第3話

あれ?さっきの写真は。よく見ると送信に失敗しているではないか。なんということか。なぜだ。なぜここが圏外なんだ。ちょっとイラッ。先ほどまでの清々しい心地よい気持ちが若干吹き飛んだ。吹き飛んでしまった。

 確かに、ここは山の中だけれど、ここぞという必要なときに使えないなんて。

 だが、しかし。やっぱりな。この携帯電話会社では、この辺じゃ圏外だよな。よくあることなので分かる気がする。携帯会社を乗り換えようか。2年契約という壁が邪魔をして乗り換えは面倒くさい。ある意味文句もあるが、いた仕方がない。

 気を取り直して、取りあえず、この風景をもう1枚撮っておこう。もう一度記念撮影だ。


 よし。こんなものであろう。なかなか綺麗に撮れたな。さっきの写真よりも綺麗だ。


 さて、本文の入力だ。先ほどは、一言二言な文書だったため、少し長めな文書を送ろうと思う。僕のことをイメージしたかも聞いて、入力だけやっておこう。もう起きていることを想定し、読んでくれるだろうと期待した文書を入力する。

 歩きスマホは危険だが、ここだと大丈夫だろう。と思ったものの真面目に足を止めメールの本文を入力する。先ほどの綺麗に写ったほうの写真も添付し、あとは送信するだけだ。

 しかし、今この場所は圏外なため送信できない。仕方がなく、僕はいったんポケットに携帯電話を入れた。

 圏内になったら送信しよう。


 さあ、街のほうへと向かう。

 山から下りて彼女の元へ。


 小高い丘の上から街を見下ろし真っ白に染まった世界を見る。辺り一面、白の世界。まるで別世界にいるようだ。異世界のような光景。おとぎ話に出てきそうな、眼下に広がる白い世界。

 ただ一人僕だけがここにいる。ただ一人僕だけが。

 この白い世界に。

 見渡す世界は、白、白、白。すべてが白に染まり、大自然をもう一度取り戻したような光景が広がる。

 街がいつもの街ではなくなっている。白く染まった街は、もはやいつもの街ではない。これはこれで神秘的だ。神秘的な白の世界。

 少し違和感があるとすれば、車が道路を走っているということだ。どうして世界はこんなに無機質なのだろうか。敷き詰められた白い家々に、道路の迷路。道路という名の迷路が張り巡らされている。

 どうして世界はこうなのか。

 まるで何かと競い合っているかのように、せわしなく走る車。世界は何かと競っている。今の世の中、競い合い。教育にしても商売にしても、競い合うように何か目に見えないものと戦っている。


 どうして世界はこうなのか。


 先ほど体験した世界が夢幻のようだ。

 現実世界に戻った僕。現実世界を突きつけられた僕。これが現実世界。これが僕の生きている世界。僕の生きている世の中。

 なんだか少し胸が痛む。現実世界を突きつけられて、僕の胸は少し痛んだ。

 

 と、物思いにふけっている場合ではなかった。ここから早く降りなくては。お昼ご飯帯の時間になってしまう。

 僕はポケットから携帯電話を取り出した。時間を確認する。すると、まだまだ時間的余裕があった。


 なんだ。まだこんな時間か。


 しかし、僕は急いで坂を下った。彼女に早く会いたくなった。なんとなく。無性に会いたくなった。会いたくなってしまった。困ったな。この感情。この感覚。


 会いたい。

 会いたい。

 会いたい。

 会いたい。


 また再び彼女が僕に抱きついて、ハグハグしてくるイメージが見える。これは僕の勝手な妄想か。それとも彼女からのテレパシーか。もはや、もう区別がつかなくなってきた。会いたい。会いたい。会いたい。会いたい。早く彼女に会いたい。それだけだ。

 僕は、とにかく急いだ。急いで坂を下った。


ふもとに着いた僕は、ポケットから携帯電話を取り出した。

 再び携帯電話で時刻を確認する。時間は、まだこんな時間か。お昼ご飯の時間帯までには、まだまだ時間に余裕があった。

 先ほどの彼女が抱きついてくるイメージはフェイクでなないだろうか。僕は、そう確信した。おそらくフェイクに違いない。彼女のほうからハグハグしてくるなんて、やはり僕の妄想か。

 それとも、朝寝坊な彼女だ。休日のこの時間帯なら、おそらくまだ夢の中であろう。今頃は、まだ布団の中でぬくぬくしているに違いない。なんたってロングスリーパーな彼女だ。もし起きていたとしたら珍しい。布団に抱きついているのが、僕に抱きついているのと混同したに違いない。

 もしくは、珍しく彼女のほうから僕に抱きつく夢でも見ていたのであろうか。きっと、どちらかに違いない。そうに違いない。

 もしかすると、実は甘えん坊な彼女だ。夢の中では、僕に遠慮なく抱きついているのかもしれない。それが僕の中でイメージ化したのだろう。


 いつから僕もテレパシー使いになったのやら。正確には受信のみか。


 送信は、彼女が勝手に読み取っている。彼女に読み取られている。無自覚な僕なのだが、本当は送信をしていることになるのか。いや、ならないと思う。ならないと思いたい。

 僕は彼女にテレパシーで送信しているつもりはないのだが。彼女は僕の思考を読み取ってしまう。読み取ってしまうらしい。なんということか。なんたることか。電波という名の思考は、どこまでも飛ぶらしい。


 最近、少しずつ彼女のことが理解できるようになってきた。そして、油断は禁物だということも。決して、あらぬことを考えてはいけない。思ってもいけない。想像してもいけない。空想してもいけない。妄想してもいけない。

 難しい。なんて難しいんだ。お年頃の僕なのだけれど。

 僕はこれから先もずっと彼女と一緒に生きていきたい。これからの将来を彼女と一緒に歩んでいきたい。そのための努力なら惜しみなくするだろう。そのため僕にできることは、惜しみなくするだろう。

 それが僕の愛情だ。それが僕の愛情表現だ。


 僕は彼女に連絡をしようと、再びポケットから携帯電話を取り出した。時刻の確認と電波状況を確認する。

 すると、もうふもとまで来ていたためか、すでに携帯電話が圏内になっていた。僕は、また少し本文を打ち直し変えてみた。


 さあ、メールの送信だ。はい、送信。


 僕はメールの送信ボタンを押した。

 悲しいかな返信はないだろうと僕は思う。今頃、彼女はまだ布団の中であろう。彼女にとってのこの時間帯は、まだ布団が恋人な時間帯だ。布団が恋人であっても仕方がない。今頃、布団に丸まって、ぬくぬくしている頃であろう。

 だが、しかし。僕が布団に負けるなんて。僕が布団に負けるとは。敗北感が半端ない。半端ない敗北感だ。自分で考えておきながら、なんだか悲しくなってきた。少しへこんでしまった。


 帰り道を歩いていた僕。しばしすると、ポケットの中の携帯電話が震えた。誰だろう。何かの通知か。

 画面を見た僕は、驚きを隠せない。なんと珍しい。なんと珍しいかな、彼女から返信が来たではないか。


 まじか。


 これは、まさかのマジックだ。奇跡と言っても過言ではない。ありがたや、ありがたや。ありがたき幸せ。さっそく本文に目を通す。

 ……ほどでもなかった。


「かまくら こたつ」


 二言か……。うん。二言だ。二言、いた仕方がない。返信があっただけで奇跡だ。

 奇跡的に彼女は起きていたということか。ごく普通の人だと普通に起きている時間帯だ。いつまでも寝ているほうが珍しいと言えば、珍しい。

 ん?あれ?写真の感想は。肝心の写真の感想がないではないか。そこは重要なポイントだと思うのだが。僕の中では一番重要だったポイントなのだが。感想はどこへいったのやら。ちょっと楽しみにしてたんだけどな。なんということか。なんたることだ。

 まぁいいか。と、思うものの。まったく僕の彼女ときたら。PCは入力できるのに、なぜ携帯電話を使いこなせないのか。不思議で仕方がないと思う僕。今どきの若者は、使いこなせるとばかり思っている僕だったが、どうやらそうでもないらしい。

 それとも彼女に限ってか。今や、「O.K. Google」で入力の手間などいらないはずなのだが。素晴らしきかな音声入力。

 なぜだ。手抜きにもほどがある。と、携帯電話をある程度使える僕には、どうしてもそう思ってしまう。


 まさか。


 これは、もしや。まさかの寝起きか。僕としたことか。そこまで思い及ばなかった。寝ているところを起こしてしまったのだろうか。睡魔な彼女だ。その可能性もなきにしもあらず。

 寝起きなのか。彼女にしてみれば、あり得なくはない話だ。まだ寝ていたとしても不思議ではない時間帯だ。だとしたら申し訳ないことをしてしまった。

 ちょっと反省。いや、かなり反省。


 仕方ない。とにかく今は、かまくらとこたつを準備せねば。かまくらとこたつかぁ。さて、どうやって作ろうか。

 の、その前に。とにかく彼女に送る返信メールを考えねばならぬ。寝ていたことを想定に入れ。


「ごめんね。起こした?了解だよ」

と、だけメールを打つ。

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