陽の温度

 事件から二日後の朝、ネーブルの住宅街でその事件は起きた。とある家の五歳くらいの少年が日除け傘も持たずに光の中に駆けて行ってしまったのだ。事件以来ずっと部屋に閉じ込められていた少年は外で遊びたくて仕方がなかったのだ。辺りは騒然となった。

「おい!子供が陰の外に出ているぞ!」

「そこは危ないわ!あの子の親はどこ!?」

「こっちの陰い入りなさい!」

大人たちが何人も集まって少年に向かって呼びかける。家の中で朝食を準備していた母親は異変に気付くと家から飛び出し、建物の陰から必死で少年を呼び戻そうとする。しかし、少年は暖かな光に包まれ幸せそうに母親を手招きしている。

「ママ!ここ暖かくて気持ちがいいよ!」

傘をさして街を歩いていた紳士が、さっと傘の陰に少年を隠す。少年は紳士の顔を見上げ、不満げに

「何するんだい。せっかく暖かかったのに。」

とごねてまた陰から出て行ってしまう。人々は少年が化け物に変わる瞬間を固唾を飲んで見守った。中には警備隊に連絡する者もいた。しかし少年の体には斑の模様は浮き上がらなかった。少年は依然として目を輝かせながら、母親を光の中へ手招きしている。すると、先程の傘の紳士が空を見上げながら恐る恐るその傘を下ろしたのである。人々は目を見開いてその紳士を凝視する。一秒、五秒、十秒。しかし何も起こらない。紳士は空を見上げながら傘から手を離した。開かれたままの傘は静かに地面に転がった。

「本当だね、これは気持ちがいい。君はすごい発見をしたかも知れない。」

紳士は深く深呼吸しながら呟いた。家の陰から叫んでいた母親が、きゃっきゃと楽しそうに光と戯れている少年に駆け寄った。しばらくして、捜索のため街の外に出ようとしていた警備隊が騒ぎを聞いて駆けつけた。警備隊はその光景を見てぎょっとした。多くの人々が傘や日除け帽を捨てて、例の光を身に受けていたのである。慌てて警備隊が傘を拾って陰を作るが誰一人としてそこに逃げ込むものはいなかった。警備隊はお互いに困惑したように顔を見合わせると、恐る恐る日除け帽を取った。優しく暖かな光が全身に染み込んでいった。


 トム、マリアのいる屋敷では依然として多くの住民の怒声と熱で包まれていた。日光を恐れる必要が無くなった今、街の住民の問題といえば化け物一匹である。そのため屋敷の前では人々が口々に化け物、出ていけなどと怒鳴り、石やゴミを投げるものまで現れたのだ。屋敷の警備隊は侵入しようとする人々を抑えるのに手一杯で捜索どころではなかった。トムとマリアは突然の住民の行動に困惑し、仕事にも出られず、日が暮れるまで続く住民からの執拗な攻撃に疲れ果てるのであった。

 一方、街の警備隊は、部隊を再編成し、街の外まで範囲を広げて捜索を行う事を決めた。数組に分けられた警備隊は、それぞれ割り振られた範囲を必死で捜索した。ネーブルの街の中、森、川、隣町、手当たり次第に捜索した。そのうちの一組がワルダ村に到着したのはその日の夜であった。数名で構成されたその警備隊は、一日中捜索を行い疲れ果てていたため、一度捜索を打ち切って明日の朝から村の中を捜索することに決めたのだった。

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