第5話

この世界はゲームと酷似している。

もちろん、この世界がゲームそのままとか、システム通りに動かなきゃバグが起きるとまではいわないが、それでも偶然にしてはにしては一致する部分が多すぎる。

例えば、モンスター。

もちろん、画面の向こうの存在がそのままというわけではないが、それでも特徴や習性などは大体同じだ。

そのおかげで、勝てる相手、あるいは苦戦が予想される相手は避けることができる。

次に、言葉。

これは実に不思議なことで、この世界は地球ではないはずなのに日本語が通じ、話せるのだ。

しかも、サンドイッチなどをはじめとしたいくつかの単語も共通であり、いくつかの独特な言い回しも通じる。

まぁ、残念ながら文字は違うし、多くの固有名詞などは通じないが、それでも日常会話に困ることはない。


そして、最後にイベントだ。

そう、ゲーム内で季節ごとにイベントが行われていたが、この世界でも同様の季節イベントがあるのだ。

それこそ、クリスマスの季節には冬至祭が、バレンタインには恋にまつわるイベントが。

そのイベントでは、さも当然のようにチョコレートという資本主義社会の毒牙が、異世界にまで侵略している様は、驚きを通して、笑いすら起きてくる。


そのことを踏まえたうえで今は春。

桜芽吹く季節であり、この世界でも一部地域では桜を見ることができる。

しかし、今住んでいる地域では残念ながら桜はメジャーではないため、代わりのイベントが起きている。


それが【イースター】。

元の世界では日本ではなじみが薄かった行事だが、この世界ではそれなりに一大イベントだ。

元の世界では、飾りつけした卵であるイースターエッグを探したり、運んだり、イースターにちなんだものを作って食べたりするイベントであった。

そして、この世界でもイースターエッグは存在し、探したり、運んだり、なんならイースターにちなんだものを食べたりするイベントである。


もっともこちらの世界では、イースターエッグの定義が少しだけ違っているが。


「というわけで、またこの季節だぴょん」


「はぁ」


「イースターエッグは、確かに直接的な被害を及ぼす可能性が低いとは言われてるぴょん

 だが、間接的な被害ならばそれこそ、他に類を見ないほど大きい。

 そういう意味では、とっても凶悪な魔物といえるぴょん」


「はぁ」


「と!いうわけで、今回も魔導ギルド【黒猫の鳴き声】では、凶悪モンスター・イースターエッグの討伐クエストを発令するぴょん!

 さらに!この間接的被害を食い止める治療薬を作った者には、特別ボーナスもでるぴょん!

 奮って参加してくれだぴょん!」


「……ところで、一ついいですか?」


「……なんだぴょん?」


「そのうさ耳、とってもキュートでお似合いですね♪」


「バカなこと言ってないで、とっとと狩ってこいぴょん」


とりあえず、うさ耳の生えた女の子が街中にあふれる姿は、とても眼福である、とだけ言っておこう。



「……とは言ったものの、なかなかにカオスな光景ですね」


さて、うさ耳になったギルド受付の娘を堪能した後、イースターが始まった街中を見渡すと、かなり異様な光景が広がっていた。

道行く人の中の半数が何らかの兎変化しており、さらにそれは老若男女関係なく発言していた。

それゆえに、先ほどのようなかわいらしい兎変化もあれば、ごりごりのマッチョマンのうさ耳も。

更には下半身だけ兎変化した人や、全身が着ぐるみのように兎変化した人。

さらには巨大な兎そのものになってしまった人もいる。


「で、元凶はあれと」


すると、視界の端にカラフルに色付けされた卵に足が生えて、走っていく姿が見えた。

そう、何を隠そう、この見た目コミカルなモンスターこそがこの世界におけるイースターエッグなのだ。

同時に、この兎化現象を起こした元凶でもある。


「……実際に見ると、本当に不思議な生き物ですねぇ」


このイースターエッグは時期が来るとどこからともなく現れる。

しかも、本来なら信仰系の呪文の効果で街中にはめったなことではモンスターが侵入できないのに、このモンスターには関係なしだ。

殺傷能力はもたず、人に積極的に被害を与えないが、好き勝手な場所に侵入してこちらの仕事の邪魔をして来る。

さらに、その際誤って傷つけてしまうと、敵対関係に。

幸い、敵対してもこちらを傷つけてくることはないが、そのまま放置すると兎化の呪いをかけてくる訳だ。


「見てる分には楽しいし、愛らしいんですけどねぇ」


正直ゲーム時代のイースターはただのお祭りイベントであった。

ゲーム内NPCが兎姿になったり、自分が兎なったり、果てには巨大イースターエッグやメタネタたっぷりの本当の意味でのイースターエッグなど楽しいイベントが盛り沢山であった。

しかし、これが現実になると、途端に面倒なことになる。

兎化すれば手足の違いで物が持てなくなるし、喉が変化すれば喋れなくなる。

当然、仕事にも支障が出る、イベント期間中は休業を余儀なくされる場合も。

さらには、街の外には巨大なモンスター出現しているのだ。

まぁ、イースター故人的被害は出ないだろうが、少なくともお祭りイベントと処するには厄介すぎるのだ。


「すいませ~ん。

 魔導ギルドから来ました~」


「おぉ!ようやく来てくれましたか!

 ささ、すでに準備は整っております!こちらへ」


というわけで、やってきたるは街外れの木材屋、そこの資材置き場へとやってきたわけだ。

目に映るのは無数の木材、さらには何匹かのイースターエッグたちであった。


「ああ~すでに湧いちゃってますねぇ。

 しかも、中玉サイズのが」


「ええそうなんですよ!

 シーズン始まったら、す~ぐに湧いちまいまして。

 なんとかどかそうにも動き回りますし、それで傷つけちまうとウサギにされちまうでさぁ!

 一応小玉サイズは何匹か倒しやしたが……中玉は無理で」


彼の説明を聞きながら、木材置き場にいるイースターエッグの数を数える。

こちとら異世界チート転移者だ、敵を探ろうと思えば自然にどこにどのくらいいるかわかるという、便利な機能を持っている。


「数は大体5匹くらい見かけた気がしますので……」


「……あ~、いえ、20匹はいますね、これは」


「うそぉ!?」


店主がぐるぐると見渡す。 


「料金のほうは気にしないで結構です。

 初めから、固定の料金でやらせてもらってますので」


「あ、ありがとうございます!

 ですが、び、びっくりしました!さすが魔導士の方はプロですねぇ、見ただけでそんなにいるとわかるとは!

 それでは、お願いします魔導士様!」


調子のいいことを言いつつも、木材屋の店主は巻き込まれないようそそくさと逃げていった。

そんな店主の様子に若干の面白さを感じながら、イースターエッグの方を見る。


「色は青と赤……っということは火と氷弱点ですか」


イースターエッグはその殻の色から属性と弱点が分かる。

ゲーム時代はそのおかげで、低レベルでも弱点を付けば倒せるとして、低レベル魔法職から人気だったのは覚えている。

反面、イースターエッグは弱点以外の属性に関してはめちゃくちゃ硬くしぶとい。

なので、低レベル戦士からはそれはそれはひどい嫌われようだったのも懐かしい。


「まぁ、私には関係ないですけどね♪」


しかし、ながらそれは低レベルならの話だ。

高レベルになれば、魔法職なら万能属性に魔法で一撃で倒せるし、戦士職も防御無視の攻撃を使えばいい。

私も先人に習い、万能属性の魔法をセットし、それをイースターエッグに向けて放った。


「さ〜て、お楽しみの中身は……お、ハッピーキャロット2本ですか!

 うん、悪くないですね」


そして、殻が割れて、中身のお楽しみアイテムが手に入るというわけだ。

ゲーム時代もイースターエッグは倒すと何らかの特別アイテムを入手できたわけだが、それはこちらでも同様らしい。

今回手に入れたハッピーキャロットは、食材系アイテムの中ではかなりレア度の高いアイテムだったはずだ。

これを使った料理は貴重なドロップ率上昇効果を持った料理が作れる。

もっとも、食材系は調理しないといけない関係上少々外れ扱いされがちだったが、ゲームが現実となったこの世界なら話は別だ。


「よし、この調子でレアアイテムをどんどん手に入れてしましましょう!」


そうして、私は次のレアアイテムを求めて、卵を割りまくるのであった。



「はい、というわけで木材置き場にいるイースターエッグはすべて排除しておきました!

 一応、簡易な結界も張っておいたので、今シーズン中はもう安全だと思いますが、何かありましたら魔導ギルド【黒猫の鳴き声】のほうまで、ご連絡ください」


というわけで、木財置き場の卵共を無事に討伐。

報告のために、魔導士ギルドへと帰還している最中だ。

あの後は、木材置き場のいたるところに隠れ潜んでいたイースターエッグを狩りつくしたわけだが、残念ながら超レアアイテムのドロップはなかった。

内容は低級イースター装備が1つに、追加のニンジンが3本。

さらに大量のハズレアイテムである卵と経験値、さらに経験値ボーナスという実にしょっぱい結果であった。


「ま、確率的に考えれば並ですかね」


しかしまあ、残念ではあるが、自分のドロップ結果は特別悪いというわけでもない。

この手にイベントは数をこなして、なんとかレアアイテムが入手できるかできないかのバランスであったのだ。

ひどいときは100匹倒しても経験値と経験値ボーナスだけであることも珍しくない。

さらに言えば、現地民に至っては経験値の恩恵を預かれるかどうかすら不明な事も考えると、経験値が入るだけ、幾分かましであると考えられるだろう。


「でも、面白かったからよし!です」


結論として、ドロップは微妙だったものの、その過程は楽しかったので、総合的に充実した時間を過ごせたと思っている。

街中も様変わりし、店主からお礼を言われ、さらに純粋な依頼料とギルドからのイースターエッグ討伐代を別にもらえるのだ。

くじを引けて、お金をもらえて、感謝までされる!なんという良い依頼なのだろう!

下水掃除とは、対照的だ。


「……っと、そういえば、まだでしたね」


しかしながら、私はふと大事なことを思い出した。

私はイースターイベントを楽しんでいるつもりだったが、未だ肝心なイベントをやっていなかった。

なんとかそのイベントをこなすためにも、私は辺りをぐるっと見回し、イースターエッグを発見。

壊さないように慎重に、しかし、攻撃判定になるように叩いた。


「できれば、兎の耳が生えるくらいがいいですが……」


そう、せっかくのイースターイベントなのに、自分はまだ兎化をしていないのだ。

もちろん、この世界において自ら兎化しようなど狂人の行いだろう。

が、自分は高レベルプレイヤー、もし仮に完全に兎化してもやりようはあるし、なんなら対策アイテムも持っている。

なんなら、兎姿になっても特に問題ない。

いや、兎化した人達のコミュニティに入れるのでプラスとすら言えよう。


「お!来ましたね!

 果たして、どんな姿になるやら♪」


かくして、私は両手に持ったイースターエッグが炸裂するし、我が身に呪いが降りかかるのをゆっくりと観察するのでした。



で、魔導士ギルドにて。


「……というわけで、変わりました!」


「……何が変わったんだぴょん?」


「えっとおそらくは……眼かな?っと」


「うぅ~~!なんでお前だけそんなに軽傷なんだぴょん!?

 呪いを受けたなら、口調が変わるとか、毛皮が生えるとか、もっとあるはずだぴょん! 

ずるいぴ~~ょん!!」


残念ながら、私の兎化の呪いは、ちょっと瞳が赤くなるだけにとどまってしまい、ほとんど変化がない結果に終わってしまった。

おかげで周りの人には気づいてもらえず、呪われている人に言えば嫉妬の眼で見られ、自白する事すら困難に。

流石に私もこの程度の被害で、兎化の呪いを名乗るのも烏滸がましいと思い何度か挑戦するも、結果は全部外れ。


こうして、私は残念ながら、今シーズンは真の意味でのイースターイベントを満喫できす。

来年こそ、まともな兎化を引き当てるよう、状態異常耐性低下ポーションを準備しておくのでした。

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