藍春
あま
第1話
新入生が高校に慣れてきて遅刻が増え始め、授業中に寝だす子がいる6月頃。
入学当初学校のパンフレットに載る位、しっかりと制服を着こなした新入生。今ではシャツの裾がはみ出ていたり、ネクタイをしない生徒が増えた。1年生が職員室前で怒られるのは何度か見た。
毎年この時期、学校全体の雰囲気が緩くなる。
しかし部活動の時間だけは違うと感じさせる。特に我が校を代表するサッカー部は月を増すごとに引き締まっている。
新入生は先輩や同学年と打ち解け、纏ってきていると聞いた。先輩は後輩に負けないように部活動に対して熱くなっている。
大きな大会があり、レギュラー争いの激しさが増した。グランドでは部員間で肩を組み円陣を組んでいる。暑くなりだしたこの頃、その熱さにも負けない情熱。
挑戦者の1年生。もうすぐ自分たちの代になる前に先輩に勝ちたいと考える2年生。最後の青春であり、思い残す事が無いように全力疾走な3年生。
全員の思いは違うが「勝ちたい」という想いはお同じにみえる。熱い眼差し、キャプテンの大きく頼りになる声。何十人もの混じった声。円陣中心で発するキャプテン
の志はみんなの目標となった。
一人の声が重なり束ねた大声がグランドに響いた。
そんな姿をグランドのフェンス越しから俺は見ていた。
「相変わらず、サッカー部の連中は熱いな。」
そう呟いたのは同じクラスの優。小中高一緒である。
「今年は頑翔がキャプテンになったからみんな必死なんだろ。」
「頑翔って同じクラスのあいつか?」優は驚いていたが、すぐに興味が無くなったのか「適任だろうなー。」と呟いた。
駐輪場に向かう途中、嫌でもグランドが目に入る。
優は急に思い出したのか少し離れた場所に止めた自転車から「あっ、すまん大智。悪気があった訳じゃない。」と申し訳なさそうに謝る。
「別に気にしてないさ。逆にもっと弄ってくれよ。」自転車に鍵を刺しながら、優に聞こえるように少し大きな声を出す。
『本当に別に気にしてない。』
「大智はさー何でサッカー部を辞めたんだ?」
校門を出てから2列で並走していた。学校から最寄り駅まで約15分、普段は他愛のない話をして帰っていたが今日は暗い話題になりそうだ。
「練習についていけなくなったからやなー。」
優は聞こえずらかったのか、少しずつ近づいてくる。
「いつもそう言っているけど本当のところはどうなんだ?そろそろいいだろ?」
毎回はぐらかしているのを気付いているのか、少し不服そうだ。
「せっかくスタメンだったのに、勿体無いなー」
「何かわかんねぇけど、急にサッカーを続けていくのが辛くなったんだ。」
本心近い事を話した。
「そんなことより、もう時期ある夏祭りのボランティア活動今年もするのか?」
これ以上追求されるのは嫌なので適当な話で濁す。
それを察してか優は近すぎた距離をもとに戻す。
「まぁ一応参加するよ。でも今年は大智も参加しないと駄目だろ?」
「まぁな。」
毎年恒例の夏祭り。学校からボランティアの参加者を募るが勿論集まらない。その為入部していない生徒は夏休みの間、半強制的に数回ボランティア活動に参加させられる。
「去年はどんな事をしたんだ?」
「去年は青春という名目でゴミ拾いや、力仕事ばっかりやらされたさ。今年もやらされんだろうなー。」優は億劫そうに答える。
「募集要項と内容が違うバイトのポスターみたいだな。」
「やりがいが一番です。で釣ろうとしているのもな。」
「まあ、今年は俺もやるから、一緒にやり過ごそうぜ。」
「それはいいな。」優は少し微笑んだ。
7月中旬にある、この町最大のイベント行事。何もないこの町では楽しみにしている行事の一つだ。何年前かはテレビ局が取材に来るほど大盛況だった。しかし最近は取材どころか規模も客足も減っている。
夏の空に打ち上げられる花火が有名だった。祭りは何処でもやっている上に花火以外は特別な事もやってない。だが、知らない顔がすれ違うあの特別な日は好きだった。
「なあ、明日転校してくる子も参加するんかな?」
「転校してすぐだから参加しないだろ。けど2~3回は参加するやろな。」
今日のHRで突然、教師から報告された。先生方も何年振りかの転校生という事で手続きやらに追われていて詳しいことは、説明されなかった。
分かっているのは女子ということ。正直この情報が一番重要であり他はどうでもいい。ついでに大阪からの転校で名前は「汐止 凪」らしい。
見知らぬ田舎に来て夏祭りの手伝いをさせられるのは酷な事だ。しかし、夏休みまでに友達が出来なければ1ヶ月間空虚なものになる。
転校生も気の毒だな。
「なあ大智、何回か転校生をボランティアに誘おうぜ。」意を決した顔で優は言う。
「そうだな。」そう言って微笑んだ。
似た事を考えていたのか、優から提案してきた。
優は優しい。みんなが思いつくが行動に移せない事を平然とやっている。
「気があるとかじゃ無いぜ」「まじで」慌てて下心がない事を強調してくる。
「知っているよ。」
そんな事、始めから気付いている。優を馬鹿だなと思う。
「なあ、大智やっぱりボランティアは面倒くさいよな。」
「あーあ」
「だりーなーー」優は口を大きく開け目一杯大きな声を出した。
優の声が帰り道を独占して進んでいく。もしかしたら誰かに聴こえていたかも知れない。しかしそんな事は気にしない。
優は嬉しそうに「なあ、今の結構良かったんじゃね?」と尋ねてきて答える隙も無く「今週も大会は俺の優勝だな」と言った。
「相変わらずお前の声は大きいな。」
優のいう大会は、とにかく大きな音を出すのを競う大会だ。
田舎のこの町では大きな音がなく、この町を活気づける為初まった大会だ。現在1位は優の叫び声で2位は毎週来るトラックのクラクション。参加者は一人と一台だ。
「大智もこの大会に参加するか?優勝賞品はジュースだぞ」
「そのうち参加する。」巻き込まれない様に慎重に言葉を選んだ。
「そうか。今日は俺の勝ちだから優勝賞品贈呈として、コンビニ寄って行こうぜ」
要するにこの大会はコンビニによる為の口実なのだ。
果たして審査は公平なのだろうか。
優がコンビニからご機嫌で出て来る。手にはジュースとレジ横の揚げ物を持っていた。
出てきた優に「これから頑張ろうな。」と呟いた。
優は「なんか言ったか?」と聞き返した。
独り言のつもりで言った為「なんでも。」とだけ返した。
最寄り駅に着いたら別れの挨拶をして違う番線に向かった。向かう途中でバックから携帯とイヤホンを出す。
自宅は学校から4駅ほど離れた場所にあり、県一番静かなところにあたる。
自宅からの最寄り駅からも15分程歩く為、家に着くころには17時を超える事が多い。もう少し早く帰れるが帰ってもやることがないからだらだらと帰宅する。
先程、優が「なぜ部活を辞めたのか」を聞いてきた事を思い出す。辞めた理由は何だったか覚えていない。ただ、正確には辞めようと決意した時の事は覚えていた。
3年生の先輩が引退して、繰上がりでレギュラーになれて、とても嬉しかった。
と言えば少しだけ嘘になる。半年前からレギュラーになる事を予想していた。直接先生から言われた訳では無いが学生間での噂話だ。だからレギュラーに選ばれた時嬉しいより「やっぱり」という感情のほうが大きかった。
『今まで通り』と思っていたが、練習はきつく、プレッシャーも凄かった。『今まで通り』と思っていたが、『レギュラーである』事のプレッシャーは凄かった。
徐々に部活が行くのが怖くなりだし、一人で悩む時間が増えた。しかし「こんな事で悩んでいるのか」と思われたく無く、誰にも相談できずにいた。
部活に行かない日々が増え顧問に呼び出され話し合いをした結果、一時的に休部という扱いにして貰った。
休部期間中何回も「復帰したい」と思ったし、周りに「もう少しで部活に行く」と言った。しかしいざ部活に参加しようとすると体が動かない。まるでテスト直前、教科書から赤文字を探す学生のように部活に行かない理由を探していた。
時間だけが過ぎ、噂話も飽きられた頃、部活を辞めた。
今考えると、あの時勇気を出して、部活に行けば何か変わっていたかもしれない。でも行っても引退まで続けていた自信が無かった。
『辛いことから目を背けた』これが辞めた理由になるだろう。
今日のサッカー部の雰囲気を思い出す。円陣の中心には頑翔がいた。昔からサッカーが好きで誰もいないところでも練習していた。暑苦しいにも程がある。1年生の時から人一番頑張っていた頑翔がキャプテンをしていた。
何故、あれ程サッカーに情熱を注げるのだろうか。
そして俺も頑翔みたいにサッカーを好きになれたら少しは楽だっただろうな。
家に着きカバンを降ろす。帰宅してもやる事は無いから適当に時間を潰す。バイトをする事を考えたが、交通の利便性を考え辞めた。金銭面の問題は長期休みで一気に稼ぐ。
最近は日を跨いでから寝ることが多い。
一日を振り返っても何も無いが平和で悪くなかった。
次の日登校途中で『電車から見える景色は毎日ほとんど同じだ』と、当たり前の事を考えた。部活をしてた時はそんな事は考えなかった。
辞めてからは気分転換で毎日違う車両に乗ってみたりしたが数日で飽きてしまった。今はぼーと外を眺めている。最寄り駅に着けば優がいる。そんなゆっくり進む日常が好きだった。
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