シロウ君と療養所ばぶばぶ奮闘記

甘栗ののね

第1話 世界は滅びました

 自分で食事を作るのに、自分では食べられない。いつも賞味期限の切れた菓子パンか、カップ麺か、残飯だけだ。


「食わせてもらえるだけでもありがたいと思え」

「……はい。ありがとう、ございます」


 毎日洗濯をして、掃除をして、買い物をして、料理をして、学校へ行って。少しでもミスをしたら怒鳴られて、ぶたれて。


「いいんだよ、こいつは奴隷なんだから」


 物置の隅で寝泊まりして、テレビもゲームもなにもなくて。家事をしなくちゃならないから、外に遊びに行くこともできない。


「高校に行こうなんて考えるなよ。お前は中学を卒業したら働くんだ」


 高校にも行かないだろう。中卒で働いて、家にお金を入れるために。


 なんで、生きてるんだろう。辛くて、苦しくて、どうしようもないのに、誰も助けてくれなくて。


 学校にも家にも居場所がなくて、だからと言って他に逃げる場所もない。


「お父さん、お母さん……」


 両親を呼んでも助けに来てはくれない。だって、もうこの世にはいないんだから。


 なんで生きてるんだろう。どうして生きなければいけないんだろう。


「くっせぇ。近寄んなキモ虫!」


 ぼんやりと車を眺めていることもあった。線路を見つめていることもあった。学校の屋上へ続く階段がよく気になっていた。


 真っ暗だ。真っ暗で、真っ暗で、先なんて何も見えなかった。


 このままなんだろうか。このまま何も変わらず、どうしようもなく、ただ辛い思いをして生きていかなければならないのかと、そう思っていた。


 けれど、突然世界は変わってしまった。


「我々はこの世界に宣戦布告する」


 異世界から敵が攻めて来た。現代兵器の全く通じない『魔導兵器』で武装した異世界人が攻めて来た。


 戦況は圧倒的に不利だった。銃もミサイルも毒ガスや細菌兵器も、あらゆる兵器が通用しない敵に対して、人間は無力だった。


 そして、人類は最終手段を取った。


 核だ。人類は襲い来る異世界の軍勢に対抗するため核兵器を使用したのだ。


 だが、ダメだった。


 三年。たった三年で人類は異世界人たちに敗北したのだ。


 1999年。ボクが十四歳の時。たぶん、ノストラダムスの大予言は的中したのだ。


 それが恐怖の大王なのかアンゴルモアの大王なのかはわからない。とにかく人類は戦争を仕掛けて来た異世界の軍勢に対して全面降伏した。


 世界は滅んだ。そして、ボクは。


「あうう」

「ぶぅ、あ」

「キャッキャ」


 子守をすることになった。


「いいか、シロウ。ここがお前の職場だ。しっかりと勤めを果たすように」


 魔法使い。それは魔法を操る者たちのことだ。魔力と呼ばれる力を操り、様々な奇跡を生み出す人たちだ。


 だが、奇跡を起こすには代償が必要だった。魔法使いは魔法を発動するたびに魔力を消費し、魔力だけでなく精神もすり減らす。


 そして、魔法を使用し過ぎた魔法使いの精神は疲弊し、最後には幼児退行、つまり赤ちゃん返りをするのだ。


 まあ、それは一時的なことらしいのだけれど。


「まんま、まんま」

「ううう、ああああ!」


 そんな魔法の使い過ぎで疲れ切った魔法使いが回復するまで、つまりは正気に戻るまでのお世話をするのがボクの今の仕事らしい。


 仕事らしいんだけど……。


「何をしている」

「えっと、あの、なんでボクが?」

 

 いろいろと説明は受けた。異世界の魔法のことや、魔法使いのことなんかも教えてもらった。


 魔法使いはほとんどが女性であることも。


「見てわからないか? 本物の赤子なら別だが、こんな仕事誰がやりたがる」


 まあ、そうだろうな。とはボクも思う。成人した女の人がお腹が空いたからと泣いている姿は、なんとうか、ちょっと引く。


「別に放置してもそのうち元には戻るが。魔法使いは貴重な人材だ。あとで文句を言われても困るからな。しっかり世話をせんとならん」

「でも、どうしてボクが」

「以前は兵士たちにやらせていたのだが、むさ苦しい男は嫌だそうだ。その点お前は見た目がいい。つまりはここにいる者たちの趣味に合うということだ」

「ええ……」


 ちょっとどころかかなり引いている。


「嫌か? なら貴様も他の奴隷と同じように労働施設へ行くことになるが」


 奴隷。労働施設。この世界の人間、つまりボク達人類は異世界人に負けたのだ。そして人類は異世界人の奴隷となった。


 ボクも奴隷だ。今まで通りと言えば、今まで通り。


 やることも同じだ。赤ちゃん、のようになってしまった魔法使いの世話をする仕事は増えたが、おおむね今まで通りではある。

 

「心配するな、お前ひとりではない。何か気になることがあればレニアに聞け」


 世界は滅んだ。人類は敗北して、等しく奴隷に成り下がった。


「ああ、そうだ。いずれ私も世話になるだろうから、その時までに腕を磨いておけ」

「は……。ええ!?」


 そうだ。この人も魔法使いだって、そう言ってた。


 統合軍第一陸軍一等陸将リーネ・バドン。ボクの雇い主で魔法使いで、軍隊でもかなり偉い人、のはずで。


「私はミルクの温度にうるさい。覚えておくように」

「ええ……」

「返事は?」

「は、はい」


 世界が滅んで、ボクはひとりぼっちになって、どうやらとんでもないところに来てしまったみたいだ。


 人生何が起こるかわからないなんて本で読んだ気がするけれど、本当に何が起こるかなんてわからないもの、なんだなぁ……。

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