第9話
カレー粉納品から早数日。
ギルドの動きは早く、すぐさまカレー粉はギルドショップにて販売された。
なお、売り上げは良好であり、ギルドショップは満員御礼。
それに合わせて、期間限定で外部に食堂も開放していたり、レシピを公開したりしている。
そのおかげかギルドの魔導士はもちろん美食家にシェフ、何なら冒険者までカレー粉を購入。
そのおかげで、街全体にカレーの匂いが漂っていた。
もちろん、それ自体は全然かまわないのだが、こちとら一か月間カレー尽くしだった
ので、カレーは飽き飽きしている。
その上、一部の人がカレー粉製作者と接触したいと、ギルドに依頼まで出しているのだ。
なので、街のカレーブームが落ち着くまで、遠出しようというのも自然の流れというもの。
かくして、私は前の世界でいう日本をモチーフにした和の国、【大和】へやってきたのであった。
「……ふぅ、いい眺め」
さて、そんな風に逃避気味な理由で大和国へとやってきた自分であったが、出迎えたのは一面の花景色であった。
桜の花々が咲き、新春の風が冷たくも、わずかな暖かさを感じさせる。
空は快晴、水面にも綺麗な逆さ桜が咲き誇っていた。
「…っと、いただきます」
そんな光景を見ながら、日本茶を一口飲む。
緑茶特有の渋みと甘味を舌で堪能しながら、そのままの喉と奥へと導く。
すると湯の温かさがじんわりと体全身に浸透した。
「ふぅあ~~、あ~いい時期に来ました♪」
そう、大和の国は今まさに桜の季節であった。
土に眠るモグラが目を覚まし、蝶が舞い始めるそんな季節であった。
さらにいえば、自分が訪れたのは桜の名所らしく、見渡す限り桜の嵐。
まさに絶好の花見日和と言えよう。
「にしても、人が少ないですねぇ。
私としてはありがたいですが」
しかしながら少し不安なのは、なぜか村の空気は固く人の姿がまばらなのことだ。
しかも、残った人の割合も女子供が多い。
一瞬嫌な想像が頭に浮かんだが、どうやらことはそこまで大きくないらしい。
「あら、お客さん、この辺の人じゃないね?
この辺は今、妖怪の軍団とにらみ合いしててねぇ」
どうやら、聞くところによると今この編では【妖怪】と称する知能あるモンスター種と戦争中らしい。
もっとも、本格的のぶつかるというよりは様子見の意味合いが強いらしく、だからこそ戦力があることを見せつけるため、村の男が総動員されているらしい。
「だから、この辺まで妖怪が来ることはめったにないけど……。
田植えの時期までに引いてくれるか、不安なのよ」
なるほど、だからこそ、この辺の空気がなんとなくピり付いてるのか。
しかし、種が分かれば、なんてことはなく、むしろ人が少ない分だけゆっくり花見が楽しめる。
まぁ、出店や花見客が少ないのは残念だが、人が少ない花見スポットというのも風流。
ならばここは合戦に巻き込まれない様に、移動せずゆっくり花見を楽しみ続けるべきだろう。
お昼ご飯もまだであるし、せっかくだから、今の時期に楽しめるものはないか聞いてみた。
「ん~そうですねぇ、今の時期だとちょっとお高いですが【花見鍋】などいかがでしょうか?
少々時間がかかる上に、お値段も安くはありませんが、味は抜群!
エビの団子や蛤、さらに春野菜やキノコなどが楽しめます」
「それで、しめは?」
「雑炊かうどんか選べますよ」
「なら、うどんで」
かくして、私は桜の見える喫茶店の中で、ゆっくりと鍋の完成を、待つことに決めたのであった。
なお、1時間後。
「クケーケッケッケッケ!
やはり、俺様が見込んだとおりだ!
この村は今はがら空き!ねらい目だってなぁ!」
というわけで、まさかの妖怪である。
鍋の完成をゆっくり待っていたら、まさか合戦会場ではなくこちらに現れるとは、いろんな意味で予想外であった。
「さ、さずがは兄ちゃんなんだな。
やわらかくて、おいしそうな人間がたくさんなんだな」
「ケーッケッケ!そうだろうそうだろう!
この【狡知】の名を持つ【河童天狗】様の頭脳にかかれば、この村の戦力は正面に向いているのはお見通しと云うわけだ」
すごい名前のが来たな。
というわけで、喫茶店から見える2人組は見た目は小柄の男性に巨体の成人男性という組み合わせだ。
もっとも、片方は羽とくちばしもついており、巨漢のほうは肌が緑色であり体格も優に2mを超えるため、人間の範疇ではないことがわかる。
「ケッケッケ!馬鹿な鬼どもは正面からの戦いのみ執着しているが、この俺様は違う!
相手の後方を狙い撃ちにし、弱らせ嬲る!
こうすることで、容易く恐れを得れるというわけだぁ!」
「ざ、ざすが兄ちゃん!
卑怯すぎるんだな!で、どうするんだ?
ここにいる人間どもを皆殺しにすればいいのか?」
「カーッ!お前は甘いなぁ!
女子供を殺しても、戦力的には変わんないだろ?
ここは奴らの飯を奪ったり、毒を混ぜたり、女子供の手足を切断することで、奴らの心をへし折る作戦をとるべきだ!」
う~ん実に卑劣、妖怪の名に偽りなしというわけだ。
実際、戦線は膠着しているようだし、そこで背面を狙われればこの村などひとたまりもないだろう。
現に、この村は軽いパニック状態であり、人々が隠れたり避難などをしている。
当然町がこんなの状態では、私も目立たないため、避難やら隠れるべきなのだろう。
なのだが……。
「……ちょうど、この花見鍋ができたばっかりなんですよねぇ」
そう、頼んでから一時間、ようやく花見鍋が来たタイミングとバッチリかぶってしまったのだ。
さらにはこの花見鍋がどうしようもない物なら、とっとと見捨てて別の場所に行くのだが、この鍋は大変旨そうなものなのだ。
ぷりぷりのエビ団子に、いい具合に蒸された蛤、その他菜の花やタケノコなど様々な具財など、この季節ならではの食材が集められている。
状況は大変だが、それに負けて避難すれば、この鍋は二度と食べられないかもしれない。
(……ならば、無視して食べ続けるか。
幸い、【隠れ身】を強めに掛ければいくらでもごまかしがきくし)
なので、私はここに残って食べることにした。
幸い、こちらは隠形の術は使える上に、自分は奴らの視界の外にいる。
更に奴らは後方侵略部隊らしいので、こんな見るからに重要施設ではない、喫茶店なんか狙うわけがない。
その上、店の人や客は、店の奥へと避難済みで、私に注目している人はいない。
なので私は安心して、鍋に続きを食べることにした。
うん!やっぱり予想通り、このエビ団子がいい味してるね!
「じゃ、じゃあ、どこを襲うんだアニキ?
寺小屋?米屋?それとも……村長の家?」
予想通り、2人組の妖怪の片割れは、この村にあるであろう重要施設の場所を点呼していった。
うむうむ、どれも襲う理由が十分あり、且つこの茶屋からは程遠い場所にある施設だ。
襲われる施設はかわいそうだが、この鍋がうますぎるがゆえに私はここから動けない。
この汁が染みたタケノコに免じて、許してほしい。
「よし!では初めにあの茶屋を襲うことにするぞ!」
許されなかった。
なんでだよ。
「くくくく、一瞬お前はなぜ?と思っただろう。
しかし、よく考えてみろ!茶屋には食料がいっぱいあるだろう?
それに、茶屋には人がいっぱい集まる!
なにより、俺は茶の匂いが大っ嫌いなんだ!
これはもう壊さねぇ理由がねぇよなぁ!」
「あ、アニキ!なんど言う、冷静で的確な判断なんだ……!!」
どこがだよ。
残念ながら、狡知の二つ名を持つ妖怪は、狡猾ではあるが知性はないらしい。
というか最後の理由に至っては、私利私欲であり、襲う理由として著しく間違っている。
「さあ、緑鬼!
あの忌々しい茶屋などと言う、汚物を打ち壊すのだぁぁぁあ!!」
「ごぉぉぉぁおああああ!」
などと考え事をしているうちに、向こうはもう行動を開始したらしい。
緑鬼と呼ばれた巨漢が、大きな声を上げながら棍棒を振り上げ、こちらの建物へ突撃してきた。
このままでは、私の食べている鍋はおろか、茶屋毎ひき潰されてしまうだろう。
流石にそれはいただけない。
「………おごあああああ!!」
「りょ、緑鬼ぃぃぃいい!!」
なので、とりあえず建物全体にダメージ反射の呪文を掛けていたみたところ、効果はテキメン。
鬼は自らの力で吹き飛ばされ、そのまま伸びてしまった。
「……!!いつの間にこんな結界を!
えぇぇい!出てこい!なお名乗れ!
さもないと無差別に女子供を殺す!」
う~む、仕方ないことだが、隠形していたのに結界を張ったせいで、潜んでいるのがばれてしまった。
向こうの要求を無視してもいいが、そのせいで本当に人死が出たら飯がまずくなる。
なので、軽くアイテム欄から面とりだし、対応した。
「む?貴様、女子か!
俺様は女子供とて、容赦はせんぞ?
冥途の土産に、名を名乗れ、気が向いたら覚えておいてやろう」
なお、なぜか天狗のほうは偉そうにそんなことを言ってくるが、当然名乗る気はない。
なので、適当に出まかせを言ってごまかすつもりで話した。
「なに、別に名乗るほどでもない。
全国巡礼の途中の旅の陰陽師だ。
ここには花見に来ただけだから、素直にひいてくれれば、見逃してやるがどうする?」
偽の身分を言って、口調も変え、こちらの要求を話す。
まぁ、話はするが経歴は適当だし、要求も適当。
どうせ戦うことになり、そんなこと誰も気を止めないと思っていたが……。
「な、なにぃ!き、貴様が、噂に聞く陰陽師だとぉ!!」
なんか、変な琴線に触れてしまった。
「じ、ジってるのかアニキ!!」
「あ、ああ!そういえば、聞いたことがある!
かつてこの大和の国の皇族専属の退魔師集団、一つ指を振るえば大気が震え、足を踏み鳴らせば地震が鎮まる!
魔と人の間に立ち、全てを平定する!
しかし、あまりの強さゆえに皇族すらも権威を奪いかねんと危ぶまれ、誅殺されたと聞いたが……。
まさか、本当生き残りがいたとは!!」
なぜか自分が知らない、陰陽師についての解説を始める河童天狗。
その解説に釣られてか、周りにいる人々も飛び出し、緑鬼と呼ばれた妖怪も驚きの声を上げる。
いや、ちがうから、そんな偉い人なんかじゃないから。
「……ちがう、私はそんなすごいものではない」
「くくくく!謙遜するな!
そもそも、おかしかったのだ!緑鬼の一撃を難なく防ぐのが、こんな田舎にいるなど!
しかし、となると貴様がここにいるのは、修行か?退魔か?……はたまたは、皇族に捨てられ裏切られたことへの復讐……とかかなぁ?」
「……見当違いだ」
「ケーッケッケッケ!そうかそうか!それ以上の野望を持っていると!
面白くなってきたぞぉ!!」
河童天狗が悪い笑みを浮かべながらしゃべり、周囲の民衆が恐れおののいた眼でこちらを見る。
いかん、このままでは自分が言った出まかせによって、誤解がどんどん広がってしまう。
「よかろう!俺様が貴様に敗れれば、ここはおとなしく引いてやる!
だが、貴様を倒して、名声を………ぎゃぁぁぁぁぁああああ!!!」
「あ、アニキ―――!!」
なので、とりあえずこれ以上何か誤解が生まれる前に、倒すことにした。
もっとも、周りの被害を考えつつ一撃で倒す関係上、威力が低くなってしまい、完全に滅するには至らなかった。
「ふ、ふふふ……
今回は負けを認めてやる……!!。
しかし!貴様が動き出したということは、すでに新たな脅威が目覚めるということ!
その時どうなるか、見届けさせてもらうぞ!」
そして、件の天狗がお札を掲げると、相方の緑鬼と共に消えてしまった。
ああ、戦闘回避の札か、ゲーム内だけではなく現実にもあったのか。
まぁ、何はともあれ、突然の妖怪の襲来ではあったが、最低限の被害で戦闘を終わらせることができた。
怪我人は目で見える範囲で出ていないし、桜も茶屋も結果として無事だ。
つまりは、何も問題なしということだ。
「……。」
「……あの」
「……ああいったけど、あれは全部口から出まかせです。
私は陰陽師でない、只の旅の巡礼者です。イイね?」
「え?あ……は、はいぃ!!
そ、そういうことにしておけってことですね!
わかりました!」
「いや、本当に陰陽師ではありません。
というか、陰陽師って何?って感じで……」
「わかってます!大丈夫です!
ここに陰陽師はいなかったし、何のことだかわからない!ですね!」
もっとも、あの天狗のせいで誤解が全然解けないのは気になるが、それも騒ぎを鎮めるための必要経費という奴だろう。
「……はぁ、もうそれでいいです。
それじゃぁ、鍋の温めなおしお願いします」
「!!はい、わかりました!」
かくして、私は周囲からの何か尊敬と畏怖の混じった視線にさらされながら、鍋を完食するのでした。
いや、結局陰陽師ってなんだよ……。
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