鋭い八重歯がみえる、いかにも気が強そうな女性だ。


「お~っほっほっほ!あなたが、あのスパイスの制作者?

 まぁ、多少はやるようですけど?それだけで、この勝負を勝てるとお思いで?

 料理人としての年季の違いを見せて差し上げますわ!」


その上、笑い方と所作からいかにもプライドが高そうなのが見て取れる。

見た目通りのお嬢様なのだろう、周りには執事よろしく無数の調理スタッフまでいる。

どうやら向こうは、本気の方だ。

でも、素人相手にそこまでするのは大人げなくない?


「ドラゴンは牛を狩るときにも、火を噴くといいます!

 もっとも、私がドラゴンなら、あなたはカレー粉頼みの子ネズミでしょうけど!」


う~ん、なんという傲慢。

これはもしかして、食料品ギルドに喧嘩を売られているのかと思い、食料品ギルド側のスタッフの様子を確認する。

するとそこには、冷や汗をかいたり、額を手で覆ったりしているスタッフの姿があったので、どうやらこの対応は対応は向こうとしても、まずいと分かっているらしい。

まぁ、要するに行き過ぎたマイクパフォーマンスの一種であると理解し、スタッフをなだめた上で、料理勝負を開始してもらった。


「あら、お先に失礼!先手必勝!

 はぁああああああ!!!!」


すると彼女は小麦粉を練り、整え、そして切り分けていった。

どうやら、彼女は口先だけではないらしい。

見る見るうちに複数の面を切り分け、整えていく。

周囲にいるアシスタントも、その間にスープをゆでたり、具財を炒めていく。

各々の調理による連携は確かであり、統率された動きは感動すら生まれる。

でも、そのために向こうだけアシスタントを連れてくるのは、ズルではなかろうか?


「ほほほほほ!庶民の僻みの声が聞こえますわ~!!

 アシスタントも揃えられてこそのプロではなくって?

 ……っと言っている間に完成ですわ~!!」


そうこう言っている間に、お嬢様の料理は完成した。

それは、赤いスープに具財としてひき肉が乗っており、なにより元日本人の自分でもなじみ深い麺料理。


「これぞ、カヤーマの魔法!【五川風超絶坦坦面】

 さぁ!ご賞味なさい!」


そう、彼女が作ったのは辛さと旨さが合わさったラーメンの仲間である、担々麺であった。

そして、彼女は止める間もなく審査員の下へ行き、料理を並べる。


「……いや、本当に赤いが、これは食べられるものかね?」

「匂いがこれを食べちゃダメだって言ってるんだけど……」

「ひええぇ……」


「いいからさっさと食べなさい!!!

 審査員なら、食べてから文句を言いなさい!」


なお、彼女たちの作った担々麺は匂いからすでに辛く、眼を開けることすらきついため、多くの審査員が食べること嫌がった。

が、リャンは強い口調で食べるように命令、そして、しぶしぶ審査員たちがそれに手を付け……。


「「「か、からああぁあああああ!!!!」」」


……そして、予定通りの地獄絵図になった。


「おほほほほ!よく味わって食べなさい!

 圧倒的な辛さのなかに、肉厚なひき肉の旨味とスープのコクがあるはずでしょう?

 審査員なら、それくらい見抜かなければねぇ?」


「う、うぐ!言われてみれば確かにそうだが……

 それにしても、辛すぎる!喉が焼ける!うえぇ!気管に入った!」

「う、うまいことにはうまいよ?

 でも、辛くて辛くて、それどころじゃない!」

「アハハ……、あれは流星かな?いやちがうな、星ならもっとこう、ぱーって……」


なお、リャンの指摘により、より麺を味わうことで多少は辛み以外の意見も出るようになった。

が、それでも大部分は辛みに対する言及であった。

試しに、私も件の担々麺を試食すると、確かにこれは辛い。

麺は中ぐらいの太さでちぢれてあり、スープとよく絡む。

具は軟骨入りにひき肉であり、こりこりして歯ごたえも楽しめる。

だが、それらを引き立て役に過ぎず、スパイスによって強化されたトウガラシの辛みが襲ってくるのであった。

これが、濃縮されたうま味の上でつくられた辛みであることは、自分の耐性極まった下でなければ、わからないくらいだ。

というか、このスパイス、よく考えなくてもカレー粉から辛い成分だけ取り出して使ってるな。ようやるわ。


「……これ、確かにすごい担々麺ですけど、これでは辛すぎでは?

 現に、審査員の舌がしびれてしまい、次の料理をまともに審査できないのでは?」


審査員の方を見ると、一人は辛い中でもなんとか完食。

一人は辛さで途中でギブアップ。

最後の一人に至っては、中を見ながらぶつぶつひとりごとを言っている。

凡そ、次の料理を食べられるコンディションではなかった。


「お~っほっほっほ!よくぞ気が付きましたね!

 そう!この料理は、勝負用ですの!

 先行で審査員に大盛の激辛料理を食べさせることで、鼻と舌を痺れさせる。

 すると、後の料理を味をわからなり、必然的に私の方に評価を入れざる負えませんわ!

 これぞ!カヤーマの必勝作戦ですわぁ!!」


リャンは、そういうと手品が成功した子供のように胸を張った。

いや、その戦法狡すぎひん?

別に激辛料理を否定するつもりはないが、だからと言って審査員をつぶすのは、うまさを競うという意味での料理勝負の趣旨から外れてしまっている。

食品を扱うギルドが取る作戦とは思えない。

現にこの対決を見守る観客も、リャンの取った作戦とタンメンの辛い匂いだけで引き気味である。


「ふん!なんとでも言いなさい!勝てばいいんですわ!勝てば!

 それより、あなたはいまだ料理に支度をしなくてよろしくって?

 なんなら、降参してもよろしくってよ?」


高笑いを上げながら、リャンは勝利宣言をして来る。

う~む、これはちょっと予想外。

このまま彼女を勝たせてしまったら、会場の空気はひえひえになってしまうし、現に食料品ギルドのお偉いさんも頭を抱えている。

しかも、この料理勝負では、審査員の他に観客にも勝った方の料理をごちそうするというルールがあるらしいのだが、これだと限られた人しか食べられないだろう。

食べられたとしても、この辛さとスパイスに掛けられた【麻痺】の効果で翌日は、トイレまっしぐら、祭りの思い出が校門の痛みに支配されてしまう。

更には私自身おいしい料理に敗れるならまだしも、こういう裏技的な手段で勝利宣言されるのも、正直気に食わない。


「……ちょっと、お灸をすえますか♪」


「………な!!??」


かくして、私は使わないつもりであった調理スキルを発動させることにした。

すると、料理に使う食材が宙を舞い始め、空間を埋め尽くしていた唐辛子の匂いを追いやった。

地獄のごとき赤いスープは、小麦粉やクリークの白さで上書きされる。

さらには、砂糖が日の光により、まるで輝く橋のように宙に掛け渡った。

担々麺の辛さで支配されていた会場は、いつの間にか砂糖とクリームにより支配されていた。


「こ、これが魔法ギルドでの調理風景!?な、なんて幻想的なんだ!」

「それよりも、あそこのクリームは何!?

 あ、あっちでは生地を焼いてる!?こ、こんなスピードで!?」

「これは……、調理スピードでは食料品ギルドのほうが上だと思っていたが……。

 認識を変えなければならないかもしれませんね」


「……っ!!なかなかやるようですわね!

 ですが、いくら早くてももう手遅れ!

 既に鼻と舌を封じた以上、私の勝利に揺らぎはありませんことよ!」


審査員が感銘の声を上げるなか、リャンは驚きつつも、まだ自身の勝利を疑っていなかった。

だが、当然のことながら、この料理は見た目だけではない

素材は、唐辛子の辛さを中破するために乳製品である【バター】と、担々麺の辛さに負けない味のインパクトを出すために【砂糖】を選択。

魔力を練り、自分が作ろうとしているものをそれとなく選別。

さらに、向こうの料理で発生した感覚の痺れを解除するために、痺れ解除の効果のある【スパイス】を追加。

材料の不足がないようにアイテム欄を開放し、後はスキルの赴くままに魔力操作をしていけば……。


「というわけで、魔術師ギルド特製(嘘)【クロカンブッシュ】の完成です♪」


高速かつ幻想的な光景で、一瞬でつくられたデザートに周囲から歓声の声が上がった。

見上げるほどのシュークリームタワーには、思わず観客審査員、ライバルまでもが眼を奪われる。

それを驚いている間に、そこからシュークリームを取り出し、審査員の前の差し出した。


「ほほ~、調理光景と全体像は派手だが……ふむ、切り分けるは普通だな!」

「そう?むしろ、かわいいし、コロコロして私は好きよ?

 周りについている透明のは……おお!飴ね!それをこんなに用意するだなんて、なんて贅沢!」

「焼き菓子?それともパンの一種か?気になるのう」


「……っちぃ!」


審査員は、思い思いに見た目の感想をつぶやく。

リャンがその光景を忌々しそうに、眺める中、審査員はついにそれを口に運んだ。


「「「甘~~~~い♪♪」」」


――そして、魅了された。


「ん~~♪♪一体どんな料理かと思ったら、やっぱり、これは甘いデザート!

 これなら、あの激辛担々麺の後でも無理なく入るわ!」

「周りの甘~い飴にサクサクの生地!

 更に中には優しい香りのするこってりクリーム!

 これは今まで食べた中で、一番うまいケーキだ!!」

「辛い物を食べた後だから、甘さがさらに引き立つぅ~~!

 ああ~♡何個でも食べられる!お代わり!お代わりだ!」


審査員たちが満面の笑みで、さらに乗ったクロカンブッシュをお代わりをした。

その様子に思わずこちらも、満面の笑みを浮かべる。

なお、クロカンブッシュとはシュークリームを重ねて飴で固めたケーキの事だ。

見た目は派手だが、実質シュークリームと飴であるため、口触りは軽い。

だからこそ、あの重い担々麺のあとでも無理なく食べられ、辛さはカスタードのなめらかさで中和。

クリームのこってりとした甘みに、柑橘の汁が入った飴の鋭い甘味で一気に口を極楽へと持っていくのだ。

この街では砂糖はそこそこ効果であり、甘味は貴重。

なお、担々麺の痺れと下痢を無効にするためにいれたスパイスは、香りと風味はバニラビーンズに近いものであり、相性もばっちり。

もはや、勝負はついたようなものだ。


「あ、あり得ませんわ!

 こんな不格好なキャベツ見たいパンごときに、私の五川風担々麺が破れるわけ……んああああぁぁぁぁぁ♡♥」


なお、ライバルであるはずのリャンは、納得がいかずクロカンブッシュを食べたものの、無事悶絶。

おそらく、このクロカンブッシュの圧倒的甘さと、その中に潜むスパイスの香にやられたのだろう。

現に食後は、まともに言葉をしゃべれなくなり、空中を見つめたままになり、脱力の余り失禁しているほどだ。

ばっちぃ!


「勝者!赤コーナー!魔導士レムのクロカンブッシュ!!」


こうして、色々と不安多き料理対決であったが、無事に私の勝利でことを納めることができましたとさ。



「で、結果は?」

「1-2で食料品ギルドの勝ちですね。」

「まぁ、そっか」


なお、料理勝負全体を通しては、団体戦。

なので、残りの勝負は順当に食品ギルドが勝ち、最終的にカレー粉の利権を半分こにすることになったそうな。

さもあらん。





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