第11話 結婚
和美は誰に見せてもかわいいと言う印象を与える。端正の取れた顔立ちと丸顔で、少し細い目の一重
女性のかもし出す、色気をまとった味わいのある雰囲気に時々、自分でも何で俺と一緒にいてくれるのだろうかと思うことがある。
まだ若いから、若い女性の姿を見ると目で追う事があったが、和美といることで自然に他の女性を気にしなくなった。1ヶ月付き合っても和美は俺のナンバーワンだ。
家族を囲んでしばらく談笑して、また2人で2階の俺の部屋にこもる。
建二の話題をしながら、次第に顔と顔が近付き、キスが始まった。
唇と唇が当たりながら会話をしたりもする。
口の中に舌が入るようになると、和美は理性を失っていく。
そして言う。
「ねえ、浩、もう抱いて」
和美は本気だ。
俺の身体を性欲が覆っていく。ものすごい性欲だ。俺の身体のアレがソレになる。
はっと、我にかえり、和美を突き放す。
「もう、今日は何だ。和美!人前でキスするし、下に家族いるんだぞ」
一瞬にして情欲の炎が消え、険悪な雰囲気が支配する。
俺はもう待てない気がして、和美に大きな条件を突き付けた。
「和美。もう俺たちの婚姻届出すぞ。俺は未成年だけど、もう出せる。役所勤めだからよく知ってるんだよ」
和美はうちひしがれながら答える。
「わかったわよ、今すぐ出せば良いよ、めんどくさい」
何だか和美の長袖のTシャツが乱れて見える。髪も乱れた感じで髪にかかっている。いつもは髪を後ろで束ねたり、少ないヘアピンで押さえている。
互いの性欲の持って行き方がわからなくなり、書類上だけでも結婚しておく気になった。
和美は真顔で聞く。
「婚姻届出すのに何が必要なの」
「書類と保証人2人と印鑑。それだけだよ」と答えると
「へえ~、そんなもん。何だかめんどうくさそうだと思ったけど」と和美は答えた。
「それは結婚式や旅行のこと考えるからだよ。最近の人は簡易な式をする人が増えてるそうだよ」 そう言うと和美は驚く。
「ヒロシ婚姻届担当なの?」和美がこう聞くので答えた。
「いや、先輩がそうだった人がいたし、実際に結婚した人がその話を詳しくしてたんだ。だから、詳しい。今日は土曜日だけど守衛のオヤジが書類くれるから明日にでも届け出出来るよ」
「へえ~、さすが役人だね」
当時未成年でも女性が16歳、男性が18歳で結婚できた。ただ成人するのは20歳だ。それまでに選挙権もないし、酒も飲めない。
この町で、高校生や10代の若者が結婚したと言う話は聞いたことがなかった。
俺は12月の誕生日を待つことなしに婚姻届を出すなら、親の同意書が必要だった。
役所勤めの俺には、それは簡単だと思った。
独立した所帯を持ちたければ、公務員宿舎に入ればよい。空きがあればすぐ入居できる。
公務員らしく、すべての手はずを頭の中で思い巡らせていた。
和美はそんな俺を見て、頼もしく思ったが、同時に今までの軽やかな生活を捨てることを考えると気が重くなった。
「浩、本気で明日婚姻届出す気なの」
俺は答えた。
「そうだ、俺はこう見えても役人だぞ。大体役人が未婚で子供作ったらどうなる。そんな話聞いたことがないぞ」
俺の職場で言えば、職員の中で20歳で結婚した人を知っている。でもそれは女性だ。
相手の男性は25歳で同じ役場の職員だ。
その20歳で結婚できた早さが話題に上がることがあったが、その話題を男性の俺が若さで更新するのだ。
市職員が出来ちゃた婚など、体裁が悪く、想像するのもはばかられる。
「和美が今日にでもこらえられないなら仕方ないよ。一緒にいるだけでもそんなんだもの」
こう言うと納得してきた。
「わかった、明日結婚しよう。それでわたしを満足させなかったら、コロス」
冗談交じりに和美は答えた。
コロスと言って目をキラキラさせて、俺の胸を指でつつきながら軽くキスしてくる。
親の同意書は当時この市役所では、決まった書面がなかったので、親父に無理を言って書いてもらい、実印を押してもらった。
その足で2人で和美の家まで行った。
夕方になったので和美は風呂に入ると言う。
家には今日恵子がいた。
まだ、父親が不在だったが、夜には戻るらしい。らしいと言うのは、夜の町から家に戻る正確な時間がわからないからだ。
当時外出している人との連絡手段は、ポケベルかアマチュア無線くらいだ。
彼はどちらも持たずに出かけるが、会社が急を要するとき、夜なら、行きつけの飲み屋に電話すると大体つかまる。
そこにいなくとも、飲み屋の店主が大体彼の行き先を知っているからだ。
和美が入浴している時に、どうしても恵子に話をしておきたかった。
それはまだ和美が夏の中、秋の気配だけで、あれだけ精神と身体が不安定になるから、その理由を確かめておきたかったからだ。
一体、冬の期間和美はどうしているのだろう。
恵子はソファーでくつろいでいるが、横になっていない。
和美が浴室に入ったのを見計らって恵子に話かけてみた。
「恵子さん、話いいですか」
恵子が答える。
「何、浩兄ちゃん、何でも」
素っ気ない返事に、少し安心してズバリ聞いた。
もう兄ちゃんと言ってくるところは、少々くすぐったかったが。
「和美少し涼しくなるだけで不安定で、一体秋冬はどう過ごしてるの?」
「ああ~和美ね、そうなんだよ。春から夏は調子良いけどね、あのね和美ってわたしより性欲強いの、夏はそんなこと無いけど、秋冬はね」
この恵子の発言に何も驚かなかった。
「性欲強い…」俺がそう言うとまた話す。
「そう、秋冬は酷い、和美の場合家に、部屋に閉じ籠るの、オナニーよ。もう、中毒みたいに毎日毎日。あれで秋冬勤めはどうするんだろ」
何だか和美の私生活を聞くと、モヤモヤしてくる思いだ。
そんなことをする和美をいとおしくなると共に、その度が過ぎた生活に頭が痛くなりそうだった。それを口にした。
「かわいい、ますます好きになりそう。でも何だか頭痛い」
「そう、わたしもそう思う。いじらしいけど異常、何考えてあんなにするんだろう」
『何考えて』とは、男には少し想像し難いが、女性は何かを見てそれをするのでない。
ポルノに耽溺するのは男の性の方だ。
『勤めはどうするんだろ』と言う発言は体臭のことだ。
女性がそれをするとシャワーしないと結構臭う。
それが少し思いあたったので話してみた。
「そう言えば少し臭う時があったな、時々女性ってそんな体臭することがある」
それを恵子が否定する。
「あれはセイリ。女の子はどうしても血の臭いが出ちゃうんだよね。和美夏は(オナニーを)しないって」
「じゃあ、秋冬ってセイリでない臭いがするわけ」と聞くと。
「そう、臭いなんてもんじゃない。今時間シャワーするでしょ、それからだも(シャワーの後の時間にオナニーをする)、夜朝プーンって」
その臭いのこと考えるとやっぱり頭が痛い。
でも、そんなうちに籠っていく性癖も俺にとってはどちらかと喜ばしい。役所だの、堅物だの言われる身だ。俺はその側の人間だ。
言われてみると、和美の部屋にはほのかな女性特有なのか、甘い匂いがすると思った。これが夏でも残っているということだろう。
恵子と同じ考えで、その女性特有の匂いの残ったまま会社のオフィスに1日詰められたら、少々気まずいことになる。
これらの問題は俺が和美を満たすようになると、改善するのだろうか。
しかし今日の不安定さは心配だ。
俺はいくら19歳と言えども、毎日毎日オナニーに耽った事はない。
和美は半年それをして、半年しなくなる。
人とは不思議ではものだ。特に女性は
男でそういう輩は学校時代にいたが、俺は夜すやすやと眠ることが多かった。
和美の性と向き合う覚悟で、それでも婚姻届を出す気は変わらなかった。
恵子が聞いてくる。
「兄ちゃん、それで和美と結婚するの、偉いね-、わたしと同じ歳で」
俺は即答する。
「そうだよ、明日する」
そう言うとさすがに驚いて言う。
「えー、明日って役所休みじゃん…
でも、何か、和美には合ってるかな、若いうちに結婚しちゃうの。浩兄ちゃん役所だし」
そうこう話してるうちに和美が風呂からあがってきた。
今度は黒いジャージ上下で、頭の上で輪ゴムで髪を束ねるのは同じだ。
「あんたたち、何話してんの」
和美は呆れ声で聞くと恵子が答える。
「ああ、わたしの勤めるスナックがどんなもんか教えたんだよ。兄ちゃん飲み屋来たこと無いって」
恵子が機転をきかせて即座にもっともらしいことを言う。天性の才能なのか、父親譲りのものなのか。
兄ちゃんとは俺としてはこそばゆいが、姉妹の会話ではもう馴れたことのようだ。
2階の和美の部屋に入ると、なぜか彼女の利き手である右手に吸い込まれるように視線が集中した。
和美が口をとがらせて茶化してくる。
「何見てる、変態ヒロシ、今度は何考えてる」
俺は言った。
「右手見せて」
「何で…」と言いながら右手を俺の目の前に突き出した。
考えもせず、和美のオナニーのことで呆然として彼女の右手首をつかみ、その右手の人差し指と中指を見つめた。
和美のそれに半年間埋まる指が、かわいく見えて仕方なかった。
和美は言う。
「あのよ、お前ら、わたしの私生活の噂してただろ、どうしようもない」
俺は正直に答えた。
「そうだよ…どの指でその…」
和美は怒りと呆れで嘆きたてる。
「あ~あ、もう、あの女、わたしの冬の私生活暴露しやがって、もう」
本当に2人で変態の道へ、どっぷりとひた走って行くような気がした。
俺の脳が融けて行くような気がした。
意外に和美は怒ろうとせず、茶化してくる。
「わたしね、指じゃなく、機械使ってると言ったら」
もうここまで来たら和美も変態だと思った。
機械と聞いてドン引きしてしまった。
もう、変態の行くところまで行ってしまえ、と和美とその性生活の話を続ける事にした。
浩「その機械見せてよ」
和美「ないよ、お前の見てるその指がそうだよ」
和美「その指舐めてみる」
浩「ああ」
そう言って和美の2本の指を口の中に入れた。
すると和美は茶化すのを止めて、何となく崩れていく。
和美は少し腰がふらつく。
和美は息苦し気に話す。
「あのね、女の子はそんな話をするのよ。男子がいなかったら特に。長い野菜の話だとか」
この言葉が耳に入るか、入らないか、そんな状態で聞いていた。
長い野菜が何を意味するかわからなかった。(それから何年も経ってからわかった)
こんなやり取りをしていると、和美と恵子の父親が帰ってきた。
下で会話が聞こえてくる。
「浩君来てるか、じゃあまた出かける」
恵子の声がするが、聞き取れない。
そこで冷静になり、一階へ2人で降りて行った。
恵子が修に話したようで顔を見るなり言う。
「えーっ、明日結婚するー?何だもう出来たのか、しょうがないな」
出来ると言うのは子供のことだ。しかし、1ヶ月の交際でそれがわかるとは考えられないのに、そんな話をしている。
俺はおそるおそる父親に話す。
「あのーお父さん、出来てはいないんですけど、明日籍を入れようと思って」
父親答える。
「籍入れるって君はまだ19だろ…まあ良いけど。じゃあ婚姻届出して、サインしてやるから」
浩「ありがとうございます。今から書類を取って来ますので、後また来ます」
和美「パパ待っててね。一時間位したら来るからね」
修「でも、急だなぁ、近頃の若者はわからん」
役所では、夜警のオヤジが要領を得ず、15分ほど時間がかかった。
書類を持つ俺を立ち尽くして見送りながら、首をひねっている。そりゃそうだろう
その後のことはわりとスムーズに事が進み、婚姻届を持って折り返し市役所へ行ったが、夜警が言うには届出は受けるが、婚姻届受理は月曜日以降になると言われた。
1日位和美を押さえておき、婚姻届受理を待つことになった。
月曜日に出勤したとき上司が血相を変えて婚姻届受理を伝えに来た。
上司は言う。
「お前、佐藤君結婚したのか、何で黙っていた。まったくもう」
もう部署は大騒ぎだ。
役場全体が俺の話に食いついているようだった。
こうして、俺佐藤浩は、昭和59年8月20日をもって所帯を持った。
突然の入籍なので役所の方の給与計算の変更他、手続きが個人でも、部署でも大変だった。
これで、めでたしめでたしと物語は終わると思うだろうが、そうはいかない。
若すぎる家庭は不安定で危うい。
その幼さゆえに薄氷の上を歩く野良猫のような2人である。
和美が不安定になり、部屋籠りをする秋冬はまだ経験していない。
それを自らの激しくも悲しい自慰の世界に入り込むのだ。
この半年の倒錯した生活を俺はどう支えて行くのだろうか。
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