第7話

――時々、故郷の味が恋しくなる時がある。


別にこちらの世界の料理がまずいというわけではない。

街中にある酒場や料理店もいうほど悪くはないし、そもそも自分は高レベルの料理スキルを持っている。


が、それでも、こちらの世界では足りないものが多いのは事実。

外で小腹が減ったときに駆け込める、24時間営業のコンビニなど存在せず。

ハウス栽培などなく、季節外れの果物は高価であり。(ない訳ではない)

人類の英知の化学調味料や添加物がないせいで、安い食べ物ほど腐りやい。


なによりも、前世では感じられなかった無数のお手軽でおいしい物への渇望だ。

サクサクしたスナック菓子から、弾ける刺激の炭酸飲料。

お手軽にコンビニで買えるおにぎりやあつあつのおでんまで。


別に寿司やらビーフステーキなどの高級飯は、懐かしくない。

そもそも前世でもそんなにたくさん食べていたわけでもないし、こちらでも十分再現可能なうえ、むしろこっちに来てから食べることが多くなった。

しかし、前世で身近であった物ほど、こちらでは存在すらせず、自分の記憶の中にのみ存在するのだ。


「と、いうわけでカレーが食べたいです」


「いや、突然なんだいきなり」


さて、魔導士ギルドの受付にて。

そこで私はあまりのカレーへの渇望から、いつもの受付嬢相手に愚痴っていた。


「……というか、カレーとは何だ?

 カレイの言い間違いか?」


「違いますよ~。

 まぁ、大雑把に言うと香辛料たっぷりの、ちょっぴり辛い。

 お肉と野菜マシマシのご飯料理です」


「……ああ!チャーハンの親戚見たいな感じか!」


「それも、違います」


が、この世界にはカレーが存在しないため、どうにも自分の葛藤に共感が得られないらしい。

一応、故郷の味を懐かしがっていると聞けば、納得はしてもらえるがそれ以上の共感は得られないようだ。


「え~っと、そうですね。

 炒飯と違って、ソースが掛かっていますね。

 それに香辛料が多分に含まれていて、茶色くておいしいんですよ」


「……具沢山あんかけチャーハン?」


「……なんでそっちはあるのに、カレーはないんでしょうね……」


「いや、私に聞かれても知らん」


ともかくだ、今の私の舌は、猛烈にあのスパイスを求めていた。

気分はさながら、エスニック。

脳内にターバンを巻いたインド人が、カレー片手に象を乗り回していた。


「というわけで、今日はカレーライスを作っていこうと思います♪」


「お、おう、そうか」


「しかし、材料が材料なので、うまく私の求めているカレーライスができるとは限りません。

 いえ、むしろ試行錯誤の連続でしょう」


「まぁ、それはそうだな」


「……というわけで、よろしければ試食役をやってくださいませんか?」


「……!!おう!もちろんだ!

 試食ならばっちり任せてくれ!」


なお、ペミカン騒動のおかげか、話が実にスムーズに進み、彼女は半休を取ることに。

彼女の午前最後の仕事ぶりを見つつ、私はカレーの下拵えを行うのであった。



「さてっと、では始めますか!」


というわけで、材料をそろえるところから。

カレーといえば、たくさんのスパイスがあり、それをそろえる必要がある。

幸い、栽培やストックアイテムがあるので手あたり次第手持ちのスパイスになりそうなものを並べる。

次に具財だが、今回はシンプルにチキンカレーにするつもりである。

この間手に入れたハッピーニンジンに、こちらの世界にも合った玉ねぎ。

ちょっと品種が違うが大体同じのジャガイモ?に、この世界ではそこそこ流通している鳩と鶏の合いの子肉、ハポを使うことにした。

お米は別口で炊いておいて、隠し味候補として、山羊乳やリンゴなども並べておく。

後は調理スキルを発動すれば、簡単にカレーライスが出来上がる……わけがなかった。


「いや、まぁ知ってましたけどね」


目の前に出来上がっていたのは、具財大きめの優しい香りがするシチューであった。

その後も、何度か調理スキルを発動させるものの、当然カレーが出来上がるわけがなく。

ポトフやビーフシチュー、肉じゃがなんかに変わってしまった。

これは、この世界にカレーがないことを想定すると、たまたま調理スキルでカレーを引き当てられないよりは、調理スキルのレパートリーにカレーが存在しない可能性が出てきた。


「……肉じゃがは存在するんですけどねぇ」


けれど、内心その可能性も考慮していたため、すぐさま次に切り替えられた。

作ったハズレ料理に保存の魔法をかけ、次の手を打つ。


「よし、ここからが本番ですね!」


頭巾をかぶり、エプロンに着替えて、息を整える。

そう、次なる手段とは、カレーをチート由来の調理のスキルに頼らず、自分の手で作ることだ。

幸い、こちらに来る前から、カレーはルーを使わずに自作したことがある。

流れとしては、玉ねぎをあめ色になるまで炒め、そこにスパイスを混ぜ、後は具財を入れて完成というシンプルなものだ。

多少覚えてないところはあれど、それはおいおい修正してけばいい。

問題はスパイスだが、本格的なカレーならば、数十種類のスパイスを配合して作るらしい。

しかし、前世で作ったときは手持ちのスパイスの数と相談して、せいぜい7~8種類。

更に簡易の場合は、3種のスパイスでやっていた。

その経験からして、カレーのスパイスで必要なのは、カレーのエスニックさを引き出す【クミン】、香を生み出す【コリアンダー】、色付け担当の【ターメリック】の三種類だけであるということだ。

これさえあれば異世界でもカレーを作れるといってもいいだろう。


「……問題は、それすらないってことなんですよねぇ」


それは名前が違うのか、はたまた本当に存在してないのかは不明だが、この異世界では、なぜかこの三種類のスパイスだけ存在しなかった。


「……でも、やりようはあるはず!」


だが、それしきのことで、今の私はカレー作りと諦めるつもりはない。

幸いにもそれ以外のスパイスは豊富であるし、これだけあればどれか一つ位上記の三種に似ているものがあるはずだ。

それに、ニンニクや胡椒といったそれ以外のスパイスはそろっている上に、異世界特有の素材もカレーっぽいスパイスに目星はついている。


「クミンは確か、セリ科の植物の種でしたね。

 ならば近しい種類の植物のマンドラゴラの種なら、いけるはず!

 コリアンダーはパクチーの葉ですので……うん、これなんかがよさそうですね。

 ターメリックは秋ショウガといいますし……秋、ハロウィン?

 もしや、このジンジャーパンプキンが別名の同種の可能性が?」


もっとも、スパイスの候補が多すぎるため、少し苦戦しそうではあるが、今の私のカレー欲はこの程度では止まらない。


「……よし!それじゃぁ、チート主人公らしく、ぱぱっと完成させちゃいますか♪」


かくして、私は自前の料理の腕を持って、カレーを完成させるのであった。




で、カレーを作り始めてから1か月後。


「……あら~?」


なんと、そこには数日ではなく数十日経ってもカレーを完成できない異世界チートTS主人公の姿が!


「はい、というわけで今日のお昼は今日はチキンカレーモドキになりま~す」


「おお!相変わらず、棘のある言い方だが今日もおいしそうだ!

 それじゃぁ、いただきま~す!!」


まぁ、失敗したからと言って食べないわけにもいかず。

試食係の受付嬢の元に、今日のカレーモドキを持っていった。

受付嬢は自分の作ったチキンカレーモドキをうれしそうな表情を浮かべながら、口に運んだ。


「~~~ん♪おいしい!

 はじめは、スパイス多めでなんて無駄の多い料理だろうと思ったが、慣れたら病みつきになるな!

 食欲誘う独特な匂い!辛みと甘味と旨味が混ざったような味!

 そして何より!毎日食べても飽きないし、いろんな具財で楽しめる!

 お前が病みつきになるのもわかる!!」


「……そ~ですね~」


相変わらず、受付嬢は自分のつくった料理を楽しそうに食べる。

そんな姿に、少し心が晴れつつも、自分もチキンカレーモドキを食す。

すると口いっぱいに広がるスパイスの香、複雑ながら気分が上がる味、アツアツの舌触り。

おそらく現代の日本人が食べた場合、三人のうち二人はこれをカレーと称するだろう。


「……でも、これじゃないんですよねぇ」


しかし、自分の中ではまだこれがカレーではなかった。

さて、結論から言えば、試作品のカレーは一応は成功した。

匂いは香しく、色はやや黄色みがかっており、味はから旨い、まぁ二人に一人はカレーだというぐらいのものはできた。

しかしながら、自分も満足の行く出来ではなかったので、とりあえず、満足いくものができるまで作り続けようと決めたわけだ。

だが、そこからがうまく行かず、完成度60%から二日経ち、70%で十日経ち。

気が付けば一か月たっていたというわけだ。

そのせいで、ここ一か月は毎日魔導ギルドにやってきており、そのたびに毎回カレー作りをし。

ギルドの建物自体に濃厚なスパイス臭が染みつき、もはや魔導ギルドだかカレーギルドかわからない始末だ。


「よ!今日も飯食いに来たぜ。

 おお!今日は肉入りじゃねぇか!当たりだな!」

「ただ飯ありがてぇ……ありがてぇ……!!」

「ふふふふふ、このスパイスたっぷりの料理を毎日食べれば、ネクロマンサー特有の強烈な匂いともおさらば!

 次のお見合いこそうまく行くっわけ!」


その上、なぜか試食係が増えていて、錬金部屋には入りきらず、大部屋を借りている始末だ。

なお、こちらの世界だと珍しい味であるはずだと思うが、皆気にせず食べてる。

え?魔法薬に比べてば、全然?まぁ、それはそうか。


「う〜ん、美味しくはあるんですけどねぇ」


カレーモドキを口に含みながら私は思うのだ。

私のカレーは色も味も香りも、カレーと分類するに足るものだ。

しかし、今なお私の中でこれをカレーと評しないのは、いったい何が足りないだろうか?

コク、舌触り、もしや、シチュエーション?

そんなとりとめもないことを考えていと、その答えは思わぬ方向からやってきた。


「……いや、思い出補正でしょ。

 何言ってるんですか」


「え~??」


いつの間にか参加していたマクナーが、カレーを頬張りながら、こともなさげに答えた。


「件のカレーライスとやらが、どのようなものかは知りません。

 それが超高級料理で、希少価値が高く、唯一性が強いのなら、そういうこともあるでしょう。

 ……ですが、あなたの話だと、あなたにとって件のカレーライスは気安く、高価でなく、種類が豊富で気安い物なのでしょう?

 それなのに、これほど種類を作っても満足しないということは……まぁ、答えは一つしかありませんよね」


確かに彼女の言うことは一理ある。

しかし、まだ私の中ではスパイス不足の可能性も消えていない上に、彼女の言うことが間違っている可能性もある。

なにより、私の脳内のインド人が、そんなことない!と暴れているのだ。


「……ならば、いいでしょう。

 今から、さっそくそれを確かめてみようじゃありませんか」




「あ、これです」


「でしょう?」


の、脳内のインドの人~!

さて、自分の脳内のインド人が、成仏したところで、改めて目の前のカレーを見る。

そのカレー自体は、先ほどのチキンカレーモドキと大差ない。

しかし、ある一点のスパイスだけ、前のチキンカレーモドキとは決定的に違った。


「……まさか、【幻覚】の魔法を料理の味付けに使うなんて……。

 初めに聞いた時は、どうなるかと思いましたけど、おもったよりもいいですね」


そうだ、このカレーには【幻覚】の魔法が掛かっているのだ。

もっとも私は状態異常耐性も高いため、ほとんど幻覚は効かず、ほんの少し香る程度だ。

しかし、それでも確実に私が望むカレーになっていた。


「……うん、この優しい味わいですね」


味は先ほどとほとんど変わりはない、むしろ混ぜ物の分だけ雑味が混ざっているともいえる。

しかし、幻覚の魔法により、鼻の孔と舌先に感じるわずかな甘みが、リンゴやはちみつを感じさせた。

そう、これは自作カレーの味ではない、カレールウで出来たカレーの味だ。

何度も試作してもうまく行かない理由がよくわかった。

ハウス食品やS&B、さらには母の愛情こそが、私のカレーにかけていた最後の1ピースだったのだ。


「……ありがとうございます」


「べ、べつに、お礼を言われたいからやったんじゃありません」


「それでもですよ」


かくして、私は異国の地での思い出の味を楽しむのでした。





「ところでこの幻覚魔法カレー、他の人が食べたらどうなりますか?

 順当にいけば、故郷の味か、今まで食べた中で最もおいしいカレーの味になると推測しますが」


「死にます」


「え」


さもあらん。

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