第2話
教室に着くとすぐに異変に気付いた。
机が一つ多い。
教室に入ればクラス中、転校生の話で持ち切りだ。この町に転校生など10数年来てない。
それが自分の学年で、何より女子という事だ。盛り上がらない訳がない。
「なあ、頑翔は朝練の時転校生を見たのかよ」男子生徒がワクワクした表情で質問する。
「見た」頑翔は淡々と答える。
「どんなんだった!身長は小さかったか」興奮気味にクラスメイトが頑翔質問する。
「身長は160程度だった。」
「おいおい、めっちゃ可愛いじゃん。」
などと容姿の話題が一切出ていないのに勝手に妄想だけで盛り上がる。
「なあ、頑翔から見て可愛かったか?」一瞬クラス中が静寂に包まれる。
「分からん。が、かわいい方だとは思う。」
「まじかよ」「おー」「よっしゃー!」
まるで言葉を与えられたアダムとイブのようにクラスの男子が騒ぐ。俺も心の中でガッツポーズをとった。
8時35分担任が3―1組の扉を開ける、それを合図に皆が席に着く。優も「あーもう来るんだぜ。楽しみだな。」と言い残し自分の席に早足で向かう。
続いて一人、女子生徒が入って来る。
入口から教卓まで端然と歩いている。初めて入る教室と生徒に臆することなく堂々と。
黒板に「汐止 凪」と書き、一言
「しおとめ なぎです。よろしくお願いいたします。」
肩まで長い黒髪はゆらゆらと動き、丁寧に手入れされている事を物語っていた。余りにも可憐なその姿にクラス中は息を吞む事しかできずにいた。
そんな中1名、俺と転校生への視線を行ったり来たりして慌ただしい奴がいた。
想像以上に可憐な姿は一言で言えば別次元だった。
誰も喋れない雰囲気の中、担任だけが淡々と喋る。座る席、副担任の名前、教科書は週明けで届くから当面の間貸し出すこと。
興奮と緊張が一周し発言することが難しくなった。さっきまで、大騒ぎしていた教室も凛と静まり返っている。
担任が「何か汐止さんに質問あるか?」と聞き、そこから5分21秒が経った。まだ授業が始まっても無いのに皆の視線は時計に集まる。
誰も喋らない。優もクラスの雰囲気を感じ動けずにいる。
現在のクラスの雰囲気は3パターンに分けられる。1つはこの雰囲気を打破しようと一生懸命何を喋るかを考えている人。2つ目は隣の者と話し話題から逃げる者。3つ目は関係ないふりして次の授業に備えている人。
逃げている訳じゃない自分もこの状況を打破したい。でも必死に行動しても結果は相手を惨めにするだけだと知っている。俺みたいな人は行動せず周りに行動を合わせる方が良い。
担任が次の授業の話をしている。これは、HRが終わる前触れである。このままでは転校生は自分の名前しか言えず終わってしまう。何か一言。せめてもう一言、発言できたらきっとクラスに上手く溶け込めると思う。自分が気の利いた質問を出来るかを迷う。けどもし転校生がそれを望んでおらず頑張って発言した結果迷惑だったなら。
そんな事を考え、行動することを諦めた。
「あの!何処から来たんですか!え~と僕は河原町から来ました」
重い空気を跳ね除けたのは優だった。その目は真っすぐだった。
すかさず先生が「お前は転校生じゃないんだから皆知ってるぞ。」言った。
クラスの数人が笑う。転校生も微笑んだ。
優は自分の発言を振り返り笑う。
転校生は「大阪から来ました。」と言う。
優は怯まず「大阪だったらたこ焼き!食べたことありますか。」
「はい。食べたことはあります。」
そんな質問にクラスメートは「たこ焼きならどこでも食べれるだろ。」と冷静なツッコミをする。
みんなの笑い声がきこえてくる。教室のあちこちから。
先程より質問ができる雰囲気になり男女構わず質問を投げかける。「土日は何してますか。」「昨日はドキドキして寝れませんでしたか」「大阪では有名人に会えますか。」
教室中から質問の雨が降る。それを1つづつ答える転校生。
「この町でしてみたい事はありますか?」
優の質問にさっきまで顔しか動かさず答えていた転校生が体を向け、教卓を超えて最前列に座っている優の前まで足を動かした。
「いい質問ね!私、河原町の夏祭りが超好きなの!小さい頃おばあちゃんに連れて貰ったの。最初は嫌だったわ、不機嫌になりながら綿菓子を片手に水風船で遊んでたの、でも打ち揚がった花火を見た時、とても興奮したの!」
意気揚々と話す転校生はまるで絶えず噴き出る噴水だった。先程と変わり饒舌に話す姿にクラス一同口を挟めない。
「綺麗な花火模様に静かな海。何より鼓膜を揺らす様な花火の音!もう一度あの音を体感したくて、持ってた水風船を割ったけど、空気が抜けていく音と飛び散る水だけが残り満足出来なかったの。」
転校生の自己紹介を止めたのは担任の「はいはい、そういうのは放課後にしてくれよな~」という一言だった。
腕時計を見ながら、話に一区切りつけた担任だったが、区切りが悪かったらしく転校生に一言を求めた。
「改めて、汐止 凪と申します。夏祭りのボランティアがあると担任の先生からお伺いしました。私も参加します。」
転校生は教卓に貼ってある座席表に視線を落とした。
「それと・・・」教室を見渡し俺と目が合った。
少し身構えた。
「やっぱり何でも無いわ。短い間だけどみんなよろしくね!」転校生はあっさりと視線を外しそう言った。
深く溜め込んだ割には淡白な終わり方だった。さっき言ってた夏祭りの話は結局何をいいたかったのか。さっきまでの勢いは何処にいったのか。
足早に自分の席に向かい、少し俯きながら周りに会釈しながら進む。すれ違い様に俺にも「よろしくねー」と声をかけてくれた。
耳だけを真っ赤に染めながら。
3時間目終わりの休み時間で人通りの少ない廊下をうろうろしていた。先程転校生の汐止に呼び出されたからだ。
6月とはいえ、ここ数日暑い日が続いている。じんわりと嫌な汗が出始めた時、一つ下の階から足音が聞こえてきた。
軽く服装を整え緊張と共に迎え入れる。
「ごめん!迷っちゃて少し遅れちゃった。もしかして待ってくれた?」申し訳なさそうに聞いてくる。
「俺も今来たところだよ。」まだ心の準備が出来ておらず視線は下がってしまう。
「それより話ってな・・んですか」ため口になりかけたが敬語に戻す。
「もし良かったら大智君も一緒に夏祭りのボランティアやらない?」汐止はこちらを向いて聞いてくる。
「ほら、優くんもやるって言ってたし、優君とは仲がいいってクラスのなな・・・え~と」
「木下。木下 ななみ」視線を上げクラスメートの名前を教える。
「そう!ななみちゃん。から教えてもらったんだ。だから・・・どうかな~って思って。」歯切れが悪そうにもじもじと喋る。
ボランティアには興味はないが断れる雰囲気でも無い。
「え~と全然大丈夫だけど、夏休み中は忙しかったりするかも。だからあまり参加は難しいかもしれないなー。」手癖で前髪をいつも以上に触りながら答える。
「全然!もし時間があればでいい・・からたま~に参加してくれるだけでいいから」汐止はこちらに気を遣い言葉を選びながら喋るっているのが分かる。
気まずい雰囲気だけが流れ、汗と共に脂汗も流れているが分かる。
「もし良かったら考えといて。」
「そうだな。明日にでも。」
「うん。また返事聞かせてね」
「また言うよ。」
そういうと汐止は「ありがとうね」と言い残し教室に向かう。数分経った後、ケータイで時間を確認し足早に教室に戻った。
その日は何度も汐止との会話を思い出した。その度に『ああ言えばよかった』などと考え一人恥ずかしくなる。
帰り道で優にでも笑ってもらおうと思い授業中はできるだけ考えないようにした。
いつもとは1本早い電車に乗った。イヤホンから流れる音楽はお気に入りのプレイリストが流れている。
優は汐止とボランティアについて話し合うため今日は残るらしい。少しだけ羨ましかった。
優は面白いし優しい、あらかたボランティアの方も俺より優とやる方が良い。
「なんせ俺は上手く喋れなかったもんなー。」と返却されたテストを見て過去の自分に文句を言うように吐き捨てた。
次の日の6限目、運動場を見ながらまた何もない平凡な日常が始まった事を感じた。昨日転校生が来て教室の雰囲気は一変した。しかし今日になれば何事もなかったかのようにみんな生活している。
昼休みになれば友達と談笑し、5限目は帰ったら何をしようかと考えた。よく時間は全てを解決すると言うが実際その通りだ。天変地異なことですら日常に元通りになる。
転校生が来ると聞いた時何か面白い事が起きるのでは無いかと期待した。
実際、転校生がきて偶々話しかけられたが、何も無かった。きっとボランティアに参加しても何も無いだろう。汐止とドラマ的な何かが始まるとは期待してた訳じゃない。
俺は生き急いでいたと思う。
いつも通り普通に過ごせば良い。ボランティアなど頑張っても頑張らなくてもこの日常が変わらない。
学校を卒業し社会に揉まれれば、この日常も変わるだろう。
なざなら運命は決まっているからだ。
何てことを頭の中で考えながら時間いっぱい授業時間を潰した。「これ以上は限界だ」そう呟き机に突っ伏した。
はっきりとしない頭の中で「大智君、起きてこっちに来て」と言われた気がした。それと同時に机を揺らされ意識がはっきりする。
目を半分だけ開け袖で口元を擦る。いまいち状況を掴めなかったが、汐止が教室から出ていく姿が見えた。
足早に廊下に出て汐止に「何か用事あるのか」と聞いた。
「昨日言ってたでしょ。ボランティアは手伝ってくれるって。」と問いかけてきた。
まだぼんやりとしながら「今から?少し急すぎないか。」と言った。
そんな俺に汐止は「今ここで決断して。着いてくるか帰るか。」と振り返り目を見て聞いてきた。
無理やり頭を起こす。今日の予定を思い出すが何もない事を確認した。しかしこの決断が何故か後々厄介な事に繋がりそうだと直感する。
数秒考えこれ以上考えるのが面倒になり「分かった、手伝うよ」と言った。
バスに乗ってから30分が経った。乗客はすっかり居なくなり、周りの風景も緑一色になった。汐止は「河原町海水浴場に行きます」とだけ言って黙ってしまった。その割には目を見開いて真っすぐ窓の景色ばかり見ている。その姿を見て話しかけるのが申し訳なく感じた。
結局海水浴場に着くまで一言も話さずにいた 。
バスから降り袖を捲り上げる。現在16時47分。日は降り、海辺であるが暑い。
河原町海水浴場。日本中どこにでもありそうな海だがそこそこ大きいし駐車場が広い為、人気がある。汐止が見た花火もここで打ち揚げられた。
「汐止、ここに来て何するんんだ?海水浴でもするのか?」
「ええ、夏休みになればそれもしたいけど、今日するのは・・・」そう言い出しカバンから90Ⅼ袋を取り出した。
「ここのゴミ拾いをするの。綺麗になるまで」そう言ってゴミ袋を渡してきた。
「・・・ありがとう」汐止に着いていった事を少し後悔しながらその辺に落ちているジュース缶から拾い出した。
ゴミが多いおかげで、1時間程でごみ袋の中は満杯に溜まった。汐止のごみ袋も満杯で袋を括っている所だった。
「汐止、俺も袋満杯になったぜ」そう言ってごみ袋を見せた。
「凄いね。結構集中してゴミ拾ったつもりだけど先越されたわ。」本当に集中していたのか笑っていた。
その笑顔は可愛いと思った。
なんてことを考えいると「袋は沢山あるからまた終わったら言ってね」と新しい袋を渡してきた。
「面倒くせぇ。」うっかり本音が漏れてしまい焦りながら汐止を見た。
「じゃ、可愛く言うから手伝ってよ」そういうと汐止は「お願い」と上目遣いで聞いてきた。
「・・・分かったよ」袋を受け取り、顔は見られないように下を向いた。
汐止は「可愛いとこあるじゃん」と追い打ちをかけてきた。
それに「うるさいな」と軽くあしらった。
「ねぇ、大智君お酒って美味しいと思う?さっきからずっと缶ビール拾ってる気がする。」そう言いだし空き缶を見せた。
「大智君の両親はお酒よく飲むの?」
「平日は飲んでないなー。でも週末はよく飲んでる」
「うちのお母さんはよくお酒飲むの。お父さんとテレビ見ながら、今度ここに吞みに行こうなんて喋りながら」汐止はゴミを拾いながら話している。
落ちてるゴミを拾いながら「俺のところも、家族3人で外食する時、父親だけが吞んでいる。母親は帰り運転するから吞めないんだって。」
父親は帰り道、よく「早く大智と呑みたい」って言ってる事を思い出す。
「お酒の何が、この人類を魅了するのかな?」
汐止が急にスケールの大きい話しをした事にに少し可笑しいと思い笑う。
「さぁー、よく父親は喉ごしがーとか、深い味がある。とか言ってた。・・・言ってると思います。」ため口になってる事に気付き訂正した。
「ため口でいいよ、この先お互い気を遣ってたらしんどいでしょ。」
「じゃあ、汐止・・・」
「なに?大智君」からかう様に見てくる。
耐えられなくなり目を逸らす。
先程の話を思い出し「お母さんは何でお酒が好きって言てたんだよ。」
「頭がぼーとして、楽しくなるからだって。」汐止もゴミ拾いだした。
「変よね。ぼーとしたら、味も分からなくなるじゃない。それに何を話してたかも。」
「だからかも知れないな。いつも考える事が多いから、偶には何も考えずに喋りたいのかもな。」
「変だね。喋るのに考える事なんてそんなに無いのに。」
「あるさ、子どもの俺でもすげえ考えてしまうから。大人になればもっと考える事が多いに決まってる。」
「じゃあ、海水浴場で元気に遊ぶ幼児を見て、大人は羨ましがってたのかな?」
「そこまでは分からねぇよ。でも子供に戻りたいってそういう事かも知れない。」
「へぇー、詳しいんだね。もしかしてお酒飲んだことあるとか?」笑いながら聞いてくる。拾った空き缶を持ち、にやつき「20歳じゃ無いのにいけないんだー」
「飲んだことねぇよ。そういう汐止は飲んだことないのかよ。お母さん好きなんだろ?」
「私もないよ!度々進められるけどまだ口につけたこと無いし。」そう言い、汐止は手に持ってた空き缶に力を入れた。運悪く中身が入っていたらしくビールが噴き出してきた。
「あっ、」と汐止が呟く。
幸い、中は少なく、服に飛び散ることが無かったが、ビールが汐止の手を滴り落ちる。固まっている汐止に海で手を洗う事を勧め、海辺まで移動する。
汐止は押し寄せてくる波を避けながら手を濯いでいる。
不意に汐止が「ねぇ、本当に綺麗よね、ここの海。保育園の時から変わってない。」
「そこが田舎のいい所なんだよな。」
汐止はこっちを向いた。
「もう一回見れるかな。あの花火。」
少し考え「見れると思うよ。多分な。」と言った。
この時汐止には秘密を隠していた。
集めたごみを、ごみ置き場に持っていき帰り支度を早々に済ませた。19時30分・・結構時間が掛かってしまった。帰りのバスで母親にLINEを済ませ、ふと窓の外を見た。隣に座っている汐止も外の景色を眺めていた。
「外の景色ばかり見ているが、何か思い出とかあるのか?」疑問になり聞いてみる。
「思い出という程ではないけど、懐かしいなーと思って。昔と余り変わらないのね。」
「駅周辺はいろいろ建物が増えたけど、海水浴場ら辺は昔とかわらないな。大阪と違ってこっちは何もないだろ?」
「うーん、1年くらいしか大阪にいないからわからない。」
「そうなんだ。もしかして昔から引っ越すのが多いのか?」
「そのとおり!昔は嫌だったけど今は慣れちゃた。」汐止は明るい口調でそういった。
「昔ここから引っ越すときも、嫌だと言ってごねてた時におばあちゃんに夏祭りに連れてってもらったの。あの時の花火きれいだったな。」懐かしそうに話す。
「その花火を見て機嫌がなおったのか?」
「うん。その後お母さんに引っ越した場所はもっとすごい花火が見れるよ。と言われて機嫌直したよ」汐止はその後に「子供らしかった」と笑っていた。
「なぁ汐止、もし花火が何らかの理由で見れなかったらどうする?」唐突だったと思うが聞かなければならない為聞いた。
「そうだね、ちょっと悲しいかも。」
「そうだよな。・・・もしかしたらの話だから気にしなくて良いんだけど。」
汐止はこちらに顔を向けた「知ってるよ。もう5年前から花火、揚げてないんでしょ。」
汐止がその事を知っているのに驚いた。だとすれば次の疑問が浮かんでくる。
「じゃあ、なぜボランティアなんてやろうとするんだ?」
「う~ん。どうしても、見てみたかったから・・・かな。」
「そうなのか」少し驚き、間抜けな声が出る。
もっと確固たる理由を想像していた。しかし余りにも拍子抜けていた。
「じゃあ良かったな花火なら、日本中のどこでも見れる、ここじゃなくても。」
「でも私はここで見たい。無理かもしれなけど諦めたくない。」
訳が分からなく頭が混乱する。汐止は夏祭り本番までゴミ拾いを続けると言っていた。
雨の日も暑い中でも。
「なぁ汐止、揚がるか分からないんだろ?それならそこまで頑張らなくても」
汐止は言葉を遮り「それでもやるよ。」と言った。
「どうしてだよ。」
気付けば熱が入り汐止の事を否定したくなっていた。「そうだね。やっぱりやめるよ。」と言わしたいから続ける。
「揚がるか分からない河原町の花火なんて・・・」冷静になり言いかけた言葉を戻した。しかし汐止は俺が発言するのを待っている。
「そんなに頑張らなくてもいいじゃないか。」申し訳無く感じ視線を逸らした。
二人の間に沈黙が流れる。発言した事を後悔するにはそう、時間を要しなかった。
「花火を揚げなくなった理由は人手不足な為だったよね。」
「うん。人手不足で花火は毎年中止になっている。今年も人は集まらないと思う。」
「じゃあ、やってみないと分からないかもよ。」
「分かるさ。本当はみんな花火が見たいと思っている。でも失敗すれば周りから笑われ時間を無駄にしたと思うのが怖くて誰も行動出来ない。賢い大人になったからだ。」自嘲気味に笑った。
汐止の発言は夢を諦め平和に暮らすことを決めた俺を否定する事だと分かっていた。だから全力で否定しなければならない。
「みんな一丁前に大人になったんだよ。無理なことには興味も無くなり、努力することも嫌になる。努力した結果何も成果が無ければ嫌だろ?そうやって周りに愚痴を言えば周りも共感してくれて慰めてくれる。」
拙い言葉も汐止は口出す事なく聞いてくれている。だから聞いてほしかった。
「汐止この世に奇跡は無いんだ。だから頑張っても無駄になる事の方が多い。その時に汐止は耐えられるのか。」
「私は大丈夫だよ。奇跡がない事も、みんなが大人になってしまった事も分かっている。でも、やりたい事をやらず、結果を待っているだけは嫌なの。」
本心からの言葉だと分かる。だから汐止の話を遮らず聞いてみたかった。
「努力した結果失敗しても私は構わない。大人になるっていうのが、周りに意見を合わせるなら私はいつまでも子供のままでいい。私は誰に何を言われようと自分がしたい事をしたいの!」
「大智君の気持も分かったよ。昨日優君に色々聞いたから。だとしても私はやるよ。それが私がしたい事だもん。」汐止の意思はとても強いと感じた。俺なんかが曲げれる訳がない程に。
汐止の事を羨ましいと思った。俺もこんな風に考えれたら、こんなに強ければ良かったのにな。
そんな弱い俺だから分かった事がある。いずれ俺は汐止の邪魔になる。そうなる前に身を引かなくてはならない。
足りない頭から言葉を精一杯引っ張りだし汐止に「そうか、頑張れ。」と言った。
「頑張れじゃないよ。大智君はどうするの?」汐止は詰め寄りそう聞いてきた。
その問い掛けに俺は迷ってしまった。「やらない。」と言うつもりだったが、「やりたい」と言ってもいいのかと。
迷い続け答えが出ず「俺はどうしたらいいんだ。」と言ってしまった。
「それは自分で考えて。」
「もし、したいと言っても迷惑じゃないか?」
汐止は大きくため息をつき「考えすぎだよ大智君。君の意見はどうなの。」
「俺は・・・」どうしても本心が言えなかった。
汐止は微笑み「大智君も見たいんでしょ花火。したいんでしょ私と一緒に」
「うん」気づいた時には返事をしていたと思う。
「じゃあ決定だね。」汐止が無邪気に笑う。
特別花火が見たいわけでは無かった。汐止とボランティアをしたい訳でも無かった。
汐止の姿に惹かれてしまった。
「汐止、よろしく頼む。こんな俺だが」
この先きっと辛いと思うが汐止について行こうと思う。俺も強くなりたいから逃げない事を誓った。
俺は右手を汐止に差し出した。汐止と強く握手した。その時に汐止も「よろしくね!」と言ってくれた。
次の日学校からの最寄り駅で優が待れていた。「よう」と一言済ませ自転車に跨る。優と並走しながら学校に向かう。
「おはよう、心の友大智君。昨日は良い事あったかい?」
何か知っている様な口ぶりで聞いてくる。
「まぁ、汐止と一緒にごみ拾いしただけだよ。」
「そんな事は聞いていないんだよ。何かあったのか。」妙に高いテンションで聞いてくる。続けて「そんな目をしているから聞いているのさ。」
「優には適わないな」と前置きを置いて昨日の事を話した。優は事の顛末を茶化さずに聞いてくれた。
「やっぱりあの女に大智の事を任せて良かった。」汐止は優から話を聞いたと言っていた。どこまで話したか分からないが。
「そういえば、優は汐止に何を話したんだ?」
「余り深くは喋ってねぇぜ。あまりベラベラと過去の事を引っ張り出して喋るのは嫌いだろ。」優のこういう所は信用しているから端から疑ってもなかった。
「けど、お前が過去に失敗して、それに怯えて自分の殻に籠るようになったと言ったぜ。」漕ぐスピードを落とし優の方を見る、怒ったからでは無い、それに気付いていたという事に驚いたからだ。
「汐止は何て言ってたんだ。」
「任せて」
「そう言って、走って行ったさ。」微妙に恥ずかしくもあるが有り難いとも思う。優は「あの女、なかなかワイルドだった。」独り言をつぶやいた。
「お前も相当ワイルドでかっこいいよ。そんな状況でも離れずずっと俺の傍にいてくれたから。」優は驚いた表情で俺の事を見てきた。それが恥ずかしくて尻を上げ勢い良く漕ぎ出す。
風を気持ち良く感じる。暑いせいなのかわからないが。
「時に大智よ。好きな人でも出来たのか?」ペダルと風の音がうるさいが優の突拍子のない発言が面白くて聞き返す。
「出来てないけど、急に可笑しなこと聞いてどうしたんだ。」
「昔読んだ小説に『人が変わろうとする時は失恋した時か好きな人ができた時だ』と書いていたからな」
立ち漕ぎにつかれ尻を落とす。
「残念だがどちらともNOだ。」昔から優は小説読まないだろ。なんて考えていたら「好きな人が出来たらちゃんと報告しろよ。」と言ってきた。適当に返事を済ませ学校の門をくぐった。その時汐止がいたので挨拶を済ませ今日の予定を聞いた。今日もあの海岸でゴミ拾いをするらしい。
「じゃあ、また放課後でね。」
「おう。また」
汐止は自転車通学じゃないからそのまま教室に向かった。
優は自転車を止めていて、俺の事を待ってくれていた。
「かっこいいな、お前は」そう言うと優は照れて「うるせぇよ。」と言った。
傍からみたら気持ち悪いほどじゃれ合いながら教室に向かった。
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