第3話 

さて、言うまでもないが私は異世界エンジョイ勢である。

どのくらいエンジョイしているかと問われれば、取り敢えず、お金に困らず日がな一日遊んで暮らせる訳だ。

まあ、インドア派の自分としては、ネットやゲームが存在しない存在この世界は、完全に前の世界の上位互換とはならない。

が、少なくとも異世界に来て、不備を感じたことはない訳だ。


──だからこそ、感謝だ。


異世界に来てなお、金銭に困らない生活を営むことの出来ることへの感謝。

美味しい食事を楽しめる感謝、人々の交流ができる感謝、何より健康丈夫で過ごせる事への感謝!

そう言う気持ちを表す為、私はこの依頼をこなす訳である。


「……まあ、嘘ですが」


場所は街の地下に数十メートル。

街の下に張り巡らされた下水道にきている。

そのため横を見れば無数の汚水が流れ、視界の端にゴキブリやネズミといった不快動物がうごめく。

さらには、湿気で苔やキノコが蔓延し、不意に動く天井や壁により汚水がいつ何時頭から掛けられるかわからないのだ。


「……あいかわらず、ひどい依頼ですね。

 【万全】の結界がなかったら、こんな依頼受けるわけがないですよ」


さて、なぜ私がこんな場所に来ているかといえば、冒頭に申した通り依頼のためだ。

ただし、普通の依頼ではなく特別な依頼である【下水道の魔導浄水装置の保守点検】という非常に不人気な依頼である。

なお、どの位ひどい依頼かといえば、場所からしてまず不人気なのに、依頼報酬はかなり安い。

出てくるモンスターは、疫病まみれのネズミや下水さんのスライムなど、戦いたくないが名誉にもならない物ばかり。

その上、魔導浄水装置の保守点検に高い魔導知識が必要ともくればいかに受ける人が少ないかがよくわかるであろう。


「あ~、ここまた道変わってますね。

 ……また地図を書き換えますかぁ」


かくいう私も、【万全】という万能耐状態異常結界に【浮遊】で下水道との接触を防いで依頼を受けているほどだ。

これほどまでの準備してなお、定期的に構造が変わったり、いやらしいトラップが発生したりして、こちらの手を煩わせるのだ。

正直に言えば、受けたくない。

チート能力を持ってなおやりたくないと思えるだけのパワーがこの依頼にはあるのだ。


「……でも、やらないとご飯がまずくなるんですよねぇ……」


が、この依頼、放置しすぎると当然のことながら、下水がまともに処理されなくなってしまう。

そうなると街中の空気が悪くなり、何よりも水が悪くなってしまうのだ。

となれば、当然水を使う料理や野菜までまずくなり、この世界の貴重な娯楽の一つがなくなってしまう。

流石にこれを許容するわけにはいかず、泣く泣くこの依頼を受けているわけだ。


「っと、ようやく一つ目ですか。

 ………うん、あいかわらず、湧いてますねぇ」


そんなこんなで歩いて(飛んで)いると、目の前には巨大な魔導浄水装置の姿が見えてきた。

見た目は巨大な筒の形をしており、四方には巨大な魔法陣が描かれている。

本来ならその筒へと汚水が送り込まれ、フィルターと魔法陣を経由。

どんな汚水も真水へと変えることができるのだ。


――グああぁぁぁ……ああああぁぁ……


「う~ん、相変わらず元気がいい。

 この子たちはどこから湧いてくるのでしょうねぇ?」


しかし、それを邪魔するのが野性のモンスターたちである。

見下ろすと巨大な水門の中には複数の強力なゾンビが詰まっている。

通常のゾンビなら、水門に詰まる前に魔法陣の効果で浄化、洗浄される。

だが、量が多かったり強い個体だったりすると、浄化されずに元気に水門の入り口を占拠してしまうわけだ。


「ま、動けないうちにぱっぱと退治しちゃいますか!」


さて、眺めていてはいつまでも終わらないため、私は処理の準備に入る。

とはいっても、やることは簡単、魔法を唱えてゾンビの群れを消毒するだけ。

幸い、この浄水の魔導装置は、非常に高性能なため、どんなやり方でもゾンビを倒してさえしまえば、跡片付けは勝手にしてくれる。


「……迷える魂達よ、安らかに眠り給え!」


しかし、ここはチートキャラらしく僧侶系上位対アンデッド用魔法である【上位浄化】を唱える。

すると、周囲の白い魔力光に照らされ、水や浄水器が洗浄される。

そして、肝心のアンデッド達も安らかな顔をしながら、その身を崩し、塵へと変えていった。


『おぉ、光だ、光だぁ!』

『やっと、やっと許される……

 ありが……とう』


なお、別に攻撃普通の攻撃呪文でもいいのに、なぜ僧侶系の魔法で倒すのかと言われると、僧侶系の魔法で倒すと倒したときに感謝されるからだ。

私自身は、残念ながら神について詳しくないし、あくまでチートで得た信仰呪文なため、ありがたみもなにもあったもんじゃない。

が、せっかく対アンデット用の呪文がある上に、この信仰呪文でも喜んでくれる(元)人がいるのだ。

ならば、使わなければ損というやつだろう。


「……と、惚けている場合じゃありませんね。

 装置のほうは……うん!相変わらずひどい!」


さて、今回ここに来たのは浄水装置の保守点検である。

装置の詰りは解消したものの、魔法陣の欠損やコケやキノコによる汚染、なにより装置自身の魔力不足など、装置自体は壊れてはいないものの。いつ壊れてもおかしくない状態である。

当然これらを補修するのは専門知識が必要なうえに、しかも装置は複数個あるのだ。

この依頼の報酬に、兵役免除とギルド会費免除があってもなお不人気というのも致し方なしである。


「……いや、ホントやってられませんね」


魔法でちゃちゃちゃっと装置を治しつつ、魔力を補充。

今日中に終わらせるためのも、次の浄水装置の場所へと向かうのであった。



さて、その後も順調に浄水器を直していった。

途中野犬ほどの大きさのゴキブリの群れとの遭遇戦や歩くキノコの群れとのボクシング試合などあったが割愛。

長い時間をかけ、ようやく下水道の中央部、最後の魔導浄水装置の場所へとたどり着いたのであった。


『遅い!!また余を待たせるとは、不敬であるぞ!』


が、そこで待っていたには一匹の偉そうな骸骨であった。


「……ああ、また起きていらしたんですか。

 もうそろそろ諦めてお眠りになりませんか?」


『ふん!そんなことを言って、余が永眠したら、余の遺産を根こそぎ持っていくつもりだろう!

 余の眼が黒い内に好き勝手な真似はさせん!』


この偉そうな骸骨はここのかつての所有者らしい。

そのおかげで、毎回ここの魔導浄水器の保守点検をしに来ると、こうやって目覚めて作業を妨害してくるのだ。

一応、アンデッドではあるが知性らしきものがあるため、説得を試みようとした時があった。

が、当然のことながら失敗、むしろ変な誤解を生んで、くるたびに毎回出待ちしてくる始末だ。


「……」


『あ、あと言っておくが、今のは死んでいるから眼がないだろ!という高尚な冗談だ。

 爆笑を我慢しているのだったら、存分に笑っても構わないぞ?

 それぐらいを待つ気概はある』


「……光よ」


『あぎゃ!!ふ、不意打ちとは卑怯だぞ!』


アンデッドと人間はわかり合えない。

その事実を確認して、戦闘に入る。

……が、始まる前から試合結果など分かり切っていた。


『ふんうぅぅぅぅぅぅ!!!!

 ぬおおおおおぉおおおおお!!!!』


「………だから効きませんって、そろそろお休みになられては?」


『いや今回こそは!今回こそ行ける気がするから!

 ほら!いつもよりも押せている気がしない?』


「いえ、まったく」


骸骨は、自分が展開した防御用の結界を、なんとか素手で突破しようとしている。

実際に威力はそこそこあり、床がわずかに揺れ、無数の闇の魔力が空間を揺さぶり続けるほどだ。

が、残念ながら、チートよろしくこの【万全】の上に【堅固】を重ね掛けした結界は、骸骨の既による攻撃では微塵も傷つかなかった。


『……くぅ、冷たい、生者なのにアンデッド並に冷淡な対応……!!

 しかぁし!効果がないのは、貴様の信仰呪文も一緒なはず!

 ふふふ、そうなれば貴様と余の体力勝負になるはずだが、生者たる貴様がアンデッドたる我に体力で「【ファイアボール】」最後まで言わせてくれないか!?』


そして、こちらの攻撃は打撃魔法ともに有効、つまりは勝負ありである。

もっとも、残念なことにどうやらこいつはアンデッドのくせに信仰魔法に対する耐性がある。

そのせいで信仰魔法で倒せず、しばらくたつと復活してしまうのが玉に瑕ではあるが……まぁ、致し方なしだ。


『くくくくく、今回は余の負けのようだ。

 しかし、それは所詮一時の猶予。

 また再び余がこの地に復活することを忘れるな……!!』


「ん~、これは魔法を使って直さなくてはならないみたいですね。

 【修復】!……よし、治りました。

 ふぅ、これでまたしばらくはおいしいお水が飲めますね♪」


『なぁ?無視しないでくれるか?

 というか忘れるなよ?絶対、絶対だぞ!』


こうして、最後の魔導浄水器も無事に保守点検が終了。

依頼終わりに、市場で新鮮な野菜を買って綺麗な水のありがたさを感じるのでした。


……それにしても、魔導浄水器の保守点検依頼、誰かほかの人変わってくれないかなぁ。

今度暇な時に、代わりにやってくれる人を探してみるか。


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