第3話 ミサンガ

 1



 春は少しずつ終わりを告げ始めて、それにつれて少しずつ夏の暑さが顔を出し始めてきた。

 そんな中で、俺と前橋まえはし琴音ことねはいつも通りの日常を過ごしている。


 教室では前橋は人気者であり続け、俺はそれを遠くで何となく見ている。金曜日の放課後になったら、前橋から人気者であるが故の色々な愚痴を聞く。それを聞き終わった後で、静かに読書をする。

 こんな日常を、俺は素直に楽しんでいた。


「なぁ、前橋」

「はい、何でしょうか?」

「何で金曜日の図書室って、こんなに人が来ないんだと思う?」

「そうですね……、皆さん部活が忙しいんだと思います。1ヶ月ほど後にはインターハイなどがありますからね。それに、金曜日は早く帰りたいのではないでしょうか?」

「まぁ、そんなもんか」


 前橋の言う通りかもしれない。わざわざ図書室に寄って本を読むより、自宅に帰って自分の部屋で読む方がいいに決まってる。


 そう思っていると、ガラガラと図書室のドアが開いた。司書の先生かと思ったが、今日の図書委員の仕事を始めてからまだ10分ほどしか経っていない。となると、この学校では珍しい「金曜日に図書室で本を読む人」だろうか。


「失礼しまーーす」


 何とも腑抜けた女子生徒の声が聞こえてきた。しかし、この声に、俺は聞き覚えがあった。


「いっくんはいますかーー?」


 女子生徒が誰なのか、俺にはすぐに分かった。この世で俺のことを「いっくん」と呼ぶ人間は1人しかいない。太田おおた理央りおだ。小柄な体型の彼女は、明るめの茶髪をふんわりとしたボブにしている。

 見た目だけで騒がしさを感じてしまう。


 ため息を吐きながら、軽く手を挙げて位置を知らせる。


「あぁ、ここにいるよ」

「あっ、いたいた」

「知り合いの方ですか?」


 俺の反応を見ていた前橋が質問してきた。


「うん。ちっちゃい頃からの知り合い。まぁ、幼馴染ってやつかな。太田理央って言うんだけど」

「太田理央……」


 前橋は小さな声で「太田理央」と何回も繰り返して言っている。何か気になることでもあるのだろうか。そんなことを考えていると、いつの間にか理央が目の前まで来ていた。


「いっくん、はいこれ。ありがとね」


 理央は俺に1冊の本を渡してきた。俺が以前、理央に貸していた本だった。


「おお、ありがとう。でも、何で今なんだ?」

「今日はたまたま部活が休みになったの。それでせっかくだから、前に電話で聞いた傷を実際に見るついでに、借りてた本を返そっかなーーって思って」

「なるほどね」

「それで、どれがその噂の傷なの……って、ちょっと待って。何この超かわいい子!」


 前橋と目があった理央は、先ほどよりも明らかに声を高くしていた。そして、カウンターに上半身を載せて、グッと前橋に顔を近づけ始めた。

 前橋は理央の勢いに押され、少し後ろに下がっている。さながら肉食動物に怯える草食動物のようだ。


「いっくんの知り合い?」

「あぁ。同じ図書委員の前橋琴音」

「前橋琴音です」


 前橋はパイプ椅子から立ち上がって、礼儀正しく頭を下げた。その雰囲気は、教室でよく見せる人気者の前橋だ。


「いっくんと幼馴染の太田理央です。いつもうちのいっくんがお世話になってます」

「お前は俺の親か!」

「えへへへ」


 理央がいつも通りに笑っていると、その表情をじっくりと前橋が見つめていた。それに気づいた理央は笑うのをやめて、前橋と目線を合わせた。


「前橋さん。何か私に気になることでもあるの?」

「……あの、太田さん」

「はいっ」


 前橋から名前を呼ばれた理央は、急に背筋を伸ばして、さながら陸軍の兵士のような良い姿勢をとった。前橋が放つ可憐な圧に、押されたのかもしれない。


「私たち、以前にどこかで会ったことがありませんでしたか?」

「以前に会ったこと……えっと……」


 理央は困った表情をして頭に手を当てていた。

 そんな中、理央が普段から腕につけている紐のような物が前橋の視界に映った。すると、前橋は瞳孔を大きく見開いて、カウンターに手をつきながら前のめりになった。


「あっ、思い出しました! りっちゃんですっ!」

「りっちゃん? ……どこかでそんなニックネームをつけられたことがあるような、ないような?」


 前橋が何かを思い出した一方で、理央はまだ思い出せていないようだった。


「覚えていませんか? 小学生の頃の夏休み。海で会いましたよね?」

「海? ……あっ! 思い出した! コットンだ!」

「りっちゃん!」

「コットン!」


 2人は嬉しそうな声をあげて、カウンター越しに抱き合っている。俺はその光景を、取り残される形でただただ眺めていた。


「懐かしいですね」

「そうだねーー!」


 前橋が理央にきゃっきゃと抱きつきながら話を続けている。


「私、りっちゃんの顔を見て、なんとなく前に見たことのある顔だと思っていたんです。そして、その腕につけているミサンガを見て、ハッキリと思い出しました!」

「これ?」


 理央は抱きつくのをやめて、腕につけているミサンガを、俺と前橋に見えるように出した。


「それです。りっちゃんはあの頃から随分と雰囲気が変わりましたね」

「コットンも全然雰囲気違うよーー! いつの間にこんなに可愛くなっちゃって! もう、羨ましいぞっ!」

「ふふっ、ありがとうございます。りっちゃんも可愛いですよ」


 女子お決まりの可愛い合戦が始まると、2人の会話に終わりが見えなくなってしまう。そこで、申し訳なさと共に、2人の会話に水を差すことにした。


「えっと、2人はどういう関係なんだ?」


 俺の言葉にいち早く反応したのは理央だった。


「えっとね、私たちは小学生の頃、神奈川県の砂浜で1回会ったことがあるの」

「それはたまたま?」

「うん。私、今の今までコットンが同じ学校にいるなんて知らなかったもん」

「ってことは、前橋って、神奈川県から引っ越してきたのか?」


 俺の問いかけに前橋は首を横に振る。


「いいえ。神奈川県に祖母の家があるんです。

 私はその時、ちょうど祖母の家に遊びに行っていていました。祖母の家から歩いてすぐに海があって、そこで遊んでいる時に、りっちゃんと出会って、仲良くなったんです」

「で、その時の仲良しの印に、このミサンガを一緒に買ったってわけ」

「なるほどね」


 話を聞いてみて、中々の奇跡的な出会いだと知った。運命というものは、本当にあるのかもしれない。


「でも、りっちゃんはそのミサンガをずっと持っていてくれたんですね。私、とても嬉しいです」

「当たり前だよ! だって、コットンとの思い出だもん」


 理央の言う通り、理央はそのミサンガを以前から大切にしていた記憶がある。

 俺が小学生の頃、それは何かと聞いた時は、理央は一切教えてくれなかったが、まさか前橋との思い出の物だとは思わなかった。小学生の頃から大切にしているのだから、前橋との思い出はそれほどまで大切なものをなのだろう。


「ちなみに、前橋もそのミサンガを持ってるのか?」

「はい。今この場に持って来てはいませんけど、家で大切に保管してあります」


 2人はお互いの思い出を共有しあって、何とも嬉しげだ。特に、前橋のこんな笑顔を見るのは初めてかもしれない。

 しかし、そんな2人の様子を見ていて何となくの疑問が生まれた。


「ちょっと質問いいか?」

「うん。なに?」

「何で仲良しの印がミサンガなんだ? 小学生ぐらいの女子なら、もっと女子らしい人形やら、キーホルダーを選ぶと思うんだが」

「それはね、えっとね……、あれ? 何でミサンガを仲良しの印にしたんだっけ? コットンは覚えてる?」

「ごめんなさい。あまり覚えていません。でも、何かしらの理由があってこれを選んだ気がします」

「うん。私もそんな気がする。私達にはこれしかないっ、みたいな」


 うーーんと2人が悩んでいると、前橋が顔を俺の方に向けてきた。


「あっ、そうです。伊崎くん、推理してみませんか?」


 しまった。自ら推理を提案されそうな話題を振ってしまった。これから、前橋との会話の中では注意を払う必要がありそうだ。


 とはいえ、今回はなかなか難しそうな推理になりそうだ。なにせ、10年近く過去のことを考えるのだ。そこらの難関高校の入試問題より難しいに決まっている。


「ちょっと、無理な気がしないかな?」

「お願いです」

「私からもお願い」


 2人から期待の眼差しを向けられてしまった。これには逃れようがない。


「うーーん。それじゃあ少しだけ考えてみるか。もちろん、できる限りでだけどな」


 最近の俺の行動は、前橋に舵を取られている気がする。



 2



 前橋と理央に言われるがままに推理を始めるわけだが、とにかく手がかりがないと推理のしようがない。


「2人とも。できる限りでいいから、そのミサンガを買った日のことを思い出してくれないか?」


 俺が問いかけると、理央が素早く手を挙げた。


「はい! それじゃあまずは私から!

 えっとね、その日は家族旅行で海に行ってたの。太陽が登るよりも早い暗い時間に、お父さんとお母さんと私の3人で。高速道路の途中でパーキングエリアに寄って、ラーメン食べて」

「おいおい、そこまで詳しく言わなくてもいい!」 

「えへへへ、ごめんごめん」


 良くそんな詳しいことまで覚えているな。それにしても、朝からラーメンを食べるとは、中々に胃が強い家族がいたものだ。


「海に到着してからの話を聞かせてくれ」

「分かった。えっとね、まず海に着いてから、お父さんと一緒に海で泳いで遊んでたの。そのあと、砂浜で砂のお城を作ってて、そうしたら遠くから私と同じくらいの女の子が近寄ってきたの。それで、『そこの超絶可愛い子。私と一緒に遊びましょう』って声をかけてくれたのがコットン」

「おいっ、絶対そんなこと言われてないだろ! 記憶を都合の良いように捏造するな」

「バレたかーー。えへへへ」


 理央は舌を出してあちゃーーと頭に手を当てている。

 それを見た前橋は嬉しそうに笑い、手で口元を隠していた。そして、手で口元を隠しながら話しだした。


「でも、私から声をかけたのは本当です。あの時、りっちゃんは砂浜で何かを作っていた記憶があります」

「ちなみに、前橋が理央に声をかけた理由って何か覚えてるか?」


 前橋はしばらく黙り込んで思い出そうとしていた。しかし、いつまで経っても思い出せなかったらしく、顔を斜めに傾けてしまった。


「すみません。あんまり覚えていません。でも、ただ単純にりっちゃんが可愛かったから声をかけたんだと思います」

「ほらね?」


 理央は前橋に間接的に可愛さを褒められ、なんとも自慢げな表情を俺に見せてきた。そして、大した大きさもない胸を張っている。見ていると、なんだか悲しくなってくる。


「ねぇ、なんでいっくんはさっきから可哀想な目を私に向けてくるの?」

「いいや、なんでもない。それじゃあ次は前橋が教えてくれ」

「はい。私は家族で祖母の家に遊びに行っていました。祖母の家には何日か泊まって、その中の1日、私はどうしても海で遊びたくなって、1人で海に遊びに行ったんです。そして、砂浜で遊んでいたりっちゃんに声をかけました」

「なるほどね」


 つまり、2人が出会ったこと自体にはそれほど深い意味はない。本当にたまたまだったのだ。


「それで、出会った2人は一体どんなことをしたんだ?」

「えっとね、まず一緒に砂浜で砂のお城を作ったの。その後、海で一緒に泳いで、お腹がすいたからお昼ご飯を食べる事になったの」

「お昼はどこで食べたんだ?」

「えっとね、海の家だったはずだよ」

「海の家以外で、どこか行った場所はあったか?」

「ううん」

「私の記憶でも、海の家以外のお店には行っていなかったと思います」


 となると、あのミサンガを買ったのはその海の家だろう。


「2人はそこで何を食べてたんだ?」

「私は、ラーメンと焼きとうもろこしとフランクフルトだった気がする」

「りっちゃんはそこまでよく覚えていますね。私はあまり覚えていません」


 これは前橋の意見に賛成だった。理央はなぜこれほど食べ物のことを覚えているのだろう。それに、まさかのラーメン2杯目。理央の小柄な体型からは想像できない食欲だ。


「それじゃあ最後に、2人はそのミサンガをいつ買ったんだ?」

「確か別れ際だったと思います。私たちは離れ離れになると理解して、どうにか思い出を残そうと思ったんです」

「あれは感動的なお別れだったよね。思い出すだけで涙が出てきちゃうような忘れられない記憶だよ」

「お前少し前まで、前橋と海で会ったこと忘れてただろ!」


 俺のツッコミに、理央はわかりやすく動揺した。そして、早口で言い訳を始めた。


「ち、違うよ! あれは前橋さんの見た目がすっごく変わって大人っぽくなってて気づかなかっただけだから!」

「どうだかな」


 ともあれ、これで手がかりとなる物は全て出揃ってしまったように思える。なにせ、2人の記憶しか手がかりがないのだから。

 ここからどうやって推理すべきだろうか。


 ひとまず2人の立場に立って考えてみるか。


 俺の目の前に別れたくないけど別れなければならない友達がいたとする。俺は何を思ってミサンガを買うだろうか。そもそもミサンガなんて物はいつ買うのだろうか。


 俺の中では、ミサンガはサッカーをやっている人が必ず持っているイメージがある。つまり、2人のうちのどちらかがサッカーを習っていて、それでミサンガを買ったのだろうか。


「2人は小学生の頃にサッカーとか、何かしらのスポーツはやってなかったか?」

「私は特にやっていませんでした」

「私も。って言うか、いっくんは幼馴染なんだからわかるでしょ?」


 2人が何もやっていないとなると、困ってしまう。


 そういえば、ミサンガってどのような意味の物なのだろうか。


 スマホで「ミサンガ 意味」と検索する。

 検索結果にはこのように書かれている。

 中南米発祥の伝統的な編み物アクセサリー。 「友情の証」として、友人や恋人に贈り物として交換されることが多い。


 となると、本来の意味である「友情の証」として選んだのだろうか。


「2人はミサンガの意味って知っているか?」

「いいえ」

「私も知らない。どういう意味なの?」

「『友情の証』らしい」

「えぇ! その意味を知らなくてもミサンガを選んだ私達って、本当に運命的だね!」

「そうですね!」


 またも、2人できゃっきゃとはしゃいでいる。いや、正確には、理央が過剰にはしゃいでいて、前橋がそれに合わせていると言える。

 理央には申し少し落ち着きある態度というものを知ってほしい。


 ただ、本来の意味を知らないとすると、やはり、ミサンガをその年頃の2人が選ぶのは少し違和感がある。

 一体どうやってミサンガを選ぶのだろう。海の家のお土産なら、ミサンガ以外にも沢山あるはずだ。一体どんな要素で仲良しの印となるものを選ぶだろうか。


 見た目、性質、材質……値段。


 そう言えば、前橋は1人で海に遊びに行ったと言っていた。その際、親からお昼代としてのお小遣いは貰ったのだろうか。


「前橋」

「はい。何でしょうか?」

「前橋は海に遊びに行った時に、お昼ご飯のためのお小遣いを貰ったのか?」

「少し待ってください……。あっ、たしかに何円か貰っていた覚えがあります。詳しい値段までは覚えてませんけど」

「わかった」


 となると、俺が考えることができる可能性はひとつだな。


「なんとなくだけど、分かったかもしれない」

「本当ですか!」

「ほんとに!」


 2人の声が重なった。なんとも仲の良い2人だな。


「まぁ、正確なことを言うと、これ以外の考えが浮かばないだけだけど」

「教えてください」

「教えて!」


 2人が俺に大きく1歩近づいてきた。

 少し緊張感が増した気がするが、俺はゆっくり呼吸をしてから説明を始める。


「まず、あのミサンガを買った場所。これは簡単だ」

「海の家だよね!」

「あ、まぁ、そうだな」


 俺が言うよりも先に理央が言ってしまった。必ずしも俺が言う必要はないが、説明中は、できれば言わないでほしかったのだが。


「2人はお別れが来る事に気づいて、海の家で思い出になるものを買おうと思った。では、なぜミサンガを選んだのか。それは……」


 2人がごくりと息を呑んだ。


「それは……」

「……っもう、早く言ってよ!」

「ごめんごめん」


 こういうことを一度はやってみたかった。俺の夢を叶えてくれてありがとう2人共。


「それは、単純に値段が安かったからだ」

「え?」

「え?」


 またまた2人の声が重なった。


「どういうことでしょうか?」

「前橋のお小遣いの値段が1番のヒントだ」

「ちょっ、ちょっと待って! コットンはさっき値段なんて言ってなかったよ?」


 理央が俺の説明に突っ込んできた。


「それじゃあ聞くけど、もしお前が前橋の親なら、何円まで持って行かせる?」

「えっと、昼食代とお土産代とシャワー代で……2500円くらい?」


 思わずため息が出てしまう。理央はまるで頭を使っていないようだ。前橋であればこういった質問には必ず期待通りの答えをしてくれるのだが。


 すると、横から前橋が手を挙げた。


「はい。小銭で1000円ほどでしょうか?」

「正解」

「え? なんで?」


 どうやら理央はまだ理解できていないようだ。


「まず、前橋はその時小学生だった。親は小学生にそんな大金は持たせないだろ?

 それに、前橋が行こうと思っているのは海だ。お札を持って行かせれば濡らして使えなくなる可能性があるし、小銭を大量に持って行かせても重くなるだけだ。それに、親の考えにお土産代は含まれていなかったことを考えると、妥当なのは前橋の言った1000円だ。正確にいうなら、500円玉2枚だな」


「そっか。なるほどね。2人共、頭良いね!」

「お前が悪いだけだろ!」

「えへへへ」


 こんな頭で、本当に上毛中央高校に合格したのだろうか。裏口入学をしているのではないかと少し疑ってしまう。


「前橋は1000円を持ってお前と出会い、一緒にお昼ご飯を食べた。海の家で売っている食べ物の料金は高くても大体700円くらいだろう。となると、前橋の残金は300円だ」

「ちょっと待って」


 またまた、理央が推理に突っ込んできた。


「ミサンガで300円ってちょっと高くない? それだったら、もう少し良いものが買えた気がするもん」


 おっ、理央にしては少し勘がいい。とはいえ、それに関してを理央が突っ込んでしまったのは少し残念だ。その理由は、この後すぐに分かってしまうのだから。


「俺も同じことを考えた。多分ミサンガは100円か、高くて200円が良いところだろう。となると、前橋の残金がもう少し少なくないとおかしいな」


 俺の説明に2人とも同じタイミングで頷いた。


「うん」

「そうですね。伊崎くんは私の残金が減る理由がわかったんですか?」

「分かったというより、2人の説明からは消去法で1つの可能性しか考えられないから、分かったっていう感じかな。ほら、わからないか?」


 今度は、理央も前橋も首を傾げている。


「答えは、理央の暴食だ」

「え?」

「ぼ、暴食!?」 


 俺の放った言葉に理央が食いついてきた。

 光の速度で俺に近づくと、胸ぐらを掴んできた。正確には、理央の背が俺よりも低いため、俺の首に必死に手を伸ばしているようになってしまうのだが。


「いっくん! いくら私たちの間柄でも、その言い方は良くないよ!」

「ご、ごめん。それじゃあ、理央の食べ過ぎが原因だ」

「伊崎くん。どういう意味なんですか?」


 理央はそっと俺の胸から手を離した。俺は乱れた服を直しながら説明を続ける。


「あぁ、簡単だ。理央が前橋と仲良くなって、2人でお昼ご飯を一緒に食べることが決まるだろ? そんな時、理央は必ず母親にお金を借りるはずだ。『ママ、ママ! お金ちょうだい』って」

「おぇ。気持ち悪」

「ふふっ」


 理央幼少期の物真似は、理央には馬鹿にされ、前橋には笑われてしまった。自分で思い返してみると中々恥ずかしい。俺は咳払いをしてから説明を続ける。


「ま、まぁこんな感じだ。そして、理央の母親はこう考える。前橋と同じ額を理央に渡そう、ってな。

 あとは簡単だ。理央は海の家で1000円ぴったりか、それ以上の額の量のものを食べた。そして、そのせいで残金が0円になり、2人の思い出の物を全額前橋に払ってもらった。

 これが俺の考えた推理だ」


 ふぅ、と俺は息を吐いた。


「私、コットンに全額払ってもらってたの?」

「うん」

「……」


 理央の顔から笑顔がスッと消えた。まるで表情を何者かに盗まれたようだ。残っているのは虚無の表情だけだった。


「だ、大丈夫ですよ! これはあくまでも伊崎くんの推理ですし、それに、私は全額払っていたとしても、なにも感じません」


 前橋が素早くフォローを入れた。あまりフォローになっていない気もするが。


「そ、そんなのうそだもーーんっ!」

「あっ、りっちゃん! 待ってください!」


 理央が表情を取り戻すと、顔を真っ赤に染め上げて、暴走する蒸気機関車の様に走り去ってしまった。それを前橋も追いかけてどこかへ走っていってしまった。


「おい。置いていくなよっ! って、言うのが遅すぎたか」


 とはいえ、これでミサンガについての謎は解けたわけだ。俺は1人図書室で本を読みながら、清々しい気持ちで今日の図書委員の仕事を終えた。



※海は非常に危険な場所です。子供だけで遊ぶことがないように気をつけましょう。

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