第4話 一緒に食べよう

 しばらくの沈黙の後、美海は再び泣いてしまった。しかし事実を受け止めるしかなく、なんとか涙を拭う。

 美海が泣き止むと同時に美海のお腹から音が鳴る。

 彼が口を開いた。

「ひとまず、食事にしよう。お腹が空いては何にも始まらないしな。それからこの先のことを話し合おう。」

 その言葉に美海は顔を赤く染めながら頷く。

 目が覚めてからどのぐらいの時間が経ったかはわからないが美海はこの大変な状況下でもお腹が空いてしまっていたらしい。

 

 それから別の部屋に移動するらしく、彼はティーセットをトレーに乗せて持ち、扉に向かって歩いていく。

 実験室から出るとオレンジ色の美しい光が美海の目に入る。

 上を見上げると夕日によりオレンジ色に染まった空が見えてとても綺麗だった。

 どうやら実験室を出ると外に出るようになっているらしい。辺りを見渡すと様々な植物が生えた庭に欧風な石壁、そしてそこに蔦が絡まっている。

 彼はどんどん歩いていくのであまり周りも見る間もなく後を追いかける。

 そして右に曲がると、目の前には平瓦に石造りの豪邸とまではいかないが明らかに美海の家よりも大きな建物がそびえ立っていた。数段の石段を登り、古い木製の扉を開ける。

 いかにもヨーロッパ風な大きな家に美海は少し心を躍らされた。どんな豪華な部屋なんだろうと思っていたのも束の間で扉の中に入ると部屋は広いが、置いてある家具は少なく、装飾もほとんどなかった。

 美海は少しがっかりはしたがとりあえず中に入る。そして彼に食事の準備をするから椅子に座っていろとソファを指差され、暗い赤ワイン色のソファに座った。

 彼は奥の部屋へ行く。


 このソファ地味に見えたけどよく見るとすごく高そうだなあ。


 それにしても、こんな日本には滅多にないような石造りの家を見たら余計に異世界にいるのだと改めて実感してしまう。

 

 ダメだダメだ。こんなことばかり考えていると涙が止まんなくなっちゃう。


 美海は待っているのが暇になってしまったためソファに座っていろと言われたものの部屋の中を歩き回る。この部屋には本がびっしりと並んでいるいくつかの本棚が部屋の端に置いてあり、中央にテーブルと赤ワイン色のソファ、奥の部屋へ続く扉がいくつかと2階へ続く階段、そして外へ出る扉しかない。

 本棚の本を取り出して開いて見てみるがなんと書いてあるのか全くわからなかった。話す言葉は一緒なのに書く文字は違うらしい。不思議なものだ。

 この部屋の探検は5分もしないうちに終わってしまった。流石に他の部屋に勝手に行くわけにもいかず、再びソファに座るととてもいい匂いがしてきた。

 先ほど彼が向かった奥の部屋からだ。そして何かを焼く音も聞こえてきた。この部屋と奥の部屋は扉がないため音も匂いもわかってしまう。

 気になって覗いてみると彼はローブを脱いで、代わりにエプロンを着けてキッチンに立っている。お肉を焼いているらしい。

 彼は美海の視線に気づいたらしく振り向く。そして首をかしげる。

「どうしたんだ?」

『何作ってるんだろうって気になって……。』

「気になるならそこの椅子に座ってろ」

 そう言われ木造の机と椅子に視線を向ける。そしてそこへ座って彼の手元を見ていた。

 彼はとても手際がよく、野菜を切るのもとても速かった。よく母の手伝いをしていた自分よりも速い。

 彼の料理を作る姿を見ると母が料理を作っていた姿と重なってなんだかとても落ち着く。

 手伝うかと途中で聞いたものの断られてしまった。

 そのため彼の料理を作る後ろ姿をじっと眺める。

 彼はその視線に少し戸惑っている様に見えた。

 

 しばらくすると料理が完成したらしく、お皿を持ってこちらを向く。

「その皿も持ってこっち来い」

 言われた通りお皿を持って彼の後に続く。さっきの部屋だ。赤ワイン色のソファの前にあるテーブルに置く。

 テーブルの上には温野菜のサラダにチキンステーキそして野菜たっぷりのトマトスープに丸いパンととても美味しそうな料理がたくさん置かれた。

 美海がソファに座ると彼は向かい側のソファに座り、食べ始める。私もいただきますと手を合わせ彼につづいて食べ始める。


 何これ、すごく美味しい!特にこのパンは外はパリっとしてて中はふわふわで今まで食べたパンで一番美味しいかもしれない!


 とても幸せそうに食事を頬張る美海を見て彼の口からふふふと笑い声が漏れてきた。

「口に合うようで良かったよ。」


 あっ、初めてこの人の笑った顔を見た。こんなふうに笑うんだ


 彼は先ほどまでの無表情と申し訳なさそうな表情しかまだ美海に見せていなかった。

 美海は彼が美海が食事を頬張るところが面白くて笑っているとは知らず、彼の笑顔を見れたことに喜んでいた。その事実を知っていたら美海はおそらく恥ずかしさで縮こまってしまっていただろう。


 美海は手を止めることなく食事を口に運ぶが少し食べづらさを感じていた。なぜなら美海が今座っているのはソファで目の前の食事の乗ったテーブルは食事をするのには高さが合っておらず低かったからである。

 先ほどのキッチンの机と椅子で彼はいつも食べているのではないかと、なぜこちらで食べるのだと思い、美海は食べるのを止めて彼の方を向くと彼はそれに気づいてこちらを見る。

『あの、あちらにも机と椅子があったと思うんですけど、なんでここで食べるんですか』

「ああ、ここでは食べづらかったかな。あっちには椅子が一つしかなかっただろう。だからこっちにしたんだが、そうだね、同じ椅子を持ってくるからこれからはあっちで食べようか。」

 美海はその言葉に目が潤む。


 

 夕食を食べ終わりごちそうさまでしたと手を合わせると彼が美海の分の食器も片付け始めた。美海が手伝うと言っても彼はいいからそこで座っていろと言って皿をキッチンの方へ持って行く。美海はそれを聞かずに再びキッチンを覗く。

 すると驚くべき光景が目の前にはあった。なんと彼の目の前の皿が浮いた。そして大きな水の玉が現れその中に皿が入っていった。水の玉の中で皿がぐるぐると回っている。皿同士が一度もぶつかることなく回り終わり水が消えると濡れていた皿はいつの間にか乾いていて棚の中に揃えられるように置かれていった。


 一体あれは何? もしかしてこの世界は魔法が使えるの?

 

 美海が驚いた顔をしているのに彼は気づいた。

「どうしたんだ。」

『今のなんですか! あのお皿がくるくるって!』

 美海の驚いた顔と手の仕草に彼はまた笑う。

「お前のいた世界には魔道具がなかったのか?」

 

 魔道具……、魔法道具かな。

 そっかこの世界には魔法があるんだ!


 美海は目を輝かせながら彼の言葉に頷く。

「そうか。あれは魔力を込められた生活を助ける道具だ。値段は少し高いがいちいち手で洗うよりは楽でいい。」


「まあそれは置いといて、これからのことについて話すぞ。」


そういうと彼は再び先ほどの部屋へ向かい、ソファに座った。

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