第12話 義母に挨拶

 結婚してはじめにすることは、和美の母に会うことだ。なんだか、行動が前後しているが、仕方ない。

 義母である彼女が住む町は、この地域で人口の最も大規模な町だ。

 

 我々の田舎町の求人では、皆が皆職業にありつけるわけではない。大体は親元や生まれ故郷を離れるのを嫌って、自分の実家に近い中堅都市に行くか、大都市へ出ていくか、この2つの選択肢を選ぶことになる。

 小さな田舎町で就職出来るのは、ほとんどがコネか世襲くらいで、田舎の官公庁に入るには、わずかな空きを見つけて、そこに入ることを目指して高い倍率を勝ちぬかなければならない。それすらコネが大体の就職出来る事由だ。

 自分の地元に自衛隊の駐屯地があっても、そこに入るには防衛庁(当時)の技官などの職員の採用試験に合格しなければならない。この場合大抵何らかの資格を持っているか、身につけた技術を持っていなければ採用されない。ただこれも空きがあっての話だ。

 自衛官は希望任地はあまり指定できない。ほとんどの場合、自分の実家付近の任地の割り当ては無い。当時自衛官の3分の1が九州出身の人だったため、彼らが遠くに赴任するため、実家に帰省するとき飛行機移動を強いられる。その部隊の中に、自転車で実家に帰省出来るような者との格差があっては、部隊全体の士気に影響する。


 警察官は都道府県の各警察署に割り当てられると、その区域内での移動が多い職種があり、広い区域の署なら転属する度引っ越しを強いられる。

北海道警はその典型的例だ。根室に赴任したかと思えば次は函館とか。


 俺は中堅都市の役場だから、ある程度の倍率と適性もあり、入ることができた。

 和美の実家から職場に通うには、隣町の俺の町へは就職しやすくなるが、これも皆が皆職を得られるわけではない。


 その辺の事情もあって、和美の母親は離婚後大都市でアパート暮らしをしている。

 おそらく、元夫の修の資金によってアパート契約したのだろうと思う。

 若いサラリーマンの借りるような安アパートではないが、今は母親の鈴木和恵が家賃を払っているとのこと。

 俺は入籍してから、次の週一週間休みをとり、それらの挨拶や結婚生活の準備を進めた。和美も俺の休みに合わせて休暇を取った。

 入籍してからの一週間の俺たちの私生活は、その後の会話などで暴露されることになる。2人で大人の身体にはなった。はい

 こうして、童貞と処女が大人になっても、まだ若く、青く、不安定で1人前の父と母になれるはずがなく、2人の親の4人の手厚いバックアップを受けながらフラフラと迷いながら進んで行くのである。


 和美の母和恵は大都市で喫茶店を経営している。離婚したのは10年前だが、修と結婚したの歳は20歳だ。

21歳で長男の広巳(ひろみ)を産んだ、49歳である。28歳のとき和美を、30歳のとき恵子を産んでいる。

 39歳で大都市と言えども、当時それほど求人に恵まれていなかったので、栄養士や調理師の資格を活かすことにした。彼女は若い時、これらの資格を田舎で生計を立てるのに活かすことができると思い、獲得していたのだ。

 それ以外女性が取りやすい資格は看護師がある。当時はまだ、この職は看護婦と広く呼ばれ、女性が専門に就いているというイメージであった。

 和恵は、大規模な食品加工の設備と従業員を雇わなければならないことと、食品衛生上の問題のトラウマがあるため、軽食を出すのにとどまる喫茶店経営という無難な職種を選んだのだ。食品衛生上のトラウマとは、彼女が若い時に働いていた食堂で、食中毒が発生した事件についてのことである。

 食中毒と食品アレルギーの問題は、食品を扱う業種には常についてまわる必須の課題だ。


 当時、自家用車は普及していたが、大都市でもコンビニにはあまり駐車場がついていなかった。

 1980年代でもセブンイレブンのフランチャイズは大都市でも一般に見られるようになっていたが、まだ人々の生活はコンビニ依存していなかったように思う。初期のコンビニフランチャイズ店には駐車場の無い店も多かった。

 田舎では、そのようなコンビニ店舗前の路上駐車が常態化していた。それが次第に消えて行くのは、行政的な指導があったのだろうか。

 喫茶店を利用して、待ち合わせにしろ、打合せにしろ、デートにしろ場所の提供という点では重要な存在だ。喫茶軽食の手軽な提供が夜の世界だと、スナックやバーの酒類とおつまみの提供となるのだろうか


 休暇はじめの日和美と俺は、約3時間半のドライブで母和恵の住む大都市へ向かった。

喫茶店と言えどもある程度夜の時間にずれ込んで営業すれば収益も上がる。

 49歳の和恵も夜の9時まで営業をしている。

 当日、彼女の経営している喫茶店へ直接行くか、夜9時を過ぎてから彼女の住むアパートに行くか迷ったが、和美は彼女との電話のやり取りで、その両方で会うことにした。

 夕方明るいうちに和恵の経営する喫茶店に入り、そこで時間を潰して、9時過ぎアパートへ伺うということである。

 喫茶店は都会にあるため、付近の有料駐車場に車を置いて、歩いて予定通り和美は俺を伴って夕方6時にその喫茶店に入った。

 少々客の入りが良くて忙しそうだったが、俺は義母に挨拶をした。

 俺の堅実な挨拶に和恵は感心をした。

「あなたが浩君なのね。へえ、思っていたより違う。それにしても驚いだわよ、付き合ってるって聞いたけど、もう籍を入れちゃったってね。本当にもう」


 修の軽く、調子の良いノリとうって変わって、物静かで、繊細そうな義母の姿に俺は少々堅くなった。 まあ、堅物と呼ばれている者にとっては堅くなるのが本当の姿なのだろうか


 それから3時間その喫茶店で過ごした。もう、ここではキスなんてしない。互いの身体は性を供給しあって大人になった。

 

 8月20日に入籍が受理された晩は2人でラブホテルに入って、新婚初夜を過ごした。

 1回目は瞬時に終わったが、休むことなく10回はしたのだろうか。

 彼女の身体全ての肌を見たし、触れたし、口にもした。かなり激しい夜だった。

 それ以後の夜の交わりは続いたものの、その夜ほど激しくなることはあまりなかった。

 あの和美の不安定はある意味では消え、落ち着きを取り戻した。

 生活はラブホテルでなく、実家の俺の部屋と、和美の部屋を交替で泊まっていた。

 お互いの人の家の浴室を使うことに恥ずかしそうな気でいたが、狭い密室を2人で使った。

 家族の目はもう気にしなかった。どちらの家も何も言わない。もう夫婦だ、それに若すぎる。そんなことはわかっているだろう。

 

 まだ、新婚初夜の余韻冷めやらぬ中、俺と和美の一週間の休暇の初日、大都市の町を2人で眺めている。

 喫茶店の窓側の席にすわり、外を行き交う人々を見ていた。

その往来は多く、俺の町よりも若い年齢層の人が目立つ。和美の町はこんな人の往来はない。


 陽がビルの谷間に沈み込むのは見えなかったが、ビル影のためか田舎町より夕方の暗さが早く訪れた。

 

 和美は気になることを口にする。

「あのね、兄がね、ちょっと怒ってるみたいなの。付き合ってるときずっと浩といるでしょ、兄に交際のことも、結婚のことも電話(で話した)したの恵子なの。わたしも気になって一回電話したら怒ってるみたいで…」

 俺は少し困って言った。

「ああ〜、まだ、お兄さんに電話も(かけていない)、手紙も書いてないもんな。じゃあ、明後日東京行くか」

 和美は答える。

「そんな、すぐ行けるの。飛行機のチケットの予約もしてないのに、高いし」

 俺は言った。

「汽車もあるだろ、駅の観光会社に言えばキップくらい取れると思うよ、高いけど」


 当時、駅構内など、近隣に旅行会社の事務所があることが多かった。コンビニのネットワークやネットでの旅行チケットの予約がない時代だ。これでも十分便利な存在だった。


 和美は言う。

「ええ〜、汽車ってめんどくさい。乗り換えばっかりでしょ」


 当時俺たちの町から東京へ出るのに、当時直行の夜行列車も、新幹線も、高速バスもなかった。


 ここからは作者の弁


 雪の積もる寒い地域の設定だが、どことは述べないつもりだが、昔の交通の便だと、 

 東北地方だと、在来線を使って新幹線駅へ向かい東京へ出るには、大宮ー盛岡間の新幹線というルートがあった。盛岡駅なり、仙台駅なりへ在来線を使ってそこまで行くことになる。

 夜行列車ははつかり、はくつる、八甲田など青森からの便があった。

 北海道からだと、まだ青函トンネルが出来ていない時代だ。北斗星もカシオペアも当然無い。

 北海道内での移動は特急列車にのり、青函連絡船に乗るルートが一般的だったが、列車と船の接続に関する指定席などのチケットの件についてはよく知らないので、マニアか、当時よく利用していた人に尋ねると良いだろう。

 この辺は、当時旅行会社に相談をすればなんとかなっただろう。


 当時、国鉄と航空会社の折り合いが悪かったのか、空港のある町の駅に国鉄の特急列車が止まらない、ということが見受けられた。

 まだ千歳空港駅が無い時代、千歳市へアクセスする特急列車がなかったのだ。急行か普通列車でアクセスし、あまり近く無い空港までタクシーでアクセスする。もしかしたら、急行も止まらなかったかもしれないし、特急列車でも便によってはとまったかもしれない。

 このあたりのアクセス困難が昭和の泥臭さを感じさせる。

 作者の弁終わり


 

 さて、義母和恵の喫茶店で待つこと3時間、兄の広巳の噂話と、町の情景と、小声での互いのセックスの談話に明け暮れていた。

 こうして、夜9時やっと和恵の営業時間が終わり母和恵の自宅であるアパートへ行くことになった。

 和恵も車を使うため、その車の後ろについて行くが、和恵の車は日中、喫茶店近くの月極駐車場にとめてあるので、まず有料駐車場にある俺の車をそこから出して、和恵の月極駐車場の近くに車で向かった。

 和恵のアパートにはゲスト駐車場があるが、行ったときは空きがなかったので、近くの立体駐車場にとめた。

 和恵の部屋がわからないため、立体駐車場まで和美と一緒に来た。


 和美はバイクでここに来る時にここのアパートの管理人に言って、駐車場敷地内の余白スペースにバイクを停めさせてもらって、ちょくちょく母の家に訪れているとのこと。

 

 このアパートは鉄筋コンクリート製で、7階建ての高級感ある物件だ。

 このアパートの周囲は10階建ての分譲マンションなどのビルがいくつか建っている。和美の田舎とは違って都会の佇まいそのものだ。

 街灯も多く、建造物のところどころにも外灯が灯してある。

 そらの真っ黒な闇の中、都会の人工的なきらびやかさに緊張する。

 夕方にこの町に入ってからも緊張したが、慣れない都会での運転や作法にすっかり翻弄されてしまった。

 もう時間が遅いため、夕方ほど人は外を歩いていない。しかし人の姿が絶えることはなかった。

 若い女性の姿もある。仕事の帰りなのだろう。


 こんな若すぎる夫婦が互いに結ばれたばかりの身体で、都会ではどのように見えたのだろう。

 

 5分ほど歩いて母のアパートにたどり着いて、エレベーターを使って4階に上がると母の部屋がある。壁はタイル張りで、重厚さがある。廊下の左側は手摺りで、その上は外の空間だ。

 和美は母の部屋の扉を呼鈴も鳴らさずに、勝手に開けて入り「どうぞ」と言う。

 重厚な感じのドアが自動的に閉まり、室内に入ったが、田舎の一軒家と違った都会的な落ち着いた空間がある。

 狭い廊下の少し後に扉があって、そこから居間になっている。


 一体家賃はいくらなのだろう。

 当時と今では家賃の相場はあまり変わっていないが、この大都市の家賃はそれほど高くなかった。それでも月10万はするんだろうと思った。

 経営者筋の人のことだ、田舎役人やサラリーマンとは違う金銭感覚を持っているに違いない。


 和美は気軽に話す。

「ママ、喫茶店のあのアルバイトの人辞めたみたいね」

 和恵は答える。

「あの子ね、(和美と)前電話したとき、辞めようかどうか迷ってたみたい」

 母娘おやこ間の壁はないように思える会話だ。

 俺はどうやって勝手に和美と結婚したか、そのいきさつの説明をどうしようかと思い悩んだ。

 一瞬和美は思い出したかのように話す。

「ママ、わたしが不安定だから、浩君まず入籍したのよね、浩最高よ」


 和美の思いがけない褒め言葉にまず、何を言おうかと迷った。しかし、言った。

「お母さん、どうぞよろしくお願いします。後で両親も連れて来ますから」

 母は少し驚いて言う。

「あら、なんてしっかりした男の子なの。まだ未成年て聞いたわよ。もうご両親から挨拶の電話あったのよ。さすがお役人だこと」

 軽いノリの父親と違って、母親は古風ゆかしき人だと思った。

 それにしても、どこへ行っても役人だとか、役所だとか言われる。

 入籍する前の挨拶もなにも無しに来たことへの謝罪の気持ちが先行していたが、これでなんとかなったと思った。

 それから、ここでの話は俺にとっては堅い話、母娘おやこ間では軽い話が続いていた。


 和美は夏だと言うのに、バイクで母親の家に訪れ心配されていたことは、そんな(俺との交際)理由があるからだと納得している様子だ。和美は夏になるとちょくちょく母の許に訪れていたのだ。

 これで無事義母との挨拶は出来た。



 夜遅く大都市を立ち、深夜ドライブで帰ったが、途中でラブホテルに入った。夜遅くのドライブに疲れたのもあるのに、それどころでない。

 新婚初夜と同じようになったのは言うまでもない。

 

 結婚して和美が本当に安定したかと言えば、そうではない。

 まだ8月である。9月にもなっていないのだ。まだ残暑の少し残る日がある。長袖と半袖の両方の季節で、厚い生地の服を使うことはない。

 結婚しても本当に秋冬に入った時どうなるのか、それは2人で決め、克服していくしかない。








 

 

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