再び太陽の元へ

 シリウスとロゼは、今はその役目を終え静かに佇む巨大な機械を黙って見上げた。

「何の機械だ?」

シリウスはそう呟きながらその機械の周囲を歩いた。しかし、特に目ぼしい記載はなく、少しの沈黙ののち、背後に聳える研究施設に目をやった。

「もう一度覗いてみるか。」

シリウスがそう呟くと、ロゼの横を通りすぎて研究施設の入り口へと向かった。

「また入るんですか?」

ロゼは入り口の扉に手をかけるシリウスに訴えかけた。

「嫌ならここで待っていればいい。」

シリウスはそう言うと、建物の中に入っていってしまった。ロゼはその背中をちょっと睨み、仕方なく足早に後をついていった。

『第一ラボ』と書かれた扉の前、シリウスは肘で鼻と口を塞ぐと、その扉を開けた。シリウスはそのまま部屋の中に入っていく。ロゼは意を決したように、ショールで鼻と口を覆い、一歩一歩と足を踏み入れた。部屋は非常に埃っぽく、ショールでは防ぎきらないあらゆる匂いが充満していた。ロゼはショールの上からさらに手で鼻を抑えた。辺りを見回すと、何かの薬の瓶や古い本が綺麗に並べられていた。その時、部屋の奥の方でガチャガチャと音がした。ロゼが音のした方に目をやると、シリウスが窓を一箇所ずつ力任せに開けていた。部屋の中に太陽の光と新鮮な空気が入り込む。部屋の中の埃がキラキラと舞い、充満していた死臭が風邪に乗って外へと逃げていく。ロゼが開けられた窓の方に近づこうと一歩踏み出した時、

「そこ、下にいるから気をつけろ。」

シリウスはロゼの足元近くを指差し、注意を促した。ロゼはちょっとだけ下を確認し、ぱっとその物体から視線を外すと、小走りでシリウスの元に駆け寄った。


「こんなところに隠れて何の研究をしていたんでしょうか。」

ロゼはシリウスにくっつきながら、机や棚の上に並べられている古い本や資料に目をやった。シリウスは並べられた本の中から、一冊を手に取り中を開いた。それは小難しそうな本で、天候や自然現象について書かれている専門書であった。シリウスは一通り本に目を通すと、元あった場所に静かに戻した。

「シリウスさん、こんなものが。」

ロゼが一冊のノートを持って声をかけた。シリウスはロゼの持つノートを受け取り、その表紙に目をやった。そこには「極秘」の文字。ぱらぱらとめくると、辺りに細かい埃がたった。ロゼはその埃を手でしっしと払ったが、シリウスは気にぜずノートを読み進める。シリウスはしばらくの間そのノートを真剣に読んでいた。


「…そんなことができるのか?」

突然シリウスは声を上げた。そして開け放った研究室の窓から、先ほどの大掛かりな機械の方を見下ろした。そして何かを考え、そのノートを手に持ったまま研究室の入り口へと向かって行った。ロゼは慌ててシリウスの後を追う。カンカンと螺旋階段の音を響かせ、一階まで駆け降りると、その勢いのまま外に駆け出て、建物裏の巨大な機械の前に再び立った。

ロゼは依然として頭の中にクエスチョンマークを浮かべながらシリウスの顔を見上げた。

「どういうことですか?何が書かれていたんですか?」

ロゼは質問を投げかけたが、シリウスは機械を見つめたまま黙ってしまった。しばらくの沈黙の後、シリウスは手に持っていたノートのあるページをロゼに見せた。ロゼはそのノートをしっかりと持ち、よくよく読んでみた。

「霧の発生装置の稼働方法…」

ロゼは書いてる文字をそのまま読み上げた。

「ん?霧?装置?」

ロゼはさらに疑問の声を上げる。そして、書かれている文字をようやく理解したところで、その横に描かれている精巧なイラストに目をやった。そこには今目の前に佇む大きな機械が描かれていた。ロゼが次のページをめくると、丁寧な文字で、この機械の動かし方のようなものが示されていた。しかしその内容は非常に専門的で、内容までは理解ができなかった。二人は沈黙し、その機械をじっと見つめた。


 建物と機械を取り囲むように生い茂る木々の間を抜け、二人は道なき道を進んでいく。途中何度となく木の枝が二人の肌を引っ掻き、湿気を含んだ土が足首を掴んだ。ロゼは頭に被っていたショールを乱雑に鞄にしまうと、何度も足を滑らせそうになりながら、先を行くシリウスの後を追いかけた。辺りは一層深い木々に覆われ、足元は急な斜面となっていった。シリウスは辺りの地形と地図を見比べながら森を切り開いていく。

 その時、二人を飲み込んでいた鬱蒼と生い茂る森が突如として明るく開けた。

「わあ。」

ロゼは声を上げた。そこには、地上に根の這い出した大きな木が数本、一本の大木を取り囲むように青々と茂っていた。中央に聳える大木は、どの木よりも真っ直ぐに太陽に向かって伸びている。ロゼとシリウスはゆっくりとその大木へと近づいた。大木の樹皮は太陽の光を受けて黒曜石のように輝いている。シリウスがその大木にそっと触れた。すると、シリウスの指先には黒く蠢く斑模様が浮き出た。

「これだったのか。」

シリウスは自身の掌を太陽に翳した。指先の黒い斑は一層力強く輝きを放つ。ロゼもその大木に近づくと、その樹皮をよくよく観察した。非常に小さいが、黒い無数の虫が蠢いている。ロゼはひっと息を呑み固まった。自身の体に無数の虫が棲みついているという事実に身震いした。ロゼは青ざめた顔でシリウスを見上げる。

「まあ、そう言うことだ。」

シリウスはなんとも言えない表情でロゼに投げかけると、彼女の訴えかけるような瞳から視線を外した。その時、どこからともなく、黒く小さい虫が薄い帯を作りながらこちらに飛んでくるのが見えた。二人はその虫が宙を舞い、美しい動線を辿りながら大木に止まるのを目で追った。ロゼがその虫たちの来た方を振り返ると、地上に根の這い出したあの木が静かに立っていた。ロゼはゆっくりとその木に近づいた。木の根は大きなドームを作り、その中から更に数匹の虫たちが連なって出てきた。

「シリウスさん!」

ロゼは振り返り、大木の上を見上げているシリウスによびかけた。

「この根の奥から虫が出てきました。」

シリウスは、木の根の中を覗き込みながら声を上げるロゼに駆け寄り、そのドームの中を一通り確認すると、中に滑り込んだ。中はしっとりとした苔や蔦で覆われている。シリウスはその壁に触れ、こんこんと叩いて回ると、すると、何かに気づいたように片眉をあげ、足を止めた。そしてその壁を両手で力一杯に押した。

「あ…。」

ロゼは呆気に取られた。シリウスが押した壁はばらばらと音を立てて崩れ、シリウスの腹の高さほどの空洞が姿を現したのだ。そこから更に数十匹の小さな虫の群れが飛び立ち、二人の横を通り抜けて大木に止まった。シリウスは膝をつくと、暗く口を開く空洞を覗き込んだ。呆気に取られていたロゼも、急いで木の根の中に這い入り、シリウスの背後からゆっくりと中を覗いた。木の根の合間から太陽の光が空洞に差し込む。


 太陽の一族がこの木の根元で眠りについてから遥かなる時を越え、一族は再び太陽の元に還ったのだった。

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薔薇と灰色の海賊 春野田圃 @haruno_tambo

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