第14話 和美の失踪

 もう彼女の唾液を飲み込むような情熱的キスはない。たとえそれをしたとしても、身体の交わりがそれを消化させてしまう。

 エロ小説ではないので、そんな描写はしないが、彼女の下半身をまさぐる時の感覚はまだまだ狂喜的だ。

 激しい性生活が続くなかで、俺の頭の中も日々の生活のなかで時々茫然自失状態になることがある。和美も時々そういう表情を見せることがある。しかし、それも時間とともに、若さゆえにそんなに生活を占めることがない。


 そして9月も下旬に差し掛かると、夏の和美とは少し変わった会話をするようになる。


「わたしね、浩にあった時あるでしょ。あれね、初めてじゃないのよ。実はね、前にも見たことあるのよ、シビックと浩」

  俺は答える。

「へえ~、7月のファイヤーフォール聴いていたときじゃないんだ」

 和美は言う。

「そう、あれより前。5月か6月、よく覚えてるわよ。だってわたしの中学の時の英語の先生に雰囲気が似てて、って思って」


 そう聞かされて俺は驚いて、言う。

「そんな話初めてだな。こんな雰囲気の俺にっとなった」

 和美が答える。

「そう、っと思った。あのね、中学生の時夜になるとあの先生のこと思い出すのよ」


 この意外な告白に少々焼けたが、夜に教師を思い浮かべるとは、あの和美の不安定な自慰行為につながるのだろう。それをズバリ聞いてみた。

「その先生を思い浮かべてオナニーするかぁ~」

和美は隠す気もないように言う。

「そう、中学一年の終わり頃ね。小学6年生のときも何だか男の人のことでモヤモヤしてたけど、あんなになったの、あれが初めてなのよ」


それで、俺はオナニーのネタになる教師と俺が似てるなら、俺と交際や結婚をしなかったら、俺を思い浮かべてオナニーしたのかと聞いた。

 和美は悪びれもせず答えた。

「多分そうだと思うけど、一回なんとなく見ただけでそうなるのかな? 教師の方は授業の度会うんだから」


 和美と出会って2ヶ月、結婚して1ヶ月、この言葉は和美の存在と合わせて考えると、驚くものではなかった。

 オナニー癖に日々、いや秋冬部屋、いや家全体をその臭気で満たしていく、そんな和美の性と彼女自身の存在に酔いしれていく。 

 深夜の強行軍を可能にする、そんな魅力あふれた和美にまだまだ強く惹かれる。

「それで布団汚して、まったく」

 そう言い、2人で顔を見合わせて笑う。


 秋分の日が来て、夕方6時にはもう暗くなる。それでも晴れた日、浜へ連れ出そうと思い9月24日の振替休日の日に昼間から和美と出掛けた。

 まだ日中には少し陽気が残っていて、長袖の季節ながら人で賑わっている。

 また例によってタバコの臭いがするが、ウエットスーツを着たサーファーが海の上に浮かんでいる。犬の散歩のおじさんや女性、10代のグループもいる。

 海は少し穏やかだが、真夏の暖かさよりも寒流の厳しさを思わせる潮の表情が感じられる。特に潮の色は変わっていないのに、厳しい冷たさを思わせるのだ。

 時おり顔に当たる風が冷たい。

涼しいので和美と浜を歩いた。靴は少しだけ砂に埋まる、それで靴の中に砂が入ったりする。ただ、そんなことを気にしては浜歩きはできない。

 歩いていて、和美の腰に手を廻してベタベタと身を寄せ合う。和美のジーパンの上から尻をなでるのは、独身の時はなかったが、結婚してからは部屋で大体毎日する。

そんな衝動にかられる。


 あれからどのくらい抱き合ったのだろうか。


 公衆の面前でベタベタして歩くだけでも、人は眉をひそめる。若い人ほど引きつった表情を浮かべる。

 時々冷たい海水が靴の中に入っても、戯れていた。

 浜のベンチに腰をおろして、和美の靴を脱がし、靴下も脱がして砂を落としてやる。

 若い女3人組がこちらを覗きこんでいる。

 和美の足は小さめでかわいい。足の指も短い。

そして、明るいうちに家に帰った。


 和美は自動二輪中型(当時)の免許を持っていたが、普通車免許も持っている。

 普通車免許と言っても、当時4トントラックくらいの規定内の大きさのものであれば運転が出来、(後に中型免許となり、総重量8トン以下になった。4トンの車重に4トンの荷物など)原付免許もついていた。

 AT講習はあるが、体験コースのような講習があるだけだ。

 当時国産車はマニュアルが主流で、AT車は3速ATがあったが、あまり覚えていない。

 そんなわけで、教習所ではマニュアル車の教習しかなかった。


 和美は父のローレルを運転したことがあり、複数人数の移動に借りたのと、修がスナックで酔いつぶれた時の出迎いの時一回がある。

 和美にとって3ナンバーローレルは少々運転に馴れていないので疲れるとのこと。

 

 和美の結婚後の小失踪の時はバイクだったが、ある時父のローレルに一人で乗ることになる。


 和美は結婚してから生理になった。結婚して1ヶ月を過ぎていたある日である。少し過ぎていたのは、結婚による生活の変化からだろうか。

 自分の方から夜の営みを拒んで来て、ピンと来た。

 その日、彼女のおでこにキスをして髪の匂いをかいで床についた。


 それが彼女を不安定にさせた。


 当時、俺は和美と比べ精力はそこまでなかった。

 もうこの1ヶ月の生活でかなり疲労が溜まっていて、和美の夜遅く無い拒否に早くから眠りについた。

 和美の家での宿泊の日である。

なんとなくベッドの上でも部屋でも、深夜まで和美がコソコソしているのがわかった。

 驚いたのは、未明の深夜一人でいることがベッドの上で気がついたことだ。和美は闇夜のなか出掛けたのだ。

 この時間暗闇のなか女性一人でバイクで出かけるとは心配になる。いくら田舎とは言え女性一人で出かけるのは危険だ。

 俺は静まり返る、和美の実家の家の中に一人取り残されたのだ。

 ただでさえ生理は女性を不安定にさせる。秋の和美は危険だ。

 出掛けて和美を探そうとするが、身体が眠気で言うことが利かない。


 心配をよそに再び眠りについてしまった。目覚まし時計で起床したときは啞然とした。

 彼女は帰っていない。


 どうする?


それで、食事をとらず出掛けた。

 シビックは朝の冷え込みによって冷たく感じる。

 冬のそれでないが、朝露がフロントガラスを覆っていた。

 日の出からさほど経っていない朝陽が、和美の家の屋根の上から照らしている。

 美しい朝だが、和美のいないことは胸が張り裂けそうだ。

「たのむ、会社か浜にいてくれ」

 そんな言葉が口を次ぐ。


 家に和美のバイクが置いてあることなど、意識に入らなかった。その父の車庫のシャッターが開いていることも。


 和美は会社にも浜にもいない。


 遅刻寸前に職場である役所の事務室に入ったが、もう気が動転してしまい、どうしたかよく覚えていないが、上司に息荒らげに休暇の申請をした。当日休暇だ。

 

 そして、テレビ送信アンテナの下の駐車場に向かった。役所から近かったからだ。

 そこにもいない。

再び浜に行ってもいなかった。


 自分の家に帰って母に話すと、心当たりがないという。

 あと思いつくのは義母の家だ。

 朝11時から義母の喫茶店の開店の時間なので、まだ義母は出勤していないので彼女のアパートに電話をした。

 義母が電話に出た。

 和美はそこにいるという。


 時間は朝9時、義母のあの町に行くには、この町からでは車で3時間はかかる。

 当時まだ俺の町には高速道路は無く、義母の町へ向かう途中の大きな町から大都市へ高速道路が通っていた。


 休暇を取ったので義母にそちらへ向かう旨を言うが、歯切れの悪いことを言う。

 和美の身の安全を確認出来たので、自分の部屋へ戻った。

 この1ヶ月自分の部屋でも、和美の部屋でも2人だった。


 1人で入った俺の部屋はよそよそしい。まるで俺を拒んでいるかのようだ。

 和美の女性特有の匂いが部屋に漂っている。

 

 昼過ぎ、あえてまた義母のアパートの部屋に電話をした。

「もしもし」と和美が出た。

「和美、大丈夫なの、深夜いなくなって」俺がそう言うと和美は

「うん、パパの車運転して来た…だって浩冷たかったもん」と言った。


 あの不安定さと精力だ、こうなるのも当たり前なくらいに痛感した。しかし、10月にもなっていないのに、最初からこれだと先が思いやられる。

 深夜女性1人でドライブするなんて見たことも聞いたこともない。

 俺が自分の車を持ってから、昼間でも女性ドライバー1人ということも見た記憶はない。


 先が思いやられると言ったが、後にこれが彼女の不安定な行動としては序の口なものだった。


 俺が大都市へ向かうか、と言うと、自力で帰って来るという。おそらくは会社を無断欠勤したのだろう。

 和美が勤め始めて半年にしかならない。

秋冬の不安定な時期に会社勤めを経験していないのだ。これで学業の方はどうしていたのだろう。


 和美は夜7時に父修のローレルで俺の家に帰って来た。

 家では、心配と傷心から放たれてしばらく2人で抱擁した。

 生理は3〜4日で終わるから、その後ホテルへ行こうと言う。

 ホテル泊まりも何度かあって、義兄の差し入れも減りだした。

 俺の家の敷地内と前の道路とで、父と俺の車義父の車3台が留まった。


 和美にキスするとなんとなく違う。熱が入ってなく、ぎこちない。

 キスのあと少し黙って

「ありがとう、寝よう」と和美が言った。


交際はじめの頃にデートした時の場所で、和美の町のその向こうの湖のある観光地には温泉街がある。この湖を一望できる高台にもいくつかの店や観光施設がある。

 和美が不安定になった時、ここも探すべき地として頭に入れる候補になった。 

 酒を飲まない和美が恵子のスナックには行かないだろう。


 ある日の独身の頃の痴話で、和美がスカートを穿かないと言うのがあった。

 ジーンズにジャージは数あるが、私服のスカートは無い。ただ、冬に制服や職場でのスカート穿きのためタイツは数ある。

 私服のスカートやスカートドレスを買おうかと言う話で、デパートに行くことになった。

 久しぶりに和美のあの口調が蘇るり和美が言う。

「お前は嫁のわたしにミニスカート穿かせて、世の男を誘惑したいのか」

俺はおどけて答える。

「そうだよ、ミニ穿いて誰かに鼻血出させろ〜」

また、言ってやる

「じゃあ、マジでミニ買おうか。和美かわいいから、人の反応見るの面白い」

 和美は茶化して言う。

「それでわたしに夢中になった男が現れたらどうする」

 これは冗談混じりの話だが、実は結婚してから少々現実になった話でもある。


 激しい夜の営みを経て、和美は少し変わった。

またもっと洗練されて美しくなったのだ。

 2人で歩くことは少ないが、最近和美に対する男の目線が変わった。と言っても独身の期間がわずかだったので、あまり比較にはならないかも知れない。


 試着コーナーのブースに2人で入って、和美にミニスカートを穿かせたが、なんとなく刺激が強い。独身の時の学生服のブレザー姿の萎縮した感じでない。

 女になった彼女の少し堂々とした色気は、まるでピンクレディーのようだ。

 ピンクレディーとは当時あまりテレビに出なくなったが、1976年頃からデビューし、ミニスカートからパンティ丸見え状態の写真には思春期の男の子を悩殺悶絶させた。

 

 ミニはいささか今の和美には過激と思われたが、面白いので買うと言う。

 上下つなぎのドレス型のものと、当時流行りの膝上スカートも買った。

 今では地味だが、お母さんたちが若い頃そんな姿をして健康的色気を振りまいていたのだった。

 80年代の女性のファッションは髪型にパーマと言うかウエーブがかかり(いわゆる聖子ちゃんカットと言うやつ)、服装は膝上スカートの時代から、肩パットの入ったタイトスカートのスーツドレスと言う感じで眉が太めがバブル時代。

 ただ田舎にまでこれらのトレンドが行き渡ったかわからない。

若い女性がそこまで服にかける資金もそれほどなかったかも知れない。

 家でジャージ、出掛けにジーンズ、中にはウインドブレーカーを着る女性もいた。

 あまり外に若い人も歩いていない田舎町で豪華な流行の服を着て歩くほど、気張らなかったかもしれない。


 ふざけて買ったミニスカートを着て店内を歩くことにし、タイツも買って、これで和美はミニスカデビューをした。

 和美の太い太ももは短いながらも、甘く強く女性を主張している。


 やはり、10代の純朴な男の子は敬遠しながらも悩み、20代の男は目を丸くし目のやり場に困っていた。

 もうここには田舎のイモな和美はいなかった。

2人で車の中に入って大爆笑をした。

 このデパートにはレコード店があるので、そこにもミニスカで入った。買ったのはPocoの情婦(Inamorata)で当時の新譜だ。

 和美のミニを記念するアルバムだが、カントリーロックのバンドであったが、この作品は我々の求めている夏の海のそれが全般に詰め込まれていた。

 脱退した旧メンバーがゲスト参加している。

 このレコードを持って和美とレジに並んだ。

堅物で役人の俺とミニスカ女子の組合せは人にはどう見えるのだろうか。

 その夜オーディオからはこのPocoの楽曲が流れ、アルバム終盤の曲 Save a Corner Of Your Heartが流れるとうっとりとした気分になり、秋の愁いをすっかり忘れさせてくれた。



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