Another Eden
御社こはく
排他的鉄骨街
01
『…..を確認。再…….ラムを実施。』
初めて聞いたのに聞き慣れた機械音声。
コンクリートの冷たい感触に、少女は目を覚ます。
『主体の自己修復機能の起動を確認。再起動プログラムの実施を中断。』
次ははっきりと聞こえた。
少女は薄い瞼を開ける。固いコンクリートの上で長時間寝ていたせいか、体中が痛い。
『主体の意識回復を確認。』
自分の膝の上に、小型のサポート型ユニットが乗っている。
手のひらに収まる程のそれは、茶碗をひっくり返したようなフォルムに小さな足部品を二つ付け、頭のプロペラで浮遊しているようだった。
周りは天井までもコンクリートに支配され、平行を保った大きな溝に、古びた点字ブロックが細々と続いている。
「地下鉄….」
思うより先に口をついて出たその言葉は、何処か懐かしみを帯びていた。
『認識能力:正常。記憶に混濁があると見られる。』
無機物的に少女の状態を綴る小型ユニット。ピコピコと忙しない小型ユニットを他所に、少女は黙ったままだった。
『……..No.117の正常起動を確認。
おはようございます。No.117。私は自律式アンドロイドNo.117のサポートユニット。#Pamu__パム__#』
「私、は」
そこで少女は、いや、少女型アンドロイドは、この異様な気配に気付いた。
「#人間__マスター__#達は何処に?」
ここは地下鉄のホームで、薄暗いだけな所を見るに、まだ日は暮れていない。
それなのに、No.117はこの辺り一帯の生命反応を検知出来なかった。
機体の損傷は確認できない。
『それらの理由全ての説明する為、No.117の協力を要請します』
少女が何故と問えば、小型ユニットは沈黙を返す。
「受託した」
仕方なく応じる。
小型ユニットからポロン♪と軽快な音が鳴った。
『それでは、地上への———…………』
その時、地鳴りのような不快な鳴き声に、地面が揺れた。
天井にひびが入る。
耳を塞ぎたくなるような轟音。
コンクリートが崩れ落ち、鉄骨さえも軽々と破って、なにかが強引に地下へ入り込んできた。
「何?」
『人間に取り残された殲滅式機体。早急な離脱を推奨します』
不快な警報音。
天井に穴を開け、ソレは地下に蜘蛛のような多数の脚をついた。
【機械的生命反応ヲ探知。汚染ノ可能性二ヨリ、速ヤカナ駆除ヲ開始】
『退避を推奨』
「どこに…!」
巨大機械が強引に降りてきたためか、そこかしこに瓦礫が散らばっている。
見渡した限りでは、地上への階段らしきものは見られない。
ジリジリと、殲滅式機械は迫ってくる。
【対:自律式アンドロイド。熱光線ガ有効】
カチャリと、立体円盤状の胴体から、銃口が顔を出す。そして何本もの光が飛び出した。
その光が当たったコンクリートは、紅く光を放ちながら溶けていった。
光が掠めると同時に、頬に赤い線が走った。
間一髪で光線を避け続ける。
状況は悪い。退路も、対抗手段も無い。
逃げて逃げて逃げ続け、コンクリートの後ろに身を隠す。
すると、#Pamu__パム__#から呑気な機械音が流れた。
あちこちを向いていた殲滅式駆動機械の目線が、こちらに集中する、
「何」
『退路が確認できません。非常用装備品を配布』
「…..遅い」
◇
ガシャリと音をたて、殲滅式駆動機械は瓦礫の前に立つ。
駆動機械自体、汚染が進んでおり生命探知機能が上手く作動しない。
目の前の瓦礫は3つ。そのいずれからも、自律式アンドロイドの生命反応の#痕跡__・__#を探知することができた。
………..ピロン♪
向かって一番左の瓦礫から、軽快な機械音。駆動機械はそちらを向く。
【ターゲットト思ワシキ音声ヲ認識。攻撃ヲ開始シマス】
言い終わるが否や、瓦礫に熱光線が照射される。熱光線でドロドロにとけたコンクリートの後ろに………………….ターゲットは居なかった。
さっと後ろで何かが跳ぶ気配がした。
それと同時に、機体の後側部に衝撃が走る。
即座に振り向くも、そこに#自律式アンドロイド__ターゲット__#の姿は無い。
No.117は振り向きざまに、大型機械の下を潜り抜け、反対側に躍り出る。
そしてまた衝撃。
今度は深い。そしてその斬撃が決め手となったのか、天井に意味の無い光線を数発放った後、殲滅式駆動機械は動きを止めた。
『対象の機械的生命反応が探知出来ません。武装を解いて下さい』
No.117が武器を下ろすと、その蒼く光を帯びた刀身は音も無く消えていった。
『#対機械用武器__メカニカルウェポン__#。#人間__マスター__#達には無害であり、私達機械を統制する為に作られた物です』
なぜそんな武器を、ただのアンドロイドである自分が持っているのか。
No.117は聞こうとして止めた。
自分のことさえ良く覚えていないのだ。
そんな事を聞いても、何の意味も無い。
「……..それで、地上へはどうやって脱出する?」
『ここは#瘴気__・__#から逃れる為に改造が施された地下鉄および地下街です。本来出入り口は無いはずですが、』
2機は同時に天井を見た。
今そこでガラクタになっている殲滅式駆動機械の開けた穴が、そこに開いている。
鉄骨が飛び出し綺麗な穴とは言えないが、出れないことはない。
「流石に地上までは続いてない、か」
穴から見えるのは、やはり灰色の天井。
『#Pamu__パム__#にお掴まり下さい。引き上げます』
「判った」
少女型アンドロイドは、#Pamu__パム__#に片手を預けて上昇する。外を隔てる床はとても厚く、地下が相当深い所にあったのだと言うことが分かる。
しばらくして広い空間に出た。
しかしそこはまだ地下で、精密機械が沢山置かれている。
『あのエレベーターより上に向かいます。』
#Pamu__パム__#がエレベーターの前に立つと、そのドアは難なく開いた。
乗り込んだと同時に、音も無く起動する。
長い沈黙と共に、エレベーターは地上へと登っていく。
自律式とはいえ、No.117はあまり自発的に話す方ではない。
全ての質問への回答は地上に出てから、という#Pamu__パム__#の言葉を忠実に守っていたのかもしれない。
そしてエレベーターはゆっくりと止まった。
『地上に到着致しました』
エレベーターのドアが開く。
それと同時に、No.117のターコイズブルーの髪が風になびく。
ふわりとした草の匂い
荒廃した高層ビル群
澄み切った青い空
『先程の2つの質問への回答。#人間__マスター__#達は汚染されたこの地を捨て、新しい#楽園__エデン__#へと旅立たれました。自律式アンドロイドNo.117。貴女の役割は、地上を探索して得た知識を、#楽園__エデン__#にいらっしゃる#人間__マスター__#達にお伝えすることです。』
自律式アンドロイド、No.117は無言で武器を取り出した。
そしてそれを、振り下ろす。
刃先はその後ろの、今まさに#Pamu__パム__#を襲わんとしていた警備機械に当たった。
「了解した。自律式アンドロイドNo.117は、#人間__マスター__#達の名におき、その任務を遂行する事を誓う」
体に染みついた、任務を請け負う時の上等文句が自然と口からこぼれ出る。
『承認。#Pamu__パム__#は当機のサポートを致します』
こうして2機の、#楽園__エデン__#を目指す旅が始まった。
Another Eden 御社こはく @skad
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