第31話 前へ


「.....響に似ているな」


雅紀の言葉に心臓がバクバクと鳴る。焦った、まじでビビった。紛らわしいからやめな?そういう言い回し。


いや、まあバレるわけはないんだけどさ。この容姿だし。でもマジで焦った〜。


「佐藤響。お前と同姓同名。前にこの学校にいたやつなんだが、あいつもケンカはめっぽう強かった」


「へ、へえ」


「今は海外ボランティアだかってどっかいっちまってるけどな。まあ、あいつらしいっちゃあいつらしいんだが」


「そうなの?」


「お、興味あるのか?」


「話ししだしたのはそっちでしょ」


「ははっ、まあそうだな」


にかっと笑う雅紀。なんだか懐かしい。まだ一ヶ月も経っては無いのに、こいつと殴り合った男だった時が何年も前に感じる。


「佐藤響はな、ここらで最強の不良だったんだよ。誰も敵わない頂点。しかもあいつがすげえのは群れねえこと」


「群れないこと?」


「そうだ。結局個ってのは数の暴力には勝てない。どんなに強え奴も複数で囲ってボコればしまいだ。まあ、俺はそんなつまんねーことはしねえけどな」


「ふうん」


ま、確かにこいつはタイマンばかり仕掛けてきてたな。別にこいつに舎弟がいないわけじゃない。むしろ慕われているしたくさんいる。


(他の奴らがビビってただけじゃなかったのか)


「っと、悪い。響の話な......あいつはここらへんで有名な不良だったから、もちろんあの手この手で倒そうとする奴は多かった。さっきも言った通り複数で倒そうとする奴らも勿論おおくいた。けど一度も負けなかったんだよ」


うむ。負けなかったな。一度も。なんでだろ?


「不思議そうだな。俺も同じ気持ちだった。いくら追い詰められても負けない......どうしてこいつは異常に強いのかと。だがある日、奴のケンカする姿を見てそれに気がついた」


「わかったの?」


頷く雅紀。


「あいつは心の底からケンカを楽しんでいた」


「......え」


雅紀はにやりと笑う。どや顔すんなや。


「えっと、それだけ?」


「そうだ」


「えー、なんか肩透かし感半端ねぇんだけどぉ」


ジト目で睨みつけると雅紀はにやりと笑う。


「そうか?けど楽しむってのは強えんだよ。普通はな、ケンカしていると、負けたあとどうなるのか?勝ったとしても後でカエシがくるかもと色々な事が頭をよぎる。けどあいつはそれがない。ただ、純粋にケンカを楽しんでたのさ」


「んな、人を戦闘狂みたいな」


「戦闘狂か!ははは、言われてみれば戦闘狂だったかもな!」


なにわろてんねん!否定しろや!


「でもまあ、俺が言いたかったのはあいつは楽しんでいたから最強だったって事だ」


「それで強くなれたら苦労しないでしょ」


「いや、お前が想像する以上に純粋に物事を楽しむってのは大事だぞ。漫画家、小説家、イラストレーター、アニメーター、バスケ、サッカー、野球、アスリート......やつらは楽しいって気持ちでとんでもなく苦しいことも乗り越えちまうからな。その結果普通はたどり着けないような場所に到達する事がある」


......ぐっ。不覚にも今の言葉は、確かにと思ってしまった。


ウチのサッカー部とかがそうだな。地獄みてえな練習してるけど、辞めずに続けているやつらはサッカーが楽しいから続けているんだろう。そして強豪校として在り続けている。


もちろん楽しいだけじゃないんだろうけど......根幹は楽しいから始めて続けてるサッカーなんだよな。


俺の到達できない場所か。


「知ってるか?心ってのは身体と密接な関係にあるんだよ」


「......!」


「嫌なこと、例えば勉強や掃除は取り掛かるまでに時間がかかりがちだろ?けど遊びに行く、ゲームをするってのは自然とやってるしそこまでに到達するスピードは前者よりも早いはずだ」


「あー、確かに」


「さらには、どうすれば上手くなれるか?ライバルに勝てるか?目標に届くことができるかと考えるようになる。飯を食ってるとき、風呂はいってるとき、トイレしてるとき......どんな時でもそれを考えるようになる」


「でも、時間をかけたからって上達はしないだろ」


「まあな。でも響はケンカの腕は上達した」


「ふうん。才能かな」


そうとしか考えられない。生まれもったチートだったってわけか。いやあ、まいったなぁ。


「まあ、ある意味そうかもな」


「ある意味ってなんだよ」


「才能はあっただろうが、それはケンカの才能ではないと俺は思うぜ」


「は?」


「あいつには努力する才能があったんだよ。楽しいことをより楽しむための、それに向かって真っ直ぐ進む才能がな」


「わけわかんねー」


「楽しんで努力できる奴は強えって事だ」


「なんだそりゃ!答えになってねえじゃん」


「そうだな簡単にいうとだ」


「うん」


最初から簡単に言ってよ!


「努力するやつってのは、それが楽しいから多くの時間をそれに使う。そして好きだからこそ上手くなるために試行錯誤を繰り返す。そんで、その回数が他人より多いから、求めていた結果にたどり着く確率が高いって感じかな」


ほおん?


「響の場合は対複数人での勝ち方だな。そこに辿り着く思考速度がはやかった。あれは戦闘経験と試行錯誤の多さがあってのことなんだと思う」


「ふうん?要するに、より多くやれば結果上手くなるってことか......けど結局、時間かけても上手くなるって保証はないじゃん。そいつがたまたまできただけで」


「ああ、そうだぜ?」


「いや、そうなのかよ!」


「でも響のように楽しくて好きなことをするやつらはそれを考えないんだよ。だから、お前みたいにごちゃごちゃ失敗する事を考えて止まらない。努力し続けるんだ。楽しいからな。結果、成功しちまう......そういう事だ」


「......なるほど」


確かにそう聞くとそうか。


俺みたいに損得だけで考えるやつはそこで止まる。


けど、それを楽しんでる奴らは損得では考えない。楽しいから続ける。上手くなるために試行錯誤し努力する......だから上達するんだ。


(その差だったのか)


「ありがとう、なんかわかった気がする」


「ああ。......ベンチ、使っていいぞ」


「え、雅紀は?」


「トイレ行って教室戻るわ」


「そっか」


......もしかして、俺が練習できるように気を遣ったのか?って、んなわけ無いか。


でも雅紀のおかげで理解できた。


重要なのは好きになること、楽しむこと。


『――アイドルになりたいとは思わない』


『――茜をアイドルにしたいだけ』


『――神力があるから』


......戦う前から負けのいいわけ考えてんじゃねえよ。


(まずは、俺がそれを楽しむ事)



――タン、と一歩前へ俺は足を運んだ。




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