第36話 ダンス
瑛太が言う。
「いや、さ......さっきちらっと見えたんだが、大宮がやってたの、エアリアルセブンのダンスなんじゃねーか?」
エアリアルセブン。茜の一番好きな憧れのアイドルで、彼女の目標でもある。
「は、はい」
「七人いねえけど、他の二人も踊れんの?」
「まあ、一応」「うん」
「じゃあ踊ってみて」
「いや待って、なんでみせなきゃいけないんだよ!」
大黒は答える。
「む?......いや、なにか協力できるかもと思ってな」
「協力?」
「ああ。さっき見てもらった通り、俺達もアイドルが好きなんだよ。エアリアルセブンも好きだし。だからダンスならなにかアドバイスができるかもと思ってな」
「ほ、本当にですか!?」
茜が食いついた。俺の背後に隠れながら目を輝かせている。
「いや......えーと、茜さん?この人らの前でダンスできるの?怖くない?」
「そ、それは......」
強面の大黒一派。じゅんぐりと彼らの顔を見て茜の笑顔が凍りつき始めた。つかこいつらがアイドルのダンス踊れるの面白いな。冷静に考えてみたら。
「お願いしても良いかもしれません」
「え?」
アッティが言う。
「私達はいずれ多くの男性を前にしてライブをしなければならないのです。今から慣れていったほうがよくないですか?これは丁度いい機会だと思いますが」
「それも、そうだけど」
でも茜は......。
「や、やります!」
か細い声で俺の言葉を遮る茜。
「マジで!?」
ばっ、と彼女の方へ俺の顔が向く。
ガクガクブルブルと膝と体を震わせる茜......いやこれでやれんの!?まじで!?
その時、彼女と目があった。ジッと俺の目を見て、頷く茜。ビビり散らかしている体とは反対に、そのメガネの奥の瞳には滾るような闘志が宿っていた。
(茜......!)
「ほら、響くん。やりましょう!」
アッティが配置につく。
「ああ、わかった」
並び順は茜、アッティ、俺。とりあえずは歌もダンスもバランス良くこなせるアッティがセンターに置かれている。ほんとは茜もセンターが良いんだろうけど、まだ荷が重いだろうし、俺もこれで良いと思っている。
「じゃ、曲流すぜえ」
大黒がスマホを操作する。流れ出したアップテンポでリズミカルな曲。さっき茜が一人で踊っていた曲だ。
ガッチガチでさっきの面影もないほどたどたどしくなってしまった茜のダンス。
(〜ッ!やっぱり駄目か......!)
これじゃ大黒はともかく、あいつの子分達に爆笑されて終わるぞ。またトラウマとかにならなければいいんだが。
そんな事を思いながら、大黒一派を見た。すると予想外にも皆真剣な顔で俺達のダンスを観ていた。
あるものはブツブツと独り言をいいながら。あるものはメモ帳に何かを書き込みながら、そしてあるものは大黒に耳打ちしながら......誰一人、笑うなんて事はせずに、俺達のダンスを真剣に観ている。
そして、曲が終わった。肩で呼吸をする茜。
「大丈夫か?」
「はあ、はあ......う、うん......ありがと......」
その時、パチパチと拍手が聞こえた。
「すげえじゃねえか」「いいねえ」「うん、いい」「な」「ああ」
なんと大黒一派の皆が俺達に向けて拍手をしていたのだ。決して煽りなどではなく、ただただ純粋に誉めてくれている......。
(こんなにグダグダだったのに......)
「す、すごくないです......!」
茜が食らいついた。意外な展開にその場の皆が驚く。
「私、下手だったじゃないですか!お世辞はいりません!」
少し打ち解けたとはいえ、相手は不良。しかも男嫌いで人見知りの茜が食って掛かっている光景にあ然とせざる得ない場の人々。
しかし、大黒が首を横に振りこういった。
「いいや。立派なもんだよ......お前ら、人前でちゃんとやるの初めてなんじゃないのか?」
「そ、そうですけど」
「立ち位置の取り方、視線、リズム、すべてがまだ人前でやったことのない初心者のそれだった」
「だ、だったら......!」
「だが、ちゃんと最後までやりきった。だからすげえって言ったんだ」
最後までやりきったから......?
「ほんとは逃げ出したくなってたろ?俺達もそうだったからわかるぜ。下手な自分が嫌で情け無くて恥ずかしくて、何度も逃げ出したくなる。それはアイドルが好きであればあるほどに!でもお前らは逃げなかった、だからすごいんだよ」
にかっと笑う大黒。そして子分達。
「......ありがとう、ございます」
「オウ!」
はっはっは、笑い場に和やかな空気が流れ始める。いや、大黒がすげえいい事言ったってのはわかるけど、ちょっとカオス過ぎるくない?不良で有名な大黒一派とアイドルのダンスの話で盛り上がってるとか。
(......なんだこの展開は)
「いまのダンスを観て思ったことは、お前ら三人には物凄い才能があるという事。そして、それがまったく活かしきれていないって事だ。まあ、ダンスを初めて間もないから仕方ない部分があるとは思うが、これは非常に勿体無いぜ......!」
さっきからなんだろう。相手が大黒や不良だというのに.......褒められると、素直に嬉しいんだけど。
あれだけいがみ合って殴り合っていた奴らなのに。不思議だ。
「あの、それじゃあ!上手くなるにはどうすればいいんでしょうか!」
茜が声を上げた。その顔からはもう恐怖が消え、ただダンスが上手くなりたいという執念めいたものが表れていた。
大黒が頷く。
「そうだなぁ、まずはお前」
俺を指差す。
「ダンス中に大宮茜ばかり目で追うのをやめろ。もっと集中して踊りやがれ」
「うぐっ!?」
流れ弾!?
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