原石と宝石

「もう本当に!あなたのひらめきには驚かされます!」

アンバーはルージュの手を取りながら輝く瞳で訴えかけ、通りをずんずんと歩いていく。すれ違う人々の不思議そうな視線が痛い。

「いえでも、まだやっていただけるか分からないですし…。」

ルージュは子供のようにはしゃぐアンバーを落ち着かせようと声をかけた。ルージュは前にも見たようなこの光景に苦笑いをこぼした。

「あなたのその発想はどこから降ってくるんですか?」

アンバーは純粋な瞳でルージュに問いかけた。きっと誰でも思いつくこと…と言いかけて、ルージュはその言葉を飲み込み、

「そうですねえ…ふふふ。」

と困った顔で笑った。

 二人は新聞屋の主人のいる家のドアを叩いた。

「すみません。ご主人いらっしゃいますか?」

ルージュが呼びかけると、中から眼鏡をかけた新聞屋の主人が顔を出し、

「おお、どうも。君はこの間の。どうされましたか?」

と言いながら分厚いレンズのはめられた眼鏡をずらした。

「突然すみません。ちょっとご相談がありまして。」

ルージュがそう言うと、主人は二人を家の中に招き入れた。

「…と言うわけで、僕たちの研究や新たに分かった事実について、記事にして欲しいのです。あなたの新聞は多くの住民から愛されていますし、皆も興味を持ちやすいと思います。」

アンバーとルージュはそれぞれの研究や、霧の外に出るまでの経緯、霧の外の様子などを一つずつ説明し、主人に提案した。

「なんと…。霧の外に出たというのか。」

主人は二人の話に驚きと興味、少しの不安を見せた。そして、少しの沈黙の後、

「うむ、分かった。君たちの研究愛は深そうだから一回の記事では書き切らないな。三、四回に分けて書くか、もっと細かくシリーズ化するか。ちょっと考えてみよう。」

主人の前向きな言葉に二人は目を輝かせた。しかし主人はそこで一度言葉を切り、ちょっと考えてから提案した。

「それと、霧の外の世界の件については一度保留にしても良いかい?呪いなんてあるわけない。私も頭では理解しているはずなんだがな、少し様子を見させてくれ。」

と二人を交互に指差した。

「ありがとうございます!もちろんです。」

アンバーとルージュは嬉しそうに礼を言い、お互いに目を見合わせた。

「また追って連絡しよう。載せたい内容を大まかにピックアップしてもらえると助かる。」

主人がそう伝えると、二人は深々と頭を下げ、新聞屋を後にした。家までの道中、二人はニヤニヤしながら、やりましたね、などと手を取り合って喜ぶのだった。

 その数日後、ルージュの家に新聞屋の主人からの手紙が届いた。達筆に書かれたその手紙には、新聞記事の掲載についての話し合いをしたい、今日の夜また家に来てくれとあった。ルージュはその手紙を持ってアンバーの家に向かった。ルージュはいつものようにドアの外から呼びかけた。中から返事はなかった。ルージュが何度かドアの前から呼びかけたが、家主はいないと判断し一度家に戻ることとした。その時、アンバーの家の庭、生い茂った木々が作るアーチをくぐり抜け一人の男がのっそりと出てきた。

「あれ?ルージュ先生。どうしたんですか?」

アンバーは肩や頭についた葉っぱを払い、やあと手を振った。

「アンバーさん。森で何をしていたんですか?」

ルージュはちらっと森の奥に目をやり、へらへらと笑いながらこちらにやってくるアンバーに投げかけた。

「いえね、例の地図の解析がなかなか進まなくて。研究が煮詰まった時、よくここの森に入って読書をしたり昼寝したりするんです。誰も来ないから静かで良いんですよ。」

アンバーは伸びをしながらルージュの元に近寄った。

「それで、何か進展があったんですか?」

アンバーが問いかけると、ルージュは一枚の手紙をアンバーに手渡した。

「今日の夜ですね。分かりました。」

アンバーは手紙に視線を落としながら呟いた。ルージュはええと頷くと、自宅へ戻ろうとした。

「あ!あの、」

アンバーはルージュを呼び止めた。ルージュは振り返りその先の言葉を待った。

「良かったら、うちでお茶でも飲みませんか?」

アンバーは頭をかきながら少し恥ずかしそうに提案した。少しの沈黙の後、

「ええ、お邪魔します。」

ルージュは嬉しそうにそう答えると、アンバーに連れられて家の中へ入った。二人は、時間までお茶を飲みながら記事に載せる内容をまとめることにした。お互いにメモを書き散らし、数時間が経った頃、ロゼはちらっと時計に目をやった。

「え、もうこんな時間?」

ロゼは焦ったように声を上げた。二人とも集中していたため、時間の経過に置いていかれていた。

「そろそろ出発しないと!」

アンバーも焦りながら、あれこれと身支度を始めた。

 二人は家を出ると、新聞屋の家に向かって歩みを進めた。道中、二人は研究のことや霧の外の世界の話ではなく、休みの日に何をするのか、どんな本が好きかなど、他愛もない話をするのだった。しばらくおしゃべりを楽しんでいる間に新聞屋の主人の家に着いた。家のドアをノックすると、すぐに主人は出てきた。

「やあ、こんばんは。さあ入ってくれ。それで、君たちの研究の話なんだがな…」

主人は二人を家に招き入れながら、早速記事について話し始めた。

 三人は夕食を取ることも忘れて、ああでもないこうでもないと深夜まで話を続けた。話がようやくまとまったのは、数時間が経過した後だった。

「よし。じゃあそういう方向でいこう。明日の新聞にはもう間に合わないから、明後日の新聞から記事を載せよう。楽しみにしていてくれ。」

新聞屋の主人はぶ厚いメガネを外し、冷めきったお茶を啜りながら一息ついた。二人の研究はコラムとして数週間に渡って記事が載ることとなった。長時間の話し合いで少し疲れた様子の三人であったが、ルージュとアンバーはついに自分たちの研究がようやく世に広まるという期待で胸がいっぱいだった。

 翌々日の新聞から、二人の研究についての記事がコラムに載った。新聞はいつものように村の住民の手に広く渡っていく。

「へえ、そんな虫が島にいたのか。」

「ママ、きせいちゅーって何?」

「島を統治していた一族ですって。面白そうだわ。」

ユーモアのある文章と絵で綴られたそのコラムは人々の興味を惹いた。そして、二回目の記事が載った新聞が人々の手に渡った日の午後、アンバー、ルージュの元に、研究に興味を持った人々が話を聞きに来るのだった。今まで、自分たちの研究がスポットライトを浴びることなどなかったため、二人は嬉しそうに自身の研究について語り始めるのだった。

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