第5話 遅めの自己紹介

 彼がソファに座るのに続いて美海も向かいのソファに座る。

 そしてこちらに顔を向ける彼を見る。

「では、今からこれからの話をするが……、その前にまずは自己紹介からだな。」

 

 そういえば、彼の名前すら知らないというのを今思い出した。


「私の名前はロキだ。」

 

 ロキか。やっぱり名前も外国っぽい名前なんだな。


『では改めて、私は柴咲美海です。苗字が柴咲で名前が美海です。よろしくお願いします。』

「ああ、よろしくな。えっと、美海、年はいくつだ?」

『16です。』

 指のジェスチャーと共に答える。

「私は17だ。」

 その言葉に美海はもっと年上だと思っていたため驚いてしまった。

 やはり外国の人(外国ではなく異世界だが)は大人っぽく見えるのだろうか。

「そんなに驚いてどうしたんだ?」

『いえ、もっと年上かと思っててびっくりしただけです』

「そうか。」

 それだけ言うと彼はなぜか何も言わなくなってしまった。

 美海が気まずくなっていると彼はすぐにすまないと誤った。

「えっと、これ以外に何を言えばいいのかな。」

 自己紹介とは他に何を言えばいいのかわからないらしい。

 残念ながら美海も他に何を言えばいいか思い浮かばず、少しの間、沈黙が流れた。

『えっと、今言わなくちゃいけないことは思いつかないので、わからないこととか気になったことはその都度聞いていくでいいんじゃないですかね。』

「確かにその通りだな。じゃあ、次の話に移るか。」

 美海は頷く。


「では美海、うすうす気づいていると思うけれど、今の所君が元の世界に戻れる方法はないんだ。帰る方法を探してはみるけれどおそらく無理だと思ってくれ。時空の問題は全然わかっていないんだ。とりあえずしばらくはここにいるといいが君はこれからどうしたい。」

 彼の口から元の世界には戻れないということをはっきり言われてしまうのはなかなかきつかった。だが現実を受け止めるしかなかった。

『ありがとうございます。まだ何も決まっていませんがとりあえずこの世界について知りたいです。この世界について何も知らないので。』

「そうか。では後でこの世界についての基本的な資料を集めておく。文字は読めるか?」

『実は、この世界の文字は読むことができなくて…。』

「そうか、ではしばらくは私が口頭でこの世界について教えるよ。それから文字の練習も一緒にするか。流石に私もやることがあるから一日中とはいかないが。」

 彼の優しさが美海の心に染みる。いくら自分の家にいたからといって普通は知らない人の話を聞いたり、食事を出したり、ましてや家に住ませて世話なんてことをするはずない。運がいいのか悪いのかわからないが転移(?)したのがこの人のもとで良かったと思った。

「ところで君って耳が全く聞こえないのかい。それとも少しは聞こえるかな?」

 美海が感動しているところをロキは無表情でズバッとデリケートな部分に触れてくる。

『えっと、今は全く聞こえません。でも補助機器があれば音がするっていうのだけはわかります。どの音も声もザーって音にしか聞こえませんが。』

「補助機器?」

 ロキは補助機器がわからないらしい。この世界には聴覚障害の補助機器がないのか。まあ、魔法の世界だから当たり前かもしれないが。

『音が聞こえやすくするためのものです』

 美海は制服のポケットに入れていた補聴器を取り出した。

『これを耳にはめるんです。』

 ロキは美海の手のひらの補聴器をじっと見つめる。

「これをつけても少ししか聞こえないのね。」

 その言葉に頷く。

「じゃあ、私がそれを治すよ。君を普通の人と同じように聞こえるようにする。」

 その言葉に美海は何を言っているんだと目を見開いてしまった。

 もしかしたら、自分が口の動きを読み間違えたのかもしれないと思い、もう一度聞いてみるも答えは同じだった。

『そんなことできるんですか?』

「ああ、できる。時間はかかるけどね。私のせいで君のこの世界に連れてきてしまったんだ。それくらいのことはするよ。」

 彼はまだ美海がこちらの世界に来たのは自分のせいだと思っているらしい。

  

 あなたのせいじゃないのに。

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