第4話

この世界に来てから、私の趣味が増えた。

というのも、この世界は地球と違って娯楽がないため、自分から動かなければ面白いものはこちらに来ないからだ。

さらに言えば、ステータスが高く、何をやってもそれなりに成功することや金銭が満ち足りているので、それなりに金のかかることができることも大きいだろう。

そうした、私の増えた趣味の一つに旅行というものがある。

以前は金銭面で国内旅行が精々で、いつもと違う景色が見たければテレビなどで我慢するしかなかった。

が、この世界では金銭面での問題はなく、さらに移動系の魔法が使えるため移動は自由自在。

さらに、異世界なので地域によって特異な魔法的自然現象を見れるとなれば、これはもう行くしかないだろう。


「あ!レムさんだ~~!!レムさ~~ん!」


というわけで、訪れたのはこの世界の北端【ホップランド】。

気温はマイナス40度を下回る極寒の地だが、雪は比較的するなく、気候は安定。

起伏が少ない緩やかな岩山が連なる穏やかな表情が感じられる大地だ。


「えへへ~♪レムさん、相変わらずいい匂い~~♪♪

 それに柔らかくて、あったかくて好き♪♪」


「あらあら、お口が上手ですね」


「ほんとだもん!

 ずっとずうっっと、抱きしめてたいくらい!!

 ほら、ぎゅ~ぎゅ~~~!!」


さて、通常ならいくら晴れているとはいえ、マイナス40度の世界に軽装で飛び込むなどすれば、ひとたまりもない。

だ、そこは【元素の守り】という魔法の力で、外界からの影響を薄めているので、少し肌寒い程度で済んでいる。

魔法の万能さに感謝するとともに、目の前の少女は魔法をつかえないのに、素で耐えられているという事実に驚くばかりである。


「おお、レム嬢ちゃんじゃないか。

 今回はやけに遅かったな」


目の前の子とイチャイチャしていると、一人のおじいさんがこちらに話しかけてきた。

彼の名は、スィーブ。

この極寒の集落に過ごす、何でもできる器用な男であり、その腕を買われてこの集落の顔役をやっている男でもあるのだ。


「いえいえ、まさか。

 今の時期に来れば、面白いものをごちそうしてくれるそうなので。

 これは、是が非でもいかなければと思ってましたよ」


「はっはっは!なんだ、覚えていたのか!

 となれば、さっそく今から調理に取り掛かるか。

 では、その間に孫と魚でも取ってきてくれ」


「わ~い!レムさんとお出かけ~~!!」


そうして、私は孫娘のスィーを連れて、泉へと魚釣りへ出かけるのであった。



さて、トナカイのそりに乗り、揺られること数十分。

針葉樹林の林を抜け、私達は目的の湖へとたどり着いた。

もっとも、気温が気温なので、当然湖の水は凍っており、まともに釣りをするのは不可能。

そうなれば、氷が薄い場所を探して掘っていくか、何らかの魔道具を使う必要があるわけだ。


「……えい♪」


だが、こちとら高レベルのプレイヤ―キャラである。

当然そんなものに頼らずとも、魔法で一発だ。


「わーい!!すごいすごい♪♪」


「ふふふ、褒めてもイスとテーブルしか出ませんよ。

 あぁ、ついてに釣った魚を入れておくための生簀も用意しておきましょう♪」


湖の氷を掘るついでにつくった氷で、椅子や生簀を作り、ついでにここにも【元素の守り】の魔法をかけておく。

そうすることで、熱でも溶けず、かといって触れても寒くない、魔法の氷の家具の完成というわけだ。


「はえ~、いつ見ても不思議な感覚~。

 いったいどういう風に待ってるんだろう?」


「ふふふふふ、秘密です♪」


なお、ここでいう秘密とは本人にすらよくわかってないという意味でだ。

そもそもこの呪文は、ゲーム時代に人に対して使う呪文であり、火や氷への耐性とフィールドによるマイナス効果無効を与える呪文なのだ。

それがなぜ物に対して使えるのか、そもそも何が起きてこんな効果が起きているのかなど、ニワカ魔法使いの私にわかるわけがない。

時々魔法を使うたびに見える小型の人型が関係しているのではと疑ってるが、とりあえずうまく行ってるからヨシということにしている。


「今日こそはキングマグロサーモンをつって、おじいちゃんをびっくりさせるんだ~♪」


そう言いながら、釣竿を湖面に垂らす。

なお、キングマグロサーモンとは、ふざけた名前をしているが、その名の通り身は上物のマグロとサーモン、どちらにも味をしており、焼いても刺身でも乾物でもおいしく食べられる魚だ。

もっとも、サイズもキングの名にふさわしい大きさなので、実際に針先に食いついたら、一瞬で竿を持ってかれてしまうだろう。


(【探知】……は、まぁいるわけないよな。

 よかった)


さらっと【探知】の魔法で、針先周辺に集まる魚を観察してみるが、幸か不幸かキングマグロサーモンはいないようだ。


(ん~、危ないから毒魚は別の場所に移して。

 あらサメは……、まぁ追い払う必要もないが、針先にかからない様にのけとくか)


ついでとばかりに、【探知】と他の魔法を組み合わせて、釣れると厄介そうになる魚を追い払っておく。

少々無粋なことはわかっているが、ここはファンタジーである。

私はまだしも、子供が油断をするとすぐに死んでしまう環境だ。

先ほどの毒魚も、体の無数の棘があり、刺さると全身から血を噴き出して死んでしまうのに、そんな危険な針を飛ばしてくる。

だから、安全を確保するため、多少過保護とも思える防御策を行ったわけだ。


「あ!引いてる引いてる!

 ……あ~、逃げられちゃった」


「まぁまぁ、次がありますから♪」


一応、自分の釣りスキルを発動させたのなら、ここの漁場を空にするどころか、ここにいない魚まで釣り上げられる。

が、それは一旦封印して、釣り本来の釣れるまでの時間を楽しむことにした。


「そういえばね~、この間、おじいちゃんが言ってたんだけど……」


かくして、その後しばらくスィーが身振り手振りで明るく話すさまを、ゆっくり堪能するのであった。




「只今〜!」


さて、楽しい時間はあっという間に過ぎ、日が傾き始めたため、私達は暗くなる前に帰ることにした。

まぁ、帰りも何の事件もなく、せいぜい鳥に籠の魚を狙われるくらいであった。


「ん?おう、おかえり!

 ……と、おお!今回もまた大量だな!」


なお、釣りの成果は当然のことながら豊作だ。

籠の中には、マスやフナのようなよくいる魚から、ウナギのような珍しい魚、異世界特有の生体発光している魚まで多種多様で大量の魚がそこにはいた。


「えへへ~♪すごいでしょ!

 みてみて、このマス私が釣り上げたの!」


「おお!なかなかの大物だな!

 これは食い応えがありそうだ!

 ……む?またカニか、この辺では珍しいはずなんだが」


「うん!レムお姉ちゃんが、釣ったの!

 最後に、ぴくぴく~って竿が揺れたら、引っ掛かってたの!」


ティーブさんは何か言いたげな視線でこちらを見てくる。

まぁ、気付いているかと思うが今回の釣りは、最終的にスキル頼りになった。

初めの方はスキルなしで、純粋な魚との駆け引きを楽しんでいたが、流石に数時間もたって坊主はいただけないから仕方なかろう。


「……まぁ、いい。

 こっちも準備ができたからな。

 ほれ、これが【水晶イモ】だ」


そうやって手渡されたイモは、アツアツであり思わず落としそうになるが、なんとか魔法の力で踏みとどまった。

さて、見た目は茶色く、皮を含めた外見は普通の芋だ。

サツマイモや山芋というよりもジャガイモに近いだろうか?

しかし、その蒸されて柔らかくなった皮をはぐとその様子は変化した。


「おお!これが……!」


するとどうだろう、硬質で透明感のあるイモ部分が出迎えた。

夕日に照らされ、光が乱反射し、部分によっては反対側が透けて見えている。

とても植物質には見えない、芋というよりは水晶に近く思えた。

しかし、手に伝わる暖かさと感触が、これは蒸したイモだと強く語ってきた


「ほれ、そのまま見てるのもよいと思うが、早く食べないとあっちぃうまに冷めてしまうぞ」


「……っと、そうでした。

 では失礼して」


冷風に吹き荒む中、そのイモを一口ほおばる。

だが、返ってきた感触は蒸イモと予想をしていたこちらを裏切るような圧倒的な重圧感であった。

いや、硬くはない、そこは普通のいも相当に柔らかい。

しかし、それ以上に身が詰まっているのだ。

何より齧るたびにあふれ出す匂いの強い油。

以上をもって、この芋を評価するならば……。


「ど、独特なお味ですね」


「素直にまずいって言ってもいいんだぞ」


「い、いえ、私の方からお願いして、そんなことを言うわけには……」


「いや、うちでは工夫しなければトナカイですら食べない」


「それって、食料って言っていいんですか?」


ティーブの台詞に思わず突っ込みを入れてしまう。

いや、理屈はわかるのだ。

この【水晶イモ】は見た目はもいいし、栄養価も高い。

何ならまずいというよりは、癖が強すぎて食べるのに向いてないのだ。

いうなれば癖の強いオリーブの実だろうか?

その証拠に、自分のスキルではこの水晶イモを食料と判定しているし、【耐寒】や【活力】などの効果が、食品の状態で出ているほどだ。


「え~っと、これは……もっと他の調理をしたらマシになるのでは?」


「わしらが試してないとでも?

 まぁ、これはせいぜい刻んだり、練ったりしてごまかして食べるのだ。

 味には期待してはならん」


「う~ん、ならちょっとその水晶イモを私にくれませんか?

 私が調理してみますので」


「おう、もってけもってけ。

 なんなら一山もっていってもいいぞ」


かくして、私はティーブさんから水晶イモを一袋預かり、さっそく調理スキルを発動させるのであった。



そうして、できたのがこれだ。


「はい!こちら【水晶イモと日暮ブナのマリネ】になります」


「ほぉ、見た目は悪くないな」


さて、知らない食材なので調理スキルに任せるままに料理してみたが、今回もまた空気の読めない調理結果となって知った。

見た目はいい、水晶イモの透明感を保ったまま、切り分けられたことでまるで本物の水晶で出来たコインの様だ。

日暮ブナはその名の通り日暮の太陽の様に真っ赤な身をしており、こちらも円形に成形され、水晶イモと並ぶとまるで宝石箱のようだ。

もっとも見た目はよくても、この極寒の土地なのに、冷たいマリネを選択するとは、相変わらず調理スキルさんは絶好調である。


「だが、肝心なのは味だ。

 どれ、ワシが一口いただくとしよう」


もっとも、幸か不幸かティーブさんは気にせず、イモとフナの身を重ね合わせながら、口に運んだ。

すると、濃厚ながら口答えながら味は蛋白である水晶イモがフナの旨味がありながら口答えが軽すぎる欠点をうまく消している。

更には、水晶イモの特有の油臭さとフナの臭みは特製ソースが打ち消している。

いや、むしろ特製ソースがイモとフナの本来の味を引き立たせているといってもいいだろう。


「ほう!こりゃぁ旨い!!

 水晶イモを使っているのに、こんなにうまくできるとは!?」


「……!!おいしぃ~!!

 これ、おかわりおかわり!!」


ティーブは水晶イモを使い、かつイモとしての原形をとどめながら、おいしい料理を作った事実に驚き、スィーは純粋においしさに喜んだ。


「いや、おいしいんですけどね。

 ですけどねぇ……」


純粋に、料理に喜んでくれることは確かにうれしい。

味も悪くないし、見た目は100点満点だ

寒い場所で寒い料理であることはまだ許そう、調理法が難しいこともこの際無視する。

しかしながら、この料理には無視できない特大な欠点があった。


「まったく、何が不満なんだ?

 こんなうまいマリネは初めてだし、これなら水晶イモを無理に料理に混ぜる必要はなくなる。

 素晴らしい料理ではないか!」


「いえ、そうなんですが……」


「なんなら、ワシはこのマリネのレシピを知りたいくらいだ!

 というか教えてくれんか?

 今度から、水晶イモはこの料理で消費したいんだが」


「……そこなんですよねぇ、欠点は」


理由を察したのか、ティーブはこちらをにらんでくる。

そう、このマリネ、ソースに使った材料がこの辺では手に入らないものなのだ。

南部であれば比較的珍しくもない調味料ではあるが、この地域だとまず手に入らないだろう。


「お主なぁ、うちの孫にあんまり贅沢を覚えさせるなと言っておるだろう。

 客人がお主だけならなんの問題もないが、そうでないことはお主も知っておろう」


「いや、本当にすいません」


笑顔でバクバクマリネを食べるスィーを尻目に、平謝りをする。

ティーブの懸念はわからないでもない。

この極寒の地【ホップランド】では、基本物が足りないため、住民は質素倹約の精神で過ごしている。

しかし、スィーのように幼い頃からここでは手に入らない珍しいものを食べなれてしまうと、そのことが原因で周囲から浮いてしまうかもしれない。

いや、それだけではなく、悪意ある客人が騙してくるかもしれないのだ。

スィーの健やかな成長を願う私としても、今回のことは不本意にであり、申し訳なく思う気持ちはある。


「……でも、それをティーブさんが言うのはちょっと……」


「儂はいいのだ、儂は」


しかしながら、こちらが宿泊費代わりに持ってきた南国の酒を飲み、私が手土産に持ってきたとある湿地帯で取れる植物の漬物を食べながらいう台詞ではない。

ティーブさんは、自覚があるから問題ないと言ってるが、それもどこまで信用できることやら。


「まったく、お主にはほとほと困らせられるな。

 ……さて、このマリネを作るのに必要な素材、あるだけ買うから料金を言え」


「あ、はい。

 ……今回は、お詫びも兼ねてお安くしておきますよ」


結局買うんかい、という言葉をぐっと抑えて取りあえず持っている分の材料を売り払った。

まぁ、色々言いたいことはあるがとりあえず、スィーちゃんの笑顔に比べたら些細なこと。

もっとも、ティーブの予想通り、この香辛料がらみで後に面倒を引き起こすが、まぁ些細な問題である。

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