太陽の一族

 ここは豊かな島であった。島の周りは透き通るような海に囲まれ、島の中央部には緑の森が茂っていた。ここは太陽の一族が統治する島、オーブスト島である。太陽の一族は元々は船乗りの一族で、大きな船を何十隻も伴って、世界中の海を旅していた。一族の先祖は無人島であったこの島に根付き、大きく発展していった。太陽の一族が島の統治を始めて二百年が経った頃には、島外から多くの移住民がやってきて島に住むようになっていた。島には多くの異文化が共存し、より大きな国へと成長していった。太陽の一族はその名の通り非常に温かで、誇り高い一族であり、多くの人々から慕われていた。

 ある日、立派な船が島の港に停泊していた。その船は非常に丈夫そうな素材でできており、多くの武器や見たこのもない呪術品のようなものを積んでいた。船の持ち主は遥か北の国から航海してきたという数十名の人々であった。

「どうか、この島に入れていただけないでしょうか。私たちには帰る場所がありません。」

北の国から来た人々の中でも年長者と見られる男が、一族の長と話をしている。その男の名はレイヌといった。長は船の方をちらっと見やった。船の中にはまだ小さい子どもや女たちもおり、こちらをじっと伺っている。長はしばらくの間考えて、彼らがこの島に暮らすことを承諾した。

 数日が経った頃、島では穏やかな時間が流れていた。島の男達は漁業や農業をして生計を立て、女達は漁業の手伝いや機織り、染め物をしながら家庭を守っていた。北の国からやってきた人々は、暖かな気候を非常に気に入り、島での生活に溶け込んでいった。島に住んでいた人々も、初めこそ怪しげな呪術品を持った人々を怖がっていたが、話をしていくうちに徐々に打ち解けていったのだった。

 

 北の国からの移民を受け入れて数ヶ月が経った。ドナは港街に住む女数名と、網にかかった魚の選別をしていた。

「今日は大漁だねえ。」

一人の女が嬉しそうに声を上げた。

「新しく私たちが編んだ網に変えたのが良かったみたいね。」

もう一人の長い髪の女が鼻高々に話す。ドナは網に引っかかっている海藻を摘みながら、

「その刺青は何を表しているの?」

と一緒に作業をしていた一人の女に投げかけた。

「これは代々うちの一族に続く伝統なの。特殊な染料を使って描いているのよ。」

健康的に日焼けしたその女はリリーといい、この島を治める太陽の一族の証だと得意げにその刺青を見せた。

「そうなの、素敵ね。」

ドナは太陽の光で黒々と輝く刺青を誉めた。

「あなたの家系は?何かそういうのある?」

リリーは大きめの魚を網から外しながら問いかけた。ドナはちょっと考えると、ややドスのきいた声で

「うちの家系は代々呪術師よ。」

とおどけて見せた。

「呪術師?占い師ってこと?」

リリーは興味深そうに目を輝かせている。

「あら、うちのばあちゃんも占い得意よ!」

髪の長い女もそう言いながら作業を続ける。ドナは、まあそんなものかな、と肩をすくめてみせた。その日からドナとリリーはよく話をするようになった。一緒に染め物をしたり、海辺で貝殻を集めたりする日々が続いた。

「ねえ、あなたの家に遊びに行ってもいいかしら?あなたの家から夕陽が綺麗に見えるんでしょ?」

ある日、リリーはドナに提案した。ドナはリリーの瞳をじっと見つめ、少し考えてから承諾した。


 「わあ、素敵なお家ね。」

ドナは小高い丘の上にある自宅にリリーを案内した。リリーは家の中に入ると、キョロキョロしながらドナの部屋を色々と物色している。部屋には小さな机とスツール、綺麗な染め物のカバーがかけられたベッドなどが置かれており、壁際には一層大きな棚が備え付けられていた。

「わあ、大きな棚ね。」

リリーは引き出しの取手に手をかけた。

「あ、呪術品は危ないから触らないでちょうだい。」

ドナは小さなキッチンでお茶を入れながらリリーに注意した。リリーは、本当に占い師なのね、などと目を輝かせている。その日は占いの話や、新しい染め物の染料の話、そして、太陽の一族の住む大きな屋敷で下働きを始めたレイヌの話など、陽が落ちるまで話題は尽きなかった。

 

 数年後、ドナは島に住む男と結婚し、幸せな生活を送っていた。ドナのお腹には新たな命が宿っていた。しかし無情にもその事件は起きた。数名の男達が不審死を遂げるという、平和な島には似つかわしくない凄惨な事件が起こったのだ。犯人不明のまま数日が経った時、ドナの名前が犯人候補として上がった。一族は苦しい表情で話し合いをし、長がため息をつきながら決定を下すと、数名の男たちがドナの自宅に向かった。

「そんな!私は何も知らないわ。」

ドナと夫は男たちに向かって身の潔白を主張した。しかし、自宅の怪しげな呪術品の数々や、かつて北の国で起こした反乱の話は多くの人の耳に入っており、一族の長の命令でドナは島の外れにある地下牢に入れられることとなった。

「お願い!私は本当にやってないわ!」

ドナは地下牢を管理している男に懇願した。

「悪いが、状況の整理ができるまでは君を出すことはできない。」

男は毅然とした態度でドナの願いを却下した。ドナはお腹の子を労るように手を添えた。

 数週間後、犯人の男は呆気なく逮捕され、ドナは地下牢から出されることとなった。しかし、その数週間の間に自宅の呪術品は処分され、ドナは栄養失調となり流産していた。ドナはかなりやつれた様子で、夫に支えられながら自宅へと向かった。その道中、悲しみと怒りで焦点の合わない瞳で空を睨んだ。

「この島に呪いを。」

彼女の言葉は太陽に向かってまっすぐ投げかけられた。

 その日を境に島の天候は荒れ始めた。初めは厚い雲が島の上空を覆い、スコールのような大雨を降らせた。雨は数日続き、島内では水害を引き起こした。その後雷雨、竜巻とどんどん天候は悪化していき、漁業や農業で生計を立てていた島の人々の生活は苦しくなっていった。穏やかであった島民は日々続く悪天候にどんどん心が荒んでいき、軽犯罪や住民同士のいざこざが増えていった。島を統治していた太陽の一族は、今までに経験したことのない事態に頭を抱え、長と数名の男達は連日対策を考えたが、天候は悪化する一方であった。

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