第15話 和美不安定第3段

 10月に入り時々石油ストーブを焚くようになった。ただ、それは特に寒い日のことで、明るい太陽のもとで晴れているが、気温が低い。

 雪虫はまだ出ていないが、その気配は感じる。

 北国の秋はあまり曇らないが、弱々しい太陽光線が少し暗さを感じさせる。


 温暖化があまりしていない時代、気候はどちらかと安定していた気がする。日によって極端に天気が変わると言う印象がない。

 着るものが日によって急に変わることも少なかった。

 これが真冬も同じで、極端な降雪や気温の低下は、ある地点に起こるものと言うものだった。

 100年以上昔にマイナス40℃以下を記録したことがあるが、そのような地点は限られていた。

 温暖化した時代の方が不安定で、しかも降雪も気温の低下も厳しくなるようだ。昔殆ど雪の積もらなかった地域まで大量の積雪が記録される気がする。

 当時、季節ごとの移り変わりが穏やかだった印象だと言うことだ。


 和美はジーンズ派の印象だったが、2人で買い物をして買ったスカートを穿いてから、タイツにスカート姿をするようになった。次第にのぞかせる太股もそうだが、股間自体が女性を主張するかのようだ。

 それが、人の視線をもてあそんでいるようにも思えた。

 化粧は前から薄めで、乳液に化粧水は大体毎日使っていたが、化粧自体は濃くはなかった。

 それが、ファンデーションと口紅の色が濃くなってきたのだ。

 和美の美貌からするとすっぴんでも十分出掛けられるはずである。家でジャージ姿の時ははじめからすっぴんだった。

 厚いファンデーションと口紅をされると、俺が辛い。まだ新婚だ、キスをしたりする時、いちいちティッシュペーパーでそれらを剥ぐ必要があり、剝いでもキスすると口の中にそれが入る。

 性行為が激しくなると、女性はこうなるのだろうか。

 俺の車で土日の出掛けやデートでは、和美の容姿がこんな風になっていった。

 2人で砂浜などで音楽談義を交わしたり、イチャイチャしたりしていたのが、デパートや食堂など商用施設でのミニスカート姿のアベックに変わったのである。

 俺はある時、デパート内の食堂に和美といる時昼間でははばかられる質問を彼女にした。

「和美のミニスカート姿を見て、誰かがむらむら〜っとしたら?」

 和美は動じずに答える。

「わたしでオナニーする男の子?別に良いじゃん。わたしも男の人のことでさんざん(オナニーを)してきたし」


 女性から肌の露出をするのは、ただ単にお金のためなんだろうと高を括っていた。(雑誌や映画などのヌードの世界観しか知らなかったからだ)

 それを若き我が妻の言動が打ち破った。

 少しショックだったが、和美を理解するにつれ、それが女性の持つ一種の欲求なのだと理解した。

 俺は少しムッとして言った。

「オナニーだけじゃないよ、ゴウカンされたらどうするの。毎日婦女暴行事件のニュース見てるだろ」

 和美は茶化して言う。

「うるせーよ、お前それをしたいのか。シケイ囚!」


 和美が生理になるのは10月下旬か11月に入ったくらいだろうと判断していたが、もっと前に別のそれが訪れるとは…

 

 ある日、10月の寒さに馴れつつあった日に和美と浜に来た。

 風は強くないが、この秋一番の冷え込みだ。車の外に出るのも躊躇うほどだった。

 それでもサーファーが2人いて、1人が波間に漂っている。

 しかし、それ以外に人はいない。

 犬の散歩のおじさんも、10代の子たちもいない。

 車の中で海を見ていると、2人で沈黙をした。

 

 和美は重くなった口を開く。

「お前、わたしに最初した時、何の断りも無く入れただろ。痛かったんだぞ、血も出たのにあれは何だ」


 セックスの話をする時、大抵明るい時で茶化しながらする。

 ただこの時は違った。


 あの初夜。それをする時、和美のそれを何分も舐めた。それから、すっかり頭の中がまっ白になり、Cシーと呼ばれる行為になった時俺の意識は宇宙に飛んだ。

 そんなだから、彼女の初となるものを破るとき、自分の欲にまかせるに任せた。


 困った。

 今更あの夜のことを言われて何も答えられなかった。

 しばらく黙っていると和美はまた言う。

「それから16回もやりやがって…まぁ良かったけど、子供出来たらどうするの」


 俺は子供のことを言われて、頭にモヤモヤとする何かが現れた。

頭の中に子供と言う言葉がこだまする。

 俺たちのあいだに子供が生まれる。

すると、まだ素直だった頃の幼い弟の姿が浮かんだ。

 子供、赤ん坊…欲しい。

 男である俺からそんなことを本気で身体全体を覆うような欲求にかられる。


 俺たちの赤ん坊、かわいい。欲しい。

 

 すると和美が言う。

「何黙ってんの、痛いって言ったら、ゴメンくらい言え」


 少し茶化した和美の口調が戻った気がした。俺は言った。

「子供欲しいよ、赤ん坊かわいい…」

 和美は怒り出す。

「お前はわたしより赤ん坊の方が良いのか?まだ新婚なのに、1年くらいも妊娠するんだぞ、ふざけんなよ。避妊しないでしやがって」


 この言葉の割に、少し穏やかな口調だが、顔は真剣だ。


 和美とするとき一度も避妊具を使っていない。

それは初夜がそうだったので、そのまま継続したにすぎないが、心のどこかで子供が出来ることを望んでいたからだろうか。


 和美は一回父のローレルで母のアパートに行ったが、その時無断欠勤しそうになっている。

母のアパートから和美の会社へ休む旨を伝えて首をつないだが、結婚したことで不安定になっていると会社側に思われているようだった。

 会社側は、それとなく退社を匂わせることを言うという。


 考えると、若いとは言え既婚の女性が会社に居られたところで、何のメリットもない。

 少なくとも独身の男性社員にとっては、そういう理屈が通る。

 何度も言うようだが、当時の田舎では若い人の求職者が余っていて、若い女性も例外ではなかった。同じ年代なら独身の女の子を雇いたいのである。

 和美が今の勤め先に留まることは辛い話になった。

 おそらく、もう一度休暇を取ろうものなら首を宣告されるだろう。


 当時でも、そう会社をクビには出来なかったが、田舎では陰湿な手段で会社を退社せざるをえないようにすることがあった。

 経営の都合上人員整理とか、賃金の支払いが困難なのを理由に給与の引き下げや、ボーナスの不払い等。特にボーナスの不払いはサラリーマンや賃金労働者にとって致命傷だ。

 若い人の安い給与ではなかなか生活出来ない。ボーナスが入らなければ通勤する自家用車も維持出来ない。田舎勤めは自家用車通勤が多い。

 労働基準監督署は田舎にもあるが、若い人がここに出入りすると立場が危うくなる。田舎でそんな噂が立つのは目に見えている。

 労基に訴えた者を会社が雇いたいとは思わない。いずれ、当社も訴えられたら経営に傷がつくと。

 ある程度の職種なら、わざわざ同じ会社に勤め続けないで、他の企業へ再就職したほうが良い場合がある。

 まあ、この辺は今でも同じだと思うが、特に昭和の時代はダメだと思った勤め先はあっさり捨てて、他へ移ると言うくらい景気が良かったかも知れない。

 当時の日本の常識としては、3年は勤めろとか、うつ病などの知識も乏しかったので、1つの企業に勤め上げるのが美徳が支配的だったが。


 和美は上述の事情があるのに、こんなことを口にする。

「次生理になったら母のアパートに逃げるつもりでいたけど、お前がそのつもりなら今からでも行く」

 俺は真剣に聞いて言う。

「行くのは良いけど、いつ戻るの。3日後か、一週間後か」

 和美は口を尖らせて言う。

「わからん、もう会社も辞める」


 和美の言う、そのつもりとは子供を欲している事なのか、子供を優先させている事なのか。

 この辺、俺と和美は男女が逆転している感じだ。ただあれだけ性欲が強かったら、ああなるのも仕方ない。

 和美は母のアパートで何をするのだろう。自慰行為をするのだろうか。


 話をしばらくし、和美の決意は変わらないので仕方なく、会社に退職届けを出させてから、役所の休暇を取って、俺の車で母の住む大都市へ送ることにした。

 

 和美秋の不安定第3段である。

 和美の生理時の夜の営みの休暇はあったが、こんなことで夜の休暇が訪れた。


 今まで親が新築すること3年、慣れ親しんだ自分の部屋が悪魔に魂を売り渡したかのごとく不気味な雰囲気に覆われている。

 和美の匂いだけ甘くほのかに残っている。

3ヶ月前まではグラビアのエロ本もあり、富田靖子のポスターも張ってあったあの部屋ではない。

苦い、暗い。

 自分を和ませていた暖かい部屋ではなかった。

まるで他人の部屋だ。


 床の上で大の字になり、レッドツェッペリンのライブアルバムでありサウンドトラックである永遠の詩とわのうたをかけた。

 ジミーペイジの強力に歪んだギターとロバートプラントの叫び声と言うべきヴォーカルが耳を圧倒する。

 ジョンポールジョーンズのベースが滑らかな音で躍動する。

 ジョンボーナムのドラムが心臓を励ます。

 アルバム終盤の 胸いっぱいの愛を ではギターのワイヤレスのノイズとロバートのヴォーカルの掛け合いが頭の中を駆け巡っていた。

 一日目はそうして過ごした。

 二日目は仕事が終わって、家から電話を義母のアパートへかけた。

 和美が出たが、歯切れが悪い。寂しいと言ったが、帰って来るとは言わない。

 帰って来てよと言っても答えない。


 こんなやり取りが来年の4月か5月まで続くのだろうか。

 3日目も電話したが、同じようなものだった。


 4日目に、週末になったらそちらへ行く旨を言うと、前に義母への挨拶した時の帰り道に寄ったラブホテルへ行くのなら来てくれ、とのこと。

 なんとか休暇を取らず和美を連れ戻すことに成功したが、この帰り道の途中の晩の和美は凄かった。

 朝の運転が出来なくなるのかと思った。


 家に戻ってきて俺の家に一泊したが、和美は深夜泣き出した。

 目が覚めたので和美を抱きしめると、かなりの嗚咽をした。

 抱きしめて、和美の頭を撫でたが、言葉にならない何かを言っている。

 「寂しい」と言うことらしい。

 そして俺の胸元が和美の涙でベシャベシャに濡れた。


 眠かったので再度眠って、朝になった。和美は眠っている。

 良かった。

一時の安定を取り戻しただけで良かったが、この後、和美の収入は無い。

 退職した会社の最後の給料が振り込まれたら終わりだ。

 半年くらいの勤務で退職金の出る企業は無い。


 しかし、予定通り公務員宿舎に入る日が来たので、2人の生活が水入らずになる。

 これでいちいちホテルへ行かなくてすむかも知れない。

 寝室だけでも、和美と俺の部屋を合わせたよりも広い。ただ、布団敷きになるが。

 ステレオをスピーカーでガンガン鳴らせないと言われた。一軒家でない生活であることだ。

 これで少しは和美は安定するのだろうか。

 まだ俺は未成年だが、問題だらけの姉さん女房の支えになることは何でもするつもりだ。

 




 

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